熱気に包まれたカオスの饗宴、新たな船出!ミュージカル『ダンス オブ ヴァンパイア』

熱気に包まれたカオスの饗宴、新たな船出!ミュージカル『ダンス オブ ヴァンパイア』

2006年の日本初演以来、熱狂的なファンを獲得して上演を重ねているミュージカル『ダンス オブ ヴァンパイア』が、東京・池袋の東京建物 Brillia HALLで上演中だ(31日まで。のち6月7日~15日愛知・御園座、7月4日~12日大阪・梅田芸術劇場メインホール、7月19日~30日福岡・博多座で上演)。

ミュージカル『ダンス オブ ヴァンパイア』は、『エリザベート』『モーツァルト!』『マリー・アントワネット』『ベートーヴェン』等多くの傑作を手掛けるミヒャエル・クンツェが脚本と歌詞、映画「ストリート・オブ・ファイヤー」のテーマ曲の作曲家ジム・スタインマンが音楽を担当して、1997年にウィーンで初演されたミュージカル。日本では2006年帝国劇場で初演され、重厚な序曲から一転、繰り広げられるコメディホラーワールド、美しくキャッチ―なメロディと現代のリズムが融合したミュージカルナンバー、欲望VS理性という深淵なテーマを描きながら、それらを全て笑い飛ばす怒涛のフィナーレに突入する、理屈も定石も超えたカオス感覚が広がる唯一無二のミュージカルとして愛され続けている。今回は日本初演以来ヴァンパイアのクロロック伯爵を1人双肩に担い続けてきた山口祐一郎に加え、Wキャストで城田優が初登場したのをはじめ、新鮮なメンバーが揃い、作品の新たな時代の幕開けを感じさせる上演となっている。

【STORY】
ヴァンパイアの故郷として知られる極寒のトランシルヴァニア。村人たちが「ガーリック、ガーリック」と歌いながら大騒ぎする宿屋に、大雪に阻まれて気を失ったアブロンシウス教授(石川禅/武田真治・Wキャスト)を抱えて、助手のアルフレート(太田基裕/寺西拓人・Wキャスト)が転がり込んでくる。宿屋の主人シャガール(芋洗坂係長)とその女房レベッカ(明星真由美)、女中のマグダ(青野紗穂)をはじめ村人たちが教授を介抱。意識を取り戻した教授は、村人たちが肌身離さずかけているガーリックの首飾りから、長年続けてきたヴァンパイア研究の目的が果たせる地にたどり着いたことを確信する。
そのまま宿屋に滞在することになった二人だったが、エキセントリックな教授と対照的に、助手のアルフレートは気が小さく、臆病なところのある性格。しかし宿屋の娘サラ(フランク莉奈/中村麗乃・Wキャスト)に一目惚れしたとたん、心ここにあらずで、こと恋愛にだけはまっしぐらだった意外な一面を見せる。お風呂が大好きなサラも、バスタブの中で身を清めながらアルフレートの猛アピールにまんざらでもない様子。
一方シャガールは夜がふけるとレベッカの目を盗んで、女中のマグダの部屋に通っていて、宿屋は恋と欲望が各部屋に渦巻く事態に。そんななか、アルフレートの他にもう一人、サラを求める存在がいた。息子のヘルベルト(ジュリアン)、召使のクコール(駒田一/伊藤今人・Wキャスト)と城に暮らす、ヴァンパイアのクロロック伯爵(山口祐一郎/城田優・Wキャスト)だ。どことなく寂寞としたオーラを放ちながら宿屋に近づいた伯爵は、親の束縛から逃れて羽ばたきたいサラの心に巧みに忍び寄って……

この作品に接する度に思うことなのだが、舞台と客席が一体となってあたかもLIVE会場かのように踊り騒ぐフィナーレの熱気に接していると、ライターを職業にしている身として極めて無責任なのだが、もう理屈などどうでもいい、という気持ちが襲ってくるのを止められなくなる。もちろんその想いを抑え込んで分析するならば、こうした不死の存在を描いた作品は、だからこそ限りある命の輝きと、そのなかで精一杯生きることの尊さを逆説的に照射していることが極めて多い。この作品もその真髄は持ち合わせていて、クロロック伯爵が永遠の命を生きてきた故の虚しさや、見送り続けてきた愛する者への哀惜を歌いあげる「抑えがたい欲望」のビックナンバーに、そうした思いが込められているのはきちんと伝わってくる。更に終幕の展開には「つまりそういうことだよね?」というここから続く未来への暗喩が込められてもいて、怒涛のように流れ込む前述のフィナーレ、ヴァンパイアたちの饗宴は理論的に解釈するなら、かなりゾッとする光景のはずなのだ。例えばミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』のラストが導き出す感覚と共通するものが、そこには確実にあるのだから。

だが……
このミュージカル『ダンス オブ ヴァンパイア』を唯一無二にしているのは、そうした考察や分析の類を全て蹴散らして、客席を、更には劇場空間全体をエンターティメントの波動に巻き込んでしまうパワーに他ならない。そこにはせっかく劇場で、非日常のなかにいる時間くらい、欲望のままに踊り騒いでもいいじゃないか、という竜真知子の傑作としか言いようのない意訳通りの「モラルもルールもまっぴら!」な世界観が広がっている。だから降りしきる雪や、揺れる赤いスカーフや、拍手や歓声のなかにいると、全てがどうでもよくなってただ「楽しかった~!」という気持ちだけが残ることになる。こんなミュージカル、滅多にない。

思えば、1967年のロマン・ポランスキー監督の映画「吸血鬼」のストーリーを踏襲しているとは言いながらも、永遠の文学青年を思わせるミヒャエル・クンツェがこうした、ある意味ぶっ飛んだ作品の脚本を手掛けていることにも驚かされる。何より世界が自己の利益追求にのみやっきになっていくばかり、と感じさせる2025年のいま、謂わば世界中が「モラルもルールもまっぴら!」の道を進んでいるうすら寒さのなかにあってさえ、『ダンス オブ ヴァンパイア』がそんな世情に負けることなく、全てを「楽しかった!」で括るエネルギーを持ち続けていることに感嘆する。そればかりか、この作品を楽しく観られているうちは、まだ人類はギリギリ大丈夫、そんな気にさえなってくるから不思議だ。それは日本版演出を担い続ける山田和也の、常に作品に対してフラットで、こうしたケレン味の強い大劇場ミュージカル作品から、小劇場での数人の台詞劇まで変わらない、物語世界の魅力をそのままに届けることに腐心している真摯な演出あってこそ生まれる感覚で、それがつまりは俳優陣の魅力がストレートに発揮される舞台創りにつながっていく。

その筆頭、日本のクロロック伯爵のオリジナルキャストとして、作品を牽引しつ続けてきた山口祐一郎は、今回もその唯一無二の存在感で舞台を掌握している。『ダンス オブ ヴァンパイア』のストーリーを転がしていくのはアルフレートだし、伯爵の初登場シーンも比較的遅い。それでもその最初の出のゾクゾク感、お待たせしました主役の登場です!と言わんばかりのスターオーラにはただ圧倒される。何より山口のクロロック伯爵には、長い年月を生き続けてきた哀愁と共に滋味深さがあって、息子のヘルベルトや召使のクコールへの態度にも慈愛が感じられる。同時にこうして生き続けていることを諦観と共に受け入れてもいて、その運命をどこかでは楽しんでもいるようなチャーミングさを残すのが、作品が持つ理屈を超越した感覚にピッタリと合う。今回の上演では囁くごとくの高音と、迫力の重低音を明確に歌い分けてキャリアを重ねて尚進化する、オンリーワンの輝きを示してくれた。

そんな山口が1人支え続けてきたクロロック伯爵、つまり『ダンス オブ ヴァンパイア』という作品に、もう1人の主人公として初登場したのが城田優。どこかではこの作品の日本上演は山口と共に在るのかも…と思っていたところに、城田クロロック伯爵のキャスティング発表を聞いた瞬間の「その手があったか!」というまさに膝を打つ感触そのままの、耽美で美しい、劇画から抜け出して来たような伯爵像で魅了する。山口の鬘や衣裳のビジュアルを踏襲せず、城田独自の創りこみをしてきたのがまず大正解で、未だ運命を受け入れられず、サラを求める思いにも葛藤が強く出る怜悧な魅力が孤高につながり、サラがひと目で心を奪われる様に説得力がある。演出や主人公からひとつ離れた役にも意欲的なアーティスト気質の高い人だが、やはりこうしたセンター力を必要とする役柄が俳優・城田優の真骨頂。当たり役を引き当てた煌めきが眩しい初役になった。

その伯爵とアルフレート双方から愛される宿屋の娘・サラには新キャストが揃い、その1人フランク莉奈は、『ロミオ&ジュリエット』のジュリエット役で一躍注目を集めて以降、色の濃い役柄にも多く取り組んできた経験値を活かし、コケティッシュで小悪魔的な魅力を持つサラ役を表出して新鮮。それでいてアルフレートに対する言動にも、どこからが魔性でどこまでが無自覚なのかを明確にしないバランス感覚が絶妙で、あざとさを感じさせないフランク莉奈ならではのサラになっている。

一方の中村麗乃はなんと言っても『Endless SHOCK』で演じたリカ役のイメージが鮮烈な、王道ヒロインにピッタリの持ち味を生かした、恋に恋し、自由に憧れる18歳のピュアな乙女としてサラを具現したのが、Wキャストの妙味にあふれる。アルフレートが自分に恋をしたことにもちゃんとときめいてはいたものの、伯爵の登場によってまだ見ぬ世界へと強烈に誘われていく様が、変わり身の速さではなく、この年代らしい心の揺れの発露に見えるのも美点で、所属する「乃木坂46」からの卒業を発表しているが、今後も是非舞台で活躍して欲しい人だ。

脚本のミヒャエル・クンツェがこの作品を「アルフレートの成長物語」と位置づけている、ヴァンパイア研究に没頭するアブロンシウス教授の助手アルフレートも新キャストで、その1人太田基裕は、気が小さく臆病でもある役柄の、天然なボケ味とも言える部分を前面に出した役創りが、クールな役柄が抜群に似合う太田が演じるからこその、ギャップの魅力にもつながってなんとも微笑ましい。そんなアルフレートがサラにひと目惚れをしたことで、彼女を守ろうという一心から勇気を絞り出していく変化が明確なのも、作品の根幹を支えていて、名曲中の名曲「サラへ」の熱唱も耳に心地よかった。

他方、寺西拓人のアルフレートは、要領が悪く気弱という基本は押さえつつ、アブロンシウス教授の助手としてはそれなりに優秀なのだろうなと思わせる、かいがいしさや一生懸命さがストレートな、歴代とはひと味異なる造形が新鮮。サラへの恋心からの行動にも眠っていた芯の強さの覚醒を感じさせていて、教授、サラ、伯爵それぞれと対峙する芝居や歌唱の反応の良さもいい。特に終幕の急展開後に見せる巧みな表情変化には是非注目して欲しいし、言わずもがなのフィナーレの魅力も含め、寺西がひたひたと培ってきたものに、旬の勢いが加わった演じぶりが嬉しい。

また、今回の上演のイメージを、より新しく感じさせているのがシャガールの芋洗坂係長と、その女房レベッカの明星真由美の、こちらも新キャストによる夫婦像だと思う。芋洗坂、明星共に役柄が持つアクの強さが僅かに後退していて、芋洗坂からは女房とひとつ屋根の下にいながら、女中のマグダの部屋に忍び込む好色な主人、という以上に美しい娘の身辺を警戒する父親の顔が。明星のレベッカからはそんな夫の一挙手一投足に気が気ではない妻の顔が、それぞれ色濃く出るのが、これまでの上演とは異なる印象を生んでいる。その後レベッカはどうなったのだろう、にも思いが至るペーソスを感じさせて深い。

クロロック伯爵の息子ヘルベルトも初役で、ブロードウェイで活躍し日本ミュージカル界には久々の登場となるジュリアンが扮して、これまでのどこか破壊的に近い強烈なイメージから、ひとつ耽美な方向に照準を寄せたのが多様性を重んじるいまの時代にあっている。何よりも美しいヴァンパイア像が目に残り、今後日本での活躍も是非観たい人だ。

シャガールとの情事を楽しむマグダの青野紗穂は、アルフレートをドギマギさせる冒頭の宿屋のシーンから、色気たっぷりを過度に表現しない方向性が新鮮。マグダなりの真心でシャガールを愛していたことがよく伝わり、後半のヘアメイクの変化が強すぎないのも、そんな青野のマグダによく合っている。

クロロック伯爵の召使クコールは、山口同様初演以来この役を演じ続けている駒田一が、創り込んだビジュアルからこぼれ出る可笑しみと、底知れない怖さとを自在に操って盤石。「クコール劇城」と呼ばれる幕間の小芝居も、観客も沸かせる名物で日々の変化が楽しい。

そのクコールにもニュー・キャストとして伊藤今人が初参加。ダンスエンターティメント集団「梅棒」の代表だけに、身体表現にかなりの制限があるクコール役でも細かい反応が軽やか。オリジナルキャストの駒田に対する敬意とプレッシャーも、笑いに変換して見事だった。

ヴァンパイア・ダンサー=伯爵の化身は、前回2019年上演から続投の佐藤洋介が、気品高い伯爵の化身をスタイリッシュに踊るのに対して、初参加の加賀谷一肇が野性味あふれるワイルドな踊りっぷりで、それぞれの個性を発揮し見応えがある。幻想のサラ、サラの化身の畠中ひかり、アルフレートの化身の水島渓をはじめ、ヴァンパイア・ダンサーの吉﨑裕哉酒井航渡辺謙典渡邉春菜小石川茉莉愛藤田実里堂雪絵が繰り広げるハイレベルなダンス、ヴァンパイア・シンガーの川島大典岡施孜桜雪陽子坂口杏奈の見事な歌いっぷりも、作品タイトル『ダンス オブ ヴァンパイア』をストレートに想起させる存在になった。村人のなかでも個性を発揮する、さけもとあきら伊藤俊彦森山大輔はもちろん、ヴァンパイア・ダンサー&シンガーとは別クレジットのアンサンブル陣の麻田キョウヤ天野翔太川口大地折井理子千葉由香莉小林風花今野晶乃宮内裕衣森下結音もよく踊り、歌い、スウィングの佐渡海斗髙田実那を含め、作品のミュージカルとしての楽しさを存分に支えている。

そして、ヴァンパイア研究に情熱を傾けるアブロンシウス教授には、再演の2009年からこの役柄を演じ続ける石川禅が、こと研究となると人が変わるものの、根っこには温かな情愛を持っていると感じさせる教授像を、今回も豊かに表現している。どんな役を演じても、この役柄が一番だなと思わせる稀有な才能の持ち主だが、安定感だけでなくその場で起こったことに反応していると感じさせる、役者としての地力の高さが役柄を常に新鮮に見せてくれていて、どこかで必ずキュートなのも石川教授の真骨頂だった。

このアブロンシウス教授にも新キャストで武田真治が初参加。武田が演じると知っていて、瞬間「誰?」と思わせるほど役柄に没入したエキセントリックさが光り、真実を見抜く目を持っているが故に、他者に理解されない天才研究者の鬱屈がよく出ている。クライマックスの展開で石川教授には「気づいて!気づいて!」と思うのだが、武田教授には「無理だな、周りは見えてない」との諦めが湧いたのが観劇していても非常に新鮮だった。年年歳歳貴重な俳優になっている。

こうして書いてきて改めて驚くほど新たなキャストが加入している効果も大きく、壮絶なチケット難で様々な組み合わせの観劇がどうしても叶わなかったのは無念だが、作品が確実に続いていくという確かな手応えを感じられたのが嬉しく、今の上演が作品とのファーストコンタクトの観客も多く生んだことだろう。全国ツアーも控え、是非ゆとりを持って客席に座り、劇場全体で繰り広げられる『ダンス オブ ヴァンパイア』のカオスな興奮、夏に向かってエネルギーを増していく饗宴を、更に多くの人に体感して欲しい。

取材・文・撮影/橘涼香

公演情報

ミュージカル『ダンス オブ ヴァンパイア』
脚本/歌詞◇ミヒャエル・クンツェ
音楽◇ジム・スタインマン
ヴォーカル・ダンス編曲◇マイケル・リード
演出◇山田和也
振付◇上島雪夫
翻訳◇迫光
翻訳・訳詞◇竜真知子

出演◇クロロック伯爵:山口祐一郎/城田優(Wキャスト)
サラ : フランク莉奈/中村麗乃(Wキャスト)
アルフレート:太田基裕/寺西拓人(Wキャスト)
シャガール : 芋洗坂係長
レベッカ:明星真由美
ヘルベルト:ジュリアン
マグダ:青野紗穂
クコール:駒田一/伊藤今人 (梅棒) (Wキャスト)
ヴァンパイア・ダンサー=伯爵の化身 : 佐藤洋介/加賀谷一肇(Wキャスト)
アブロンシウス教授 : 石川禅/武田真治(Wキャスト)
ヴァンパイア・シンガー:川島大典 岡施孜 桜雪陽子 坂口杏奈
ヴァンパイア・ダンサー:吉﨑裕哉 酒井航 渡辺謙典 水島渓
渡邉春菜 小石川茉莉愛 藤田実里 堂雪絵 畠中ひかり
アンサンブル:さけもとあきら 麻田キョウヤ 伊藤俊彦 森山大輔 天野翔太 川口大地
折井理子 千葉由香莉 小林風花 今野晶乃 宮内裕衣 森下結音
SWING:佐渡海斗 髙田実那

5月10日~31日◎東京・東京建物Brillia HALL
6月7日~15日◎愛知・御園座
7月4日~12日◎大阪・梅田芸術劇場メインホール
7月19日~30日◎福岡・博多座

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