【公演レポート】愛と死のドラマが横溢するフレンチロックミュージカル『赤と黒』

【公演レポート】愛と死のドラマが横溢するフレンチロックミュージカル『赤と黒』

フランスの文豪スタンダールの名作「赤と黒」を原作としたフレンチロックミュージカル『赤と黒』が、東京芸術劇場プレイハウスで上演中だ(27日まで。のち、2024年1月3日~9日大阪・梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで上演)。

厳しい階級社会のなかで、貧しい製材屋に生まれた青年が、己の美貌と才能ひとつに懸けて高みへと昇ることを目指すものの、自分自身のなかにあった思わぬ純情=恋に足元をすくわれる様を描いたフランスの文豪スタンダールの「赤と黒」は、実在の事件に材を取り、階級闘争を通じて人間を描写した作家の代表作のひとつで、主人公ジュリアン・ソレルの名は「野心」を象徴する言葉ともなっている。

そんな名作を、2016年本家本元のフランスがフレンチロックミュージカル化。日本でも人気の高い『1789─バスティーユの恋人たち』『ロックオペラモーツァルト』などを手掛けたプロデューサー、アルベール・コーエンによるパリ初演は大好評を博した。

日本では2023年3月宝塚歌劇団星組公演として『Le Rouge et le Noir~赤と黒』のタイトルで初演を果たしていて、今回の梅田芸術劇場による上演は、男女が演じるミュージカルとしては日本での初披露となる。

主演のジュリアン・ソレルに躍進著しい若手ミュージカル俳優の一人、三浦宏規を迎えたのをはじめ、個性豊かな実力派俳優陣が集結。演出には世界で話題を集めている『SIX』共同演出家のジェイミー・アーミテージが、日本での初演出を飾って登場。非常に刺激的な舞台が展開されている。

STORY

ナポレオンによる帝政が崩壊し、王政復古したフランス。ブザンソンにほど近い小さな町ヴェリエールで、貧しい製材屋の末息子として育ったものの、美貌と、明晰な頭脳を持った青年ジュリアン・ソレル(三浦宏規)は、階級社会を憎悪し、密かにナポレオンを崇拝して、立身出世の野望に燃えていた。

この時代、ジュリアンのような身分に生まれたものが、唯一権力を得るのは聖職者になることで、彼もその道を目指していたが、町長ムッシュー・ド・レナール(東山光明)に乞われ子供たちの家庭教師の職を手にする。そこでジュリアンは、レナール氏の妻で信心深いルイーズ・ド・レナール(夢咲ねね)と宿命の邂逅を果たし、情熱の赴くままに禁断の恋に溺れていく。だがその秘密は、町長に激しい対抗心を持つブルジョワ、ムッシュー・ヴァルノ(駒田一)によって暴かれ、ジュリアンは追放されたも同然でパリに向かう。

そのパリでジュリアンは、ラ・モール侯爵(川口竜也)の秘書の職を得て、たちまちにして篤い信頼をつかむが、そこでもラ・モール氏の令嬢マチルド・ド・ラ・モール(田村芽実)と出会ったことで、人生の歯車は大きく旋回していく。物語を俯瞰しているジェロニモ(東山義久)が「おとぎ話ではない」と語ったジュリアンが辿る道程とは……

 1幕はヴェリエール、2幕はパリを舞台に進むドラマは、長編の原作小説からストーリーの骨子を凝縮して怒涛のように進んでいく。その為僅かに登場人物の心理や行動原理が伝わりにくい部分がないではないものの、ストーリーテラーのジェロニモを置いたことと、福田響志の上演台本・訳詞が丁寧で、これだけ著名な小説を原作にしながら「当然知っていますよね?」というまとめ方を極力避けていることにまず好感を持った。

これは基本的にミュージカルとコンサートの融合で成り立っているフレンチロックミュージカルを、ミュージカルとは音楽を運ぶドラマを観ることだという概念が根強い日本で上演する力になっている。

 そこに、演出のジェイミー・アーミテージの持ち込んだ、卓越したアイディアの数々が驚きの効果をあげていく。まず舞台中央に舞台面全体より小ぶりな盆があり、多彩なミュージカルナンバーに乗せてかなりの頻度で回るのだが、これが馴染み深い場面転換の為の盆回しではないことが面白い。この回転が見せるのは登場人物の心理描写で、時に絶望であり、渇望であり、愛でもある心のうちが視覚化されていく様が鮮やかだ。この「回る」という演出は、盆を使わない時にも登場していて、自分の勝利を確信したり、激情にかられるままに非常に長い距離を移動するなどの描写も回ることで表現するのが、決して止まらない「運命」を感じさせて象徴的だった。

また、厳しい階級社会のなか、身一つで立身出世を目指すジュリアンが望むものの険しさを高い壁で表し、一転、感情を客席に訴えるナンバーでは生演奏のバンドを斜幕の向こうに浮かびあがらせもする池宮城直美の美術。その美術にジュリアンの影を大きく投影させたり、アンサンブルが持つフラッシュライトのみでジュリアンを映し出すなど、彼の心理を視覚化した吉枝康幸の照明など、演出の様々なアイディアに応えたスタッフワークの充実が光る。

 何より、ジェイミー・アーミテージが主人公ジュリアン・ソレルを、ピュアな人物と捉えていることが作品全体の色を決めている。それこそ野心家の代名詞ともなっているジュリアン・ソレルの生き方は、原作小説のなかでもその志に反してかなり感情過多だし、不器用でもあって、あまりの直情径行にびっくりさせられるものだ。

けれどもそれを、頭脳明晰で頭のなかには本から得た知識が詰まっているものの、現実には何も知らないに等しいピュアな青年と読み解いたことで、それが我が身をどれほど危うくするかを計算する暇もなく、恋に溺れていくジュリアンの若さや、それ故の愚かしさが愛おしさに変換されていく様が、作品に切ない美しさをあふれさせていった。

そんなジュリアン・ソレルを三浦宏規が演じたことも、そうした演出意図を十全に活かす要になっている。三浦のジュリアンは冒頭、どこか子供のように無垢な表情で舞台センターに登場してくる。

それは持って生まれたもの以外に後ろ盾を持たないジュリアンの心もとなさをそのまま投影したかのようだ。ジュリアンが、上流階級の家庭のなかで誰にも侮られまいとプライド高く虚勢を張る姿は、まるで全身の針を立てたハリネズミのようで、そんな役柄の心理を三浦がやや猫背にした立ち姿と、細かい表情変化で表出していく。

それが、はじめての恋にとまどい、喜びと不安に苛まれ、怒りに震え、絶望に涙する。そのすべてに純なものと若さがにじむ、三浦が演じたからこその愛すべきジュリアン・ソレルが誕生させて美しい。

アレクザンドラ・サルミエント振付の多様なダンスをアグレッシブに踊りこなすのはもちろん、音域の広いフレンチロックも歌いきり、新たな舞台に挑む度に目を瞠る進歩を見せてくれる三浦の、この人はどこまで駆け上っていくのだろうと思える、新たな魅力にまた触れた思いがした。

ルイーズ・ド・レナールの夢咲ねねは、愛と結婚は別で、夫を愛していないという描写が描きこまれているのに比して、信仰心の篤い令夫人が子供たちの家庭教師に心を奪われていく過程の描写が薄い作劇上の難しさを、しっとりと美しく舞台に在るという存在感ひとつに懸けて支えている。

特に終幕に向かって母性があふれだすことで、ジュリアンが終生愛した女性、スタンダールが母親をモデルにしたと伝えられる女性像をきちんと表現していた。

パリに出たジュリアンと情熱的な恋をし、結婚を約束するに至るマチルド・ド・ラ・モールの田村芽実は、持ち前のパワフルな歌唱力とフレンチロックの相性が群を抜き、2幕冒頭の登場がなんとも鮮やか。

原作で描かれるエキセントリックさを、貴族令嬢の気まぐれのなかにおさめて、恵まれた生活と贅沢に飽き飽きしていると訴えるマチルドもまた、本当の恋を知らない思春期の少女のピュアを持っていることが前面に出る作劇によく応えた、愛すべきマチルドになった。

ヴェリエールの町長でルイーズの夫ムッシュー・ド・レナールの東山光明は、終始役柄に体面を重んじるあまりの滑稽さを強調していたことが、ジュリアンとルイーズの関係を知ってからの呆然自失との落差を際立たせている。硬軟巧みに取り混ぜた歌も聞かせ、この役柄にはやや若いのではとの一抹の危惧を、全く問題のない杞憂として軽々と飛び越える実力派の面目躍如だった。

マチルドの父ラ・モール侯爵の川口竜也は、貴族社会で安泰な結婚をして欲しいと望んでいた、娘にとことん甘い父親が、あろうことかその娘が目をかけていた平民の秘書とただならぬ関係になってしまった憤怒と、尚断ち切れない娘への愛情を豊かな歌唱力と滋味深い芝居で表現。この人が近年ますますミュージカル界で貴重な存在になっている理由を、改めて見る思いがした。

作品の狂言回しと、作中の人気歌手ジェロニモの二つの役割を担う東山義久は、唯一無二と称される個性を役柄に注ぎこみ、ストーリーテラーとして作品全体を牽引することに成功している。

キメるところは鮮やかにキメるものの、振付をあたかも自分発信に感じさせる自由さがあるダンス力も、卓越したダンサー揃いのアンサンブルメンバーを率いた場面に生きて、スター歌手という位置づけのジェロニモ役との行き来が実に自然。こうしたミュージカル作品では初となる実弟の東山光明との共演も興趣を深めた。

そして、町長に強烈な対抗心を持ち、ジュリアンの運命を動かしていくムシュー・ヴァルノの駒田一は、表情変化にも身体表現にも高い演技力が満ちていて、回るだけで昏い喜びを爆発させる様は必見。ヴァルノ夫人を輪郭濃く演じる遠藤瑠美子と二人、まるで『レ・ミゼラブル』のテナルディエ夫妻が転生したかのように感じさせるのも、ミュージカルファンにはたまらない駒田が演じたからこその効果だった。ジュリアンへの片思いが破れた失意と鬱屈をよく表したエリザの池尻香波への飴と鞭の接触も見事だった。

全体に、前述のアンサンブルメンバーを含めたキャスト陣の力の結集と、優れたスタッフワークがピタリと嚙み合っていて、ジュリアンが出世の手段として勘案した軍人と聖職者の制服の色や、人生の賭けに出ることをルーレットの回転盤に模したなど、スタンダールが明言していないことから諸説あるタイトル「赤と黒」の意味を、「愛と死の象徴」とした説をとりたい、青春ものの香りさえある愚直な愛の物語と感じさせる舞台だった。

(文・撮影/橘涼香)

フレンチロックミュージカル『赤と黒』

公演期間:2023年12月12日 (火) ~12月26日 (火)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス

公演期間:2024年1月3日(水)~1月9日(火)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ

スタンダールが生んだフランス恋愛小説の最高峰。
美貌と頭脳を武器に。支配階級に対する嫉妬と憎悪をエネルギーに。
愛の狭間で葛藤しながら生きる、ジュリアン・ソレルの物語。

出演
三浦宏規 / 夢咲ねね 田村芽実 東山光明 川口竜也 / 東山義久 駒田一 ほか

原作:スタンダール
演出:ジェイミー・アーミテージ
上演台本・訳詞:福田響志
企画・制作・主催:梅田芸術劇場

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