「生活すること」と「生きること」を考える 圧倒的なリアルを描く 等身大の家族の物語

 「圧倒的なリアルな台詞」と「日常をのぞき見する感覚」が持ち味のスプリングマン。これまで四兄弟の絆と成長をシニカルに描いた「弁当屋の四兄弟」や豆腐店家族の生活と血の繋がりのない兄弟の再生の記録「桜田ファミリー物語」など、数々の家族の日常を描いた作品を生み出してきた。そんなスプリングマンの新作「九十九想太の生活」が2月に上演される。主人公の九十九想太を演じる前川優希と、作・演出の澁谷光平に見どころや意気込みを聞いた。

―――前川さんは、今回、どのような経緯で、ご出演が決まったのですか?

前川「お話をいただいた時は、自分がどのような役どころで、どういう立ち位置かということも一切知らない状況でしたが、澁谷さんから『一緒にやらないか』とお声がけをいただいたので、ぜひと。それまで澁谷さんとご一緒したことはなかったんですが、実は、以前からスプリングマンによく出演してらっしゃる日南田顕久さんと共演したことがあって、公演を観に行っていたんですよ。なので、すごく素敵な芝居だということは存じていました。いつかご一緒できたらいいなと思っていたのですが、なかなかタイミングが合わず、今回やっと参加させていただけることになったという形です。その後、作品についてお話を聞いて、改めて素敵だなと思っています」

澁谷「素敵ってざっくりした感想だね(笑)」

前川「一言で表そうと思って“素敵”と言いましたが(笑)、僕が素敵だなと思っているのは、演劇である以上、誰かが生死をかけて戦ったり、ドラマチックなことが起こるべくして起こることが多いですが、スプリングマンの作品は誰にでも起こりうる日常みたいなものが少しの彩りを加えて舞台の上に乗せられているような感覚があるということ。濃密にそれが描かれている。アクションがすごかったとか、コメディの笑い所がすごかったといった部分ではないところが素敵だと思っているので、結果として、“素敵”だなと(笑)」

―――澁谷さんが前川さんにお声をかけたのは、どういったところに魅力を感じてのことですか?

澁谷「彼がずいぶん若い頃に、初めて公演を観に来ていただいた時の雰囲気がすごく印象に残っていました。当時、彼の演技はまだ観たことはなかったんですが、嘘のない演技ができそうな雰囲気だったんですよ。スプリングマンでは、日常を正しく描きたいという思いがあるので、嘘のなさそうな雰囲気の方を選ぶ傾向にあります。それで、彼を主演にして物語を作りたいという思いから今回の作品になりました。『リアルをきちんと演じる』演技をしている前川くんが見てみたいと思い、今回、お願いしました」

―――前川さんは、スプリングマンの作品の特徴でもある「リアルなお芝居」「日常を覗き見する」という作品に出演することにもともと興味があったのですか?

前川「多分、澁谷さんと出会った頃は、そこまでそうした芝居に興味があったわけではなかったと思います。僕はずっとアマチュアで演劇を勉強してきて、その後に事務所に入ってプロとして活動させていただいてから、最初に多かったのは、映像だったんですよ。澁谷さんと出会ったのは、今までやってきた“演劇”というスケールではないお芝居を必要とされて、手当たり次第に勉強していた時だったと思います。その後もありがたいことにさまざまな景色を見させていただいて、例えばコメディや2.5次元など、リアルとかけ離れた方が良かったりする作品などもやらせていただいてきましたが、やっぱりリアルなお芝居は本当に難しいと思います。リアルなお芝居の行きつく先は会話だったりすると思うので、自分だけで芝居をしようとするよりは、肩の力を抜いて、必要なことだけを胸に持って、セリフを交わす方々とリアルに言葉を交わせればいいのかなと今は考えています」

―――今回の作品のストーリーについても教えてください。

澁谷「家族の物語になると思います。九十九家にはお母さんがいないのですが、そこで些細な問題が起こる。そうした中、九十九想太を取り巻く人たちとその日常を想太の目線で見る物語になる予定です。これまでは、その家族全体の目線だったり、家族のさまざまな人たちからの目線で物語を追っていたのですが、今回はタイトルにも名前を入れているように、想太の目線で見る家族や兄弟の姿を中心に描こうと思っています」

―――前川さんが演じる九十九想太という人物は、どのような人物なのですか?

澁谷「バイタリティがあるわけではなく、やる気がないわけでもない。やる気があるわけでもない。本当に普通の人物にしようと思っています。人は周りの影響によって感情が変わるものなので、あまりこういう人ですと断言する人物像ではなく、よくいる人物です。特筆して怠け者でもないし普通の人。設定上は会社を辞めてしまったけれども、それも“ちょっと会社を辞めちゃった”というくらいの感覚で辞めたんですよ。自堕落なわけでもない。ちょっと会社を辞めちゃって、そんな人です」

前川「それ、めちゃくちゃ難しいですよね(笑)」

澁谷「でも、周りの人間によって負荷を与えられるので。例えば、すごく嫌なお兄ちゃんがいるかもしれないし、うるさい近所の人がいるかもしれない。それに対して対応していくので」

前川「イメージできていないです、僕(笑)。今も分からない。でも、すごく楽しみです」

澁谷「僕はどの作品でも、最初の感情と終わりの感情がどれだけ変化するかを描きたいと思っています。同じシーンで始まって同じシーンで終わる。でも、人の心は大きく変わっている。その見せ方がすごく好きなんですよ。そうした心の変化を描いていきたいと思いますし、生活はそれでも続いていくというお話になればいいなと思っています」

前川「澁谷さんからいただいたプロットの中に、『生活すること』と『生きること』の違いについて書いてあったのですが、僕は、そういう言葉遊びが大好きです。自分のブログでもずっとやっているんですよ。同じ漢字でも意味が違ったり、捉え方が変わったり、同意語だったりを駆使して芸能生活を送ってきた結果、ファンの方から生粋のポエマーだと呼ばれるようになりました(笑)」

澁谷「そんな一面があったんだね(笑)。でも、その『生活すること』と『生きること』の違いにも拘っています。今回は、『生活』という言葉をわざわざタイトルにも入れているくらいなんで、生活って何だろうと改めて考えたんです。それで、生きることと生活することは明らかに違うと。人によって解釈は違うと思うけれども、僕は生物学的に、食べて寝て、空気を吸うというのが『生きている』。その生きることに対して、彩りを加えたり、前向きに自分でプラスしていくと『生活をしている』になるのかなと。ルーティンワークをずっとこなしているだけでは、生活している感じがあまりしないので、『生活』という言葉にフィーチャーしました」

―――スプリングマンさんの作品は、全て世田谷を舞台としているそうですが、今回の舞台も世田谷ですか?

澁谷「そうです。これまで描いてきた豆腐屋さんの物語も弁当屋さんの物語も、前回公演の二人芝居も世田谷のアパートで、全て同じ世界線にあります。だから、会話の中でリンクするエピソードが出てきたりもします。ですが、もちろん、それを知っていても知らなくても違和感を感じない程度の会話ですが。それは、自分の世界を広げるためでもあるんですよ。会話の中で、『なになにさんが』って近所の話も絶対に出てくるじゃないですか。だから、あらかじめ設定を作っておけば発想が生まれやすいなと思って。毎回、公演パンフレットには、地図を掲載していて、その物語がどこを舞台にしているかがわかるようにしているんですが、以前の公演の場所も示してあるので、どんどんと増えていっているんです」

前川「めちゃくちゃ素敵ですね!」

澁谷「演劇人にとっては、世田谷には、例えば下北沢とか馴染みが多い街が多いと思います。今回の話も世田谷のオンボロな家が舞台になります」

―――前川さんは、世田谷には馴染みやご縁はありますか?

前川「僕は東京出身なのですが、実家が下北まで自転車で行ける距離にあったので、中高生の頃は自転車でよく行ってました。何をするわけでもないですが。下北という街が好きで、ブラブラ歩いたり、ゲームセンターに行ってみたり。僕は中学から演劇部に所属していたので、演劇にも興味があったんですよ。下北には、そこかしこに劇場がありますから、どの店にも何かのフライヤーが貼ってあっていいですよね。そういう意味でも好きな街です」

―――今作では、里中将道さんが前川さんが演じる想太と深く関わる役柄になると聞いています。

澁谷「二人の関係性がこの物語のキーポイントになると思います。想太の目線で物語は進みますが、その彼に一番影響を与えてくれるのが、里中くんが演じる役になります」

―――前川さんは、これまでも共演経験がありますよね?

前川「MANKAI STAGE『A3!』で共演しましたが、その時は絡みはほとんどなかったのでお芝居でじっくり絡むのは今回が初めてです。ただ、その時は稽古期間も公演期間も長かったこともあってすごく仲良くなって。休演日には、僕と将道くんともう一人で出かけたりしていました」

―――里中さんの印象は?

前川「まず、上澄みのことを最初に言うと…僕、将道くんの顔がすごく好きなんですよ(笑)。超イケメンだと思って。キリッとした切れ味の強い顔なんで、男性的な部分が強いので、最初は近寄りがたかったんですが、話しかけてみたら、実は人見知りで、仲良くなるには時間がかかるタイプなだけだった。仲良くなったら、とてもピュアで人として好きになりました。今回は、将道くんとじっくりお芝居ができるというのもすごく楽しみです」

―――最後に、改めて公演への意気込みをお願いします。

前川「俳優という職業をしている前川優希という視点から意気込みを述べさせていただくのであれば、何度やっても主演というものの心の持ち用は勝手に変わるものだと思うし、それは味わいたくても味わえるものではないので、新たに気合いを込めていきたいと思います。もちろんすごく楽しみですし、僕が憧れ続けた世界の1ピースになると思うと、とても身の引き締まる思いでいます。同時に、お芝居をしている前川優希としていうならば、リアルなこと、ともすれば何でもないことを描いた作品なので、あまり気張らずに、肩の力を抜いていこうかなと。想太くんは前川優希ではないけれど、前川優希が生きてきた中で感じたリアルで想太くんと歩んでいければいいかなと思っています。あえてこの言葉を使うならば、舞台上で“生きている”と思ってもらえたらいいのかなという気持ちでいます」

澁谷「僕は、あてがきで、この九十九想太という人間を描いているので、彼の中にあるいいところを引き出しながら作っていけたらと思います。嘘をつかずにリアルな、そこにいる青年を演じてもらいたいです。その彼の生活と人生を観たいと思っています」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

前川優希(まえかわ・ゆうき)
東京都出身。舞台を中心に、映画・ドラマなど幅広く活躍。2018年から、MANKAI STAGE『A3!』シリーズに皆木綴役で出演する。主な出演に、音楽劇『ジェイド・バイン』主演、狂音文奏楽『文豪メランコリー』夏目漱石役、2018年、NHK 大河ドラマ『西郷どん』市来宗介役など。

澁谷光平(しぶや・こうへい)
福岡県出身。1979年3月20日生まれ。2004年に演劇ユニット「スプリングマン」を旗揚げ。その全ての作品において脚本と演出を担当し、リアルで叙情的な作風で、若者の今を鋭く描く。演劇活動のほか、ゲームシナリオやWEBディレクターとしても活動している。

公演情報

スプリングマン『九十九想太の生活』

日:2024年2月28日(水)~3月3日(日)
場:シアター・アルファ東京
料:6,500円(全席指定・税込)
HP:https://springman-net.jimdofree.com/
問:問:スプリングマン制作部 mail:springman_official@yahoo.co.jp

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