劇作家・演出家の野木萌葱が主宰する劇団「パラドックス定数」は、日本大学芸術学部在学中に野木萌葱が演劇ユニットして旗揚げし、2007年からは劇団として活動を展開。三億円事件や羽田沖日航機墜落事故、森永グリコ事件など実際にあった事件や史実を下敷きにした作品で知られる。
そんな彼女らが49回目の公演(49項と称するが)として、戦前の日本で起きた組織的なスパイ工作「ゾルゲ事件」を元にした新作、『諜報員』を上演する。作・演出の野木に、作品に取りかかるきっかけから、そもそも野木が演劇に踏み込んだ話までを訊いた。
―――史実や実際に起きた事件を下敷きにした作品が多いと思っていますが、どんなきっかけで作品作りが始まるのでしょうか。
「じつはそれほど多くはなくて、他のものもあります。でもそのスタイルで最初に書いたのは『5seconds』。羽田沖日航機墜落事故(1982年)がベースですね。御巣鷹山での事故(1985年)はリアルに覚えていたのですが、それ以前にこっちもあったんだと思って墜落機の機長さんのことを調べ始めました。あの機長の信じられない行為に『なんだこれは!』と思ったんです。そういった発見や出逢いがモチベーションになっています」
―――きっかけとなった人物を軸に組み立てるのでしょうか
「どうなんでしょう。でもそう思って始めるわけではないですし、主人公という存在もほぼいないんです。むしろ群像劇ですね」
―――新作の『諜報員』は戦前の日本で実際に起きた「ゾルゲ事件」、ソビエトのスパイだったドイツ人のリヒャルト・ゾルゲによる事件を下敷きにされています。どうしてそこにたどり着いたのでしょう。
「歴史が得意なわけでもないですが、ソビエト連邦に興味があって、日本とソビエト、その前の帝政ロシアとの関わりを調べているうちに浮かび上がったモチーフです。
―――リヒャルト・ゾルゲが軸ではないんですね。
「ゾルゲの末端にいる関係者、協力者が捕まっていく。そこからの物語なので、ゾルゲ本人を中心に回るわけではないですね」
―――そういった物語を書く目的というか、その結果何か動きが興ることを期待されていますか?
「全くないです。お客さんに求めることもないので、好きに観てもらえればと思います」
―――ところで、野木さんのことは演出家の和田憲明さんや俳優の中西良太さんから高い評価を伺っています。
野木「有り難いですね。でもなんか実感がなくて、むしろ意外ですね」
―――野木さんの世代は結構活躍されている劇作家や演出家がいらっしゃいますが、横の繋がりとかはありますか。
「無いですね」
―――(日本大学の)学内劇団としてスタートしたものの、(その中で)1番早く潰れると言われていたとか。
野木「本当ですよ。つまらなかったからだと思います(笑)。でもそれに発憤するわけではなくて『そうだろうなぁ』と思ってました」
―――では影響を受けた劇作家や演出家はいらっしゃいますか。
野木「それはあります(笑)。三谷幸喜さんや野田秀樹さん。まあ誰もが通る道だとは思いますが。とても影響を受けています。
演出家だとスティーブン・バーコフさん。宮本亞門さんが主演した『変身』を演出した方ですね。それもまだ中学生だったので、深夜の劇場中継を手当たり次第録画して観ていましたが、それで凄いと思ったんです。またあるインタビューでバーコフさんが『演劇は椅子と役者があればできる。机があると嬉しいな』と語っていたのが印象深くて。中学生の私は『なんだそれ!』でしたが、やがて解るようになりました」
―――まだ中学生、もしくは高校生だからあまり劇場には行けないですよね。
「当時は劇場のテレビ中継やクラシックの番組が多くて、親に内緒で録画しまくっていたんです。中学校に演劇部はなかったけれど、高校演劇界に関わっていらした校長先生の趣向で全クラスが参加する“学芸祭”という催しがあって。全クラス上演して校長先生だけが満足そうだという行事で(笑)。高校からは演劇部でした。脚本は中学の頃から書いていましたね。
当時『オペラ座の怪人』にはまっていて、劇団四季のを観に行きたかったのに、喧嘩していた母親が『チケット買ったけど、あなた悪い子だから友だちと行っちゃった』というものだから、もう殴り合いの大喧嘩ですよ。『観れないなら自分でやるわー!』といってやったのが中学2年の学芸祭です」
―――(笑)。のめり込むタイプなんですね。
「そうですね(笑)」
―――では、最後に観客に向けてのメッセージをお願いします。
「エッヂに居る人々が護りたいものや大切にしたいものが、揺らいだり、そうでなかったり……そんな物語を積み重ねていけたらと思っています」
(取材・文&撮影:渡部晋也)
プロフィール
野木萌葱(のぎ・もえぎ)
神奈川県出身。中学2年生から演劇にのめり込み、日本大学芸術学部演劇学科劇作コースに第一期生として入学。在学中の1998年に演劇ユニットとして「パラドックス定数」を旗揚げ。その後、2007年の『東京裁判』初演時に劇団化する。ウォーキングスタッフプロデュースによる『三億円事件』、『怪人21面相』にて第24・25回読売演劇大賞 優秀作品賞を2年連続受賞。2018〜2019年には「パラドックス定数オーソドックス」として上演した『731』、『Nf3Nf6』にて第26回読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞した。2019年、ウォーキングスタッフプロデュースにて再演された『三億円事件』が、令和元年度(第74回)文化庁芸術祭賞 演劇部門優秀賞に輝いた。劇作家・演出家として今、注目すべき1人。
公演情報
パラドックス定数 第49項『諜報員』
日:2024年3月7日(木)〜17日(日)
場:東京芸術劇場 シアターイースト
料:4,000円
若者割[25歳以下]3,200円
障がい者割3,200円
※各種割引は要身分証明書提示
(全席自由・整理番号付・税込)
HP:https://pdx-c.com
問:パラドックス定数 mail:labo@pdx-c.com