
ロームシアター京都が、劇場のレパートリー演目として時代を超えて上演されることを念頭にプロデュースする《レパートリーの創造》。その9作目として12月に上演される『メンズ・ティー・パーティー』は、京都を拠点に活動する演出家・和田ながらの新作。社会に絡みついた“男性性”という概念を、“男性を演じる”という演劇的な切り口から解きほぐし、語り直そうという試みだ。そして、和田が作る作品の多くがそうであるように、本作にはあらかじめ劇作家によって書かれた脚本が存在しない。核となるのは稽古場でのクリエイションだという。出演者の1人、三田村啓示も交えて話を聞いた。
男性は男性という属性とどう付き合っているか
―――『メンズ・ティー・パーティー』はどういうところから発想した作品でしょうか。
和田「ロームシアター京都から新作制作のお声がけをいただき、ここ数年やりたいと思っていた“男性性”をテーマとして挙げました。男性性について関心を持ったきっかけのひとつには、2019年から断続的に上演してきた『擬娩』という作品があります。これは妊娠・出産を経験したことのない俳優たちが、演技という方法で妊娠・出産をシミュレーションする作品です。妊娠・出産という身体的かつ社会的な出来事に対して、経験していない立場からどのように想像力を働かせることが可能かを、さまざまに悩み、試しながら創作に取り組みました。私にとって『擬娩』は演技という行為の意味を考えるにあたってすごく大事な経験でした。その『擬娩』の最後の上演のころには、次は、演技を通して男性について考える作品をつくってみたい、と思いついていた気がします。
私自身は、身体的にも社会的にも“女性性”と呼ばれるようなものと、身体的にも社会的にも、その時々で距離を測りながらここまで生きてきた感覚があります。例えば、どうにも気持ちがネガティブになっている時に、ふと、生理前だということに気づく。つまり、これはホルモンバランスによって気持ちが不安定になっているだけであって、どうしようもない身体の事情なのだから“私自身”が根っからネガティブなわけではない、と整理してスッキリする、ということがよくあります。じゃあホルモンは“私自身”じゃないのか、とか、ややこしいことを考えたくなったりもするのですが……。こうやって、自分と女性性が密着していたり、あるいは距離を作ったりといった往復の中から、自分の主体みたいなものを作ってきた感覚があって。これは、『擬娩』の創作プロセスを通じて強く意識するようになったことでもあります。では、男性は男性という身体や社会的な属性とどう付き合いながら生きているのだろう?という関心が徐々に高まってきました。“男性性を演じる”という視点で、自分たちが生きている今の日本の社会について改めて考えられるのではないか、という期待もあります」

―――『メンズ・ティー・パーティー』には《脚本》というクレジットがなく、先ほど話に出た『擬娩』も同様でした。一般的な意味での脚本は作らないということでしょうか。
和田「私は演出家で、劇作家ではないので、戯曲を書きません。あらかじめはっきりとした物語や設定があるわけではなく、稽古場で俳優さんたちと話したり試したりした中で出てきたものを上演台本に書き起こしていく、というような作り方をしています。今回も出演者の皆さんをはじめ、クリエイションに関わってくださる方々との対話の中から作品を立ち上げていくことになるんだろうなと思っています」
―――三田村さんは『擬娩』の初演(2019年)と再演(2023年)に出演されていますが、そういう作り方を経験してみていかがでしたか。
三田村「今までは基本的にまず台本があって、そこに書かれてある役を演じるという作り方がほとんどだったので、とても新鮮でした。ただ、素の自分の底力が試されるというか、自分の中にあるものしか出せないというのは、予想外の面白い瞬間もありますけど、自分の底の浅さも明らかになってしまうことがある。言ってみれば丸裸の自分で勝負しなければならないような感じがありまして、それは厳しくもあり、非常に楽しくもありました。ある設定やテーマの下で即興的に喋ったことが、そのまま固定されたりするのは面白かったですね」
―――そんな三田村さんに、今回も出演をお願いした理由を教えてください。
和田「本人を前にして話すのは照れますね(笑)。三田村さんがおっしゃった通り、『擬娩』では俳優としてタフな状況だったにも関わらず、稽古では真摯に対話を重ねることができ、そして、本番では想像力をフルスロットルに働かせるすばらしいパフォーマンスを見せていただきました。本当に素敵な俳優さんだと思います。
今回、男性性という難しいモチーフに臨むにあたっても、個人、社会、あるいは表現というレベルでいろんなことを一緒に悩みながらトライアルしてくださる人に仲間になっていただきたいと思った時に、三田村さんとまたご一緒したいな、と自然に思いました」
―――三田村さんは、今回の作品に向けてどんなことを考えていらっしゃいますか。

三田村「偉そうな言い方になりますけど、“和田さん、いいところに目をつけましたな”と思いました(笑)。僕自身もここ十年くらいで、“有害な男性性”という言葉を目にすることや、世の中で“家父長制を問い直そう”みたいな動きの高まりを感じることが増えました。ネットを見ても男女が絶えず戦っているというか、男女の分断が深まっているように見える中で、自分自身は異性愛の男性、つまりマジョリティということになるんですけど、“俺はマジョリティなのか?”と、どこかそのことにしっくりこない感じの中でこれまでの自分は、のらりくらりと“男をやってきた”ような気がしますし、そのことに対するモヤモヤは常にありました。今回はそういうタイミングで声をかけていただいて、乗っからせていただいてる感じです。
それで今どういう準備をしているかというと、僕に限らず和田さんもそうですけど、X(旧Twitter)をめっちゃ見てますね(笑)。男女がすごい戦ってるな、って。以前はチラチラ目に入ってくるくらいでしたが、今回意識的に見るようになったら、もうそういう投稿ばかり流れてくるようになって」
和田「アルゴリズムでね(笑)」
三田村「野良の思想家が本当にたくさんいて、すごいなと思います。個人的には、Xに偏りすぎるのもあかんやろっていう古い人間なので、なるべく本を読んだり、ネット上でも長い論考を読んだりして、男性性に関する情報をできるだけ収集するようにしています」
自分1人では辿り着けないところを目指して
―――三田村さん以外の出演者は、どのような狙いで選んだのでしょうか。
和田「お三方とは、オーディションで出会いました。作品の着想当初は、男性が男性自身を語る、というシンプルなフォーマットを想像していたのですが、オーディションの準備をする中で、“男性役を募集”という、広がりのある呼びかけにトライすることになりました。結果としては予想以上にたくさんの方にご応募いただき、“男性性”というテーマへの関心の強さにも驚きました。“自分にとって男性性とはなにか”という短い作文をみなさんに提出していただいたのですが、いろんな仕方で男性性について考えたり悩んだり、あるいはよくわからないけれども接近してみたいと感じていたり、その声の多様さにも非常に刺激を受けました。決定したお三方は、全員初めましてです。こういった出会いもオーディションならではの、ありがたい機会だったと思います」
―――ではおひとりずつご紹介いただけますか。まず井上徹さんから。
和田「井上さんは、アーティスト集団“オル太”のメンバーとして活動されています。オーディションに来られたときはおそらくとても緊張されていらっしゃったんじゃないかと思うのですが、お話ししたり、短いスクリプトを読んでいただく中で、実はこの人には、キリっとした面だけではなくて、キュートさや柔らかさといったいろんな表情をお持ちの方なんじゃないかしら、と直感的に思ったんです。その魅力にもっと触れてみたいと思ったのが、井上さんとご一緒したいと思った理由です」
―――次に高木珠里さん。唯一、女性の出演者です。
和田「高木さんはご自身でも一人芝居のプロジェクトに取り組んでいらっしゃって、男性を演じる、ということにも意識的に取り組んでこられた方で、長いキャリアのなかでいろんなご経験もされている。もっともっとお話を伺ってみたい、と率直に思いました。また、女性の出演者という立場から男性性にどうアプローチできるか、という難題に、高木さんとならきっとしっかり向き合えるに違いない、という確信もありました」
―――そして村山暁さん。出演者の中では最年少です。
和田「映画を主なフィールドとして活動していらっしゃる村山さんは、応募書類から受けた第一印象を、対面した時に良い意味で裏切ってくれました。芯の強いパフォーマンスとご本人の物腰の柔らかさのギャップにとても興味をそそられましたし、丁寧なお話しぶりからは、世代を越境して一緒に議論を深めていけるイメージがすぐにわきました」
―――そういう3人と舞台に立つことについて、三田村さんはどんなことを期待されますか。
三田村「もちろん全員初めてご一緒する方で、年齢も幅広いですし、とりあえず仲良くなりたいですね(笑)」
―――大事ですね。
三田村「こういうテーマの作品に集まってきたということは、男性性というものについて何かしら思うところがあって来られたわけですから、そういう意味では“同志”やなっていう感じがします」
―――自分以外の役者さんが全員初対面という座組は珍しいですか。
三田村「もういい歳なので、かなり久しぶりですね。この4人が集まってどういうことになるのか、まだ全くの未知数でもあるので、どうなるんだろうって思います」
―――その感覚は『擬娩』のときにもあったものですか。
三田村「いや、その“どうなるんだろう感”は『擬娩』よりも強いです。それはやっぱり男性性というテーマの射程が僕の中でとても大きくて複雑なものになっていることもあると思います。もしかしたらとんでもないところに足を突っ込んでいるのではないかと(笑)。どう風呂敷を畳むんだ、みたいな。勿論それはそれで面白いんですけど」
―――今、あまりにもいろんなものを見たり読んだりされているから、膨らんでいるものも大きくなっているのでしょうか。
三田村「そうですね、調べても調べても終わりが見えないというか……。和田さんに丸投げするわけじゃなく、皆で地道に頑張っていきたいですね」
―――どうなるんだろう、というようなところへ役者さんと共に踏み出すことが、そもそも和田さんのやりたいことでもあるのでしょうか。
和田「演出をやっていていつも思うのは、自分の頭だけで考えられることはものすごく狭くて小さい、ということ。けれど、稽古場で俳優とディスカッションして思いつきを試してみたときに得られる広がりはすごく大きい。
演劇が複数の人間が集まる創作の形式であるからこそ、自分1人では辿り着けない、思ってもみなかったところに行けるはずだ、という期待がいつもあります。もちろん、どうなるかわからないということと、どうにかしないといけない、という狭間の葛藤はつきものですが、クリエイションのメンバーとは、すぐに答えを探そうとするよりも、考えるプロセスを時間をかけて一緒に辿る中で形を見出していきたいですね」

深刻になりすぎず、時には笑い合いながら
―――和田さんが作る作品では、舞台美術も大きな役割を担っていると思います。今回、大橋鉄郎さんが担当される美術についてお話しいただけますか。
和田「このインタビューの前にも、ちょうど大橋さんとオンラインで打ち合わせをしていまして(取材は8月下旬に実施)、美術プランを練っているところです。大橋さんが美術家としての活動の中で取り組んでいらっしゃる“男性性”への問題意識に演劇をやっている私がどう応答できるか、ということを考えるのはとてもおもしろいです。また、大橋さんも、演劇という場に何を投げ込めるか、いろいろアイディアを育ててくださっています。どんなふうに一緒に遊べるか、楽しみですね」
―――最後に、公演を楽しみにされているお客様に向けてメッセージをお願いします。
三田村「和田さんの創作のやり方は、一般的な演劇作品のように、劇作家兼演出家が先行してある程度の設計図を持っていて、創作を牽引するという形ではなく、演出家である和田さん自身も俳優と対等の立場で作品を作りながら答えを探します。僕としてはそれが面白いなと思って参加させていただいています。
そして今思うのは、『擬娩』のような女性性に紐付いた作品を、かつての和田さんのように女性が主導して作ったように、本来この作品は、男性が主導して作らなければならないものだったんじゃないかと。でも、それだと男だけの視点の作品になってしまうかなとも思うので、そういう意味では、和田さんが演出家でよかったと思いますし、どういう切り口で男性性についての作品を作っていくのか、とても楽しみです。って言うと他人事みたいですが(笑)、これから上演に向けて一緒に頑張っていけたらと思います。
あと、今は世間的に男性性の悪い面がピックアップされがちですが、もちろんそれだけではなくて良い面もあると思うので、あまりに自虐的というか、男性性の悪い面ばかりを取り上げて問い詰めるようなものにはしたくない。楽しく明るく笑いながら男性性を解きほぐせるような、そういうものにできたらなと思います」

―――男性性について考える作品というと、つい身構えて観なければならないような印象を抱かせてしまうかもしれませんが、実際の舞台には、三田村さんがおっしゃったように楽しく明るい部分も盛り込まれるのでしょうか。
和田「作品が最終的にどんなものになるかはまだわかりませんが、少なくとも現場で作っている我々が、眉間にしわを寄せて背負いこんだところで社会は変わらないわけです。とことん悩んで考えつくして、でも、時には馬鹿馬鹿しさに笑いあったり、今まで凝り固まっていた部分をほぐすような、そういう仕方で男性性というものを考え直したいと思っています。後ろ向きになることの方がちょっとイージーなんじゃないかというか。難しかったり複雑だったり、しんどかったりすることを、それでも明るく、かと言って諦めでもなく一緒に考える。その関係から作品を組み立てていきたいなと思っています」
―――では和田さんも、公演を楽しみにされているお客様に向けて一言お願いします。
和田「『擬娩』を作ったときに、実際に経験する人以外にも大きく関係するはずの妊娠・出産という出来事を、“女性”の話だ、と、ある意味ではとても狭くとらえていた自分に気づいて、反省しました。今回の男性性についても、男性性の当事者にとって日々直面していることであるのはもちろんのこと、この社会に生きている全員が、望むと望まざるとにかかわらず、関係を持たざるをえないものだ、というところから出発したい。この作品が、ひとりひとり異なる、さまざまな男性性との関わりについて話しはじめるきっかけになったらいいな、と思っています」
(取材・文:西本 勲)
プロフィール

和田ながら(わだ・ながら)
演出家。個人ユニット「したため」主宰。京都造形芸術大学芸術学部映像・舞台美術学科卒業、同大学大学院芸術研究科修士課程修了。主な作品に、多和田葉⼦の⼩説を舞台化した『⽂字移植』『祖⺟の退化論』、妊娠・出産を未経験者たちが演じる『擬娩』、dot architectsとの共同演出『うみからよどみ、おうみへバック往来』、やんツーとのコラボレーション《Great Emptiness》など。2018年より多角的アートスペース・UrBANGUILDのブッキングスタッフ。2019年より地図にまつわるリサーチプロジェクト「わたしたちのフリーハンドなアトラス」始動。セゾン⽂化財団2021-22年度、2025-26年度セゾン・フェロー。2025年よりKYOTO EXPERIMENTアシスタント・ディレクター。劇作家・兼島拓也とのポッドキャスト「愛でたいことばのガラパゴス!」配信中。

三田村啓示(みたむら・けいじ)
和歌山市出身、大阪市内在住。主に関西圏を中心に、演劇について多岐にわたる活動を行う。最近は賃労働と育児の合間に演劇作品に出られそうなら出たり、雑文や劇評を書いたりする。和田ながら演出作品は、したため#8『擬娩』(2023年)以来の参加となる。第18回関西現代演劇俳優賞受賞(2015年)。批評ではKYOTO EXPERIMENT主催【批評プロジェクト2025】において最終選出作品に選出。
公演情報

和田ながら『メンズ・ティー・パーティー』
日:2026年12月4日(金)~6日(日)
場:ロームシアター京都 ノースホール
料:3,800円 ユース[29歳以下]2,500円 18歳以下1,000円
※ユースチケット・18歳以下チケットは要身分証明書提示(全席自由・税込)
HP:https://rohmtheatrekyoto.jp
問:ロームシアター京都チケットカウンター tel.075-746-3201
24名限定!3,800円 ▶ 2,800円+カンフェティポイント付き!
