振付家・ダンサーの山田うんと、人工生命研究者の池上高志による共同制作作品『まだここ通ってない』。2022年から2人が続けてきたプロジェクトの第三弾で、今回は“記憶”をテーマにコラボレーションを繰り広げていく。
人工生命と生身の肉体はステージでいかに共生するのか。両者の関わりから見えてくる記憶の有り様とはーー。構成・演出を手がける山田うんに、作品の発端とクリエイションの様子を聞いた。
―――プロジェクト第三弾となる今回、“記憶”に着目された理由をお聞かせください。
「池上さんの人工生命に関する研究からテーマを決めました。“記憶”というのは機械がする“記録”とは違って、人間が持つ独特な機能です。何かが色濃く、何かが拡張され、何かは忘れ去られてしまったりするもの。“記憶”は、いつも人間にとって都合よく作られるものです。思い出す時には別の雰囲気、別の意味、別のストーリーになっていたりしますよね。
それはどういうことなのか、何をもって記憶なのか、どんな時に記憶が呼び覚まされるのか、どこに宿っているのか、そこに人間らしさ、生命の有り様があるのではないかと考えました。
ダンスの創作は人間だけで作りますけど、池上さんとの創作は機械も出演者です。私がダンサーを通して世界観を描くように、池上さんは人工生命を通して生命について考えていきます。
そして人工生命の装置は、最先端の完璧なマシン技術ではありません。生きものみたいな存在です。どこか欠落してたり、弱さや可愛らしさがあったり。そういう不思議な生き物みたいな装置を通して“記憶”を考えていくことは、生命の特徴を紐解いていくことになるのではないかと考えています」
―――うんさんといえば土着の身体を捉えた作品が印象的で、そういう意味でこのプロジェクトに意外性を感じます。
「私のダンスは土着的と言われますが、自分ではあまりそう思っていません。創作は一つの建築物を作るように柱やコンセプトを大事にし、わりと理詰めで計算して作っていきます。だから振付は身体の運動回路からすると不条理で、覚えにくいものばかりです。野生的で自由な身体を存在させるには“がんじがらめの枠”みたいなことが必要なんです。もちろんそれだけではなく、ダンサー達の瑞々しいパワーにたくさん頼ってアイデアを構築していきますけれど、『もっと解放されたい!』というエネルギーをダンサーから引き出すために、枠組みはあえて“生きにくさ”でがんじがらめになっていたりします。
なので池上さんが人工生命の自律的に動く装置を生み出していることと私の創作活動は、扱っているものは全然違うけれど、そんなにかけ離れていないところもあるのでは、と思っていたりします。どういうプロセスで、どういう仕掛けで何が生まれてくるか、ということを変な形を通して計算する、ということにおいては同じなのではないかなと」
―――池上さんとの作業はどのように進めているのでしょう?
「構成や演出は2人で話し合って決めていきます。そして機械、装置を池上さんが、人間の動きは私が担当しています。
まず、作品の中でどんな装置を使うかを決めて、プロトタイプで実験したりします。途中経過を何回かシェアして、装置は長い時間をかけて実験とアップデートを繰り返していきます。そこにはどんな知性を持たせるともっと面白いか、ということを話し合い、それにはどんなプログラムを書いたらいいか、池上さんのチームがものすごく時間をかけて考えます。なのでダンスはまず装置ありきで動きを生み出していくという感じです。今回は記憶の機械、音響遅延装置や、VRやドローンなどを使う予定です」
―――舞台上でダンサーが果たす役割とは?
「ダンスに頼らない動きを考えています。ダンサーは訓練された運動回路をたくさん持っていますが、そういう舞踊言語に回収されない、人間らしい動き、生命、風景、というものをモチーフに動きを考えています。何というか、“ダンサースイッチ”をどれくらいオフにできるか、が課題です。ウォーミングアップをして全てのスイッチがオンになった状態でオフにするからなんか変ですよね。私はオフを振付けしているような感じもあります」
―――池上さんとの作業で互いの領域に関わることもあるのでしょうか?
「はい。池上さんが振付に対してアイデアを言うこともあれば、私が装置に対して言う時もあります。
振付も装置も“プログラムし過ぎない”ことも大事にしています。装置は生き物のような自由さを含んでいて、私たちよりとてもフラジャイルです。ちょっとした理由でセンサーがうまく働かなくなることもあります。一緒の空間で踊るにはすごく不釣り合いな存在同士なので、何か事故や失敗があってもすぐに対処できる、互いに自律的なマインドを持つ必要があります。自律性は生命らしさでもあります。
また最近は、振付の面白さをどういう風に出せるかということも一緒に考えるようになってきています。池上さんから『ここはユニゾンでやったら面白いんじゃない?』とアイデアが出たりします。あと『Aさんの動きは面白いけど、Bさんの動きはなぜか面白く思えなかった、それはなんでだろう』と言われたりもします。飾らない言葉で率直に思ったことを投げてくるのでエキサイティングです。ダンスや振付のどこを見て面白いと感じるのか、それは振付家が感じるポイントとはちょっと違う角度、でもすごく本質的なことでもあるので、とても気付きをもらいます」
―――今回はピアニストの高橋悠治さんが参加されるそうですね。
「私と池上さんが尊敬する高橋悠治さん。ご一緒するのがすごく楽しみです。
装置から流れるサウンドが川のような存在だとしたら、悠治さんの音は鳥のような存在かなとイメージしています。太古から進化の形であり、渡り鳥のようであり。これから一緒に音楽を作り上げていきます」
―――今回のプロジェクトでどんなものが見えてきそうですか。
「池上さんの研究と私の創作なので、完成を目指すというよりは、みなさんに私たちのコラボノートを広げて見てもらうような作品になると思います。そこにはアイデアや課題・問い・解決方法やいろんな図式が雑多に書いてある感じです。
私と池上さんの話し合いから膨らんで、カンパニーダンサー、池上さんのチームであるオルタナティヴ・マシン、高橋悠治さんのピアノ、土井樹さんのサウンド、また衣装ではアルゼンチンのファッションデザイナー、マルティン・チュルバさんがこの作品に参加しています。衣装でも“記憶”をテーマに、とてもユニークなデザインが仕上がりつつあります。
まだまだどうなるかは私にもわからない。このチームでのクリエイションはすごく未知数です。普段自分がクリエイションする作品より問いが多く、不確定でエキサイティングなものになると思い、期待しているところです」
(取材・文:小野寺悦子)
プロフィール
山田うん(やまだ・うん)
Co.山田うん主宰/ダンサー・振付家・演出家。
器械体操・舞踏・バレエなどを学び、2002年ダンスカンパニーCo.山田うん設立。死をテーマにした子ども向け作品『オバケッタ』、伝統芸能のオマージュで10トンの土と松明で踊る『いきのね』、僧侶やロボットとの共演など、日本のコンテンポラリーダンスを牽引するダンスカンパニーとして常に話題作を発表し受賞歴多数。『In C.』では令和4年度(第77回)文化庁芸術祭賞舞踊部門関東参加公演の部優秀賞受賞。物事の本質と向き合い、社会の不安定さと自然との融合、希望を問いとした世界観を追求している。平成28年度文化庁文化交流使として11カ国23都市で活動。近年は演劇の脚本、演出や、東京2020オリンピックといった大規模イベントにも貢献。
公演情報
KAAT×山田うん×池上高志『まだここ通ってない』
日:2024年10月18日(金)~20日(日)
場:KAAT 神奈川芸術劇場〈ホール内特設会場〉
料:一般5,000円 ※他、各種割引あり。詳細は劇場HPにて(全席自由・入場順整理番号つき・税込)
HP:https://www.kaat.jp/d/madakoko
問:チケットかながわ tel.0570-015-415(10:00~18:00)