不器用で味わい深い、昭和の終わりの津軽の文学青年たちの物語 人の心を豊かにするインベーダー(侵略者)になる

不器用で味わい深い、昭和の終わりの津軽の文学青年たちの物語 人の心を豊かにするインベーダー(侵略者)になる

 青森・津軽のちいさな漁港で、文学に情熱をかたむける4人の青年がいた。彼らは文学の神様・小林秀雄を呼び講演会をしようとするのだが……。2003年に初演されたこの『小林秀雄先生来(きた)る』を、当時出演していた藤崎卓也が、自身のユニットPEACE INVADER Ltd.(ピースインベーダーリミテッド)の旗揚げ演目に選んだ。出演者を広くキャスティングワークショップで選び、チェロの生演奏とともに14年ぶりに上演される本作。出演する渡辺裕太、稲村梓と、演出の村野玲子、そして藤崎の4名に話を聞いた。

出演者や観客に愛された『小林秀雄先生来る』に、新しいメンバーと向き合いたい

───出演されるおふたりは、最初に台本を読んだ印象はいかがでしたか?

渡辺「まず津軽弁にびっくりした……」

稲村「全編が津軽弁だというのは難しいですよね! だから、最初に読んだ時には、言葉の意味がわからなかったところもあるんです。それでもものすごく面白くて、とくに読み終わった後に、小林先生のしらばっくれたような顔が浮かんで爆笑しちゃったんですよ。すごく壮大な喜劇だなと思いました。そのなかで、小林秀雄先生の言葉にドキッとするようなところがある」

藤崎「そうなんです。劇中には、実際に小林秀雄先生が話された言葉がたくさん出てきます。脚本の原田(宗典)さんが何十本、何百時間もの小林秀雄先生の講演の音声をお聞きになって、そこから現代に通じる言葉を引用されたそうです。だから、この戯曲のなかには小林先生のお話がぎゅっと集約されているんですよ。その先生の言葉が現代に伝わればいいなという気持ちがあって、僕は今回、『小林秀雄先生来る』を上演したいと思ったんです」

───藤崎さんは、演劇ユニット・壱組印での今作初演(2003年)、再演(2008年)にも出演されていました。それを今回、オーディションをしてまったく新しいメンバーで上演されることについてはどのような思いですか?

藤崎「オーディションは演出の村野さんからのご提案なんですよ」

村野「どうしてもオリジナルメンバーによる作品イメージがあるので、その思い込みを取っ払いたくて、オーディションという形にしました。新しい視点を持った役者さんと出会って、台本と向き合って、イチから作ることを一番大事にしたかったんです」

藤崎「そうですね。最初はオーディションで人が集まるのか不安もあったけれど、長い目でみると、PEACE INVADER Ltd.では年に1本くらい舞台をやっていきたいので、いろんな役者さんと出会いたいという思いもありましたね」

藤崎「壱組印のみんなで『またやろう』『いつやる?』という話はずっとしていたんですよね。でも誰も腰を上げないから、今回『僕がやってもいいですか?』と企画したんです。原田さんと大谷さんに直談判に行ったら、僕が『やりたいんですよ』と言ってから10秒ぐらい間がありましたね」

稲村「長っ!」

藤崎「沈黙の後に『……ああ! いいんじゃない!?』って(笑)。その10秒間にいろいろ考えたんでしょうね。『本当にやるの? 大丈夫?』なんて言われましたけれど、すごく楽しみにしてくれて、応援してくださっているので、プレッシャーではありますが心強いです」

───関わった人達に愛される作品なんですね! 物語は、青森の文学青年たちが、文学の神様・小林秀雄を呼び講演会をしよう……というものです。オーディションで青年たちのキャスティングを決めるにあたって、どのようなことを大事にされましたか?

村野「選んだのは、いい意味であまり器用そうじゃない人(笑)。器用そうに見えても、すごく不器用なところを隠し持ってる……というか、隠し持てていないですね。そこがいいんです。登場人物たちは”物を書く”ことをテーマにしていて、劇中でも『オラ、どうしたらいいかわかんねぇ! 小説に書くしかねぇだ!』と葛藤を文学にしていく。そうすることでお互いを受け入れ合ってるというのが、すごく良い関係なんですよ。なので、葛藤を文学にするしかないような、あまり器用そうじゃない4人を選びました(笑)」

渡辺「器用そうじゃない人か……」

藤崎「真面目さの中に面白みがあるのがいいんですよね。渡辺くんはそういう俳優だと思うんだけれど、真面目さと面白さを良いさじ加減で表現できる。そういう意味ではすごく器用」

村野「器用さも不器用さもひっくるめて、味わい深い。この作品の時代は、携帯電話が無くて、肉声の言葉でやり取りすることがコミュニケーションのベースにある頃。彼らにとってケンカといったら相撲なんですよね(笑)」

藤崎「健康的ですよね。純朴で。お日様の匂いがする人たち」

村野「でも俳優4人とも、本人とは真逆のタイプの役だと思いますよ。意図したわけではないけれど、結果的に逆になっている。それは私のなかに『初演は当て書きされているからこその面白さがあるけれど、私たちはあくまで”イチから芝居を作る”ということをしたい』という思いがあるからかもしれません」

4人の純朴な青年を翻弄するフィリピン女性。新しいファム・ファタール像をめざして

───稽古が始まっていますがいかがですか? これからの楽しみなども教えてください。

渡辺「町から出たことがない男4人が、強烈な友情……のようなもので結ばれている話です。この4人はたぶん絶妙なバランスのチームワークで成り立っている人たちなんで、どう作っていこうかとすごく楽しみですね。演出に頼るだけでなく、俳優が自分たちで作っていくことがかなり必要になってくると思います。『そこまではちょっとやめてください』と言われるくらい、いろいろトライしていきたいですね」

稲村「もうすでに稽古が楽しいです。ゲームをしたりとか、お互いの人となりを知るっていう時間が設けられている。ゆっくり『あぁ、この人はこういう人なのかな?』と知っていく時間があることがとてもありがたい。皆さんのことを知って、私のことも知ってもらった上で舞台に立てるんじゃないかな。日本人ではない役なので、そう見えるのか心配はありますが……藤崎さんに『大丈夫なんでしょうか?』と聞いたら『稲村さん、そのままでいいから』と言ってくださったので」

藤崎「そのままでいいんです! マノンはフィリピーナで、異国の魅力があって、ちょっと意地悪で小悪魔的な人。それに純朴な青年達が翻弄されていく。稲村さんはマノン役にぴったりなんです。その証拠に、はじめの頃に稽古場で4人の若者たちがワーッとしゃべっている時に、稲村さんが『おはようございます』と入って来たら、みんなスーッて背筋がちょっと3cmくらい伸びたんです。その空気の変化を見て、まず第一段階を突破したなと」

渡辺「(笑)」

村野「マノンはすごく難しい役だと思うんですよね。ともするとステレオタイプの女性になってしまう。マノン・レスコーと名乗りますが、そのふざけた名前は小説やオペラに登場するファム・ファタール(運命の女)のものです。稲村さんだったらそれを、いわゆるねっとりした女性ではなく、オリジナリティーのある軽々としたマノンをやってくれるんじゃないかなと。ご自身でプロデュースもされているし、自分で作る感覚を持っている人だと思いますから。とにかく私はステレオタイプを避けたいんです」

稲村「頑張らなきゃ。チラシの裏面には『妖艶なフィリピーナが容赦なく四人の友情にヒビを入れる』と書かれていました。妖艶……、得意分野です(笑)」

人の心を豊かにするインベーダー(侵略者)になろう

───俳優として40年以上さまざまな舞台に出演されてきましたが、なぜ今、旗揚げを?

藤崎「もともとこの作品をいつかやりたいと本当に思っていたところに、コロナで火がつきました。コロナがなかったら、ぼや~っと『やりたいやりたい』と思っていただけかもしれない。ユニット名をPEACE INVADER Ltd.としたのも、コロナが悪のウイルスというINVADER(侵略者)で、人間に悪影響を及ぼして人生を変える。でも俺達は幸せを与えるウイルスになろうと、PEACE INVADERと名付けました。コロナがあったからこそ『やってやろう』と思いましたね」

村野「もともと自分でやるようなタイプじゃないですもんね」

藤崎「まったくですよ。昔からのんびりした怠け者なんです。でも、なにかの窮地に立たされた時は力を出すタイプ。子どもの時も誰かがケガしたらサッとバンドエイドを差し出したり(笑)」

稲村「たしかに、稽古が始まる前に藤崎さんに思いきって『こんなに長い期間、劇場を押さえちゃって怖くないんですか?』と聞いてみたら、『もうやるしかないでしょ』と言い切ってくれて、かっこよかった」

渡辺「あえて窮地に立っている感じもしますね」

稲村「そうそう。しかも駅前(※駅前劇場:160席)ですし、けっこうお客さん入る気がして」

藤崎「いや、駅前にはすごくこだわったんですよ。自分で旗揚げするなら、最初は下北沢の駅前劇場だって決めていました。そこからどんどんどんどん発展していけばいいなという気持ちがあります」

稲村「最近、新しくて美味しいお店もいっぱいできましたしね」

渡辺「下北沢、良いですよね!」

藤崎「やはり演劇の聖地ですから。どなたかから聞いたことがありますが、劇って、神の怒りを鎮めるための神事であると。だから神様にお供えするかのごとく神聖な気持ちを持って挑みたい。芸術は人間の心を豊かにしていくものだと思いますので、僕らの団体もそのきっかけを作れればいいなという気持ちでいます」

(取材・文&撮影:河野桃子)

プロフィール

藤崎卓也(ふじさき・たくや)
劇団青年座に約10年在籍。同劇団退団後、蜷川幸雄演出作品他、多数の舞台に出演。又、TVドラマや映画にも活躍の場を広げる。近年は、声優としても存在感を発揮。ACC賞2020ナレーター部門ゴールド賞受賞。主な作品として、映画『浪人街』、『スリ』、『美しい夏キリシマ』、『AIM』ほか。TVドラマ『相棒』、『ドラゴン桜』、『デカワンコ』、『検事・霞夕子2』ほか。舞台『テンペスト』、『王女メディア』、『ピーターパン』、『種の起源』、『宮崎城物語』、『フォレストガンプ』、『コルセット』、『花火の陰』、『正太くんの青空』など多数。

村野玲子(むらの・れいこ)
演出家、劇作家。東京出身。早稲田大学在学中にプロデュースユニット「NICK-PRODUCE」を旗揚げし主宰、作・演出を行う。オリジナル作品や古典劇の翻案、朗読劇等を、劇場のみならず元工場やレストラン、ギャラリー、伝統的建造物など様々な場を劇空間に見立てて上演している。ピアノ、チェロ、サックスの生演奏やコンテンポラリーダンスなど、異ジャンルのアーティストとのコラボレーション創作も継続的に行う。日本劇作家協会会員。2004年『そのバスに乗れない僕へ』で第四回かながわ戯曲賞ノミネート。学校や養成所、ワークショップ等で次世代育成についても積極的に関わる。近年ではテレビドラマのシナリオライターとしても活動中。

渡辺裕太(わたなべ・ゆうた)
1989年3月28日生まれ。東京都出身。劇団ポップンマッシュルームチキン野郎に所属するほか、近年の出演舞台に『正太くんの青空』、『葉隠れ旅館物語』、わたなべやしき『ノイズ温泉~電波と足湯~』、『家庭内文通』、PMC野郎『殿はいつも殿』、『ユーモア増築』など。舞台に限らず、映画『ほっぷすてっぷじゃんぷッ!』、ドラマ『魔法×戦士マジマジョピュアーズ!』など映像にも多数出演。

稲村 梓(いなむら・あずさ)
1990年12月1日生まれ。東京都出身。近年の出演舞台は、明治座『本日も休診』、昭和芸能舎『フラガール』、舞台『けものフレンズ』などのほか、自身で舞台プロデュースもおこなう。ラジオ東京FM『NISSAN あ、安部礼司 ~BEYOND THE AVERAGE~ 』に鞠谷アンジュ役として出演中。

公演情報

PEACE INVADER Ltd. Vol.1
小林秀雄先生来る

日:2022年7月1日(金)~10日(日)
場:下北沢 駅前劇場
料:前売5,000円 当日5,500円
  学生割引3,500円 ※当日、要学生証提示
  7/1初日割引3,500円(全席指定・税込)
HP:https://haruberryoffice.com/?_fsi=KRK5UxAv
問:ハルベリーオフィス
  mail:kobakitaru2022.ticket@gmail.com

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