数あるバレエ作品の中で『白鳥の湖』ほど知られている作品はないだろう。全幕はなくとも、有名ないくつかの場面なら観たことがあるはずだ。そんな『白鳥の湖』の全幕が日本で初めて上演されたのは、第二次世界大戦が終結した翌年の1946年のことだったという。物資も充分に無い時期に上演を果たした先達たちには敬意しか無いが、その時の舞台美術をフランスで高く評価されていた藤田嗣治が担当していたという話にも驚かされる。そして2018年。その時の背景画を元に新制作して上演したのが、その年に創立50周年を迎えた東京シティ・バレエ団だった。公演は大評判となり、上演後には方々から再演希望の声が上がっていた。そんな『白鳥の湖』が4年振りに再演を果たす。東京シティ・バレエ団芸術監督の安達悦子と今回ジークフリード王子を踊るキム・セジョンに話を聞いた。
――――この『白鳥の湖』は2018年に東京シティ・バレエ団創立50周年を記念して上演されたものの再演になりますね。
安達「本当は2020年に予定していた公演なのですが、コロナ禍の影響で今年まで伸びてしまいました」
――――そして大きな話題になったのは、画家の藤田嗣治が手がけた舞台美術で上演されるというニュースでした。
安達「1946年に帝国劇場で日本初の全幕上演をしたときに作られたのですが、途中で資材が足りなくなって予定通りには用意できなかったそうです。その後、劇場スタッフが保管していた模写が発見され、そこからこの企画が生まれました。あまりにもセンセーショナルな話題になったので、上演後にも是非観たいという声が高まり、再演を計画していました」
――――今回は劇場が新国立劇場オペラハウスですね。
安達「『白鳥の湖』は昨年も上演していますが、藤田美術による『白鳥の湖』は背景を美しく見せることができる、大きさのある劇場が必要なんです。つまり劇場を選ぶ演目ということです」
――――東京シティ・バレエ団の『白鳥の湖』第四幕は独特だと聞いています。
安達「ええ。創設者の一人でもある石田種生の演出によるバレエ団独自のものですね。バレエはヨーロッパの様式美に則っていて、群舞の動きがシンメトリー、左右対称に動くことが多いのですが、石田演出は龍安寺の石庭に着想を得たという左右非対称の配置など、様々な試行錯誤の末に完成した、バレエ団の大切な財産です」
――――さて、今回ジークフリード王子を踊られるキム・セジョンさん。現在バレエ団トップのダンサーですが、オデット・オディールを踊る佐々晴香さんと8年振りにペアを組まれるそうですね。
キム「8年前に『白鳥の湖』で組んだとき、彼女は初めての主役だったんです。それが今や凄いダンサーになっていますから、2年前に組む予定だったときも期待しましたが、(延期後の)今回も組むことができて嬉しいですね。彼女がどんな踊りを見せてくれるか楽しみです」
安達「佐々さんは当団付属バレエ学校から東京シティ・バレエ団に入団し、留学を経て頭角を現しまして、現在はスウェーデン王立バレエ団のプリンシパルに成長しました。それで2年前に凱旋公演として企画、今回もお願いすることが叶いました」
――――キャストを考えたときに、佐々さんの相手役にキムさんを起用した理由はありますか。
安達「昨年ティアラこうとうで上演した『白鳥の湖』でもキムにはジークフリードを踊ってもらっています。彼を追いかけているバレエ団の若手も出てきていますが、それでもキムは一番脂がのってきていると思いますし、なによりも佐々さんの相手はキム以外に考えられなかったですね」
――――キムさんは50周年記念の公演でもジークフリード王子を踊られています。そこから現在まで、更に変化しているでしょうか。
キム「僕も年配になりましたし(笑)。まあ大筋は同じなのですが、歳を重ねる毎に積んだ経験が表現の幅を拡げます。踊りやパートナーへの対応もさらに落ち着いてきますしね」
――――その他のキャストも精鋭メンバーが揃っているんですね。
安達「ベテランから若手まで幅広いキャストですが、今回は佐々晴香と共に踊っていた飯塚絵莉、福田建太、そして彼女の後輩として伸びてきている濱本泰然、斎藤ジュン、植田穂乃香、吉留諒といったメンバーも重要な役どころで出演いたします。お互いに良い刺激を与えてくれることでしょう。そして佐々の凱旋公演にふさわしいメンバーだと思っています」
――――もう一方のキャストはパリ・オペラ座バレエ団で活躍されているオニール八菜さんとジェルマン・ルーヴェさんです。
安達「藤田嗣治は晩年にパリに渡り、フランスに帰化して亡くなっています。2018年は藤田の没後50年でもあったため、パリ・オペラ座のダンサーと上演することも案の一つとしてありました。今回はそれが叶ったので良い風が吹いているのかなと思っています。八菜さんとジェルマンさんは同時期にパリ・オペラ座に入団したこともあって仲が良いんです」
――――どちらのキャストも非常に楽しみですね。
キム「はい。藤田の美術もですが、(佐々)晴香さんとの8年振りになる踊りも、そして観客の皆さんにお目にかかれることも、全て含めて楽しみです」
安達「2018年はバレエ団の節目として『白鳥の湖』を上演しましたが、その後コロナ禍で全てが停まり、ダンサーもバレエ団も色々な想いを抱えた時期になりましたが、今はそこからまた立ち上がろうという気持ちの時期だと思います。戦後すぐに上演された『白鳥の湖』、そしてそこに使われた藤田の絵には、戦争からの復興の気持ちがあったと思います。そしてその時上演された舞台の素晴らしさが今のバレエ界につながっているのだと思います。だからこそ、今の時期に『白鳥の湖』を日本だけに留まらない世界で活躍するメンバーと一緒に創ることができるのは非常に感慨深いです」
(取材・文&撮影:渡部晋也)
プロフィール
安達悦子(あだち・えつこ)
松山バレエ団にて、松山樹子、森下洋子、清水哲太郎に師事。ソリスト・プリマとして踊る。1979年慶應義塾大学在学中に第1回アメリカジャクソン国際コンクール銅メダル受賞。同年、文化庁芸術家在外研修員として2年間モナコに留学し、マリカ・ベゾブラゾヴァの指導を受ける。1986年東京シティ・バレエ団入団。プリマとして迎えられ、『白鳥の湖』『ジゼル』、『コッペリア』、『エスメラルダ』、『真夏の夜の夢』などに主演する傍ら、オペラの振付けなども手がける。2008年文化庁研修員としてベルリン国立バレエ団に派遣され、ベルリンを拠点にヨーロッパ各地で研鑽を積む。2009年4月より、東京シティ・バレエ団理事長および芸術監督に就任。同年より、NHK放送「ローザンヌ・バレエコンクール」の解説者のほか、「TANZOLYMP」(ベルリン)や「Korea International Ballet Competition」(韓国)など国内外のバレエコンクールの審査員も務め、献身的なバレエ教育を行っている。主な受賞歴に、音楽新聞新人賞、第30回橘秋子優秀賞(2004)、第38回橘秋子賞特別賞(2016)、第39回ニムラ舞踊賞(2019)など。洗足学園音楽大学教授。
キム・セジョン(きむ・せじょん)
韓国カンウォン国立大学バレエ学部舞踊学科卒業。2002年、韓国バレエ協会男子クラシックバレエ部門にて大賞受賞。2005年に韓国ユニバーサル・バレエ団に入団し、ドゥミソリストとして多くの作品に出演する。在団中の2006年 韓国舞踊協会新人舞踊コンクール バレエ部門男子第1位、2007年 韓国舞踊協会新人舞踊コンクール バレエ部門男子特賞、2009年 韓国バレエ協会新人賞、バレエ部門銀賞を受賞。2011年、東京シティ・バレエ団に入団。2021年4月、プリンシパルに就任。
公演情報
東京シティ・バレエ団 『白鳥の湖』〜 大いなる愛の讃歌〜
日:2022年8月13日(土)・14日(日)
場:新国立劇場 オペラパレス
料:SS席15,000円 S席12,000円 A席10,000円 B席6,000円 C席4,000円(全席指定・税込)
HP:https://www.tokyocityballet.org
問:東京シティ・バレエ団 mail:contact@tokyocityballet.org