時代の風を受けて爽やかに船出した2024年新バージョン、ミュージカル『モダン・ミリー』

時代の風を受けて爽やかに船出した2024年新バージョン、ミュージカル『モダン・ミリー』

最高にハッピーな王道ブロードウェイミュージカル『モダン・ミリー』が、時代に即したバージョンアップを遂げて日比谷のシアタークリエで上演中だ(28日まで)。

『モダン・ミリー』は1967年にジュリー・アンドリュース主演で公開されたミュージカル映画「モダン・ミリー」を基に、約30年を経た2002年にブロードウェイで舞台化されたミュージカル作品。映画版から楽曲をほぼ一新した舞台は、トニー賞作品賞や主演女優賞などを受賞する大ヒットを遂げた。
それから20年後の2022年9月、ミリー役に朝夏まなとを迎えた日本での上演は、心に残る数々の歌、華やかでパワー溢れるダンス、個性豊かなキャラクターたちが魅了する、肩を凝らせずに笑いながら「幸福とは?」というテーマも心に残すハートウォーミングな舞台として、熱い歓声に包まれた。

そんなハッピーミュージカルが、2024年再び、しかも時代に即したバージョンアップを遂げて、シアタークリエの舞台を大きく沸かせ続けている。

【STORY】
1920年代のニューヨーク。「大切なのはロマンスよりも理性!」をモットーに、モダンガールに憧れて田舎町から意気揚々と出てきたミリー(朝夏まなと)は、ニューヨークについた途端、大都会の洗礼に見舞われ、途方に暮れているところに偶然通りかかったジミー(田代万里生)に助けを求める。だがジミーは「都会には向いていないから田舎に帰れ」とミリーを突き放しつつも、女主人ミセス・ミアーズ(一路真輝)が切り盛りする宿の連絡先だけを教えてくれた。藁をもすがる思いでミセス・ミアーズの宿を訪ねたミリーだったが、けんもほろろに追い返されかかったところで、やはり下宿先を探してやったきたドロシー(夢咲ねね)と意気投合。なんとかミセス・ミアーズの説得に成功して住処を得る。

大都会でのラブ・ロマンスではなく、玉の輿を夢見るミリーは、タイピストの腕を生かして就職した会社の社長・グレイドン(廣瀬友祐)に猛アプローチをかけながら新生活を謳歌するが、何故か縁があるのはグレイドンでなくジミー。偶然の出会いを繰り返しながら距離を縮めていく二人だったが、とある誤解から玉の輿に乗ることが夢のはずだと自分に言い聞かせるミリーは、ジミーを突き放してしまう。けれどもパーティで知り合った世界的歌手マジー(土居裕子)の助言から、本当の幸せ、大切なものとは?を考えはじめたミリーのもとにドロシーが行方不明になったとの一報が!ミリーはジミーやグレイドンの協力を得て、ドロシー探索に乗り出すが……

ミュージカルに限らず、創作物は創られた時代の思想や価値観に大きく左右されているものだ。例えば東西冷戦時代のアメリカ映画では、東側=悪役という描き方は当たり前だったし、もっと古くは盛んに創られ続けた西部劇でのアメリカ先住民族に対する描写にも、現代の目からするとちょっと待って、と思わされるものが多々ある。

とは言え既に創られた作品は、その時代には許容されていた価値観だ、と理解をした上で尊重されるべきものだと私は思うし、この『モダン・ミリー』の主人公ミリーが、これこそが「モダンガール」だと信じている「ロマンスよりも理性」という考え方そのものも、やはり1967年当時には最先端の、それこそ「モダン」なものだったのだろう。

ただ、そうした女性の価値観の変化以上に大きく世の中が動いていったのが、人種や民族に対するある種の記号的な見方、捉え方を改めようという動きだった。そうした時代の流れを敏感にキャッチした演出の小林香が、2002年に生まれ出たミュージカル版を20年後の2022年に日本で初演するにあたり、同時に担当していた翻訳の段階で、物語を大きく動かすミセス・ミアーズと、その手下として働かされているバン・フーとチン・ホー兄弟の描き方を、言葉のチョイスを厳選し、できうる限り人種ではなく、個人のたくらみという方向に持っていったクレバーさが生きていた。これによって作品は、より楽しさを増し、劇場中が笑いで包まれるハッピーミュージカルに仕上がっていたのだ。

けれどもそれから更に2年が経過した今回の上演に際して、ブロードウェイ側から「2024年のいま上演するに相応しいものにしよう」という申し入れがあり、ミセス・ミアーズを全く新たな役柄に書き改めた、という報せには胸が熱くなった。これはやはり一度完成されたものは基本的には永久にそのまま残る映像作品に対して、「いま」を意識して新たなブラッシュアップ、バージョンアップが可能な舞台芸術、パフォーミングアーツの良さが最も出た改定になったと思う。それも著作権を持つブロードウェイチームが積極的に動いた事実は、演劇界の良心として記憶されるべきものだろう。これによってこの2024年版『モダン・ミリー』は、ミセス・ミアーズを演じる一路真輝が初日前会見で語った言葉を借りれば「世界初演」の作品になったし、小林香の原典に敬意を持ち、ミュージカルの王道の楽しさを追求した姿勢があってこそ生まれ出た新バージョンとして、より誰もがなんのひっかかりもなく楽しめる作品に仕上がっている。

そんな『新モダン・ミリー』で、コロナ禍の直撃を受けて通し舞台稽古直前で全公演中止となった幻の初演稽古を含めれば、3回目となるミリー役を演じる朝夏まなとが、より溌剌とした自由さを増したミリー像で魅了する。憧れのニューヨークにやってきて、モダンガールの仲間入り!と思った途端に大災難に見舞われるミリーが、決してへこたれることなく信じた道を突き進んでいくポジティブな明るさ、エネルギーは変わらないまま、ミリーが自分の目指していたものと、自分自身の心が乖離していく戸惑いの表出がぐっと繊細になっている。だからこそとことん明るいハッピーミュージカルでありつつ、「本当に大切なもの、真の幸福」も心に残してくれる作品の真価が深まった。得意のダンスと、太陽のスターと称される眩しさも健在で、より共感できるミリーになった。

そのミリーと顔を会わせればケンカばかり、の中からいつしか恋が芽生えていく、というボーイ・ミーツ・ガールの王道ラブ・ロマンスを繰り広げるジミーには、新キャストとして田代万里生が登場。なんとミュージカル作品でシアタークリエに立つのは11年ぶりとのことで、ミュージカルコンサートではお馴染みだっただけに驚きもあったが、ここ数年個性的な役柄に果敢に挑んできた田代の、本来の持ち味であるプリンスチャーミングな部分が、ジミーの変化にベストマッチ。さすがに11年ぶりではないが、「これぞ田代万里生」に久しぶりに出会えた喜びがあって、観ていて自然に笑顔になっていく存在感だった。持ち前の美声も存分に発揮し、作品のハッピーオーラを引き上げてくれている。

ミリーの憧れの上司になるグレイドンの廣瀬友祐は、やはり初日前会見で「自分の役以外でやってみたい役は?」との質問に一路がグレイドン役を挙げ、1幕はひと場面しか出ていないのに、ずっと出ているようなインパクトがある役だから、という趣旨の理由を述べた時に、「そうだった!?」とびっくりし、確かにひと場面しか出ていないことに改めて目を瞠る強い印象を残していく。同じくコロナ禍でやはり個性的な役を演じていた『エニシング・ゴーズ』の上演が極めて短期間になったこともあって、美丈夫とはこのことと思える、これぞ二枚目のビジュアルを誇る廣瀬が、こんなにユニークな役柄を正面から演じているのが知れ渡ったのは2022年のこの作品からと言ってもいいと思う。今回はその振り切れ方が更に加速していて、廣瀬から目が離せなくなって困ったほど。こういう役柄も手中に納めたらもう怖いものはない勢いを感じた。

ミリーと深い友情で結ばれていくドロシーの夢咲ねねも今回の新キャスト。登場した瞬間から世間知らずのお嬢様感を辺りに振りまきつつ、それが全くあざとさにならず、ひたすら浮世離れした美しいお嬢様に見せる力に感心させられた。登場人物の男性陣がひと目で恋に落ちていくことに説得力のある美しさで、こういうある種カリカチュアされた清楚さや、愛らしさの引き出しは夢咲のなかに無限にあるのだろう。廣瀬とのデュエットダンスも抱腹絶倒でありながら、あくまでも美でもある出色の出来だった。

新キャストが続いて、チン・ホーの大山真志は話す台詞がほぼ広東語のなか、表情豊かに心根の温かい青年を体当たりで演じている。大柄の体躯のなかに巧まずしてにじみ出る人の良さや、身体能力の高さからくるリズム感にあふれた動きの軽やかさなど、「大山でなければ」、というくっきりした個性派として台頭著しいのが頼もしい。兄のバン・フーの安倍康律とのコンビネーションも素晴らしく、一路と三人での『新モダン・ミリー2024』の中心的存在だった。

世界的な名声を得ている歌手マジーにも土居裕子が新たに扮して、作品の要になる重要な台詞を真摯に届けてくれる。日本のオリジナルミュージカルを牽引してきた存在だが、本格的なブロードウェイミュージカルへの出演は三作品目だとのことで、逆に日本のミュージカル俳優のなかでは稀有な道を歩んできた人だとも言えると思う。そうした特別感がミリーに大きな影響を与えるマジー役に生きていて、役柄の背景に真実味を与える歌唱も鮮やかだったし、コケティッシュなシーンがよく似合っておおいに笑わせてくれた。

そして、『新モダン・ミリー2024』を双肩に担って新たなミセス・ミアーズを演じている一路真輝は、前回公演のブラックなミセス・ミアーズから一転。自分には主演女優になる才能が溢れていて、それを見出せない周りが悪いだけで、女優として華々しくデビューする日が必ずくると未だに信じている宿の女主人、という役柄を堂々と演じている。一路真輝のキャリアを知っている人ほど、むしろ今回の上演バージョンのミセス・ミアーズこそ一路に打ってつけの役柄だ、とピンとくるだろう通りのまさに適役。何故この女性が謀をめぐらすのか?の理由もわからなくはないな、と思わせることもハッピーミュージカルを更にざらつかないものにしていて、この役柄に一路が扮していて、今回の改訂版が生まれたことが天の采配に感じられた。

そして、思い切りの良い変身の妙を見せるミス・フラナリーの入絵加奈子をはじめ、ミセス・ミアーズの下宿に住む女優の卵たちや、ミリーの会社の同僚、ニューヨーカー等、様々な役柄を演じる砂塚健斗、高木裕和、常住富大、堀江慎也、村上貴亮、伊藤かの子、島田彩、橋本由希子、湊陽奈、吉田萌美、玲実くれあが八面六臂の大活躍。旧き良きミュージカル大定番のオーバーチュアのあとで、モダンボーイ、モダンガールが躍動するこれぞミュージカル!のプロローグからタイプを打ちながらデスクを移動させてのタップダンスや、もぐり酒場での大饗宴等々、この人たちの活躍が『モダン・ミリー』の、王道ミュージカルの魅力を倍加してくれていることに大きな拍手を贈りたい。

何より、オーケストラの生演奏と共に、舞台の高さも使う松井るみらしさに溢れた美術、役柄の心情も膨らませる髙見和義と島田美希の照明や、中村秋美の衣裳などスタッフワークの結集が、小林香の指揮のもと2024年新バージョンのミュージカル『モダン・ミリー』を支えていて、ハッピーオーラを存分に味わえる、時代の風を受けて爽やかに船出した作品の成果を喜びたい。

Bonus photo

初日前会見で「作品の見どころは?」との問いに応えた田代万里生のおススメシーン
「僕とねねちゃん(夢咲)のシーンで、ミリーが勘違いをしちゃうところがあるんですけど、そこでねねちゃんが頬を膨らませるのが可愛い。それが1幕のラストなので、舞台には出てこないのですが、まぁちゃん(朝夏)が真似をして同じ顔をするんです。それが可愛い」

廣瀬友祐おススメシーン
「田舎町から出てきたミリーがモダンガールに衣装を変えて出てきた瞬間の、センターから出てくるまぁちゃんの顔です」

夢咲ねねおススメシーン
「ミリーさんとジミーさんの窓の場面がキュンキュンしちゃうんです」

朝夏まなとはじめ皆様のおススメシーン
「音楽と皆さんの笑顔で一気に『モダン・ミリー』が始まるんだ!と思えるプロローグが大好きです」

(文・写真:橘涼香)

公演概要

ミュージカル『モダン・ミリー』
公演期間:2024年7月10日 (水) 〜 2024年7月28日 (日)
会場:シアタークリエ(東京都千代田区有楽町1-2-1)

■出演者
朝夏まなと 田代万里生 廣瀬友祐 夢咲ねね 大山真志
/ 土居裕子 一路真輝 

入絵加奈子 安倍康律 

砂塚健斗 高木裕和 常住富大 堀江慎也 村上貴亮
伊藤かの子 島田 彩 橋本由希子 湊 陽奈 吉田萌美 玲実くれあ

■スタッフ
脚本:リチャード・モリスディック・スキャンラン
新音楽:ジニーン・テソーリ
新歌詞:ディック・スキャンラン
広東語翻訳:ドゥラ・レオン(柯杜華)スーザン・チェン
原作 / ユニバーサル・ピクチャーズ同名映画脚本:リチャード・モリス

演出 / 翻訳:小林 香
訳詞:竜 真知子
振付:木下菜津子 RON×II 松田尚子
音楽監督:大嵜慶子
美術:松井るみ
照明:髙見和義 島田美希
音響:山本浩一
衣裳:中村秋美
ヘアメイク:伊藤こず恵
歌唱指導:高城奈月子 吉田華奈
音楽監督補/稽古ピアノ:亜久里夏代
稽古ピアノ:間野亮子
オーケストラ:東宝ミュージック ダット・ミュージック
演出助手:福原麻衣
舞台監督:佐藤 博 栁田 諒
制作:柴原一公
プロデューサー:田中利尚 渡邊 隆

宣伝美術:植田麗子
宣伝写真:宮坂浩見

■チケット料金
全席指定:13,000円(税込)

全国ツアー
<大阪公演>
公演期間:8月3日(土)、8月4日(日)
会場:大阪 新歌舞伎座(大阪市天王寺区上本町6-5-13)

<愛知公演>
公演期間:8月11日(日)
会場:Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール(名古屋市中区金山1-5-1)

<福岡公演>
公演期間:8月16日(金)~8月18日(日)
会場:博多座(福岡市博多区下川端町2-1)

<東京公演>
公演期間:8月24日(土)、8月25日(日)
会場:昭和女子大学人見記念講堂(東京都世田谷区太子堂1-7-57)

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