ヒットメーカーは禅の偉人の息子だった 価値観の異なる父と息子の知られざる相克を描く

ヒットメーカーは禅の偉人の息子だった 価値観の異なる父と息子の知られざる相克を描く

 『東京ブギウギ』の作詞者・鈴木アラン勝は、日本の仏教学者で世界の禅者・鈴木大拙の息子(養子)だった。価値観の異なる父子の相克を描く舞台として、2021年に初演され話題を呼び、この夏5年ぶりに初演キャストのままの再演が決定した。作品を代表して、脚本の堤春恵、演出の扇田拓也、アラン役の西山聖了に話を聞いた。


表に出ていなかった親子の物語を芝居の形で立ち上げていく面白さ

 本作は情報学、文化交流史の研究者、山田奨治の著書『東京ブギウギと鈴木大拙』をもとに書かれた。近年朝ドラでも取り上げられた『東京ブギウギ』に、まだ知られざる家族の壮絶な物語があった。激動の「昭和」を生き抜いた実在の人間ドラマを再び。

―――再演おめでとうございます。作品の出会いからお聞かせください。

堤「基本は山田奨治先生の本ですね。大拙の思想面、禅ではなくて、割と私生活に踏み込んだ、生活に焦点を当てたノンフィクションだったんですけれども、それを読んで、この家族の話はお芝居になるのではと。対立がないとお芝居にならないので、大拙の方はアメリカに長くても日本人で、息子の方は混血児でしかも養子という複雑な関係が、惹かれ合いながら対立していく、そこがお芝居になるかなと思ったのが最初です」

―――まだこんな家族の秘められたドラマがあったのかと驚きました。執筆されて劇作家としてどのような興奮や手応えがあったのでしょうか?

堤「山田先生も指摘しておられますが、鈴木大拙は世界の禅者と呼ばれて、それは大変偉大な人だったと思うんですけれども、その私生活はそんなに注目を浴びていなかった。特に西山さんが演じられるアラン勝という息子のことは、芝居でも出てきますが、やっぱりスキャンダルがあったこともあって全然表に出ていなかったんです。それを表に、芝居の形で立ち上げていく面白さですね」

―――父親と子の葛藤が描かれますが、こだわったところをお聞かせください。

堤「やっぱり対立だけではなかなか芝居にならず喧嘩になってしまって、どこかに視点を置かないと起き上がってこないので、まずは親戚の娘・民乃さんですね。これはモデルがあって、同じ立場の人なんですけれども、大拙の私生活とアランの若い時から見続けてきた方を視点に持ってくること。あとお手伝いさん、骨董屋さん、それをサポートする周辺人物を配することで、少ないキャストの中で大拙のお弟子さんとかそういう人は出さないで、バランスよく構造が作れたかなって。それを作っていく過程は面白かったです」

俳優さんたちが愛おしくて、稽古が進んでいくうちに力が抜けていって

―――その台本を手にしたお2人ですが、初演を振り返ると?

扇田「僕は仏教というものに昔から興味があって、好んで色々調べ物したり、どこどこに足を運んだり、そういうベースがあり、いち仏教ファンとして鈴木大拙や禅については触れていたんですけど、堤さんが書かれた大拙は、大拙が偉い人であればあるほど180度ひっくり返っちゃうような、とっても人間味がある、完璧な人かと思ったら、全然そんなことはなくて。ものすごく矛盾があり不完全なんですよね。でも禅というのも、人間も世界も不完全だととなえているから、それはそれでやっぱり正しい。だけど自分の息子に対する思いは、息子だからこそ許せない葛藤があって。
 個人的な話ですけど、僕も父が演劇の評論をやってた人間で、劇評の世界ではとても有名な人間だったんです。だからとってもこのアランと大拙の関係がすごく似通ってて、僕もこういう喧嘩の仕方したなっていうのもあるから見てて苦しくなって、大拙が自分の父親に見えてくるんですよ(苦笑)。だからね、やりづらいし、やりやすいしという、身につまされるんですよね」

―――初めの印象は微妙なモヤモヤが。

扇田「たくさんありました。ちょっと客観視できない感覚になってしまった所がありましたね」

―――その後、昇華されたのでしょうか?

扇田「やはり稽古していく間に、役者の皆さんがほんとに素敵な方ばかりで、いい意味で不完全なんですね。皆さんとても悩まれるし、でも何かを掴んだと思うと、ぐわあ〜と見事なアクションを起こすんだけれど、どこかやっぱり不安をちゃんと抱えたまま演じられていて。
 それを見てると、とても俳優さんたちが愛おしく思えてきて、温かく愛しさを感じられるお芝居にしていけばいいんだと。いい意味で稽古が進んでいくうちに力が抜けていったんです。それは禅の力もあるし、堤さんの力でもあるし、僕は演出の立場ですけど、僕が作り上げた感覚というよりは、みんながそれぞれ混ざっていって出来上がったっていう感覚でした」

―――同じ質問ですが台本を手にした時や初演の印象などいかがでしょうか。

西山「まず本のことですと、堤さんの書かれる本が大好きなんです。リズムというか言葉が綺麗なんです。セリフを喋るとわかるんですけど、すごくリズムが綺麗で覚えやすく、入ってきやすいんです。違う言葉にしてしまうと、ちょっと崩れたりとかして違和感を感じるので、その瞬間のベストな言葉を選んで書かれているのかなと。僕は3月の『鹿鳴館異聞』にも出演しましたが、その時もそう感じました。
 そして扇田さんは、たくさん演出家さんいらっしゃいますが、先導して引っ張るタイプじゃなく、一緒に歩んでくれるタイプだと個人的には思っていて、ちょっとつまずいたり不安なことがあったりしても、必ず寄り添って解決してから先に進んでくれる、そういう作り方をされる印象があり居心地がとても良かったです。本の居心地もいいので、それが第一印象でした」

自分の世界が稽古場でクリエイトされていく気持ち

―――ファミリーのようなカンパニーだったのですね。堤さんにお尋ねしますが、扇田さんの演出の魅力とは?

堤「西山さんがおっしゃったのと似てますけど、作品にも寄り添ってくださって、これは自分のアイデアとは違うからバリバリ組み替えようとか、そういう感じではなくて、これは作者が何を言いたいか丁寧に汲み上げた上で組み立てていってくださるので、確かに私も稽古に伺って居心地がとても良かったです」

扇田「良かったです」

堤「稽古に伺うのも楽しかったし、それぞれの役者さんがかなりのめり込んでくださって、大拙役の鷲巣照織さんは、最後は西山さんのことをアランってね」

西山「今でも会うとアランって呼んでくれて、息子になってます」

堤「それから新井純さんが演じる名物お手伝いさんのおこのさん。この人もモデルが実在していて、こういう人だったんじゃないかと思わせるような、だんだん稽古の中でそういう佇まいになっていらして。自分の世界が稽古場でクリエイトされていく気持ちでした」

また新たなことに悩んでいきたい

―――限られた登場人物で作られている作品ですが、演出面でこだわったところは?

扇田「先ほど西山さんもおっしゃってましたけど、役者さんが台詞を口にした時に、堤さんの書く言葉のリズムがいいと感じていた自分の感覚が、間違ってないんだなと思えたので、それをより綺麗に丁寧にお客さまにちゃんと伝わるように、っていうことは考えました。それぞれがそれぞれの立場で別々のことを考えながら、でも気遣いもしつつ、たまに暴言も吐いて傷つけたりして、その劇的空間がわっと盛り上がっていくシーンがいくつもあるので、こだわるというよりは、まずは丁寧にやろうと思いました。
 それと禅では円を描くんですよね。対立する2本の軸で終わるんじゃなくて、最終的には丸みを帯びていくところにたどり着かせたいっていう、とても感覚的なことですけど。いろんな社会情勢とか混乱してたりするけど、この芝居見た後に、丸に見えてくるものがあり、せめてもの救いに見えてくるといいなと思って。再演でも最終的に丸く見えてくるといいなって期待しています」

―――5年ぶりですと時代も変わり、そして皆さんも熟成され、劇場も大きくなり、初演とは変化もありそうですね。

扇田「そうなんです。劇場の広さが体積にして8倍ぐらい違うんです。でも今時珍しくキャストのメンバーが変わらないのはなかなか無いことで、それがとっても嬉しくて。また時代を経てコロナもありましたが、今の方がちょっと世界情勢的にまた別の意味できな臭いものがいっぱいあります。でも堤さんの題材は普遍的な部分がとても多いから、すごく時代と繋がると思うんです。今回また改めて気づくことも多いと思うので、それはいい意味で楽しみです。また新たなことに悩んでいきたいですね」

アランの中には円があって、でも中が空白だったと思う

―――そして西山さんのアラン役ですが、葛藤をかかえ、あの時代に混血児で、でもバイリンガルで。いろんな面を持っているとても難しい役だと思いますが、何を意識して演じていこうと?

西山「初演もそうだったんですけど、やっぱり認めてもらいたいっていうのが1番大きいですね。お父さんにもそうですけど、世間的にも。それこそお父さんは禅の学者で円を描いてて、アランの中にはその円があっても、中が空白だったと思うんです。その空白を埋めるために一生懸命行動したり、お父さんにたてついたり、ちょっとやんちゃなことだったりとか。全て辿ると、おそらくその穴をどうにか埋めようとしている行動をとっているのかなと本を読んですごく感じたので、それを意識してやっていた気がしますね。認めてもらいたいっていう気持ちは俳優なので少なからずあるので(笑)。一緒に共演してる方々も大先輩なので、大先輩が素敵で、現場で僕も素敵な芝居をして認めてもらいたいっていうのもちょっと使ってやってたような気がします」

―――扇田さんとの稽古で印象に残っていることはありますか?

西山「僕が印象に残ってて、本番の映像を見て『本当だ!』って思ったのは、1番最後のアランのセリフですね。あそこのセリフのボリュームをものすごい気にされていて。『もっと出す、もっと出して、もっともっと』と、やってる側としては違和感のあるボリュームだったんですけど、いざ聞くと、そういうことか!と。終わった後になるほどなって」

扇田「あああ、あった!」

西山「やってる時は、なんでなんだろうと、すごい疑問でずっと気になっていたので。とても複雑なセリフですよね」

扇田「民乃さんが魅力的すぎたら手を出してただろうし、でも出さなかったから不幸にしなかった。そんな言葉をサラッと言えてしまう彼らしさというか。あの場面では、ものすごい超人的な爽やかさを見せてほしかった」

西山「あまりボリュームのこととかをおっしゃらないので、ここなんでボリューム!?ってすごく印象に残っています」

扇田「たぶん僕が打ち抜かれたかったんです」

堤「あれはある意味、究極のキメセリフですね。女たらしの彼の最後の口説きセリフですね」

―――最後のセリフも注目ポイントですね。ありがとうございます。お2人から見た西山@アランの魅力とは?

堤「今お話を聞いて、なるほどと思ったのは、女性から女性へ渡り歩くのは、彼女に自分を認めてほしいからなんですよね。でもいったん結婚して認められたみたいに満たされちゃうと、また満たされなくなってしまう。軽薄なんだけども一方ですごい軽やかに生きてる人ですよね。それが京都とか大拙の禅の重さとバランスをとって軽やかに生きようとするから、アランにとってはすごいプレッシャーとか大変なことだと思うんです。だから上海に行って、あそこもいろんな国籍とか自由で表層的じゃないですか。だから自分の本能のままに軽やかに、すごくハッピーだった。でも京都にいるとアンハッピーだった。その軽やかさがアランの魅力で、きっと西山さんの持ち味とマッチしていて、そんな印象を受けました。
 初演の時は、いろんな事情で出来なかったんですけど、本当は門をよじ登って家の中へ入るんです。他の人は門はせき止めるものだけど、アランは軽やかに乗り越えるもの。今回はどうなりますか?」

扇田「予算が許せば」

(一同笑)

堤「目の前でそれをしなくても別に構わなくて、彼がそういう人だとお客様になんとなく納得できるなら。するりと超えてしまう、そういうキャラクター。私も今まで意識してなかったんですけど、そうだったと思い出しました。西山さんはそれをうまくキャラクターとして出してくださってたなと思います。あとこの役は混血児なのですが、西山さんは日本人だけど、そういう雰囲気も感じられて、初演の時はいいなって思いました」

西山「海外に住んでいたので英語のセリフは鼻につく感じで(笑)」

扇田「西山さんはものすごく真面目で、明るくて軽やかさがあるんですけど、感覚的に腑に落ちないとやらない正直な方なんですよ。僕はどっちかっていうと思っていることが顔に出るタイプの方が好きだから、だからこそ信用できます。そんなタイプのど真ん中を歩くのが西山さんだと思うんです。経験は積んでらっしゃるから、非常にお芝居もうまいんですけど、多分この感じはまだまだ変わらない性格だと思うので。悩んで考えて壁に当たりながらやっていくのが西山流というか、楽々できちゃうと、本人も多分つまんなくなる気がするんですよね。今回のアランが楽しみです」

―――改めて西山さんが再演で挑戦だと思うことは?

西山「さっき言った堤さんが書かれるリズムとかは技術がないと難しい部分もあると思うんですね。5年経って本をもう1回見直して理解した上での再演なので、少し技術が上達してるんじゃないかと、そういうところも意識をしてできたらなと思っております。中身は変わらず嘘をつけないので、先輩たちに教わった、そういう技術を同時に使ってお芝居ができたらと思っております」

―――近年『鹿鳴館異聞』で3人のタッグがあったので、より結束力が高まったカンパニーになると期待しております。

扇田「再演ですが、やっぱり5年分のものもありますし劇場が変わりますから、アプローチの仕方も皆さんそれぞれ変わってくると思います。そういう意味では、新たな新作を作るような気持ちで臨もうと思っていますので、ぜひ1度観た方もまた足を運んでいただきたいです。先ほど西山さんがおっしゃっていた、空間を埋めたいという部分。禅の世界だと、空いた隙間を埋めずに、そこを見つめなさいっていうのが禅の教えだと思うんですよね。でもそれはものすごく難しいことなんですよ。埋めたくなっちゃうし、つい手を出したくなっちゃう。ただのひとつの家族の物語というよりは、私たちの物語と思って観てもらえたらいいなと思っております」

(取材・文&撮影:谷中理音)

プロフィール

堤 春恵(つつみ・はるえ)
2月26日生まれ、大阪府出身。劇作家。『鹿鳴館異聞』(文化庁舞台芸術創作奨励特別賞)、『仮名手本ハムレット』(読売文学賞)、『音二郎・イン・ニューヨーク』、『人間万事漱石の自転車』、『最終目的地は日本』、『駅・ターミナル』、『瑠璃の壺』、『奈落のシャイロック』、『東京ブギウギと鈴木大拙』など。『仮名手本ハムレット』はニューヨーク(97)、ロンドン(01)、モスクワ(04)で、『最終目的地は日本』はソウルと釡山(05)で好評を得た。

扇田 拓也(せんだ・たくや)
1976年12月13日生まれ、東京都出身。演出家、俳優。日本大学芸術学部演劇学科在学中に、脚本・演出を手掛ける劇団「ヒンドゥー五千回」を旗揚げ、その後に劇団名を「空 観」(くうがん)に改め再起動。野田秀樹が立ち上げた「東京演劇道場」の1期生として2019〜2026年まで活動。てがみ座、名取事務所、趣向、人形劇団ひとみ座、日生劇場ファミリーフェスティヴァルなどの外部公演にて海外の翻訳劇から日本の書き下ろし作品まで幅広く演出として携わる。俳優座研究所の講師、演劇系大学での非常勤講師や市民劇、沖縄での滞在制作を積極的に行っている。

西山聖了(にしやま・きよあき)
1988年8月22日生まれ、神奈川出身。映画やテレビドラマをはじめ、実力派の劇団やプロデュース公演の舞台作品へ数多く客演し、幅広く活躍している。主な舞台作品に、加藤健一事務所『灯に佇む』、『Taking Sides』、俳優座劇場プロデュース『罠』、ゴーチ・ブラザースプロデュース『シラノ・ド・ベルジュラック』、名取事務所『509号室』、『占領の囚人たち』、『ジャスパー・ジョーンズ』など。

公演情報

名取事務所公演『東京ブギウギと鈴木大拙』

日:2026年8月26日(水)~30日(日)
場:下北沢 本多劇場
料:一般5,500円 シニア割引[70歳以上]4,500円 障がい者割引[介助者1名無料]4,500円 学生割引2,500円 高校生以下500円 ※各種割引チケットは名取事務所のみで取り扱い。詳細は下記HPにて(全席指定・税込)
HP:https://www.nato.jp
問:名取事務所 tel.03-3428-8355

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