2007年より東京を拠点に、もとは学生劇団として発足した「範宙遊泳(はんちゅうゆうえい)」。代表・山本卓卓は、加速度的に倫理観が変貌する現代情報社会を素早く作風に反映させ、近年では日本だけでなく、海外での公演も行う演劇集団に成長した。
そんな範宙遊泳が2021年に上演し、第66回岸田國士戯曲賞を受賞した舞台『バナナの花は食べられる』が7月28日からの横浜公演を皮切りに、いわき・豊岡・札幌と全国ツアーで再演される。2018年夏からの数年を舞台に、マッチングアプリを通じて出会い、探偵の真似事をはじめた日陰者たちによる“フィクションで現実を乗り越え、生きていこうとする人々の人情劇”。
一体どんな経緯で生まれた戯曲なのか、再演の見どころとともに山本本人に話を聞いた。
―――今回の作品『バナナの花は食べられる』、再演ということですが作品が生まれた経緯は?
「コロナ禍で公演スケジュールが宙ぶらりんになってしまっていた2020年あたりに、今この時代の空気感を抱えた現代劇をあえて作りたいという気持ちになり、書き始めました。
当時、“劇場を剥奪された演劇に演劇は可能か”という問いから出発した『むこう側の演劇』というシリーズをYouTubeで始めていて。『バナナの花』という短編連作の映像作品を配信して、最終的には劇場での上演、舞台作品にたどり着くようなものが出来たら面白いなと思って作りましたね。
演劇はリアルタイムに劇場で鑑賞されるものですが、脚本を書く作業は劇場で上演されるよりも半年~1年くらい前から始まるため、ある程度、未来を想定する必要があるので……。戯曲自体は幅の広い設定を作る必要があるんですよね。でも極端に言えば、半年~1年先だけではなく、2050年くらいになってからも、この作品を映像で見返してもらったり、上演してもらったりした時にも通用する戯曲にしたい、遥か未来に見ても感じるものがあるといいなという思いを込めて書いた作品です。
内容については、主人公感のない日陰者をあえて主人公にしたいと思いました。何度も失敗をして生きてきて、ちょっとやそっとじゃめげないけれども人間的に繊細で、性格も決していいというわけではない……でもそういう人物のちょっとした優しさや善意に、光があたる作品を作りたいなと」
―――少年マンガの主人公のような人を見ているより、ある意味、リアリティがあるのかもしれませんね。
「そうですね。開き直っているわけではないんですけど、人のダメな部分がどう肯定されていくか、受け入れられていくかというところにドラマがあるのではないかなと。
お芝居に、はちゃめちゃに不器用な人が出てくると、ある意味で現実を生きている人は救われるじゃないですか。こんなどん底にいる人でも、こんなに頑張って生きているんだなって思うと、そこに希望を見いだせるというか……。自分の作品を観て、そういう風に思ってくれたら嬉しいなと思っています」
―――初演は感染症の影響で、かなり限られた人数のお客様しか観ることが出来なかったと聞いていますが、反響はいかがでしたか?
「公演スケジュール自体もタイトで、客席数も減らされてしまっている中でしたが、だからこそ“貴重なものを観た”と思っていただけている空気感はありました。『岸田賞、獲れるんじゃない?』というお声も当時からいただいていましたが、ガッカリしたくないのであまり期待しすぎないように受け止めていましたね(笑)」
―――この度、キャストは変わらずの再演が実現し、さらに地方公演も行われるとのことですが、基本的には初演と変わらずの公演になるのでしょうか?
「そうですね……トリッキーなことをするつもりは全くないのですが、1~2年前の自分よりは多少なり成長しているとは思うので、全く同じことをするつもりもないという感じです。自分の中で考えている新しいプランはありますので、演出家として、さらにアップデートしたものを届けられたらいいなと思っています。初演を観てくださった方々にもぜひまた楽しんでいただきたいです」
―――キャストの皆さんについて、山本さんから見ての印象を教えていただけますか?
「主演・穴蔵の腐ったバナナ役の埜本幸良くんは、最大級の褒め言葉だと受け取っていただきたいのですが、『日陰者』が似合います。彼が演じるバナナという存在に、今作のメッセージが詰まっている。誰でもできることではないんですよ、主演になったら自分がメインだっていう顔になっちゃう役者もいますから。彼は真ん中に立っていても、世界の端っこにいるような雰囲気でいてくれます。
百三一桜役の福原冠くんは、どんどんお芝居が上手くなっていて、色々な役がこなせる俳優です。ガッツもあって、人をとにかく楽しませられる、勇気づけられる俳優だと思います。
レナちゃん役の井神沙恵さんは、とても博学でご自身の中にも豊富な知識のストックがあるのだなと思います。戯曲の読み解きに関しても熱心な方です。ロジカルなようでいて、観る人の感情を揺さぶるお芝居をされるんですよね。
アリサ役の入手杏奈さんは、ダンサーさんとしても素晴らしいのですが、前々から芝居でご一緒したいと思っていました。声帯を震わせて言葉を発するか、体を動かして気持ちを伝えるかの違いであって、彼女のように“表現をする”ということに長けていれば、ダンスだろうが、演技だろうが、出来るのだなと。この作品が俳優の入手さんとしての代表作になれば嬉しいです。
男役の植田崇幸くんは、大学の後輩なんです。僕自身は上下関係が苦手なので、言葉選びが難しいのですが、初期の範宙作品にも出てもらうなど、僕なりに大事に関係してきた後輩です。元々稽古場代役をお願いしていたのですが、途中でどうしても出てもらいたくなって、本番にも出演してもらいました。皆さんそうだと思いますが、僕は信頼できる人としか仕事ができなくて……。彼がいてくれることで、稽古場の調和が保たれるので、とてもありがたい存在です。
ミツオ役の細谷貴宏くんは、細谷くんという役者にしか出せない独特なカラーがあるんですよ。“俳優”というのは職業ですけど、『演劇とは人間の行為なんだな』というのを気づかせてくれるのが彼ですね。僕の推察ですけど、日常の延長線上で演技をしているんじゃないかなと……。貴重な存在だと思います」
―――ありがとうございます。全キャスト変わらず再演ができるというのは本当に素晴らしいことだと思います。では最後に、観に来てくださる皆さんに一言お願いします。
「演劇を観るってすごく豊かなことですよね。わざわざチケットを買って劇場に足を運ぶ……一定以上の知的好奇心と行動力がないと、演劇を見よう!ってならないじゃないですか。僕らも自分たちの仕事に誇りをもっていますが、演劇を楽しめる皆さんには『自分めちゃくちゃイケてる!』という自負を持ってもらえたらいいなと思っています。
その上で僕の書くお芝居が、演劇にハマるきっかけになったら嬉しいし、今、仕事に忙殺されている人を元気にしたり、生きることに疲れてしまったりしている人に救いをもたらせる作品になったらと思っているので、ぜひ劇場に足を運んでください」
(取材・文&撮影:通崎千穂(SrotaStage))
プロフィール
山本卓卓(やまもと・すぐる)
作家・演出家・俳優。範宙遊泳代表。加速度的に倫理観が変貌する現代情報社会をビビッドに反映した劇世界を構築。子どもと一緒に楽しめるリモートプログラム『シリーズ おとなもこどもも』、青少年や福祉施設に向けたワークショップ事業など、幅広いレパートリーを持つ。アジア諸国や北米での公演や国際共同制作、戯曲提供も多数。『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞・最優秀作品賞を受賞。『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞。公益財団法人セゾン文化財団フェロー。
公演情報
範宙遊泳『バナナの花は食べられる』
日:2023年7月28日(金)~8月6日(日)
※他、地方公演あり
場:KAAT 神奈川芸術劇場〈中スタジオ〉
料:一般4,500円 U25[25歳以下]3,500円
遠方割引[一都六県外よりお越しの方]
2,500円 障がい者割引2,000円
U18[18歳以下・枚数限定]無料
※各種割引は要証明書提示
(全席自由・整理番号付・税込)
HP:https://www.hanchuyuei2017.com/
問:範宙遊泳 mail:hanchu.ticket@gmail.com