イギリスの劇作家で、現在87歳ながら今も第一線で活躍するキャリル・チャーチルが、2012年に発表した『Love and Information』の日本初となる一般上演が5月、6月に神奈川と愛知でリーディング公演として行われる。
科学・宗教・記憶・孤独・秘密・テクノロジーなどを扱った50以上の断片的なシーンが圧倒的なスピード感で描かれているが、本作では100人のキャラクターが登場するものの台本には登場人物名や性別がなく、順番にセリフが書かれているだけ。演出家のアイデア次第で作風が大きく変わっていくのがこの作品の最大の特徴だ。
本作の演出を務める桐山知也、プロのアーティストで構成されたメインチームより大野拓朗、20代の若手俳優のみで構成されたネクストチームより山中こころの3名に本作の魅力や意気込みなどを語った。
―――本作は、商業ベースとしては日本初上演となることもあって、ほとんどの方が初見になるかと思います。まずはこの作品がどんなお話なのかを桐山さんから説明していただけますか。
桐山「そうですね。あらすじ…ないんですよ。50近くのシーンがあるんですけど、A4サイズを横にしたら、半ページから長くても5~6ページしかないシーンがただひたすら羅列されていて、『登場する人物はすべて異なるものとする』という作者の指示があるだけで、役名、性別、年齢、場所、時間の指定が全然なくて、誰がしゃべっているのかもわからない。シーンのタイトルと台詞が書かれているだけなんです。『Love and Information』というタイトルなので、どのシーンも多分、愛と情報についての何かしらが描かれているんですけど、例えば、『あの光がここに届くまで280万年かかるんだよ』『じゃあ僕達は今280万年前を指差しているんだね』といったやり取りが5、6行で終わる、みたいなのが50近くずっと続きます。なので全体のあらすじはないんです」
―――こういう台本をいただいたのは初めてじゃないですか。
桐山「ここ最近、サイモン・スティーヴンスさんの作品を幾つか演出しているんですけど、サイモンさんも、役名がなくてただ台詞だけが書かれている作品を何本か書いているので、こういうスタイルには馴染みがありました。この間、あるイギリスの演出家から聞いたんですけど、このスタイルは『Love and Information』がスタートで、みんなが『こんなやり方があったんだ』『こんな可能性があったんだ』と言って、真似した時期があったそうです」
―――キャリル・チャーチルさんはどんな劇作家だと思われていますか。
桐山「キャリル・チャーチルは、”永遠の前衛”みたいな言われ方をしていて、年齢は87歳ですけど、今も現役で書いていて、年齢を重ねても決して淡白にならず今も前進し続けていて、作品で扱う内容も時代に合わせて変遷している感じがあって、すごく面白いなと。代表作でもある『Cloud 9』や『トップ・ガールズ』は、女性に代表される抑圧された人々とその世界を書いている印象を持っていて、社会に強く向き合ってる作家かなと思っています。しかも台詞や物語だけで示すのではなく、構造で示すという演劇的な面白さがありますね」
―――演出のオファーが来た時はどのような心境でしたか。
桐山「これまで観たチャーチルの作品も面白いのがいくつかあったんですけど、メッセージみたいなものがはっきりしているから、演出家が演出しなくても、作家の言わんとしていることは十分に伝わるだろうし、彼女の作品をあえて演出することは考えたことがなかったですね。プロデューサーからお話が来て、翻訳された髙田曜子さんに『この作品をやる価値はありますか?』と聞いたら、『あります!そして翻訳もすでにあります!』とすぐに連絡が返ってきて、読んでみたらなんだかよくわからないけど面白かったので、やることにしました。
ただ先程も話したように、この台本には役名や指示といったものがないので、『この台詞は誰が喋るか』というところからのスタートで、調整するのが本当に大変で……。普段の演出作業だけでなく、この作品だからこその作業がたくさんあって、曜子さんとの打ち合わせがあるたびに『どうします?』ばかり言っています」
―――メインチームで出演される大野さんとネクストチームで出演される山中さんにも、出演のオファーが来た時の心境を聞いてみたいと思います。
大野「まず、キャリル・チャーチルさんのことを調べまして、”演劇界のピカソ”や”現存する最高の劇作家”と呼ばれていたり、彼女が70代の時にこの作品を発表したということを知って、すごい方の作品に携わらせていただけるんだなという感動と喜びがありました。で、いざ台本を開いてみると、ちんぷんかんぷん(笑)。自由度が高すぎて、これは戯曲と呼べるものなのかとちょっと困惑しました。
何回も読んでみたらわかるだろうと思っていましたが、それでも全然わからなくて(苦笑)。稽古場や本番を通して、『Love and Information』という題名が、どう作品全体を表しているのかというのを発見していく楽しみがあるかなと感じました。そして、極めて実験的な本作を、日本で、日本語で上演することで、日本演劇界にも新たな風が吹き込まれるのではないかと思っています。いち演劇ファンとして、桐山さんの演出に期待しております!」
山中「オーディションを受けた時点では、キャリル・チャーチルさんの作品だと思ってなくて、受かって台本をいただいた時に初めて知りました。出演が決まってもちろん嬉しかったんですけど、その、台本が来た時に、『これ、どうしよう……』と思って。私自身、海外戯曲が初めてだから台本を読んでもわからないのだと思っていたんですけど、お二方とも『わからない』と仰っていたので、ちょっと安心しました(笑)。どの角度から読み解いていくのが正解なのか、私自身がどこまで読み解いていいのか、今は不安でいっぱいですけど、とっても楽しみです」
大野「本当に役作りのしようがなくて、設定を自分で考えていったら逆に邪魔になってしまうと思うので、なるべくフラットな状態で考えすぎずに稽古初日に臨みたいです」
―――今回はリーディング公演という形で上演されますが、このスタイルに決めた意図などあったのでしょうか。
桐山「もともとリーディングの企画をやろうというのがあって、それに相応しい本を探して、『Love and Information』に決まりました。リーディングなので、キャリル・チャーチルが書いた”テキストの面白さ”をお客さんに伝えたいなと思っていて、登場人物は全員違う人という指示はありますけど、『あの人が将来こうなったんじゃないか』『実はあそことあそこ浮気しているんじゃないか』といった風に、お客さんが聞きながら勝手に想像してもいいんじゃないかとも思っていて、今はまず配役を決めているところです」
―――桐山さんと大野さんは昨年上演の『海と日傘』でご一緒になられていましたが、桐山さんと山中さんは今回が初めてでしょうか。
大野「僕もビックリしたんですけど、山中さんは桐山さんが教えている大学のゼミ生なんですよ」
―――え~っ!!
大野「でもゼミ生だから受かったというわけでは全然なくて。ネクストチームには、100人以上の応募があって、ビデオ審査と対面面接のオーディションを経て選ばれたんですけど、本来は8人の予定が、絞り切れずに10人になりました。プロデューサーも『山中さんは素晴らしかった』と言ってました」
山中「本当ですか!? ありがとうございます」
―――大野さんと山中さんは、桐山さんに対してどんな印象を持たれていますか。
大野「作家や脚本の意図を第一に尊重して、この作家が伝えたいメッセージは何だろうということを丁寧に読み解きながらも、それを分かりやすく伝えるというよりは、その世界観を増幅させるという印象です。お客さんに、『戯曲の深みをより増した状態』でお届けするので、ある意味”ドS”だと思っています(笑)。『Love and Information』というただでさえ情報量が少ない作品を、声だけで届ける本公演。桐山さんの演出がどう深みを与えてくれるのか、とても楽しみです」
山中「生徒にとても慕われていて、答えを出すのではなく、考えていく中で答えに導いてくれる教え方をしてくださっているので、どんどん考える力が身に付いている実感があります。今回その考える力を発揮できるように、桐山さんとネクストチームのメンバーと話し合いながらいっぱい考えていけたらなと思っています」
―――大学では先生と生徒という立場が、今回は、演出家と出演者という立場に変わりますが、スタンスは基本的に一緒ですか。
山中「多分桐山さんに対する接し方は変わらない気がします」
桐山「特に変わらなくても全然大丈夫だと思います。山中さんに限らず、俳優さんのことを生徒だとは思っていないですし、昔みたいに演出家が”先生”と呼ばれる時代じゃないですからね。僕から特別な何か変えようとか、急に厳しくしたり、灰皿を投げてやろうとかはないですよ」
(一同笑)
山中「私も変わらずいつも通りの気持ちで、桐山さんと一緒に頑張っていけたらという気持ちです」
―――メインチームには、アイスショー『氷艶』で大野さんと共演されたプロスケーターの高橋大輔さんが出演されます。きっとファンの方も共演はすごく喜んでいらっしゃると思いますが。
大野「大輔さんは公私ともに仲が良くて、一緒に旅行にも行ったりする”ズッ友”のような存在です。大輔さんは表現力が人一倍強く、表現の幅もすごく広い方だなと、学生時代にテレビで見ていた頃から思っていました。そんなスケートの世界で頂点を獲った方が、近年はスケート以外の表現にも挑戦していて。その姿を近くで見られるというのも嬉しいですし、今回は僕自身も大輔さんと一緒のシーンが多いと聞いているので、ファンの方々にも楽しんでいただけましたら幸いです。
スケートやプライベートではいろいろとお世話になっているけど、今回は俳優としてちょっとでもリードできるように、僕自身も頑張らないとと改めて気の引き締まる思いです。それと同じく『氷艶』で共演したエリアンナさんもズッ友メンバーなので、この3人で一緒に本作に挑戦することが出来て、本当に楽しみです」
―――ネクストチームに属する山中さんは、メインチームと一緒に稽古をする機会が多いと思いますが、具体的にこういうところを学びたいというプランはありますか。
山中「私はまだまだ未熟で、こういう貴重な機会はこの先多分ないと思っています。メインチームの盗めるところはとことん盗んで、いっぱい実践してやろうという気持ちですし、自分自身としてもたくさん実力を発揮して、いい稽古を重ねて、いい作品を届けていけたらなという気持ちです」
―――では最後に、このインタビューをご覧になられている方に向けて、メッセージを山中さんからお願いします。
山中「リーディング公演なので、言葉一つ一つを丁寧に話しながら、自分の中でもネクストチームの中でもたくさん考えて、お客様に楽しいと思えるような素敵な作品を届けられるようにしたいと思っています」
大野「『Love and Information』を読んで、僕には”Love”の要素がほとんど見当たらなかったんです。この作品において、愛という要素はどこにあるんだろう。ただ情報のやり取りをしているだけのように見えるシーンの一体どこに愛があるんだろう。稽古を通して見つけていけたらと思っています。
でももしかすると、この作品は小説でも詩集でもなく”戯曲”なので、人の声や体温を介して、この言葉たちが劇場空間で伝達された時に、『あっ、これが愛なんだ』ということをお客様自身が見つけてくださるような作品なのかもしれません。お客様においてもすごく新しい観劇体験になると思うので、それを楽しみに劇場に足を運んでいただけましたら嬉しいです」
桐山「生存するイギリス人劇作家の中で最高と言われているキャリル・チャーチルの代表作をリーディングとして聞いていただいて、作品そのものの面白さは伝えなきゃいけませんが、それに加えて劇場で何かやることの1つの可能性というか、起承転結がある物語を提示するのではなく、作家の書いた言葉を通じて、お客さんと何かを交流することの面白さを認識してもらえたらと思っています。チャーチルの言葉を存分に浴びてもらって、劇場を出た時に、ふと世の中がちょっと違って見えてくるような、そんなことになれば嬉しいです」
(取材・文&撮影:冨岡弘行)
プロフィール
桐山知也(きりやま・ともや)
岐阜県出身。舞台演出家。主な演出作品に『彼らもまた、わが息子』、『THE PRICE』、『“名作に触れる”シリーズ 第1回 江戸川乱歩短編集』、『彼方からのうた』、『最後の面会』、『ポルノグラフィ/レイジ』『海と日傘』『埋められた子供』『The Weir -堰-』など。
大野拓朗(おおの・たくろう)
1988年11月14日生まれ、東京都出身。ドラマ、映画、舞台に多数出演。23年ロンドンでミュージカル『Pacific Overtures』に出演、数多くの劇評で個人でも高評価を得た。近年の主な出演作はミュージカル『ファントム』、『進撃の巨人 -the musical-』、『氷艶 -十字星のキセキ-』『海と日傘』、『すべての幸運を手にした男』他。
山中こころ(やまなか・こころ)
2004年8月15日生まれ、埼玉県出身。日本大学藝術学部演劇学科在籍。主な出演作に『19→』、『あなたのいる駅』、『あかるい、多分。』など。
公演情報
『Love and Information』
日:2026年5月16日(土)~24日(日)
※他、愛知公演あり
場:KAAT 神奈川芸術劇場 〈大スタジオ〉
料:【メインチーム】S席8,000円
A席6,500円 B席5,000円
(全席指定・税込)
【 ネクストチーム】2,500円
(全席自由・税込)
HP:https://r-plays.com/produce/L_and_I
問:L&I制作部
mail:rpc.lai.2605@gmail.com