―――今秋、こまつ座が届けるのは井上ひさし“江戸三部作”のひとつ『雨』。主演を務める山西惇に、話を聞いた。
「11年に市川猿之助さん主演、新国立劇場で上演された『雨』に出演したときは、10年後に自分が本作の主人公をやるとは思ってもいませんでした。物語の骨組みがしっかりしていて、とても完成度の高い戯曲。すべての場面にサスペンスの要素が含まれていて、それが物語全体の起承転結にきちんと繋がっていくんです。読んでいると、宮大工さんが丁寧に建てた木造建築を眺めているような、そんな気持ちになります。
猿之助さんの見事なお芝居を間近で見てきてはいますが、一旦それを忘れ、戯曲と愚直に向き合おうと台本を再度読み進めています。以前、井上作品常連の辻萬長さんに「井上さんの作品で、一番大変だったものは?」とお聞きしたら、即答で「『雨』!」と返ってきたのですが、その言葉に納得です(笑)」
―――山西が演じるのは、江戸のしがない金物拾い、徳。平畠藩の大きな紅花問屋の当主、喜左衛門が自分と瓜二つでしかも失踪中という話を聞き、徳は東北を旅して平畠ことばを懸命に習得し、喜左衛門になりすます。
「これまで演じてきた井上戯曲の長ゼリフは、周りの俳優さんやお客様に向かって語りかける言葉でしたが、今回の徳のセリフは多くが“大きな声での独り言”。その独り言にリアリティを持たせつつ、2階席の最後列まで届けるにはどうすればよいか。難しくもあり、面白くもある課題をいただいたなと思っています」
―――演出を手掛けるのは、井上作品を熟知した栗山民也。その確かな手腕に、山西も深い信頼を寄せている。
「井上さんの戯曲、栗山さんの演出は、どちらもその都度、自分の限界よりも少し上のことを要求されているように感じていて。僕は高い目標を設定されるほうが燃えますし、作品を終えたとき、自分では想像もつかなかったところに辿り着けて達成感を味わえる。こまつ座さんは、そんなふうに自分を高めていただける現場です。
また、栗山さんの言葉には深く頷かされることも度々。たとえば全体へのダメ出しで『どんなに小さな役であっても、その人物の一生を背負って舞台の上で生きるのだから、責任を持ってやってほしい』など、一生心に留めおきたい金言をおっしゃるのです。そういう言葉を聞ける場にいられるのがありがたいですね」
―――『雨』は、大部分が江戸時代の東北方言によって書かれており、徳が江戸の言葉を捨て東北方言に鞍替えした結果、自分を見失う姿が描かれる。
「徳のセリフに、『智恵のありったけを総揚げして喜左衛門のことを調べあげ、調べあげたことを肌に擦り込む。そうしておれは喜左衛門そのものになる』という一文があるのですが、読んで『これは、役者の話じゃないか?』と思ったりもしました。セリフを覚えて口にするという、今、自分がやっている作業と同じだなと。“肌に擦り込む”という表現がいいですよね。言葉を使う生物は、この世で人間だけ。でも言葉を生み出したはずの人間が、言葉に翻弄されたり、支配されたり……。扱いが難しいものだなと、僕自身、日々感じています」
―――物語が進むにつれ、重厚なテーマが露わとなり、衝撃の結末へ。
「僕は笑いも好きですが、暗い話も好きなんですよ。『雨』は笑いと人間の暗い部分、両方が盛り込まれているのが魅力。観終わった後、観た方が思わず深く息を吐いてしまう。そんな作品にできたら」
(取材・文:木下千寿 撮影:岩田えり)
プロフィール
山西 惇(やまにし・あつし)
京都府出身。劇団そとばこまち出身。舞台・テレビドラマ・映画で俳優として多彩な役柄を担うほか、バラエティ番組にも出演するなど、幅広く活躍中。こまつ座への出演も多く、2020 年には『イーハトーボの劇列車』、『木の上の軍隊』で第27回読売演劇大賞 優秀男優賞を受賞。
公演情報
こまつ座第139 回公演『雨』
日:2021年9月18日(土)~26日(日)
※他、神奈川・埼玉・静岡公演あり
場:世田谷パブリックシアター
料:S席10,000円 A席8,000円
U-30[観劇時30歳以下、S席・A席共通]7,500円
※横浜公演はS席のみ販売
(全席指定・税込)
HP:http://www.komatsuza.co.jp/
問:こまつ座 tel. 03-3862-5941