原爆投下直前の広島を舞台に描く、芝居に魅せられた人々の三日間の物語 5年ぶり待望の再演決定! 今改めて浮き彫りになる井上ひさしのメッセージ

原爆投下直前の広島を舞台に描く、芝居に魅せられた人々の三日間の物語 5年ぶり待望の再演決定! 今改めて浮き彫りになる井上ひさしのメッセージ

 井上ひさし作『紙屋町さくらホテル』が、この夏5年ぶりに待望の再演を果たす。初演は1997年、新国立劇場 中劇場の開場記念作として上演。以降再演を重ね、こまつ座の人気作として大きな支持を集めてきた。
 舞台は昭和20年5月。原爆投下直前の広島を舞台に、芝居に命を懸けた役者たちと、芝居に魅せられた市井の人々を描いた三日間の物語だ。主要キャラクターを演じる七瀬なつみと高橋和也の2人に本作への想いを聞いた。


―――5年ぶりの上演となる『紙屋町さくらホテル』。おふたりは2016年、2017年に続き3度目の出演となりますが、再演が決まった心境をお聞かせ下さい。

高橋「共演者のみなさんととても楽しい時間を過ごした作品であり、自分にとって忘れがたい作品です。みんなでこの芝居をもう一度作ることができる喜びは大きくて、また再演できて本当に嬉しいです」

七瀬「今回こうしてまたみんなで集まることができ本当に幸せです。前回・前々回の台本や写真を宝物のように箱の中にしまっていて、再演が決まった時はまずそれを引っ張り出して、またこの作品に参加できるんだという喜びを噛み締めました(笑)」

高橋「一度目のときはとにかく夢中で、必死で演じていた記憶しかなくて。ただこの名作といわれる芝居を汚さないようにしなければという想いでいましたね」

七瀬「私も一度目は必死過ぎてほとんど記憶がないくらい。2度目もやはり稽古は苦しくて、また一から作り直す作業でした。だからこそ旅公演はご褒美のように楽しくて(笑)」

高橋「2度目の時は地方公演も多かったし、本当に物語の中の“桜隊”のように各地を巡って、そこで芝居もどんどん進化していった印象があります。みんなの絆も深まって、舞台が終わると飲みに行ったり、僕の父の店で新年会をしたり。今振り返ると遥か昔の話のような気がするけれど……」

七瀬「打ち上げのときは朝まで飲みましたよね。みなさんと別れがたくて、体力の続く限り一緒にいたかった(笑)」

高橋「本当にみんなで走り抜けた感がありました。今回はまた新しく加わる方もいて、そこでどういう風が起こるかという楽しみもありますよね」

七瀬「この5年で変わったこともたくさんあって、作品の景色や感じられるものも少しずつ違ってくるはず。お客様が受け止めるものもまた変わるだろうし、新たな変化や進化を感じて頂けたらと思っています」

―――七瀬さんは日系二世でホテルオーナーの神宮淳子を、高橋さんは新劇の名優・丸山定夫を演じます。

高橋「丸山さんは実在の俳優さんで、僕らの大先輩にあたる方。丸山さんの想いやつらかったこと、苦しかったことを全部引き受ける必要があって、性根を据えて演じないと役に弾き飛ばされてしまう。まずは丸山さんのお書きになったエッセイや文献、桜隊の旅日記をあたっていきました。何より良かったのは、映画『坊っちゃん』に山嵐役で出演している丸山さんを観ることができたこと。実際に映像で演じている姿を見たときはもう感激でした」

七瀬「淳子は架空の人物ですが、錚々たる大先輩方が演じられてきて、大きなプレッシャーがありました。演出の鵜山仁さんに引っ張って頂きつつ、共演者のみなさんと会話のキャッチボールをしながら作り上げていった感じです。あと淳子は広島弁の役ということで、車の中で毎日方言のテープを繰り返し聴いた記憶があって。今回もまた当たり前のように広島弁が出てくるまでテープをひたすら聴いて身体に叩き込もうと思います」

高橋「僕は七瀬さん演じる淳子が初めて演劇をした喜びを語るシーンが大好きで、すごく印象に残っています」

七瀬「本当に素敵なシーンですよね。“一人では出来ないことを私たちは今ここでやっている”と語るのだけれど、私自身お芝居をするときの支えになっています。舞台というのは演者の情熱がぎゅっと集まってひとつの作品を作り出す作業で、井上先生はそれを台詞にして下さっている。またあの台詞を言えるんだという喜びで一杯です」

高橋「あの台詞は役者として心に響くものがありますよね」

七瀬「あと私は丸山さんの“今爆弾が落ちようが、どんな時もその瞬間まで役者は稽古をすればいいんだ”というシーンが情熱的で好き。みんなそうやって精一杯生きてきたんだよな、と感じて胸に迫ります」

高橋「また改めて台本を読むことで新たに発見したり、こういう意味にも取れるんだと気付くことがたくさん出てくると思う。だから今回の『紙屋町さくらホテル』はさらに深まっていくような気がします」

七瀬「そうですね。演じるのは3度目ではあるけれど、まずはいつも通り台本を読むことから始めるつもり。共演者のみなさんと顔を合わせれば自然と役に入れるような気がしていて、真っさらな状態で稽古場に行こうと思います」

―――役者として井上作品に感じる魅力、難しさとは?

高橋「井上作品はどれもリズムがあって、独特の美しさで耳に響いてくる。そこが大きな魅力だと感じます。シェイクスピア演劇がやはりそうらしいんですよね。イギリスの方はシェイクスピアの芝居を観るのではなく、芝居を聴きに行く。古語なので非常に難しい言葉がたくさんあるけれど、音楽のように役者が語ることで、お客さんも自然とその世界に入っていく。井上作品はそれに近いものがあって、先生のお書きになった台詞を役者が語り、その独特の響きを楽しむうちに、すごく深いところに何かがグサリと突き刺さっているのに気付かされる」

七瀬「深いメッセージがたくさん込められているけれど、お芝居を観ている限りはとても楽しく、そして最後にズドンとしたものをもたらされる。改めてすごいなと思います」

高橋「先生が一つひとつ選んで作った文章だから、役者は余計なことは一切できないし、その通りに演じていかないといけない。“今日は調子良いからアドリブを入れてみよう”と思った途端に台詞が飛んでしまったりする。完璧な集中力が必要で、気が緩んだ瞬間にパッと落とし穴に落ちてしまう。そんなことが実際にあって――。地方公演で僕の台詞が飛んだの覚えてる?」

七瀬「ええ、そうでしたっけ!?」

高橋「テーブルを囲んで僕がみんなに滔々と語るシーンだったのに、台詞が出てこなくなって、だから芝居が進まない(笑)。あの経験は舞台に上がることの怖さを僕に教えてくれました」

七瀬「ちょっと怖くなってきました(笑)。でも大丈夫、共演者のみなさんと一緒に力を合わせて頑張ります!」

―――この5年で世の中の状況も大きな変化がありました。今改めて本作を上演する意味をどう感じますか?

高橋「僕らは戦後に生まれ、戦争を知らずに生きてきた。こういう作品に関わることで追体験をする訳だけど、自分が経験したことではないから、いくら考えても追いつかない重みがあった。でも今は実際に信じられないことが現実社会で起こってる。5年前は今みたいな世界がくるとは全然想像もしていなかったけれど――」

七瀬「本当にニュースを見ていても信じがたいものがあって……。人間は変わらず過ちを犯していて、この物語も決して昔の話ではないんだと気付かされます」

高橋「怖いのは毎日ニュースを見ている内に慣れて、自然とそれを受け入れてしまうことだと思う。でもみんなが先生のメッセージを忘れずにいれば、間違いは起きないはず。井上先生がこの作品で伝えたいメッセージというのは、ここに出てくる人たちの命が一瞬で失われたということ。彼らの叫びや想いを忘れずにいるということですよね」

七瀬「“楽しいときほど、その楽しさを無理やり奪われた人たちのことを条件反射みたいにふっと思う人間に僕はなりたいし、そういうのが普通にできるようになったら絶対に間違わない世の中ができると思う”という井上先生の有名な言葉があるけれど、本当にそうだなと改めて思います。この作品に込められたメッセージを伝え続けていかなければいけないと感じていて、だからこそ今ここで再演に取り組む意味がまた出てきたような気がしています」

(取材・文:小野寺悦子 撮影:山本一人[平賀スクエア])

突然ですが、急遽一週間の休暇が取れることになりました。どこへ行っても、何をしても自由だとしたら……どのように過ごしますか?

高橋和也さん
「亡くなったアメリカの友人の墓参りがしたい。コロナや戦争や地震やあらゆる事が僕らを脅かしている今のような状態の世界でのんびり一週間旅をしたいと、今は考えづらいですね。」

七瀬なつみさん
「ひたすら海を見て過ごしたいです。20代30代の頃は休みがあれば沖縄へ行き、ダイビングを楽しみました。あの青い美しい海への憧れはずーっと続いています。暮らすように滞在して、島中をドライブし、ヤンバルの森を散策して市場で買い物してビーチで夕陽を眺めて…考えただけで癒されます。
 でも今は、沖縄に限らず、行きたいと思う場所に行くことすら、簡単に叶わなくなってしまいました。なのでせめて、こんなに変わってしまった世界でもきっと変わらないであろう沖縄の美しい海を思い浮かべて、のんびり過ごしたいです。」

プロフィール

七瀬なつみ(ななせ・なつみ)
1967 年生まれ、埼玉県出身。1990 年、第9 回オリーブ映画祭にて最優秀新人女優賞受賞。2006年、第40 回紀伊國屋演劇賞 個人賞、第13 回読売演劇大賞 優秀女優賞受賞。主な出演作品に、ドラマ『ぽっかぽか』シリーズ、『ひなたぼっこ』、舞台『欲望という名の電車』、『フレンズ』、『写楽考』、『たとえば野に咲く花のように』、『奇跡の人』、『ヘッダ・ガーブレル』、『Harvest ~ハーベスト~』、『お国と五平』、『野兎たち』、『アルトゥロ・ウイの興隆』と多数。現在は舞台を中心に活動している。

高橋和也(たかはし・かずや)
1969 年生まれ、東京都出身。1988 年「男闘呼組」のメンバーとしてデビュー。1993 年の解散後、舞台『NEVER SAY DRAEM』、映画『KAMIKAZE TAXI』で俳優活動を本格的に開始。以後、映画『八つ墓村』、『Hush!』、ドラマ『寺子屋ゆめ指南』など活躍の場を広げる。主な出演作品に、舞台『現代能楽集~幸福論「道成寺」「隅田川」より』、『三文オペラ』、『ブラインド・タッチ』、『オイディプス』、映画『破戒』、『今はちょっと、ついてないだけ』、『樹海村』、『悪の華』、『新聞記者』、ドラマ『日本ボロ宿紀行』、『24 J APAN』、『小吉の女房2』、配信『ヒヤマケンタロウの妊娠』、『雨に叫べば』。
こまつ座作品では『連鎖街のひとびと』、『泣き虫なまいき石川啄木』などに出演。

公演情報

こまつ座 第142回公演『紙屋町さくらホテル

日:2022年7月3日(日)~18日(月・祝)
場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
料:一般8,000円 U-30[観劇時30歳以下]6,500円(全席指定・税込)
HP:http://www.komatsuza.co.jp
問:こまつ座 tel.03-3862-5941
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