シェイクスピアの『リア王』といえば、四大悲劇のひとつにも数えられる名作。ところがこの「気性が荒い老王と、3人娘の物語」という設定をふるいにかけて「頑固者の老いた父と、3人娘の物語」にすると……身近にありそうな話になってくる。
硬派な中に独特のウィットを滑り込ませた作品で注目を集める脚本家、嶽本あゆ美による『リアの食卓』は、そんなユニークな発想から生まれたシリアスコメディ。ある老画家と家庭を持つ3人の娘、さらに孫たちによって「親の介護」「財産分与」「姉妹の軋轢」を浮き彫りにした作品として、劇団BDPによって2015年に初演。今回6年振りの再演となる。老画家をベテラン俳優であり、劇団主宰でもある青砥洋が、3姉妹も初演時と同じキャストが演じるが、歳月を経ることでさらにリアリティが増した作品になるはずだ。主演の青砥と、脚本・演出の嶽本に話を聞いた。
―――この『リアの食卓』ですが、再演ということですね。
嶽本「はい。初演からは6年経ちました」
―――もともと青砥さん、もしくは劇団からのオーダーで書かれた作品なのでしょうか。
嶽本「青砥さんとはこれまでにもミュージカル作品を何本か書かせてもらっているんですが、2015年頃に私の父親が脳内出血で要介護4になってしまったんです。それからは仕事と介護の二足の草鞋で地元と実家とを行ったり来たり。子供もいますからそれは大変でした。
私は一人娘なんですが、介護する娘の立場って、いざ自分がなってみないとわからないものです。あるとき介護にまつわる愚痴を青砥さんに話したら、それは面白いじゃないかとおっしゃって、高齢化社会の話を『リア王』を下敷きにしてストレートプレイにしてみるという企画がまとまったんです」
青砥「もともと嶽本さんは凄く頭がいい方で、とても硬く難しい芝居を書く人です。一方の僕は頭が悪いものだから、両極端の組み合わせなんだけど。僕の劇団は子供が中心で、劇団BDPもそこを過ごしてきたメンバーで構成しています。だから子供が観てもわかるものが必要なんですが、今まで彼女が賞を獲ったような作品はちょっとウチには難しいと思っていたのだけれど、そのお父さんの話は私の年齢も近いこともあって、ちょっと面白く思えたんです。それで書いてみない?と持ちかけました」
―――『リア王』を下敷きにというのはどちらのアイデアですか?
嶽本「私ですね。『リア王』はよく知られている作品ですが、自分が介護を体験するまでは、この作品も普通に悲劇だと捉えていました。でも介護をしていると見え方が違って来たんです。面白いのが『リア王』に出てくる女性のセリフって、現代でも通じる、現代の女性とあまり変わらないんです。特に悪者になっている姉2人の言い分は、現代にそのまま通じる、介護に悩む娘達に読めました。そしてこの3人姉妹が、現代に生きたらと思って書きました。追い出された三女にしても、やはりそれなりの理由がある訳で、それが出戻ってくるところから始めようと思いました」
青砥「私は劇団昴に在籍していたのですが、シェイクスピアはそこでもよくやるレパートリーでした。でも今の若い人はシェイクスピアからだいぶ離れていると思います。『リア王』だけでも観るのにエネルギーが要りますし、『ハムレット』にしても『ロミオとジュリエット』にしても、どんな作品かを尋ねると答えられない。だからこそこの作品を観ることで『リア王』に興味を持ってもらえると良いなとも思いますね」
―――プロフィールを拝見すると、お2人とも劇団四季に在籍していらっしゃいますが、最初の出会いはそこでですか?
青砥「いや、同じ時期に在籍していましたが、その時は嶽本さんを意識していませんでした」
嶽本「私は知ってました。日生劇場の『李香蘭』、その再演か再々演の時に入られたんです。当時の私は音響技術者として参加していました。四季には12年いて、2002年に辞めた後に改めて出会った時、あぁ、あの人だということで」
青砥「四季では音響でしたが、しかもピアノ科を出ているからピアノが弾けてさらに脚本も書ける。これは凄い、太刀打ちできないと思いましたね。僕は音楽はだめだし、顔が良いだけだから(笑)」
―――作品の話に戻りましょう。主人公は頑固な老美術家とその3人娘。まさにこれは『リア王』にダブるわけですが、その美術家を青砥さんが演じる訳ですね。年齢が近い役ですが、演じていて自分が投影されているような部分はありますか?
青砥「僕は凄く良い人なものですから(笑)、役のキャラクターとは正反対なもので、なかなか苦労してます。でもね、やっていて面白いんですよ。今までそれほどは思わなかったけれど、凄く面白い。でも前回より年齢が上がっているので台詞が入っていくかどうか……そういう恐怖心があります。役者って、あんまり考えると急に真っ白になっちゃうことがあるからね。ピアノだってそうでしょ」
嶽本「そうですね。頭で考え始めるとダメになっちゃう」
青砥「セリフもあまり深く考えるとダメです。だから自然に出てくるようにしないと。そのために繰り返し稽古するわけです」
嶽本「でも、79歳でこれだけのセリフをバッサバッサとさばいてくれる青砥さんは、高齢者の星になるんじゃないかと思ってます。この作品は高齢化社会と演劇というのもテーマにあるんですが、初演の時はまだ誰も言っていませんでしたね。芝居の中には高齢者だからこそ、昭和の男だからこその父親のセリフがあるんですけれど、よく考えるとシェイクスピアの時代も老人には困らされていたんじゃないかと思うんです」
―――再演とはいえ、だいぶ違った部分も出てきそうですね。
青砥「この間、初演のDVDを観たら、凄く大根(役者)だなぁと思いました。まあ自分の演じているものを客観的に観ると、いつもそう思いますが、今回もその反省を活かした演技ができればいいな……まあニンジンくらいにはなるかと(笑)」
嶽本「今回は劇場があうるすぽっとに変わりましたから、初演とはだいぶ空間が違いますし、初演はドメスティックな感じで、ホームドラマを意識していましたが、今回は父の美術家としての生き様みたいなものを出したいですし、3姉妹は前回と同じキャストなので、さらに深めていきたいと思います。ともかく5歳から79歳のキャストによる舞台ですし、出演する子供達も、劇団の子達であって、集めてきた(客演の)子役ではないですから。レベルは相当に高いと思います」
青砥「そう、子供たちと一緒に稽古ができるのがウチの劇団の特色でしょうね」
―――では最後にお2人からのメッセージをお願いします。
嶽本「コロナ時代、そして高齢化社会に演劇は必要ですし、この作品は家族で観られるので、一緒に楽しんでほしいです。キャッチコピーに“悲劇か、喜劇か”とありますが、『リアの食卓』では決して『リア王』は悲劇ではないというスタンスです。特にお母さん達の共感を得ることができる作品だと思っています」
青砥「この作品は、父親と3人娘の物語を、醜い争いではなく、喜劇的に綴っていきます。それには私の役作りが一番難しいわけです。特に強いメッセージを感じてというよりも、面白いものとして観て、そして何か共感してもらえれば。面白かったという印象の裏に、何か感じてもらえれば良いと思います。そもそもウチの劇団の作品は『愛とやさしさ、思いやり』をテーマにしています。それはまさに僕の生き方そのもので……」
嶽本「ウフフフ(笑)」
青砥「何を笑ってるのよ(笑)」
―――ありがとうございました。
(取材・文&撮影:渡部晋也)
プロフィール
青砥 洋(あおと・よう)
島根県出身。劇団BDP、児童劇団「大きな夢」代表。小学5年生でNHK松江放送児童劇団に入団したのをきっかけに、NHKのラジオドラマに数多く出演する。その後、劇団昴を経て劇団四季に参加。四季でのミュージカル体験を生かし、1993年、児童劇団「大きな夢」を結成。独自のネットワークを構築し、北海道から九州まで各地で子どもミュージカル公演を実施。全般の演技指導や演出を手掛けている。さらに児童劇団を卒業した高校生以上を受け入れるために、2001年に劇団BDPを立ち上げ活動の幅を拡げている。
嶽本あゆ美(だけもと・あゆみ)
静岡県出身。武蔵野音楽大学器楽科を卒業後、劇団四季技術部、演出部を経てフリー脚本家として活躍。さらに演劇ユニットメメントCを主宰する。明治末期の新興宗教女性教祖を描いた『プロキュストの寝台』や、明治末期の大逆事件を廻る『太平洋食堂』(門真国際映画祭舞台映像部門優秀賞受賞)、『彼の僧の娘』など硬質な戯曲を発表する一方、商業演劇、ミュージカル作品まで幅広い作風をもつ。川辺川ダム問題を描いた『ダム』(演出:藤井ごう)で日本劇作家協会新人戯曲賞、文化庁芸術祭優秀賞を受賞する。
公演情報
劇団BDP『リアの食卓』
日:2021年11月3日 (水・祝) ~7日 (日)
場:あうるすぽっと
料:5,000円(全席指定・税込)
HP:http://www.gekidan-bdp.jp/
問:劇団BDP tel.042-379-8622(日祝休)