十篇の物語が緩やかに繋がる 新国立劇場『デカローグ1~4』開幕レポート

十篇の物語が緩やかに繋がる 新国立劇場『デカローグ1~4』開幕レポート

本作は、ポーランド出身の世界的映画監督クシシュトフ・キェシロフスキによる名作『デカローグ』の舞台化。 旧約聖書の十戒をモチーフに、1980年代のポーランド・ワルシャワのとある団地に住む人々を描いた十篇の連作集で、テレビ放映用ミニ・シリーズとして1987~88年にかけて撮影された後、その質の高さから評判を呼び、世界で劇場公開された。

それぞれが独立した十篇の物語が緩やかにリンクするオムニバス形式のこの作品を新国立劇場では、2024年4月から7月にかけて十篇すべてを上演する。

上演台本を手がけるのは、ロイヤルコート劇場との共同プロジェクト、劇作家ワークショップ発の作品『私の一ケ月』(2022年)の作家である須貝 英。

小川絵梨子が演出を手掛けたプログラムA(デカローグ1、3)、上村聡史演出によるプログラムB(デカローグ2、4)の公演の様子をお届けしよう。

◼︎プログラムA

舞台上には小さな箱のようなセットが組まれており、場面によって登場人物たちが暮らす家やPCの画面など、様々に姿を変える。シンプルな作りながら、映像や音との組み合わせによって想像力を膨らませる手助けをしてくれる。

デカローグ1「ある運命に関する物語」では、大学の言語学教授で無神論者の父・クシシュトフをノゾエ征爾、12歳の息子を石井 舜、伯母を高橋惠子が演じた。ノゾエは理屈っぽいがユーモアもあり、息子への愛情が見えるチャーミングな人物を描き出す。石井が演じる12歳のパヴェウは、父からコンピュータープログラムや論理的な思考を学びつつ、神にも興味を持つ聡明な少年。高橋が演じる伯母イレナは、信心深く、クシシュトフとは対照的な立場から物事を見て伝える存在としてパヴェウに向き合っている。無神論者のクシシュトフが、計算外の出来事に遭遇した時に迷信に基づいた言動をとってしまうのが興味深い。

(右から)ノゾエ征爾、石井 舜

(右から)ノゾエ征爾、石井 舜、高橋惠子

デカローグ3「あるクリスマス・イヴに関する物語」は、家族と一緒に過ごそうと帰宅したタクシー運転手・ヤヌシュ(千葉哲也)のもとに、元恋人・エヴァ(小島 聖)が現れることから始まる物語。

失踪した夫を探してほしいというエヴァの頼みを断りきれないヤヌシュの頼りない優しさを、千葉は丁寧に演じる。対する小島は、身勝手だがどこか危うく、放っておけない雰囲気のエヴァを好演。彼女の苦しみに対して「自業自得だ」と思う気持ちもあるが、ある出来事に関する感情が時間と共に育っていく感覚も理解できる。嘘や諦めに満ちた不可思議な一晩を経て迎える、あたたかさを感じるラストが印象的だ。

(右から)千葉哲也、小島 聖

◼︎プログラムB

こちらは上手から下手まで舞台いっぱいに広がった舞台セットに。プログラムAの物語が家の内と外で繰り広げられていたのに対し、主に家の中で展開していくからか、室内のディティールがより明確になっているように感じる。

デカローグ2「ある選択に関する物語」は、愛人との間に子どもができた妻・ドロタ(前田亜季)、生死の境目をさまよう夫・アンジェイ(坂本慶介)、医長(益岡 徹)を中心に据えた物語。愛する夫が死んでしまうかもしれないことに怯えつつ、これを逃せば子供は望めないだろうという事実の前に揺れる女性の姿、患者の生存を信じて全力を尽くす医師が重症者と新たに生まれようとしている命を天秤にかけざるを得ない状況に立たされることに、こちらの気持ちもざわめく。 前田はドロタの不安定な心を佇まいや視線で繊細に表現。医長役の益岡も、淡々として見える彼の内面をしっかりと見せ、言動に説得力を与えている。

(右から)前田亜季、益岡 徹

デカローグ4「ある父と娘に関する物語」は、二人で支え合って仲良く暮らしてきた父(近藤芳正)と、快活な娘(夏子)の間に長年にわたって存在している“ある問題”を描いている。 近藤は、父親であろうと奮闘しつつ、ところどころに綻びが見えるミハウを、滑稽さも交えながら演じる。娘・アンカを演じる夏子は、彼女の中で膨らむ疑惑と秘密、若さゆえの大胆さを静かだが激しく表現した。亡き母が残した手紙を軸に駆け引きをする二人のやりとりに引き込まれる。ある意味ミステリーのような要素もあり、様々な謎と余韻を残すラストが圧巻だ。

(右から)近藤芳正、夏子

それぞれが独立した物語のため、気になるストーリーだけを見ても十分に楽しめる一方で、各話にさりげない繋がりがあるのも面白みの一つだ。

“十戒”をモチーフにしているが、淡々とした視点で描かれているため、見る人の立場や考え方、その人が経験してきたことによって受け取り方も大きく変わるだろう。それぞれの物語・登場人物に共感したり、反発したりしながら、自由に考えられる作品といえるのではないだろうか。

プログラムA・Bは5月6日(月・祝)まで上演。その後5月18日(土)~6月2日(日)にかけてプログラムC(デカローグ5・6)、6月22日(土)~7月15日(月・祝)にプログラムD・E交互上演が行われる。

公演概要

『デカローグ1~4』[プログラムA・B交互上演]
【公演日程】 2024年4月13日(土)~5月6日(月・休)
【会場】新国立劇場 小劇場
【原作】クシシュトフ・キェシロフスキ、クシシュトフ・ピェシェヴィチ
【翻訳】久山宏一
【上演台本】須貝英
【演出】小川絵梨子 / 上村聡史

<プログラムA>
デカローグ1  ある運命に関する物語
演出:小川絵梨子
出演:ノゾエ征爾、高橋惠子 / チョウヨンホ、森川由樹、鈴木勝大、浅野令子 / 石井舜、木下希羽・宮下楽七(交互出演)、関大輝・片岡蒼哉(交互出演) / 亀田佳明
デカローグ3 あるクリスマス・イヴに関する物語
演出:小川絵梨子
出演:千葉哲也、小島聖 / ノゾエ征爾、浅野令子、鈴木勝大、チョウヨンホ、森川由樹 / 関大輝・片岡蒼哉(交互出演)、木下希羽・宮下楽七(交互出演)/ 亀田佳明

<プログラムB>
デカローグ2 ある選択に関する物語
演出:上村聡史
出演:前田亜季、益岡徹 / 坂本慶介、近藤隼、松田佳央理 / 亀田佳明
デカローグ4 ある父と娘に関する物語
演出:上村聡史
出演:近藤芳正、夏子 / 益岡徹、松田佳央理、坂本慶介、近藤隼 / 亀田佳明

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