【公演レポート】プロペラ犬 第8回公演『僕だけが正常な世界』

【公演レポート】プロペラ犬 第8回公演『僕だけが正常な世界』

水野美紀が主宰する演劇ユニット・プロペラ犬の約6年ぶりとなる本公演『僕だけが正常な世界』が 2022年12月16日から25日まで、東京芸術劇場シアターウエストにて公演されている。

出演者たちも口を揃えて“水野美紀ワールド全開だ”と称する、観客の思考回路をかき混ぜるような独特な作品。そこには、この未曽有のコロナ禍の中で、母となり、改めて生きることとは何か、生まれながらにして邪悪な人間など存在しないのではないか――そんなことを見つめ直したという水野の想いが込められている。

言葉では伝わり切らない、ぜひ劇場で観てほしい作品ではあるが、初めて”水野美紀ワールド”を体験する人向けのガイドになるように、拙いながらも、ここに公演レポートをお届けする。

【STORY】

ミチルはずっと生きづらさを抱えて生きている。
周囲の人間はミチルを普通じゃない、と責め立てるが、
普通が何なのかミチルには分からない。
「僕は別の星から来たのかも知れない」
孤独な少年ミチルは自分の居場所を探す旅に出る。
裏切られ、傷つき、ミチルは怒りの炎に飲み込まれながら、
復讐に最適な、理想の場所を目指す。
それがこのシアターウエストで進んでいる世界だ。
しかし、たった一人、シアターイーストと間違って
舞台に紛れ込んでしまった役者が、世界を狂わせていく。

本作は実際の劇場であるシアターウエストで展開する“ミチル(演・崎山つばさ)”を主人公とした物語に、隣のシアターイーストから間違えてウエストに来てしまった役者(演・鳥越裕貴)が加わることで展開していく二重構造の舞台だ(厳密にいえば、もっと何重にもトリックや伏線があるように思う)。

素明かりに照らされた舞台上におもむろに登場する鳥越に、驚く観客も多いのではないだろか。何しろ客席側の電気もまだ暗くなっていない。しかし何の疑いもなく、鳥越は舞台上でストレッチや発声練習を始める。

すると、開演ブザーが鳴り、いよいよ客席の電気が暗くなってくる。と同時に、舞台上にはミチル、ミチルの友達の元気(演・定本楓馬)、元気の妹のあかり(演・江藤萌生)が現れ、会話劇を始める。自分が納得できるまで物事を突き詰めたい性格のミチルは、日本人は釈迦の誕生日は祝わないのにクリスマスを祝うのは何故か、サンタクロースは不法侵入ではないのか、そもそも知らないおじいさんにプレゼントをもらって何故嬉しく思うのか、など質問が止まらない。

そしてミチルと同じくらい疑問だらけなのが、突然会話劇が始まった舞台上で取り残されてしまった鳥越だ。自分は“宮田”という役者の代わりに来たのだが……と舞台上に登場する人たちに話しかけてみるが、皆、彼のその質問を上手くかわしながら“Show musy go on.”の姿勢を貫く……とそこに、代役を務めるきっかけになった“宮田”(演・宮下貴浩)が火の精の役として現れる。

一体どうなっているんだと詰め寄る鳥越に「ここは、シアターウエスト!お前が行くのはイースト!」と説明する宮田。かくいう彼自身も、実は劇場を間違えてウエストに来たところ、成り行きで出演しているのだという……。

一言でいうと“カオス”な状況の中、鳥越は“ジャージの精”として自分もウエストの演目にこのまま出る!と宣言。この異分子ともいえる“ジャージの精”の乱入で、少しずつミチルがたどるはずの人生が変わっていくことに……。

この作品は、主宰であり脚本演出を務めた水野が、とある無差別殺人犯に迫ったルポルタージュをもとに創った作品だと語られている。生まれ持った特性ゆえに社会と馴染めず、家族とも疎遠となった結果、“無敵の人”になってしまい、無差別殺人を起こしてしまう――こういった悲しい事件に心を痛めたことが今作が生まれたきっかけだそうだ。

昨今、よく聞くワードとなった“発達障害”。明言こそされていないが、ミチルは“コミュニケーションをとるのが苦手”、”興味があることにしか熱中できない(それ以外には無関心)”などという特徴から、広汎性発達障害の1つである「アスペルガー症候群」なのではないかと思われる描写がされている(ちなみに、元気は落ち着きのなさから「ADHD(注意欠陥・多動性障害)」なのではないかと筆者は感じた)。

『青い鳥』の絵本を読んだ時に「どうして青い鳥を見つけたら幸せになれるの?」と感じる――それこそがミチルの“正常な世界”なのだ。

もしクリスマスに何かもらえるならばと元気に聞かれて「居場所がほしい」と答えるミチル。母・照美(演・浅野千鶴)は見ず知らずのホームレスを救うボランティア活動に夢中、父・雄一郎(演・ノゾエ征爾)はコミュニケーションがとれないミチルを煙たく扱い、しまいには祖父がミチルのために用意してくれた離れの部屋は、叔父の優作(演・福澤重文)に占拠されてしまった。姉・たかこ(演・西野優希)こそ、ミチルを気にかけてはくれるが、所詮は子供だ。家には、ミチルの居場所が物理的にも、精神的にもなくなってしまっていた。

ここまでを振り返ると、非常に暗い作品のように感じられてしまうだろう。しかし、突然ノリのいい音楽がかかって歌やダンスが始まる場面もあり、この脳内をこねくり回されるような感覚こそが“水野美紀ワールド”なのだという。水野自身もミチルの祖母役として出演しており、芝居パートとのギャップにクスッとなってしまうほどのキレキレのダンスを見せる。また元気の両親を演じる安里勇哉と入手杏奈もダンスパートへの出演が多く、特に入手のしなやかな動きは印象に残った。

また、宮下貴浩演じる火の精をはじめ、鳥の精(演・竹内真里)、もちの精(演・福澤重文)、時間の精(演・猪俣利成)が不思議な世界観を表現しつつ、観客をほっこりさせる。

さらに一部キャストは、兼ね役が多いのも見所だ。ノゾエ征爾は冷徹なミチルの父・雄一郎と温和なミチルの祖父を、福澤重文はコミカルなもちの精とうだつが上がらない叔父の優作を見事に演じ分けている。さらに安里勇哉は元気の父・おばあさん・そして夜の精と3役をも演じており、なんともいえないミステリアスな夜の精は、鳥越とはまた別の異質さを感じさせた。

全体を通して、どこを見つめているのか焦点が定まらないミチルの瞳が印象的な本作。

彼にとっての正常な世界は、他の皆にとっての正常な世界ではないのかもしれない――だが、そもそも“正常な世界”とは何なのか。『青い鳥』の物語に疑問を抱くことは、そんなにいけないことだろうか。

その虚ろな瞳が、紛れ込んでしまった“ジャージの精”、改め“空気の精”を捉えた時、ミチルの人生は大きく変わる、かもしれない――そんな希望も感じられる物語であった。

とにかく、一言では表せない、劇場で体感していただきたい“エンターテインメント”である。ぜひ見届けていただきたいが、注意してほしいのは、劇場は「東京芸術劇場シアターウエスト」だということだ。間違えて「シアターイースト」に行かないよう、どうかお気をつけて。

執筆:通崎千穂(SrotaStage)

プロペラ犬 第8回公演「僕だけが正常な世界」

【作・演出】
水野美紀(プロペラ犬)
【キャスト】
崎山つばさ 鳥越裕貴 安里勇哉 定本楓馬
浅野千鶴 入手杏奈 竹内真里 
江藤萌生 西野優希 猪俣利成 武藤心平 小口隼也
福澤重文 宮下貴浩 
水野美紀 ノゾエ征爾

【スケジュール】
2022年12月16日(金)~12月25日(日)
受付 開始:開演の1時間前、開場:開演の45分前

【 劇場】
東京芸術劇場 シアターウエスト (住所:東京都豊島区西池袋1-8-1 B1)
【チケット料金(全席指定・税込)】
前売:8500円、夜割(★の回):8000円、 高校生以下 3000円(前売のみ、要学生証提示、取扱:カンフェティ) ※当日券は各500円増し

【チケット取扱】
■Confetti(カンフェティ)
http://confetti-web.com/bokudake2022

舞台『僕だけが正常な世界』
公式HP https://bokudake2022.com
プロペラ犬 公式Twitter https://twitter.com/propellerken
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【宣伝衣装協力】YOHJI YAMAMOTO
【主催】プロペラ犬

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