「天下泰平」「国土安穏」を祈る『翁』を、脇能・脇狂言附きの本来の姿で ひとりの能楽師の集大成、その生き様を込めた舞台を見届けたい

「天下泰平」「国土安穏」を祈る『翁』を、脇能・脇狂言附きの本来の姿で ひとりの能楽師の集大成、その生き様を込めた舞台を見届けたい

 難しくて堅苦しいという能楽の印象を解消し、普及に繋げるというのは関係者が常考えていること。しかし結果として形が崩れすぎては本末転倒。入門編として敷居を下げたものは否定しないが、やはりきっちりとした本格的なものをしっかり継承することも大切だろう。

 公益財団法人武田太加志記念能楽振興財団が年に2回主催する花影会は、故武田太加志が昭和54年にその芸術性の高さと深さを求めて発足。その後は継承者である志房とともに継続している会だが、毎年の春公演では「翁附(おきなつき)」という形の公演を行っている。能楽師で財団専務理事の武田文志はこう語る。

武田「『翁』は能の中でもストーリーがない神事のような能。これに「脇能」、「脇狂言」をセットにして上演するのが正式な形ですが、休憩も挟まず3時間くらいかかるので、最近ではその形式の上演はすごく減り、ほぼ無いといってもいいくらいです。能楽を正統に継承すべき財団としては平成30年から春の会では翁付き脇能、脇狂言を行っています」

 今回は『翁』に脇能『高砂』。そして脇狂言『張蛸』(野村萬斎)という組み合わせだが、『翁』及び『高砂』を舞うのは財団評議員でもある松木千俊。

松木「私も昨年還暦を迎えまして、3歳で始めて芸歴も60年近くになります。本来『翁』というのは家元がなさるもので、一介の能楽師が演じるのは難しいのですが、有り難いお話をいただいたので初めて挑みます。この能は神事ですから、如何に厳かに粗相の無いように勤めあげるかが大切です。精進潔斎して本番に臨む姿勢が大事だと思っています」

武田「大半の能楽師が『翁』をさせていただくのは生涯に一回。しかも脇能付きで勤めるのは現役の能楽師でも数えるほどしかいないと思います」

 そして後半は『熊野(ゆや)』だが、こちらも小書き(特別な演出)が4つもついているという珍しいものだ。

武田「昔から『熊野松風に米の飯』といわれるほどに飽きの来ない、人気の演目ですが、こちらは兄で理事長の武田友志が勤めます。4つの小書きがつくのは最近では珍しいことですが、財団当主として演じるにはふさわしいと思います」

 エンターテインメントとしての能を楽しむというより、ひとりの能楽師の集大成、生き様を目撃してほしいという「翁附」。前半後半だけを観る特別席もあるという。本来の姿である「祈りの能」に触れてみたい。

取材・文:渡部晋也 撮影:山本一人(平賀スクエア)

 

子供の頃から変わってないなぁ~と思うところはありますか?

松木千俊さん
「“ずっと能が好き”であることです。
3歳から能をやってきたが、1度も嫌いになったことがないです。稽古中に師匠から「帰れ!」と言わた時は、辞めることを悩んでいたこともありました。父に相談したら「明日から0からやればいい」と言われ、頭を坊主にしてまた稽古場に行きました。そういうこともあったが、それでも1度も嫌いになったことはないです」

武田文志さん
「“1つのことを突き詰めてやるのが好き”というのは変わらない事です。「これだ」って思ったことに関して、とてつもない集中力を発揮するタイプです」

プロフィール

武田文志(たけだ・ふみゆき)
東京都出身。シテ方観世流 武田志房を父に持つ。3歳で初舞台を踏み、これまで数多くの大曲を勤める。国内だけでなく海外でも数多くの演能を行っている。20代から主に学生向けのワークショップに力を注ぐなど、普及活動にも精力的に取り組んでいる。現在、公益財団法人武田太加志記念能楽振興財団にて専務理事を務めている。

松木千俊(まつき・ちとし)
武田太加志に師事したシテ方観世流能楽師 松木千冬を父に持つ。3歳で祖父 松木福蔵三回忌追善能での仕舞『老松』にて初舞台を踏み、20歳で武田志房師の元へ内弟子として入門する。東京藝術大学邦楽科卒業。現在は「檀の会」、「松能会」、「松謳会」を主催する。2022年までのシテ演能番数は214を数えている。公益財団法人武田太加志記念能楽振興財団では評議員として活動している。

公演情報

第53回 花影会

日:2023年4月16日(日)13:00開演(12:00開場)
場:二十五世観世左近記念 観世能楽堂
料:SS席18,000円 S席15,000円 A席12,000円 B席9,000円
  C席6,000円 学生席[30歳未満]3,000円(全席指定・税込)
HP:https://ttmnf.or.jp/
問:花影会 tel.070-1304-0845(不定休)

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