浅田次郎の短編小説を原作に、2013年に初演を迎えた音楽座ミュージカル『ラブ・レター』。創立35周年という大きな節目を迎える今年、新脚本・新演出で上演を行う。
2022年の新宿。サトシは、昔馴染みのナオミとの再会をきっかけに「高野吾郎」のことを思い出す。吾郎はサトシと同じように歌舞伎町で汚れ仕事を請け負って、なんとなく日々をすごしている男だった。その吾郎のもとにある日、一通の「死亡通知書」が届く。そこに記されていたのは、小金欲しさに偽装結婚をした中国人女性・白蘭の名。会ったこともない“妻”は、吾郎に長い手紙を残していた――。主人公の一人、高野吾郎を演じる安中淳也と、白蘭を演じる岡崎かのんに話を聞いた。
―――2013年の初演、2015年の再演に続き、『ラブ・レター』が7年ぶりに再演を迎えます。
安中「僕は初演・再演に竜二役で出演しています。初演は入団6年目の頃。それまでは好青年役を演じることが多く、僕にとって完全な悪党というのは初めての経験でした。日常ではできないことを演じられる爽快感があって、稽古では初めて一切ダメ出しをもらわなかった。俳優の世界では悪役は本当に良い人でないとできないという通説があるけれど、そういう意味では僕も良い人なのかもしれません(笑)。ただ入団以来応援してくださっていたお客様が、『違う、こんなの安中さんじゃない!』とお手紙をくださったりもして。役者冥利に尽きるところでもあり、ちょっと複雑な気持ちでしたね(笑)」
岡崎「私は今回初めての出演で、再演にあたり過去の舞台を1度だけ記録映像で見ました。あまり過去の作品に影響され過ぎないよう、最初の印象だけインプットした感じです」
安中「僕自身も経験があるんですけど、無意識の部分で過去に正解を求めてしまうんですよね。過去を真似していたら作品が新しくなっていかない。大切なのは、その場で何を感じるか、いかにその場で燃えられるか。過去に演じていたから何か助言できるかというとそうでもなくて、時には経験が邪魔することもある。音楽座ミュージカルの作品は時代とともに変化し続けています。作品が時代とともに生きているのだから、演じる側が過去のままアップデートされていないとあわなくなるんですよ。今の時代に生きている、今の自分の感覚で演じること。それをしっかりブレないようにすることが重要なんだと思います」
岡崎「過去の良い部分は取り入れつつ、今、この作品の中でどうあれば良いのかという目的は失ってはいけない。それはすごく感じています。今は新しい解釈で一つひとつのシーンを作っているところですけれど、稽古の度にいろいろ気づきがあって。可能性がどんどん広がっているのを感じるし、毎日すごく楽しいですね」
安中「再演とは名ばかりで、台本や演出も新作レベルで変えています。そこは僕たち俳優にとってチャレンジし甲斐のあるところであり、初めて観る方はもちろん、前回、前々回を観てくださった方も新たに楽しんでいただける作品になっていると思います」
―――吾郎と白蘭は互いに会ったこともない相手に想いを寄せますが、そこに共感できる部分はありますか? 役作りはどのようにされているのでしょう。
安中「会ったこともない人を想い、愛する感覚というのは正直なところわからなくて。吾郎は白蘭の遺体と対面して慟哭するけれど、なぜそこまで想いが高まるのだろうと……。僕は人を愛する役を演じる度、毎回必ず『愛が見えない』というダメ出しをもらうんです(笑)。でも吾郎の愛が見えないとこの作品自体成立しない。だからそこは今回自分にとって一番大きな課題です」
岡崎「白蘭と私は国籍も置かれた状況も全く違う。役に取り組む上で、まず白蘭の気持ちを私なりに理解しようと探るところから始めました。白蘭は手紙に“ありがとう”と書くけれど、それは感謝の言葉を伝えようとしたというよりも、彼女自身の中に感謝の気持ちが潜在的にある気がして。だからこそ白蘭は最後まで力強く生き抜けたんだろうなと感じています」
安中「僕は不器用なので、役を演じる時は可能な限り疑似体験するようにしています。吾郎は闇の世界にいるけれど、ヤクザになるほどの勇気もなく、のらりくらりと生きている。前回の公演から7年がたち、僕もいつのまにか吾郎と同年代になりました。年齢的に中途半端なところや彼の情けなさは自分とリンクするものがあるのを感じていて、そこを1つのきっかけに役に近づいたり、自分に引き寄せていく作業をしているところです」
岡崎「疑似体験という意味では、私は台本にある白蘭の手紙を何度も書き写してみています。例えば“今すごくお腹が痛いけどこの手紙を書いています”というように、白蘭は自分の状況も書いていたりする。白蘭はどんな気持ちでこれを書いたのか、書きながらいろいろ想像をしていると気づかされることも多く、書く度に何かしら新しい発見がありますね」
―――今回“夫婦”役を演じるお二人ですが、普段はお互いどんな先輩・後輩ですか?
岡崎「安中さんは私にとって何でも話せる先輩で、一緒に芝居をしていて疑問や悩みも全部相談できる安心感があります。今実際に稽古をしている中で、どんどんその信頼が高まっている感覚があります」
安中「岡崎さんの入団オーディションに僕も司会として立ち会ったけど、彼女に何故か目が奪われて、この子はカンパニーにとってきっと必要な存在になるだろうな、という予感がありました。実際入団してすごく成長したよね。入った当初は本当に子供だったけど(笑)」
岡崎「そうかもしれません(笑)。入団は高校2年生の時でした」
安中「最初はこんなに話さなかったし、表に出てこようとしない印象があったけど、今は稽古でも誰より先に自分の意見を言うようになって」
岡崎「私は俳優という職業を選んでいるのにもともと恥ずかしがり屋なところがあって、主役をやりたいというよりも、“自分なんかが”というタイプ。稽古場でも受身でいることが多かったように思います。でも後ろに隠れていたらチャンスはどんどん逃げてしまうと気づいて、どんな役も自信を持ってやりきる覚悟がないとダメだと思うようになった。それは自分の中の大きな変化だと感じています」
―――創立35周年の節目を飾る本作。そのメインキャストとして舞台を担う心境をお聞かせください。
安中「これから先もこの作品が受け継がれていって、僕たちがいなくなった後もずっと未来永劫残していけたらいう強い気持ちがあります。そのために大切なのは、思い切り作品に臨むこと。シンプルにそこですね。作品や役を通して想いを伝えて、そしてお客様に何かしら還元できる存在になれたらというのが今の一番の望みです」
岡崎「『ラブ・レター』という作品のテーマ自体が、自分自身の生きる希望になっているのを感じます。今世の中はいろいろなことが起きているけれど、観に来てくださるお客様に少しでもその想いを届けられたらと願っています。そして作品を通して私が感じたことを1人でも多くの方に受け取ってもらえたら、こんなに幸せなことはないと思っています」
(取材・文:小野寺悦子 撮影:岩田えり)
プロフィール
安中淳也(あんなか・じゅんや)
埼玉県出身。2007 年から音楽座ミュージカルに参加。初参加から主役に大抜擢され、『とってもゴースト』にて美大生・服部光司が心の成長を遂げていく機微を見事に演じきった。その後も各作品で、主役をはじめ幅広い役柄を次々に好演。これまでの出演作に、『シャボン玉とんだ宇宙(ソラ)までとんだ』、『SUNDAY(サンデイ)』など。
岡崎かのん(おかざき・かのん)
東京都出身。3 歳よりクラシックバレエをはじめ、5 歳から市民ミュージカルなどの舞台に出演している。2018 年11 月より音楽座ミュージカルに参加。これまでの出演作に、『7dolls(稽古場トライアウト)』主役・ムーシュ、『SUNDAY(サンデイ)』、『リトルプリンス』、『JUST CLIMAX(ジャストクライマックス)』がある。
公演情報
音楽座ミュージカル『ラブ・レター』
日:2022年7月1日(金)~3日(日) ※他、神戸・名古屋・広島公演あり
場:草月ホール
料:SP席12,100円 SS席11,000円
S席9,900円 A席8,800円
B席6,600円 C席3,850円
(全席指定・税込)
HP:http://www.ongakuza-musical.com/
問:音楽座ミュージカル
mail:info@ongakuza-musical.com