
宝塚歌劇の名作中の名作として1992年に雪組により初演されたグランド・ミュージカル『忠臣蔵〜花に散り雪に散り〜』が、朗読劇『忠臣蔵』として、初演で主人公大石内蔵助を演じた杜けあきを中心とした宝塚OGにより、3月21~23日の東京・よみうり大手町ホールでの公演を大盛況のうちに終え、3月28~30日兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールでに上演される。
『忠臣蔵』は、江戸時代に起きた「赤穂事件」を題材に、命を懸けて主君の仇を打つ忠義や武士道を描き、300年以上ものあいだ演劇や映画として上演され、多くの人々の心を揺さぶり続ける作品。宝塚歌劇での上演は、旧宝塚大劇場の最終公演を飾った歴史的な作品でもあり、以降一度も再演がないある意味の伝説ともなっている作品だ。
今回の朗読劇では、これが自身の退団公演でもあった杜を中心に、上演脚本・演出に荻田浩一を迎え、作品の魅力を継承しつつ、歌と台詞の力を通じて芝居としての新たな一面をも浮かび上がらせる、魅力に富んだ企画となっている。
そんな公演で、32年の時を経て再び大石内蔵助を演じる杜けあきが、新たな企画への意気込みと共に、いまだからこそ気づける役柄や作品への想いを語ってくれた(※インタビューは東京公演開幕前に実施されたものです)。
──夢なの?と思うような企画ですが、ご自身がこの企画を聞かれた時はいかがでしたか?
「あぁ、そう言っていただけるのは本当に嬉しいです。私も再び大石内蔵助ができるという喜びは、幸せとしか言い様がなかったんです。それぐらい思い出があった作品と人物ですからただありがたいなと思いました。」
──『忠臣蔵』は杜さんが初演されて以来、宝塚では一度も再演されていませんから、既に伝説と言っても良い作品ですが、杜さんにとっては宝塚の男役の集大成として臨まれた作品でもありましたね。
「そうなんです。当時やっぱり宝塚で『忠臣蔵』をやる、という驚きがまず一番大きかったのかな?と思いますが、手がけられたのが柴田侑宏先生ですから絶対に大丈夫だ、という安心感と信頼感には絶大なものがありました。私自身ももちろん『忠臣蔵』というお話自体は知っていましたが、大石内蔵助が果たしてどういう人物なのか?人となりや性格まではわかっていませんでしたから、そこから色々調べていくうちに、この人こそ男役の集大成に相応しいと心から思えたんです。器の大きさ、人の上に立つものとしてのおおらかさ、そして女性から見たときのたまらない可愛らしさ。守って欲しいけれど、守りたくもなる、そう自然に思わせてくれる魅力を持った男性で。演目が発表された時には「どうして45歳の子持ちの役で、退団しなくてはならないんですか?」と言うようなお手紙もいただいたんですが、そうした年齢や妻子がいるということではなくて、自分が男役としてここまで培ってきたものの全てを余すことなくぶつけて表現できる、すごい役だと思えました。だからすごく幸せでしたね。」
──主題歌の「花に散り雪に散り」も杜さんが出演されるコンサートやLIVEなどでも、当然ですが歌われないこともあるじゃないですか。でもそういう時にはちょっと「あー今日は聞けないのか」みたいな気持ちになる(笑)、杜さんの声と結びついているほどの楽曲で。
「本当に長年歌ってきましたが、宝塚の曲をやる時って芝居と歌は切り離せないというのがすごくあるんです。この歌の導入のためにはやっぱりこの台詞を言いたいとか、この場面を観てからこの歌があるとより心に響くとか、そういうことが多々あるので。ですから、個人のコンサートやディナーショーでは、かなり前から場面の抜粋としてやっていましたが、今回朗読劇、ちゃんとひとつの作品としてお届けできるのが退団してから初めてのことなので、それがとても嬉しいです。特にこの「花に散り雪に散り」を歌う時はいまでも必死なんですよ。ずっと100%のエネルギーが必要で抜くところがないんです。まぁ武士ってそういうものなのだろうなと思いますし、作曲の寺田瀧雄先生もそういうイメージで作られていると思います。ただ、この歌が素敵なのはその大きなメロディーの中に柴田先生の繊細な歌詞が乗ることで、それが何とも言えなくほろ苦くて。如何に武士といえども色々な思いを持っている、そういうものが垣間見えるのがすごく好きです。柴田先生の歌詞と寺田先生の曲が合わさった化学反応というんですかね、心震える名曲ですね。ただ、こういう名曲ってわりと長いものが多いと思うんですけど、この曲は実はそんなに長い曲じゃないんです。でもすごくズシッと来ますでしょう?」
──はい、先ほどおっしゃったことに通じるのかな?と思いますが、ドラマが全て浮かぶというか「聴いた!」という気持ちになります。
「そうなんですよね。それはやっぱりエネルギー100%全開だからだと思いますし、この歌は本当に歌い手にとってはしんどくもあります。当時宝塚で公演として毎日演じている時には、そう思ったことはなかったんですよ。日々『忠臣蔵』の大石内蔵助を演じるなかでは、歌うこと、討ち入りをすることがもう生活のリズムで、ある意味食べることと一緒だったので、もちろん若かったのもありますが何とも思わなかった。でも退団して歌う機会がある度に、本当に大変な歌だなと思うことが多いです。」
──やはり梅田芸術劇場さんの作品で2023年公演の「宝塚歌劇 雪組 pre100th Anniversary 『Greatest Dream』」の時には、赤穂城明け渡しの場面の台詞から入られたので、殊に印象的でした。
「私としてもとても好きな場面なんですよ。やっぱり本当に城を閉じて次のステップへ行く、あそこが赤穂浪士の始まりなんですよね。殿の仇討ちをする、吉良上野介を討つという決意の強さはもちろん、忠義を果たすために家族も捨てるわけじゃないですか。そういういろんな思い、切なさもあるなかで潔く城を明け渡して去る、本当に大好きな場面だったので、雪組100周年という機会に選んだんです。」
──あの台詞からと言うのは、私はとても久しぶりに聞かせていただきましたから「ここか!」という想いで、客席でゾクゾク震えたので。
「嬉しいです。あの時は「好きな場面をやっていい」と言っていただけたので、そう考えると討ち入りを果たしたあとではないなと。最後に歌う主題歌は私のなかでは皆で歌うイメージなんです。討ち入りは皆で果たしたことなので。そういう意味では、あの場面は本当に内蔵助一人の詫び寂びの全てが入っていると思っているので、あの場面が良かったと言っていだたけるのは本当に嬉しいですし、あの公演でのある意味の布石があって、今回の朗読劇につながっていくのはすごく良かったなと思っています。」

──最初にこのフライヤーを拝見した時には「作品の上映会?」と思ったんですが……
「なるほどね!あー、そう言われればそう取れるかもしれない(笑)」
──朗読劇として生まれ出るというのが、ちょっと想像を超えていたので。
「確かに新しい発想ですからね。演出も荻田浩一さんなので、アイディアがとても豊富ですから、楽しみにしていただきたいのですが、でも上映会っていうのも新しい発想ですよね。みんなで一緒に劇場で観るって楽しいでしょうし、最後にトークショーで当時の出演者が出てくるのもいいかもしれない。」
──はい、それも企画していただけたら嬉しいですが、今回の朗読劇は宝塚のトップスターとしての杜さんの集大成の作品であり、旧大劇場の最後を飾った作品でもありますが、その後女優として、また表現者として様々な経験を経て、再び内蔵助を演じることで、また新しい発見も多いことでしょうね。
「実はそこを一番楽しんでいるのが私自身かもしれません。やっぱり全編をやるからこそ生まれる感情ってあるんですよ。何故かというと芝居は流れなので、それこそ赤穂城明け渡しでも、そこまでのプロセスを踏んだ中で、芝居の流れとして演じていると自然に生まれる感情があって、先ほど内蔵助の気持ちを言葉で説明しましたけれども、当時はそんなに噛み砕いた解釈をして作っていたわけではありませんでした。あくまでも内蔵助として生きているなかの自然な流れだったんです。結局、芝居として演じているときに、ここはこうしようと決めている場面って、本当に数少ないんですね。例えて言うなら、この酒を飲む角度はこうしようぐらいの話で、後は全て感情の流れなので計算なんてしようがないんです。でもいまもう一度取り組むと、あぁ当時はこんな気持ちだったな、が思い出されてくるんですよ。それこそ吉良を討つ時には喜びしかなかった。どれだけの想いでここにたどり着いたか、やっと本懐を遂げられるというね。でもやっぱり自分が人生経験を積んだいまだと、吉良には吉良の人生があって、彼は彼なりの忠義を果たしたんだろうなとか、色々なことを客観的に見られるようになってくると、己の刀でその吉良の命を断つということにも、違う感情が生まれたりもしてくるんです。当時は、雪の中で吉良の身印を取って、その後に真っ青な空が現れるくらいに、やり遂げた爽やかな気持ちが強かったのですが、決してそれだけでは片付かないものが生まれる。それは私自身が人生経験を経たからだと思うんです。宝塚を退団して女優になって、ヒーローから今度はヒロインを演じさせていただけて、ある意味ずっと舞台のセンターと言うか、スポットライトの当たる場所に長くいさせてもらってきました。でも当然ですが、年齢を重ねてきて、作品のなかでの役柄や居所も変わってきますよね。その時、じゃあ自分はこれから表現者としてどういう道を進んでいけばいいのか?と考えると、これまで演じてきた様々な人物の人生と同じだなと思えて。内蔵助も辞世の句を「あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」と詠んでいて、確かにそれはそうだけれども、その一方ではやっぱり家族を残していく辛さだったり、失った仲間のことだったり、たくさんの思いを背負っていたはずなんです。単純に仇討ちを達成したことへの喜びだけじゃない、言葉で言い尽くせないものがあったんだろうなと、いまならわかります。そういう決して一面的ではないものにたくさん気づけるのも、いまの自分が演じるからこそなんだろうなと思いますので、そうした発見も皆様にご覧いただきたいです。」

──朗読劇という形は今回初めてですが、これまで様々なOG公演を拝見してきて、いつも思うのが、皆さんがどんどん素敵になられるということなのですが、いまのお話を伺うと培ってこられたものが反映されていくんですね。
「もちろん勉強を重ねていくことも大きいですが、やっぱり人生経験によってより歌詞がわかるようになったり、台詞の意味が違って感じられたりもしますからね。」
──そういう意味でも、この企画は本当に素晴らしいので、是非シリーズ化していただきたいなと。
「そうですね。宝塚には名作がたくさんありますから。その為にもまずこの朗読劇『忠臣蔵』を大成功に終わらせないといけないので責任重大ですが、スタートダッシュがかけられるように頑張りたいと思います。」
──旧大劇場を閉じた作品で、新企画がスタートというのもすごいことなので。
「是非皆さんにも一緒にその時代の自分を思い出して欲しいなという気持ちもあります。32年経った訳ですけれども、またこうして『忠臣蔵』に、大石内蔵助に出会える自分は幸せの極みだと思っています。そのくらい大切な役だったし、何よりも天国の柴田先生によくやったと言ってもらえた、みんなの魂を注ぎ込んで当時作った作品だったので、それを懐かしい仲間と、新しい仲間の新しい武器も入れながら新しい形で、いまの自分たちが向き合う。この挑戦への期待を込めながら是非観ていただけたら、お客様と共有できる物がたくさん生まれるんじゃないかと思います。大変ご好評をいただいていますし、この企画が続いて次も観たいとか、何度でもと思っていだたけるようにしていきたいです。本当にたくさんの可能性を秘めている素晴らしい企画だと思うので、大切に心を込めて演じます。是非ご期待下さい!」
取材・文/橘涼香
撮影/岩田えり
公演情報
朗読劇『忠臣蔵』
■オリジナル脚本:柴田侑宏
■上演脚本・演出:荻田浩一
■音楽:𠮷田優子(宝塚歌劇団)
■出演:杜けあき
紫とも、香寿たつき、渚あき、成瀬こうき、彩吹真央
立ともみ、小乙女幸、朱未知留、はやせ翔馬、寿つかさ
●3月21日~23日 東京・よみうり大手町ホール(※公演終了)
●3月28日~30日 兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〈料金〉 11,000円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉
兵庫・梅田芸術劇場 06-6377-3888
稽古場レポートや公演レポートを執筆&掲載します!
【お問合せ・お申込みはこちら】