特攻隊&一人の俳優の魂がこもった世界に挑む、鯨椅子Project『THE WINDS OF GOD』稽古場レポート

テレビ・映画・舞台と幅広く活躍し、2015年に54歳で亡くなった俳優・今井雅之。彼の遺した舞台作品『THE WINDS OF GOD(以下WINDS)』を、奈良県大和郡山市で活動する演劇ユニット「鯨椅子Project」が二度目の上演を行う。しかもユニットとしては初となる、大阪・東京公演も実現した。オーディションで集まった、実際の特攻隊員たちと同年代の俳優たちが、今井のメッセージをどのように伝えるか? その稽古現場をレポートする。

『WINDS』は、今井が自衛隊を退官して、役者の道を歩み始めて間もない1988年に、みずからの作・演出・主演で上演した舞台。売れない漫才コンビの兄貴(劇中、本名の誠はほとんど呼ばれない)と金太が、交通事故をきっかけに、彼らの前世である神風特攻隊員に転生するという内容で、オフ・ブロードウェイ公演や映画化までされた。彼が末期の大腸ガンに罹っても、最後までその舞台に立とうとした、単なる「代表作」以上の意味を持つ作品だ。

大阪市内のスタジオを訪れると、若者たちの笑い声が扉を開ける前から聞こえていた。『WINDS』の舞台のほとんどが、規律と上下関係に厳しい軍隊の世界だけに、稽古場もその影響でピリピリしているのでは……と勝手に考えていたので、杞憂だったことに安堵する。しかしゆるい関西弁でみんなが話しているのは、戦闘機の動きをどうするかとか、戦死を告げる台詞を確認するなど、もっぱら「戦争」の話題。その明るい口調と会話の内容のギャップの大きさに、現実世界が(少なくとも現時点では)平和であることの幸せをかみ締めた。

ユニットを主宰する向井徹プロデューサーは、今回のツアー公演を決めた理由について「6年前に大和郡山で『WINDS』を初演して、それが大変好評だったんですけど、野外劇ということもあって(観客の)人数が限られていました。どうせ再演するのなら、1人でも多くのお客様……特に今井さんのことを知らない若い世代の方に届けたいという思いがあり、大阪と東京でやらせてもらおうと思いました」と語る。

この日の稽古は、クライマックスとなる特攻のシーンが中心だった。特攻隊員に転生した兄貴と金太は、仲間の隊員たちとの価値観の違いや永遠の別れに苦しみながらも、どんどん“前世”の自分に近づいていく。そしてついに出撃命令が下り、沖縄方面に向けて同じ飛行機で飛び立つ……というのが、ここまでのストーリーの流れだ。

オリジナルの『WINDS』の舞台装置は必要最小限で、俳優の演技だけで特攻シーンを表現していたが、鯨椅子版では6人の女性たちが敵の飛行機や、彼らが乗る零戦の翼、状況を語るナレーターなどのアンサンブルとして登場。2人が多くの妨害を乗り越えて、命がけで目標地点に向かっていることを実感させると同時に、特攻の瞬間の迫力をより高める効果となっていた。

しかしこの見せ方について、向井は「ぶっちゃけて言うと、苦肉の策でした」と笑う。というのも『WINDS』は女性の登場人物が1人しかいないのに、初演のオーディションではその1枠に、多数の応募が殺到したそうだ。「この作品に関わりたいという人がこんなにいるのに『じゃあ、1人で』って切り落とすことが、どうしてもできなかったので、アンサンブルという形で出てもらいました。でもそれが、すごく効果的だったという声をいただいたので、今回は最初からアンサンブルを付けるという話になりました」と、その背景を語った。

この日の稽古では、彼女たちが敵機として兄貴&金太に向かっていく所をブラッシュアップすることが、集中的に試された。最初は6人全員が一気に登場していたが、演出の西脇丈也と俳優たちが意見を交わしていくなかで、舞台上手と下手に3人ずつが分かれて、順番に突撃していくというアイディアが浮上。それによって6人が舞台上で渋滞を起こすことなく、目に見えてシーンがスマートなものになった。さらに西脇のアドバイスで、直線的な動きを意識することで、戦闘機らしさがどんどんアップしていく。

一方、アンサンブルたちが兄貴と金太に軽くぶつかって、敵からの攻撃を表現するという動きには「もう少し段取りが必要では?」という話が。自由でいいという声が出ると、兄貴役のあゝ伊藤が「なんでやねん、こっちにも準備あんねんぞ!」と兄貴風のキツめのツッコミを入れて、稽古場が笑いに包まれた。「この世代の子たちは、上から強制されることにすごく拒否感があると感じた」と向井プロデューサーは語っていたが、その分きちんと話し合って解決の糸口をつかみ、即座に共有しているという印象も受けた。

特攻シーンの稽古が一通り終わると、次はラストシーンの稽古が行われた。こちらはネタバレになるので具体的なシチュエーションは書けないが、ダイナミックな動きが重視された特攻シーンとは対照的に、役者の表情や間合いを細かく確認して、その場の人物たち――特に兄貴の心の内をどこまで見せていくのか? ということが、じっくりと話し合われた。「観客に答を断定させ過ぎないようにしたい」という西脇からの課題に、本番で伊藤がどういう答を出すのか楽しみになってきた。

筆者は今井が演出・主演した『WINDS』の舞台を観たことがあるけど、ほぼ男性キャストで作り上げる「男の熱」みたいなものに、終始圧倒された記憶がある。そういう意味では、男女比率がほぼ半々の鯨椅子版『WINDS』は、オリジナル脚本ほぼそのままとはいえ、受ける印象がかなり違うものになるはず。あの戦争の時、戦闘には直接関わらなくても、男たちの背後には間違いなく、多くの女性たちがいた……という気づきが、より深いものになるのではないだろうか。

「今日の稽古には出てきませんでしたが、本番ではシンセサイザーの生演奏を入れるので、さらにテイストが変わります。今井さんの『WINDS』が好きだった人には『これは違う!』と言われるかもしれないけど、先月、奈良橋(陽子)さん(注:『WINDS』を映画化するなど、今井との交流が深かった)にお会いした時に『これはあなたの『WINDS』だから、そのままでいいんですよ』と言われてすごくホッとして、泣きましたね(笑)。この舞台を観た皆さんに、明日も生きていこうと思ってもらえる作品になればいいなと思います」と、向井プロデューサーは語った。

この日の稽古には出てこなかったけど、前半では兄貴と金太が終始漫才のような会話を交わすなど、エンターテインメントとして楽しめる部分も多い。しかしその一方で、命を捨てざるを得ない状況になった時に、何を信じて殉じるのか? ということと向き合い、そして生きていることのかけがえのなさを大いに感じる舞台となるだろう。ちなみに金太役の吉田紳は、高校生の時に母親に連れられて、初めて今井が演じる『WINDS』を観て、俳優を志したという。そこまで人を動かせる力を持つ、一人の俳優の不滅の魂がこもった作品。かつて客席で感動した人はもちろんだが、今まで見たことないほど熱い表現に出合いたいと思っている若者には、特に足を運んでもらいたい。

(文:吉永美和子、写真:吉永美和子・カメワリミカ子)

公演概要

『THE WINDS OF GOD』
公演期間:2026年8月22日 (土) 〜 2026年8月30日 (日)
会場:【東京】インディペンデントシアターOji /【大阪】インディペンデントシアター2nd

出演者
あゝ伊藤
吉田紳
野村大登
大西雄也
後藤凌雅
平川裕作
吉木心愛
久保杏
鎌田楓花
笠井那綺
田野清香
船戸まり

スタッフ
原作: 今井雅之
演出: 西脇丈也(STP works)
総合美術・舞台監督: 真マコト( ALPACA工房)
音楽:山下憲治
演出助手: 芹井祐文(MGR企画)
音響: 松尾謙(SOUND-1)
照明: NEXT Lighting
制作:合同会社尾崎商店/藤木初音(劇団的屋)
制作協力:(株)ロイスター
製作
プロデューサー: 向井徹

公演スケジュール
【東京公演】
日程:2026年8月22日(土)・23日(日)
会場: インディペンデントシアターOji
8月22日(土) 15時半~ 19時半~
8月23日(日) 11時半~ 15時半~

【大阪公演】
日程:2026年8月28日(金)〜30日(日)
会場: インディペンデントシアター2nd
8月28日(金) 19時~
8月29日(土) 13時~  17時半~
8月30日(日) 11時半~ 15時半~
※開場は、開演の30分前

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