海に眠る人々に声が、歌が聞こえるか 実際に起きた炭鉱事故をモチーフにした新宿梁山泊の新作が3都市を巡る

 アングラ芝居の血脈を受け継ぐ存在として作品を世に送り出している新宿梁山泊。この数年の多彩なキャスティングや海外公演などで話題に事欠かない。そして9月からは、新作公演『海底骨歌』で3都市を巡る。
 本作は、浪花の唄う巨人・趙博による書き下ろしで、太平洋戦争中の1942年に山口県宇部市の長生炭鉱でおきた「長生炭鉱水没事故」をモチーフにしている。その危険性が指摘されながら、当時日本の植民地だった朝鮮半島から連れてこられた労働者を投入し、その結果、犠牲者の多くが朝鮮籍だというこの事故だが、事故後80年以上が経った現在もちゃんとした調査が行われていない。それを演劇作品に仕上げることになった経緯を演出の金守珍(キム・スジン)と、きっかけを作ったという俳優で参議院議員のラサール石井に聞いた。

―――『海底骨歌』が生まれたきっかけを教えてください。

金「きっかけはラサールさんなんです」

石井「ちょうど1年前の8月。僕が社民党の参議院議員になって、国会を終えて秘書に『6日と9日は広島・長崎へ行きたいんだ』と言ったら、『じゃあラサールさん、その間に近くですから山口の宇部に行きましょう』と提案されたんです。詳しく聞くとそれが長生炭鉱の話でした。同じ社民党の大椿ゆうこさんは、昨年の国会で長生炭鉱問題を石破首相(当時)に質問していましたが、お願いしても遺骨収集の資金を国も厚労省も全然出してくれない。そんな状況の中で見に行きました。寄付を募って集めた資金で重機を入れて、場所がわからなかった坑口(炭鉱の入口)を探すために付近を掘ったら、水がボコボコって出てきました。それが坑口でした。その時に僕はなんかすごい気持ちになったのね。そこから声が聞こえてくるような。僕は議員になったばっかりで、政治家よりまだ演劇人の方が濃いからこれを芝居にしたいと思い立ちました。芝居にしてもっと広めるべきだと思って。それで東京帰ってすぐに金

さんに電話して話したら二つ返事でやりましょうと。そして脚本はパギやん(趙博)に書いてもらいましょうと」

金「もう直感ですね(笑)。パギやんは日本育ちで学校も出ていて、ちゃんとしたハングルも歴史も網羅している。どっちかというと学者肌なんです。なにしろかつては河合塾で英語の名物講師だったくらいの人ですから。その年収をなげうって、なんで芸人になったのか(笑)。そんな彼の知恵と知識を僕がいじりながら、新劇的なリアリズムとも違う形で作りました」

―――台本を見ると、所々に唐(十郎)さん的なエッセンスが見て取れます。

金「完璧にそうですね。その霊や骨たちが語るとかね。この作品は僕らの十八番である『人魚伝説』が舞い戻ってきた感じがしています。海を背景にしているしね。本当はピーヤ(今も海から顔を出している炭鉱の排気・排水筒)を砂浜に建てようとしたけど、市が許可してくれませんでした。でもこの話はたぶん100年先まで続くんじゃないかと思います。解決できない日韓の負の歴史として。だからいつかは出来る事を心に持って、今回の宇部公演ではピーヤの近くの公園でテントを建てることにしました」

石井「追悼の碑がある場所です」

金「だから海を少し移動してきたわけです。大阪でも東京でもその海を持っていきます。規模は大きいですよ(笑)」

―――金さんの意識の中では、長生炭鉱での事故が作品のモチーフではあるが、それだけの話ではないと。

金「この問題は長生炭鉱だけの問題じゃなくて、日本帝国主義・軍国主義の犠牲者たちの慰霊なんです。北海道や九州の炭鉱、その他長野のダム工事とか。そういった過酷な現場に当時の植民地からどれだけ連れてこられたか。強制連行は政治的になかったことになってるんですけど、歴史の事実ですから」

―――ラサールさん、出来上がった脚本をご覧になった印象は?

石井「まず5月にプレイベントとして1時間くらいのお芝居をやりましたが、それがとっても良かったんです。題材はどう考えても暗く重いのですが、パギやんがうまく歌や音楽を入れてくれて明るくしてくれる。俗に言うこのお芝居の起承転結みたいなストーリーではなく、いろいろオムニバス的にあつまった話ですけど、結果的にこれが1つの筋になって、流れになっています」

金「この問題に取り組む市民団体に『長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会』がありますが、そこのみなさんにも登場してもらうなど、リアルな部分も持ち込んでいます。その上でのフィクションにしています。さらにパギやんが持っている関西人ならではのユーモア感覚が、また侮れないんです」

―――パギやんは在日関西人を自称していますよね。

金「そう、在日関西人(笑)。朝鮮人も韓国人も嫌だというんですよ。そういうボーダーに僕らはいて、どっちにも属さないで、どっちにも行ったり来たりしている。そんな自由さが僕らの特権かなと。どこにも属さなくてもアイデンティティは一人ひとりがちゃんと持っている。それがこれから文化を作る基本かなと思うんですよね。未来を僕らが現在系で語るときに、いろんな角度、ベクトルで歴史認識を見なきゃいけません」

―――ところで、ラサールさんから見て金さんはどんな演出家でしょう。

石井「もう理屈では括れない演出家です。脚本に沿って進めなきゃなんてことは全然思わなくて、感性でもっとガーンとしたものが欲しいと思うと入れちゃうし、脚本もどんどん書き換えていっちゃう。それは他人が書いた脚本でも一緒です。そうやって構築していく感じがすごく面白い。縛られてない人ですね」

金「蜷川さんは作家至上主義思想主義だったんですよ。組んでいた清水邦夫さんが書いた脚本を一字一句変えるなと。それこそ作家が発狂して頭を壁に打ち付けながら『、』か『。』かを悩んで書いたものを役者ごときが変えるなと。『役者は一生自分の言葉を持つな。そこに悲惨と栄光がある』というのは蜷川さんから教わった僕の座右の銘ですが、唐さんのところに行った途端に『言い方変えたよ、面白いからいいんだよ』って言うんです。唐さんってすげえなと思ったんだけど、でもやりつづけると自分の言葉だから変化がない。深みがないから段々と飽きていくんです。すると唐さんは遊ばせるだけ遊ばせておいて、『あれ? こう書いてあるんだけど、なんで君はそうしゃべるんだい』って言うんです。ゾッとしましたけどそんな育て方でした」

―――逆に金さんから見て、役者・ラサール石井はどんな存在ですか。

金「コント赤信号で観たときに面白い人だと思ったし、同時にすごいインテリチックな笑いを取るんだなと思ってました。一つひとつの言葉の発し方が深いです。やはりインテリです。ラサールさんとはつかこうへいさんの『飛龍伝』をご一緒しました。あれは1回チャレンジしたかった作品ですが、それを見事にこなしてくれました。もの凄い長台詞なんですよ。普通の役者はできません」

石井「5ページくらいずっとしゃべっているもんね(笑)」

―――では最後におふたりからみなさんへのメッセージをお願いします。

金「知らないことは罪だと僕は思うんです。歴史認識の何が間違いで何が正しいかは断定はできない。でも知らない世界を知ってほしいんです。エンターテインメントに触れつつ少し考え、普段使わない脳みそを使って、こういうこともあるんだ、知らなかったからもっと知りたいと思ってほしい。そうなったら演劇の力を信じられます。僕は観客のみなさんに楽しく霊魂たちと一緒に語り、最後はみんなで合唱したいんです。歌って記憶に残るじゃないですか、だから歌でクサビを打っていきたいなと。パギやんにはその想いが伝わって、7曲くらい降臨したそうです。それに今回は生楽器が加わり舞もありますから、そりゃ贅沢ですよ」

石井「1年前にやりたいと思ったことがもう実現してるのは、大概がああだこうだ言っている間に立ち消えになるこの世界では珍しいことです。金さんの実行力と情熱が人を動かすんですね。そして僕が想像してたものよりも大きなものとして実現します。僕も恥ずかしながら議員になるまではいろんなことを知らなかったわけですけど、これによって話題になり、こういうことがあるんだってことが分かってもらえたら嬉しいです」

(撮影&文:渡部晋也)

プロフィール

金 守珍(きむ・すじん)
東京都出身。新宿梁山泊主宰・演出家・映画監督。蜷川スタジオを経て状況劇場に参加し、俳優として後期状況劇場で活躍。蜷川幸雄・唐十郎という両巨頭からの薫陶を受ける。解散後の1987年に新宿梁山泊を立ち上げ、俳優としてだけでなく演出家として作品を発表。紫テント公演から劇場公演まで、幅広い状況での上演に挑んでいる。さらに外部作品での演出も多数。2001年、日韓合作映画『夜を賭けて』では監督を務めた。

ラサール石井(らさーる・いしい)
大阪府出身。鹿児島 ラ・サール学園高等学校卒業にちなみ、芸名「ラサール石井」を名乗る。お笑いトリオ「コント赤信号」のメンバーとして数々の番組に出演して人気を得る。その他にも、司会やクイズ番組の回答者、M-1グランプリ審査員として出演。さらに舞台・ドラマ・映画などに多数出演し、演出家としても活躍。ミュージカル『HEAD UP!』で読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。2025年の参議院選挙で初当選。参議院議員としても活動している。

公演情報

新宿梁山泊 第82回公演『海底骨歌 해저골가』

日:2026年10月17日(土)~28日(水) 
場:赤坂サカス広場 特設紫テント
料:階段指定席5,500円 桟敷自由席[整理番号付]4,000円 U25[25歳以下・桟敷席限定]2,500円 ※要身分証明書提示(税込)
HP:https://s-ryozanpaku.com 
問:新宿梁山泊 mail:shinjukryozanpak@gmail.com

インタビューカテゴリの最新記事