パイ作りに天性の才能を持つ1人の女性が、心を分かち合える友人や周りの人々によって、望まぬ生活を打破していく姿を、多彩なミュージカルナンバーに乗せ、たっぷりの笑いと切なさのスパイスを込めて描いたミュージカル『ウェイトレス』が、4月9日~30日までの東京・日生劇場での公演を満員御礼の大盛況のうちに終え、全国ツアーへとその歩みを進めている(5月5日~5月8日愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館フォレストホール、5月15日~18日大阪・梅田芸術劇場メインホール、5月22日~5月29 日福岡・博多座で上演)。
ミュージカル『ウェイトレス』は、アメリカ映画「ウェイトレス~おいしい人生のつくりかた」(2007年)をベースに製作されたブロードウェイミュージカル。2016 年3月に開幕するいなや、瞬く間に記録的興行成績を上げ、全米ツアー公演、ロンドン・ウェストエンド公演と一大旋風を巻き起こした。特にグラミー賞ノミネート歴を持ち、楽曲を手掛けたサラ・バレリスを始め、脚本、作曲、演出、振付の主要クリエイティヴを全て女性クリエイターが担当したことがブロードウェイ史上初の出来事として注目を集めた。
日本では2021年、ヒロイン・ジェナ役をこの作品への出演を熱望していた高畑充希が演じ、コロナ禍の影響で客席での声出しが制限されていたなかでも、満席の大盛況で迎えられ、高畑はこの作品の演技により第46回菊田一夫演劇賞を受賞するなど、大きな成果を挙げた。
それから4年、今回2025年の上演は、高畑をはじめLiLiCo、おばたのお兄さんなどの続投キャストに、ソニン、森崎ウィン、山西惇ら強力な新キャストを加え、更にパワーアップした舞台が展開されている。
【STORY】
アメリカ南部の田舎町。とびきりのオリジナルパイを出すと評判のダイナーでウェイトレスとして働くジェナ(高畑充希)は、独占欲が強くモラハラ気質の夫・アール(水田航生)の束縛に苦しみ、辛い生活から現実逃避するかのように、自分の頭にひらめくパイを作り続けていた。
そんなある日、アールの子を妊娠していることに気付いたジェナは、訪れた産婦人科の若い医師ポマター(森崎ウィン)に、「妊娠は嬉しくないけれど、子供は産みます」と正直な気持ちを吐露する。
そんなジェナと篤い友情で結ばれているウェイトレス仲間で、ちょっとオタクのドーン(ソニン)と姉御肌のベッキー(LiLiCo)は、ジェナの身の上を案じつつ、それぞれに悩みも抱えていた。ドーンはオタクの自分を受け入れてくれる男性がこの世にいるのかと恋愛に臆病だが、出会いを求めて投稿したプロフィール欄にオギー(おばたのお兄さん/西村ヒロチョ W キャスト)からメッセージが届いて困惑を深め、ベッキーは病の夫の看病と仕事の両立をはかる日々のなかで、料理人のカル(田中要次)と年中言い争っていた。
ある日、ダイナーのオーナー・ジョー(山西惇)が、ジェナに「全国パイづくりコンテストに出場して、賞金を稼いだらどうか?」と提案。その言葉をきっかけに、優勝して賞金を獲得できたら、アールと別れようと決心を固めたジェナは、アールに全て渡していたチップをコンテスト出場の為の資金に充てようと、少しずつ密かに蓄えはじめる。
一方で、定期的に診察を受け身の上話を語るうちに、ポマター医師に惹かれはじめるジェナ。ポマターもまた、ジェナへの想いを抑えられず、二人は互いが既婚者と知りながら、遂に一線を越えてしまう。
様々な思いが交錯するなか、ジェナの出産の日は、刻一刻と近づいていき……。
舞台の上手下手にパイのショーケースが立つ、どこか絵本のように可愛らしい美術のなかで展開される舞台は、だが意外にも、妊娠、出産、経済的自立等々の女性の現実をシビアに描いていく。それはまるでジェナの作る魅力的で、発想豊かなオリジナルバイのたっぷりのクリームのなかから、突然思わぬ辛味が飛び出してきたかのような切なさや、痛みも伴うものだ。例えばおそらくこういったストーリーを日本人が創ったとしたら、夫のモラハラに苦しんでいるヒロインが心惹かれる医師は、独身でないまでも離婚経験者など、現在フリーの立場の男性に設定するように思う。そこにはやはり文化や感性の違いがあって、考えさせられるものも多い。
だが、そうした皮膚感覚での反応とは別次元で、この作品が非常に強く胸を打つのは、苦境に立つジェナと篤い友情を築いているドーンとベッキーの友情が決してブレないからだ。彼女たちは互いに何もかもを許容して支え合っている訳ではない。違うと思うことは言葉にするし、それが激しい言い合いにつながることもある。それでも互いを気遣い、ここぞという時にはきちんと手を貸す、そのバランスが絶妙だからこそ、ジェナがただ可哀想な悲劇のヒロインにならず、全体にコミカルなシーンが多い作品をカラっと仕上げることに成功している。これはやはり、主要クリエイター全員が女性だという作品の成り立ちが大きな作用になったのは間違いないだろう。正直女性クリエイターだけで創られた作品がブロードウェイに初登場したのが2016年という事実には、初演時にもずいぶん驚かされたし、アメリカで度々人々が口にする「ガラスの天井」や「レディファースト」の真実にも思いが及ぶ。けれどもある時代までの日本の作品の多くが「親友だと信じていた女性が黒幕だった」という、女性の友情に対して極めて懐疑的な描き方を、あたかもテンプレートのように続けていたことを思えば、この『ウェイトレス』で描かれる世界観が、日生劇場をはじめ全国各地の劇場でソールドアウトの盛況を巻き起こしていることが心強い。特に今回の再演で、三人の友情が更に強固なコンビネーションを生んでいることも、作品をより弾ませる力になっている。
母親譲りの天与のパイ創りの才能を持つジェナの高畑充希は、映像での大活躍が印象に強い人でもあるが、デビューのきっかけ、更にミュージカル『ピーター・パン』で8代目ピーターパンを務めるなど、元々舞台への志向が強い表現者として、豊かな歌唱力を含め、壁にぶつかりながらも前を向いて進み続けるジェナを地に足の着いた演技で見せている。特にドーンとベッキー、恋に落ちるポマター医師、夫のアール、オーナーのジョーなど、それぞれに向ける表情変化が際立ち、更に面と向かった時と正直な自我が出た時の、もの言わぬままに伝わる気持ちの落差が手に取るようにわかるのが、ジェナの心情をストレートに伝えて、応援したい気持ちを自然に起こさせるヒロイン像が更に深まった。独創的なパイの数々も是非食べてみたい。
ジェナと深い仲になってしまう産婦人科医ポマター医師は、新キャストの森崎ウィン。少年の面影をずっと残していた人が、ポマター医師のビジュアルで見せた大人の色気にまず驚かされたし、前述したように短い言葉で言うならばW不倫になる役柄に、恋に落ちる情熱と同時に、ある種ドライな面も加味したのが強く目を引いた。ミュージカル『ウェイトレス』の世界観にも、森崎の持ち味にもこのカラーがよく合っていて、作品にアメリカ文化の香りを持たらす存在になった。
ジェナの同僚ウェイトレスで、世界最大の歴史エンターテイメント専門チャンネル「ヒストリーチャンネル」に耽溺しているドーンも新キャストのソニンが扮した。赤縁のメガネがよく似合い、戸惑ったり、照れたり、困惑したりのリアクションがいちいち大きいドーンをアクティブに演じている。世の中の不正と闘う役どころを鋭く演じる機会の多いソニンが、こうしたあれこれと悩み過ぎて空回りしている役柄を演じているのが、新鮮なだけでなくなんともキュートで、ドーンのドラマも劇中の大きなスパイスになった。
ウェイトレス三人の中では年長で、怒りっぽいが気風の良いベッキーのLiLiCoは初演からの続投だが、今回はシングルキャストになったことで、三人の絆がよりガッチリと固まった印象が強い。映画愛に溢れたパッショネイトな解説の魅力同様、初ミュージカルだった4年前からここまで、作品愛を自身のなかで更に深めてきたのだろう。パワフルに頼もしさを増したベッキー像が舞台によく馴染んでいて、是非ミュージカルへの出演も続けていって欲しい人だ。
ミュージシャンとして成功したいという夢が叶わず、仕事も長続きしない自身の鬱憤を妻にぶつけ、束縛し続けるジェナの夫アールには水田航生が初登場。怜悧さのある整ったビジュアルで敵役を演じたこともあるが、モラル・ハラスメントの塊のようなアール役は、水田にとっても大きな挑戦だったのではないか。そのチャレンジが実り、どうしようもない男なのだが、そうした自分のダメさ加減をどこかでは自覚していることを感じさせたのが、ラストシーンの展開につながる効果になった。役幅を広げた今後が楽しみだ。
ドーンとの出会いを「運命だ」と信じ、決して諦めずに追い続けるオギーは初演から続投のおばたのお兄さんが、卓越した身体能力で一歩間違うとストーカーに映りかねないオギーを徹頭徹尾コミカルに演じている。毎回思うことだが、いつかこの人で『雨に唄えば』のコズモが観てみたい。Wキャストで初登場の西村ヒロチョはキュートな声質を活かし、ビジュアルを作り込んでおばたのお兄さんとは違う個性を持ったオギーを熱演。カリカチュアな役柄で異なる色が出せるのは貴重で、資質の高さを感じさせた。
ジェナたちが働くダイナーの店長カルも新キャストで田中要次が扮した。この人が料理を作っていると、どうしてもひと言の台詞を決める役柄が頭をよぎるが、ウェイトレス三人をがみがみと怒鳴りつけながらも、決して理不尽には感じさせない骨太な個性がカル役によく生きていて、新たな印象を残してくれた。
そして、ジェナたちが働くダイナーの老オーナー、ジョーも山西惇が初登場。自分のスタイルに拘る如何にも扱いにくい老人だが、山西が演じることで表に出ている気難しさのなかに、ジェナへの温かいまなざしがあることを絶妙に醸し出している。「困った時には年寄りに頼れ」と歌うミュージカルナンバーも、味のある語りを交えて聞かせ、物語を運ぶキーパーソンになった。
また、アンサンブルの岩﨑巧馬、茶谷健太、堤梨菜、寺町有美子、照井裕隆、中嶋紗希、永石千尋、更にスウィングの中野太一、中原彩月が、作品のミュージカル度を高めていて、日生劇場の大舞台を軽やかに埋めたのも好印象。ルル役の子役たち、瀬川真央、本田涼香、山口晴楽も終幕の展開に欠かせない存在として場を盛り上げている。
何より三人のウェイトレスの息のあった歌声をはじめとした、ミュージカルナンバーの楽しさ、感動としっかりした芝居部分との融合が大きく、既に完売となっている全国各地での公演の最終地、福岡・博多座でのアーカイブ付きライブ配信が決定したのは、権利関係が決してたやすくはないだろうブロードウェイミュージカルとして大変嬉しいニュースだ。なかでもアーカイブがあることによって、結末を知ってから「ここでこんなことを言っていたんだ」と見返すことによる発見もあれば、固定されたひと席からでは観ることのできない、様々な角度の役者の表情が観られるなど、チケット難で観劇ができなかった人はもちろん、劇場で観た人が改めて観る醍醐味も大きい。二人の全く違うオギーも見比べられる絶好の機会なので、是非多く人に作品を知ってもらえるよう願っている。
取材・文/橘涼香
公演情報
ミュージカル『ウェイトレス』
■日時:
4月9日(水)~4月30日(水) 日生劇場 (※公演終了)
5月5日(月)~5月8日(木) 愛知・Niterra日本特殊陶業市民会館フォレストホール
5月15日(木)~18日(日) 大阪・梅田芸術劇場メインホール
5月22日(木)~5月29日(木) 福岡・博多座
■脚本:ジェシー・ネルソン
■音楽・歌詞:サラ・バレリス
■原作映画製作:エイドリアン・シェリー
■オリジナルブロードウェイ振付:ロリン・ラッターロ
■オリジナルブロードウェイ演出:ダイアン・パウルス
■製作・主催:東宝/フジテレビジョン/キョードー東京
■共同制作:バリー&フラン・ワイズラー
■出演:
高畑充希/森崎ウィン/ソニン/LiLiCo
水田航生/おばたのお兄さん 西村ヒロチョ (Wキャスト)
田中要次/山西惇
アンサンブルキャスト
岩﨑巧馬 茶谷健太 堤 梨菜 寺町有美子 照井裕隆 中嶋紗希 永石千尋
ルル
瀬川真央 本田涼香 山口晴楽
中野太一(スウィング) 中原彩月(スウィング)
ライブ配信情報】
■配信公演:
・5/28(水)17:00 博多座公演(オギー役・西村ヒロチョ)
・5/29(木)12:00 博多座公演 (大千穐楽/オギー役・おばたのお兄さん)
■視聴料金:5,500 円(税込)
■販売期間:
・5/28(水)17:00 博多座公演 :4月30日(水)15:30~6月4日(水)20:00
・5/29(木)12:00 博多座公演 :4月30日(水)15:30~6月5日(木)20:00
■視聴期間:
・5/28(水)17:00 博多座公演 :5月28日(水)17:00~ 6月4日(水)23:59
・5/29(木)12:00 博多座公演 :5月29日(木)12:00~ 6月5日(木)23:59