
「考えてもらう」のではなく「知ってもらう」をコンセプトに、観客の脳裏に強烈な印象を焼き付ける創作に挑戦するナイスコンプレックス。目下、オリジナル作品による全国周知と連続公演を目標に掲げ、「100年後も残る」新たな戯曲の創出を目指している。その第1弾が1954年に誕生したアメリカの法廷ドラマ『12人の怒れる男』をオマージュし、近未来の日本を舞台に描いた本作だ。
―――車が空を飛び、AIが家族として人権を握る時代。認知症を患った母から安楽死を請われた息子のアンドロイドはその願いを受け入れた。人類初というAIによる“親殺し”を裁くのは12人の陪審員たち。「愛か、罪か?」「人間とは何か?」 命の境界線に議論を続ける12人が出した答えとは?
主宰・プロデューサーで総合演出を手掛けるキムラ真と、本作では陪審員7号役と初演出を担う池下重大、そして陪審員4号役を演じる大内厚雄に意気込みを聞いた。
―――新作には「安楽死」「AI」というテーマを盛り込みました。着想はどのようにして?
キムラ「僕が純粋に戯曲として素晴らしいと惚れ込んでいた『12人の怒れる男』を2018年9月のプロデュース公演第1弾として上演して以来、何度も再演させてもらっていたのですが、コロナ禍で上演が厳しくなりました。それからコロナ禍が落ち着いて公演活動が可能になった時に、原作があるものから、何か自分達で創作をしたいという思いが大きくなりました。
原作は世界的に愛される1957年公開のアメリカ映画『12人の怒れる男』ですが、スラム街で父親から虐待を受け続けた少年が父親殺害の罪を問われるという舞台背景を日本に置き換えた場合、映画の中の陪審員のように少年を『死刑にしてしまえ』と言える人がいったいいるのだろうかとずっと悩んでいた時に、AI(人工知能)という存在が浮かびました。
高齢化社会と人手不足が顕著になる日本社会の近未来を想像した時に、近年開発が進んでいる介護ロボットが進化して人間のような感情を持ったAI搭載型のアンドロイドが一家に一台いるという時代が来てもおかしくはない。養子として人権も付与されたアンドロイドが認知症を患った親から安楽死を求められ、それを実行してしまい、殺人の罪を問われるという物語を思いつきました。恐らくその時代はさらにコンプライアンスが厳しくなり、きっと感情を公衆の前で見せることすら難しく、誰も怒れないんじゃないだろうかと、このタイトルにしました。ただ怒ることができないというのではなく、感情にふたをしていても、怒りをきっかけにその人が持つ本質が見えてくるという意味も込めました。
演出は僕が心から信頼する池下重大さんにお願いして贅沢なストレートプレイにしたいと思っています」
―――池下さんは本作で出演だけでなく、演出も担当されています。
池下「今まで僕は演出を一度もやったことがなく、打診も受けたことはありませんでした。今年4月にあったナイスコンプレックスさんの本公演『劇団』に出させてもらった時に、キムラさんから次回公演の出演を打診されたのですが、まさかの『演出もお願い』と言われて返答にかなり時間がかかりました。でも正直無駄な時間でしたね。どうせやっちゃうんだろうなと思ってましたから(笑)
まだ脚本も完成していないですし、何も動いていないのですが、後ろに総合演出でキムラさんが控えているということは自分が前線に出ていいんだと。今後演出家になる予定もありませんし、自分が稽古場でやってきたことをそのまま出そうと。役者だけでなく色んなスタッフともしゃべれることが今から楽しみです」

キムラ「裏話としては、陪審員7号というキャラクターの配役が最後まで決まらなかったんですね。役割としては中年男性の訪問販売員で話術が得意でせっかち。議論を急かすいわば“回し役”なんですね。こんな適当でとんでもないおっさんを任せられる人は……いた!と池下さんにお願いしました。僕が心から信頼している役者さんなので」
池下「『12人の怒れる男』でも似たようなキャラクターがいて、面白いなとずっと思っていました。これが出来たらなと思っていたら、まさか自分に回ってくるとは! でもあまり考えずに楽しくやりますよ(笑)」
―――演出ではどのように作品に関わりたいですか?
池下「自分からこうしたい!というイメージはありませんが、まず1つは役者と関わることですね。これは今までと変わらずです。いつもより少し雑談を増やせばいいと思っています。経験が無い事とすれば、スタッフさんとの関わりですね。照明さんや音響さんにシーンのイメージを持ち込んで一緒にすり合わせないといけないですし、どの程度までが実現できるかなど、初めてのことが沢山ありますが、自分としては楽しみが大きいです。その場その場でベストな選択ができたら良いと思います」
―――大内さんはナイスコンプレックスさんの舞台には初出演になりますが、本作にどのような印象を持ちましたか?
大内「同じ原作のオマージュ作品として三谷幸喜さんの戯曲『12人の優しい日本人』がありますが、あちらはコメディー。同じ日本人を題材にしてこちらはどの様になるのかな?と楽しみにしているところです。テーマが『AI』と『安楽死』ですが、50年後がいったいどうなっているんだろうかと。AIに感情を持たせることの是非について議論など、人類がクリアしないといけない壁が沢山あると思いますが、そういう場面で現れる人間の倫理観や安楽死を巡る死生観などのぶつかり合いの中に作品としての面白さが生まれるのではないかと思っています。本作で死ぬのは人間ですが、これがもしアンドロイドだったらどうなるのかなど。AIデータの削除もある意味安楽死でもあるわけです。それを巡る登場人物達の苦悩や混乱は時にコメディーに映るかもしれませんね。そういう意味でもホットなトピックだと思います」

キムラ「大内さんがおっしゃるように、確かにコメディー要素が含まれているかもしれません。昔、海外で上演されている舞台『12人の怒れる男』を観たことがあるのですが、お客さんが爆笑しているんですよ。同じ本なのに。固定概念で重々しい議論にしなければならないという足かせを一度外して、観やすくしたいという思いがスタート地点にありました。人が怒っている姿はどこか可笑しさがあると思っていて、三谷さんの作品も考察分析しました。敢えてコメディー要素を入れるのではなく、書き進めていくうちに自然に出てくる議論の楽しさがあると思っています。
AIの倫理観を巡る議論となるとそれだけで作品が1本立ってしまう。なので本作では事件を裁く陪審員室にフォーカスして、観やすい。でも軽くない作品にしたいと思っています」
―――ロイヤル傍聴席とはいったいどのようなものでしょうか?
キムラ「簡単に言えば、舞台に向けられたマジックミラーと思ってください。役者が立つ舞台が水族館の水槽だとすればそれを外から自由に覗くことができる席です。僕はずっと演劇の客席はなぜ固定されないといけないのかが不思議で、フェスやお祭りのように行きたいところに行けるようにできたらいいなと思っていました。ロイヤル傍聴席のお客様は、普通席のお客様からは見えない仕組みになっています。僕からすれば夢の演劇環境ですね。過去の『12人の怒れる男』でも実施して大好評でした。そこに価値を見出してくれるお客さんにとってはファーストクラスと言えます。
それは役者にとっては誰かに監視されている状況であり、例えそこにいなくても、見られているかもしれないという緊張感につながります。それがまた作品にスパイスを加えてくれると期待しています」

池下「なるほど! 僕が出演した時はコロナ禍で、ロイヤル傍聴席はまだ未体験なので今から楽しみです。前にお客さんがいるのは慣れていますが、後ろや横にもいると思うと何か笑えてきますね。見えなくても気配は感じそう」
大内「確かに面白そうですね。普段ならスタッフさんがいる位置から水族館の水槽のように顔を近づけて覗くって、演劇では想像できないですよね。逆にその姿を僕らが見たいぐらい。お芝居が好きな方なら一度は経験されたほうがいいですね!」
キムラ「一応、ロイヤル傍聴席には『黒のお召し物』というドレスコードがあります。白などの明るい色は透けてしまうので。この作品がこの先もずっと愛されるものにしていきたいですし、会話劇は年齢層関係なく椅子とテーブルさえあればできるもの。その為にフリーライセンス化も予定していますし、全国各地で上演してもらえたら、作り手としてはこれ以上嬉しいことはないですね。その為には知って頂き、続けていくことが大事です」
―――最後に読者の方にメッセージをお願いいたします。
池下「僕は演劇は基本的に『陽』のものであって欲しいと思います。どんなにシリアスなテーマであっても、観た人に陽のエネルギーを提示するものであって欲しい。それを少しでも強められたらと思っています。是非、ご期待ください!」
大内「性格や背景もことなる12人の陪審員が登場するという点から、観ている方の色んな部分に刺さると思うんですね。共感してもらうことで、演者と一緒に泣いたり、笑ったり、悩んだり、感情の共有が可能になる。それが結果的に台本を超えたものになっていくと思います。そういうお芝居にできたら嬉しいです」
キムラ「毎年楽しみにしてくれる方が多い作品でしたが、コロナ禍で途絶えて、今回新たにオリジナル作品として発信していきます。様々なジャンルの第一線で活躍する役者が集まってくれており、他では出来ない豪華な顔ぶれですので、必ず新たなスタートになると信じています。
そして将来的には舞台版『12人~』と言えばこれだと思われる作品にしたいですね。演劇が大好きな役者とスタッフが渾身の力を込めてお贈りする新たな会話劇を是非お愉しみください! 皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております」
(取材・文・写真:小笠原大介)

プロフィール

大内厚雄(おおうち・あつを)
1972年3月16日生まれ、大阪府和泉市出身。神戸大学工学部卒業後、1995年、演劇集団キャラメルボックスに入団。2012年『アルジャーノンに花束を』ハノルド・ニーマー役、2013年『盲目剣谺返し』主演、2017年『スロウハイツの神』主役、など中心メンバーとして、多くの公演に出演。自身のユニット「Story Dance Performance Blue」で企画・脚本・演出・振付も手掛けている。2012年より、スーパーエキセントリックシアター映画放送部所属。

キムラ真(きむら・まこと)
1981年7月17日、宮城県生まれ、北海道(札幌)育ち。北海道釧路教育大学の演劇部出身。2007年、ナイスコンプレックスを旗揚げ。主宰を務めるナイスコンプレックスの脚本・演出・役者の他にも、外部団体企画舞台の脚本・演出なども務める。 その特徴としては、劇場という空間における創造力と想像力の融合を実現し、 演劇性を持ったエンターテインメントを提示している。 主な活動に、ナイスコンプレックス全作品執筆、ほぼ全作品の演出。『極上⽂學』シリーズ演出、舞台『ペルソナ3』シリーズ演出、『チャージマン研!』演出、SOUND THEATER『xxxHOLiC』、『夏目友人帳』演出、『それいけ!アンパンマンミュージカル』演出、舞台『黒薔薇アリス』演出、舞台『BLACK BIRD』、舞台『かげきしょうじょ』演出、他、多数。また、企業案件CM や北海道の情報ワイド番組の構成・編集など映像の活動も行なっている。

池下重大(いけした・じゅうだい)
1974 年2月16日生まれ、愛知県名古屋市出身。1999年より俳優としての活動を開始し、舞台を中心に幅広く活躍。1999年から2015年までは劇団桟敷童子に所属し、その後フリーとして活動。数々の舞台公演で存在感を発揮し、独自の演技スタイルで観客を魅了している。 主な活動に、 劇団桟敷童子での活動(1999年〜2015年):『博多湾岸台風小僧』、『海猫街』、『ふうふうの神様』など多数の作品に出演。 ナイスコンプレックス関連公演:『12人の怒れる男』(8号役)、『劇団』(演出家役)。外部舞台:『二十日鼠と人間』(演出:鈴木裕美)、『グッド・バイ』(脚本・演出:山崎彬)、 『戯伝 写楽2018』(作:中島かずき、演出:河原雅彦)、『ファントム』(脚本:アーサー・コピット、演出:ダニエル・カトナー)、 『ジャンヌ・ダルク』(脚本:中島かずき、演出:白井晃)、『櫻の園』(翻訳:木内宏昌、演出:千葉哲也) 。映像作品:映画『瀬戸内海賊物語』(2014年)二階堂隼人役、テレビドラマ『石子と羽男 -そんなコトで訴えます?-』(2022年・TBS系)第10話などに出演。
公演情報

ナイスコンプレックスN38『12人の怒れヌ日本人』
日:2025年9月3日(水)〜7日(日)
場:調布市せんがわ劇場
料:ロイヤル傍聴席[舞台上席・特典付]15,000円
Nシート[前方席・特典付]9,900円
一般指定席5,900円
平日昼割[9/5 14:00]4,800円
U22席[22歳以下]3,800円 ※団体のみ取扱
(全席指定・税込)
HP:https://naikon.jp
問:ナイスコンプレックス制作部
mail:info@naikon.jp