音楽座ミュージカルが年末に向けて届けるのは、『ホーム』。昭和を舞台に、血の繋がらない1組の家族と、学生運動に身を投じていた恋人たちの物語を描く。森彩香と岡崎かのんに作品の印象を聞いた。
森「私が初めて『ホーム』に関わったのは2018年の公演です。音楽座の作品では珍しく、根底に流れているものがポジティブで明るく、エネルギッシュ! 今にもつながる現実的な作品なんですが『初めて観ても、なんだか懐かしい』と感じるなど、観てくださる方が細胞レベルで何かを受け取り、自分事に繋げていけるような感覚的な作品ではないかなと思います」
岡崎「『ホーム』は音楽座の完全オリジナル作品ということもあり、音楽座ミュージカルが伝えたいことがそのまま入っているという印象です。以前に音楽座ミュージカル作品のクライマックスシーンを繋げた舞台『ジャスト・クライマックス』でいずみ役の1シーンをやらせていただいたことがあったので、再びこの役にチャレンジできて嬉しいです」
今回、森は麻生めぐみと山本広子の2役、岡崎は坂本いずみ役を務める。演じるキャラクターを、どのように感じ取っているのだろうか。
森「母親のめぐみは子どもを生んですぐ、物語の途中で蒸発し、中盤以降は登場しません。前回演じた際は、『なぜ蒸発してしまうのか』に囚われてしまったのですが、時を経て『その瞬間に気になったことややりたいと思ったことに身を委ねて生きるというのは、ステキなことだ』と感じるようになりました。めぐみはとても素直で、まっすぐに生きているんだなと。逆に広子は、『母とは違う道を歩みたい』と願う女性。でもそうやって突っ走った先に戻ってくる“ホーム”が母と同じだったというところに、私自身の経験も重なって共感できました」
岡崎「いずみは本当に芯が強いんです。自分が決めた道を進み続けるのはとても難しいことですが、彼女は何にも揺るがない覚悟を持っているなと、通し稽古をしていて実感しました。そして、強い想いを自分の生き方にも表し、外に伝えることができます。その強さは私が憧れる部分でもありますし、そういう女性を演じるという覚悟を私自身が持たなければ、この役はとても務まらないと思っています」
初演から30年を迎え、『ホーム』の演出が大きく変わるのも今回の見どころだ。
森「舞台装置、衣裳も含めガラッと様変わりして、“昭和”を全く背負っていない世界が広がります。また、ダンスミュージカルになるので、振付もこれまでと異なります。まずはどう見せていきたいか、今は全体像を捉えることに苦心していて、各自の役を深めるのはこれからの作業になりますが、今後、みんなの芝居が深まるのも楽しみです」
岡崎「代表からは、『物語としては“昭和”を背負っているけれど、今、私たちが生きている人間が作品をやるときにどう演じるかを、一番大切にしなさい』と言われています。その言葉をしっかり噛みしめて取り組まなければと思っています」
新たな息吹を得る『ホーム』に向けて、2人の士気も高い。
森「個人的に課題でもあり、楽しみでもあるのが、自分とは真逆の性質の役を演じることです。私には周りにとって“いい人”でいたいという想いがあって、『迷惑をかけたくない』、『今はバランスをとって、この立ち位置にいよう』など周りとの調和を最優先で考えるタイプ。
今回、私とペアの哲郎役を演じる小林啓也も同じタイプなのですが、キャスティングでは2人とも自分の気持ちのままに突っ走り、周りを翻弄する役を振っていただくことが多くて……。『この作品をやるにあたっては、周りを翻弄することに挑戦していこう』と2人で決意を固めました(笑)。私たちのように理性で本能を抑えて生きていて、それが苦しいという方々が、作品を観て少しでもラクになってもらえたら嬉しいです」
岡崎「最近は毎公演出演していたのですが、いずみ役はダブルキャストなので、先日、入団して4~5年ぶりに、アザーキャストでの『ホーム』を客席側から見ることができ、作品に込められたメッセージや自分の役について、改めていろいろ発見することができました。作品の中に入ってしまうと、役について悩んで悩んで、悩み続けて終わるということが続きがちなので、作品や舞台を俯瞰して見ることができたのは、とても貴重な経験でした。気づいたことをベースに、稽古でもっともっと挑戦していきたいです」
ミュージカルといえば、歌も欠かせない要素だ。『ホーム』でのお気に入りナンバーを挙げてもらった。
森「『ホーム』は本当にいい曲がたくさんあるのですが、テーマ曲をアレンジした旋律が、さまざまなシーンで流れるんです。おばあちゃんが天に召されるときに流れる『昇天』がすごくステキ! あのメロディーってほかでも出てくるよね?」
岡崎「『ホーム』と『アース・レクイエム』、それから『手紙』もそうだと思います」
森「そう! 『ホーム』は冒頭、私がめぐみとして歌う曲で、『アース・レクイエム』はいずみが歌う曲。そして『手紙』はいずみ先生が愛した男性からのメッセージを歌った曲なのですが、これはもう泣かない人はいないんじゃないかというくらい心に来る名曲です」
岡崎「聞いているだけでも泣けてきますよね! 私も好きな曲は、彩香さんと全く同じ。物語を彩る登場人物たちが同じメロディーを歌っているところに繋がりを感じられ、この曲が流れる度に“音楽座ミュージカルだな”と感じます」
同じカンパニーに所属する先輩・後輩でもある2人に、お互いの俳優として魅力を感じる部分を尋ねた。
森「私とは全く違う持ち味、“空気”のような魅力があるなと感じています。“空気”というのは、その場にすっと馴染み、違和感なくそこに居られるというニュアンスで、圧倒的にその場に存在することもできるし、その場にいないように在ることもできる。本当に柔らかい存在感を備えているんですよね。日常では想いや感情をあまり出さないタイプなので、『何を感じているんだろう?』など、周りに想像させる魅力があるなと思います」
岡崎「彩香さんを観た人は、百発百中で虜になる! 『私は落ちないぞ~』と構えて1対1で話すのですが、気づくと瞳に吸い込まれそうになっています(笑)。彩香さんが話しているだけでみんなの視線が集まるし、発する言葉に説得力があるなと感じます。彩香さんの芯の強さやエネルギッシュなところが生き方そのものに現れていてすごいなと思うし、またふと瞬間に見せる屈託のない明るい笑顔にとても惹きつけられます」
作品タイトルに絡めて、2人にとっての“ホーム”とは?
森「私は音楽座ですね。音楽座という場に運よく引っかかることができて、今、ここでいろいろなことを感じながら生きられているありがたさをしみじみ感じるんです。自分以外の誰かがいるという時点で“ホーム”なのだなと、音楽座にいるからこそ感じています」
岡崎「私もやっぱり音楽座です。いろいろな出来事があった中、自分で選び取ってここにいるというのは、私にとって大きな場所だなと思います。また、音楽座のメンバーは家族以上にどこまでも入り込んでくるんです。365日一緒にいて、単にいいところを褒め合うのではなく、ダメなところや足りないところにも踏み込んで言ってくれるというのは、なかなかない関係性。“ホームだな”と思う場所は、ここですね」
たくさんの想いや挑戦が詰まった新たな『ホーム』の幕開けに、期待は高まるばかりだ。
森「作品を通じて、この世界を生きていく1人の人間としてチャレンジをしているという感覚があります。単に『ホーム』を演じたということに満足するのではなく、作品を観客の方の心に刺さり、残るものにしたいと思っています。中途半端な挑戦はせず、しっかり今、この瞬間に自分たちが作って届けたいもの、変えていきたいものに正面から向き合っていきたいと思っています」
岡崎「とても温かい気持ちになる作品だなと思っていますが、“温かい”だけで終わりたくない。この作品から刺激を受け、“ホーム”が既に見つかっている方はより大切に想い、まだ見つからず彷徨っている方には、自身の“ホーム”を見つけるきっかけになればと思います。人は1人では生きていけない。さまざまな関わりの中に“ホーム”があるから、人は生きているのだと思います。皆さんが心にふっと温かさをもって劇場を後にし、生きるエネルギーになるような作品にしたいです」
(取材・文:木下千寿 撮影:友澤綾乃)
プロフィール
森 彩香(もり・さやか)
2016年4月より音楽座ミュージカルに参加。同年、『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』里美役で初舞台を踏む。その後も、『リトルプリンス』王子役、『グッバイマイダーリン★』ねずみの奥さん役と主演に抜擢され、主要な役を多く務めている。
岡崎かのん(おかざき・かのん)
3歳でクラシックバレエを始め、5歳から市民ミュージカルなどの舞台に出演し、経験を積む。高校在学中の2018年11月より音楽座ミュージカルに参加。2022 年には『ラブ・レター』で主役の白蘭役に抜擢されるなど、今後益々の活躍が期待される。
公演情報
音楽座ミュージカル『ホーム』
日:2024年11月29日(金)~12月8日(日)
※他、地方公演あり
場:草月ホール
料:SS席13,200円 S席12,100円 A席7,700円
U-25席[25歳以下]2,750円
※要身分証明書提示(全席指定・税込)
HP:https://ongakuza-musical.com
問:音楽座ミュージカル事務局
tel.0120-503-404
(月~金12:00~18:00/土日祝休)