原作への敬意と「いつか」を信じさせる『猿女版 火の鳥~鳳凰篇~』

原作への敬意と「いつか」を信じさせる『猿女版 火の鳥~鳳凰篇~』

2018年に旗揚げし、平均年齢27歳の若き演劇集団ながら、佐藤佐吉演劇賞2021では最優秀演出家賞を含む6部門を受賞し、次々と野心的な作品を発表し続ける「サルメカンパニー」と、台詞劇・2.5次元・朗読劇などジャンルを問わず多彩な舞台公演を手掛ける「ハピネット・メディアマーケティング」がタッグを組み、今年70周年を迎える手塚治虫のライフワークにして未完の大作『火の鳥』の中でも、傑作として知られる「鳳凰編」の舞台化である『猿女版 火の鳥~鳳凰篇~』が、池袋の東京芸術劇場シアターウエストで上演中だ(21日まで)。

『火の鳥』は時空をこえて存在する超生命体であり、その血を飲んだものは永遠の命を得られるとして、人々が追い求め続ける「火の鳥」の存在を軸に、過去と未来を交互に描くという斬新な手法で、死とは何か、生とは何か、という哲学的な問題に、漫画の神様と称された手塚治虫が、生涯を通じて取り組んだ壮大な物語。ひとつの長い物語をはじめからと終わりから書き進めていく極めて冒険的な手法が取られていて、古代の物語の「黎明編」の次に、西暦3404年を舞台にした「未来編」が描かれ、また次の物語は「黎明編」のあとの時代に続くという、天才でなければなし得ないスケールの大きな創作が続いていった。それだけに掲載誌を転々とするなど、シリーズそのものも幾多の困難に見舞われる一方、様々なメディア展開も続いているが、その中で今回『猿女版 火の鳥~鳳凰篇~』として世に出たこの舞台版は、シリーズ全体を通しても特に優れた完成度を誇ると高い評価を受けている、8世紀の日本を舞台に、人の宿命と「輪廻転生」が正面から描かれた「鳳凰編」を、劇場全体を演劇空間として縦横無尽に使い、全編を生演奏で届ける「サルメカンパニー」らしさがあふれたなかに、原作への敬意がこもった熱い作品として展開している。

【STORY】

生まれて間もなく隻眼隻腕となった我王(柴田元)は、世の中を恨み殺戮を続けながら日々の糧を得て生きていた。ある日、旅の途中でそんな我王に出会ったばかりに身ぐるみはがれただけでなく、利き腕を傷つけられた仏師・茜丸(石川湖太朗)は、高い才能を持っていると称されていた仏師としての自分の人生が終わったと絶望するが、手当をしてくれた僧侶・道陳(遠藤広太)の励ましで、残された左手で再び仏師として生き直そうと精進を続ける。

時が過ぎ盗賊団の頭となっていた我王は、強引に妻にした美しい娘・速魚(ハヤメ・田上真里奈/西村優子Wキャスト)を彼なりの想いで愛していたが、鼻が異様に腫れ上がる奇病にとりつかれ、部下の言葉から速魚の真心を誤解し短慮な行動に出てしまう。孤独と後悔に苛まれる我王は、高僧・良弁上人(横堀悦夫)に救われ、諸国を巡るうちに眠っていた彫刻家としての才能を開花させていく。

一方、必死の修行を続ける茜丸の元に、時の権力者橘諸兄(たちばなのもろえ・鍛治直人)と部下である右近(村上佳)と左近(大西遵)が現れ、三年の猶予の間に天皇に献上する鳳凰像を彫ることを命じられる。この目で見ずしては何も彫れないと、幻の鳥鳳凰を求めて旅する茜丸はブチという少女(小黒沙耶/遠藤真結子Wキャスト)と出会い、どうせ三年の後に命を取られるなら、せめて仏師として最上の作品を創りたいと、彼女をモデルに観音菩薩を彫り進めるが、再び現れた右近と左近によって都に引き立てられ、連れていかせまいと抵抗したブチに悲劇が襲う。

鳳凰像を彫れなかったと橘諸兄から激しく叱責された茜丸だったが、あわやのところで反対勢力として台頭していた吉備真備(きびのまきび・鈴木良一)に救われ、運命が変転し大仏殿建立の全権を任されるまでに出世していく。

そんな全く別の世界でそれぞれに変わっていった我王と茜丸の前に、運命は思いがけない邂逅の場を用意して……

2024年のいまの世界をこの人が観たとしたらどう感じ、何を語るだろうかと思うことは度々ある。例えば数々の名作戯曲を遺した井上ひさしもそうだし、この『火の鳥』をはじめ、1人の人の手から生まれ出たとはにわかに信じがたいほど、多彩な世界観の作品を数多描き続けた手塚治虫もその筆頭に挙げられる人物だろう。残念なのは、そうした時代を観る鋭い目を持った先人に「私達は少しずつでも理想に近づく世の中を創っています」とはとても言えないほど、いまの世界が混迷を極め、むしろ分断を深めて争いを広げていることだ。

だが、今回この『猿女版 火の鳥~鳳凰篇~』に接して感じたのは、もしかしたら手塚治虫は人類がこうした愚かな道程を進むことをとうに知っていて、だからこそ遠い未来を更に越えて、輪廻転生によって絶えては生まれ、また絶えては生まれるその円環の先に、もっと他者への理解と愛を知った「人類」が生まれ出てくることに希望を託したのではないかということだった。そう想起させるほどに、『猿女版 火の鳥~鳳凰篇~』には原作の「鳳凰編」のストーリーを丁寧に描きながら「火の鳥」シリーズを通じて手塚治虫が描こうとした「生と死」に対する深淵な考察や、時代を越えていく未完の物語の、だが始めと終わりがまず描かれているという特殊な創作によって、時系列としては最終章にあたる「未来編」のエピソードまでがインサートされていく構成に驚かされた。サルメカンパニーの主宰であり、今回も一方の主人公茜丸を演じている石川湖太朗の脚本の妙がここに大きく力を発揮しているし、輪廻転生がテーマになる作品で、舞台に役者たちが人力で回す周り舞台を設置したアイディアも効いている。これが、すべてがつながっていく輪廻の感覚を強めたし、ある意味で非常にアナログな演劇世界のこうした手法と美しい映像効果との融合にも見応えがあって、壮大なドラマを支えている。

中でも永遠の命を持つ「火の鳥」(鳳凰)を演じる悠未ひろが、サルメカンパニーの特色のひとつである生演奏で、時空を超えたかのように歌う場面が効いている。敢えて特定は避けるが歌詞のなかに発見が多くあるし、どこか突き放されたような感覚も残るが、それでも「いつか」に希望を残す「火の鳥」がいまもどこかにいるのかもしれない、というイメージも膨らむ。全体の出番のトータルの時間としてはかなり少ないはずなのに、強烈な印象を残し考えさせられもするポジションへの悠未の起用が光った。

我王の柴田元は、出番の度に置かれている状況が変わっていく役柄に、荒々しさと高い熱量で挑んでいるからこそ、のちの変化に目を奪われる。「火の鳥」というシリーズを通して様々な役柄で登場してくる、輪廻転生を体現している役柄でもある我王を、柴田が色濃く演じたことが、作品の根幹を示していた。

一方はじめは我王の被害者として登場する茜丸の石川湖太朗は、当然ながら作品全体への理解度と思いの深さが共振し、茜丸が絶望から見出した光明が、いつか野心に膨れ上がる人間らしい愚かさを繊細に表出している。輪廻転生を体現する場面があるが、目の前で衣装も変わらない同じ石川が演じていて、姿が全く違って見えることも含め、これだけのクリエーターであると同時に優れた俳優である石川の資質の高さに感心させられる。

二人の運命に大きく関わる女性、速魚の田上真里奈西村優子、ブチの小黒沙耶遠藤真結子は、いずれもAプログラムの田上と小黒で観たが、田上の速魚が登場シーンからどこか現実味の薄い佇まいで役柄を表していて、心にひっかかりを持たせる演技が素晴らしい。ブチの小黒はサルメカンパニーの一員で、石川に対してまさに体当たりで臨んでいく表現が、生き生きとしたブチの一途さを強く感じさせた。Bプログラムの西村と遠藤もサルメカンパニーのメンバーとしての特技を発揮して楽器演奏で参加しているので、あぁあそこにいると頼もしかったが、やはり役を演じる姿も是非観たい。

もう1人のサルメカンパニーのメンバー僧侶・道陳の遠藤広太は、柔和さと真摯な芝居で茜丸の絶望に光を差し込む人物を好演。こうした役柄は本当に似合う。一方、我王を救う高僧・良弁上人の横堀悦夫が、徳の高い高僧というだけではないある種の食えなさ加減も絶妙に加えて、手塚漫画の描いた良弁上人のイメージを体現。宗教と政治の関係など、いまの世にそのまま通じる話も、軽妙な語り口で聞かせた。

また橘諸兄の鍛治直人が、この人らしいアクの強さで役柄を色濃く造形すれば、吉備真備の鈴木良一が、そうした橘を軽蔑しているのがありありとわかる無表情の表情を見せて両者の対比が際立つ。対比と言えば橘の部下右近の村上佳が、権力を笠に着た振る舞いに恐怖を示す様と、左近の大西遵が同じ恐怖を感じているからこそ、更に嵩に懸かる態度に出る対照の妙も光った。他にも我王の部下をはじめ大きな役どころを兼任する丸山輝や、コケティッシュな魅力を振りまく井上百合子、身体能力の高さと瞬発力が目を引く三浦真由をはじめ、小幡貴史松本征樹鷲見友希大林拓都藤見花にも、それぞれあの役を演じた人だ、と必ずわかる印象的な出番が用意されていて、キャスト陣のやりがいも大きいことだろう。何よりも、カンパニー全員がシェアハウスで仕事を共にする仲間としてだけでなく、生活も共にしているという、どこか奇跡のような集団であるサルメカンパニーが、「ハピネット・メディアマーケティング」と共に、次の時代、更にその先にある「いつか」人類は間違いに気づいて、結局は自らの首を絞める争いをやめる時が訪れるかもしれない、という遠い遠い彼方に光り続ける「希望」を「火の鳥」に託した作品を紡いだことも、この集団のひとつの軌跡であり奇跡でもあると思う。

そんな2時間45分に至る物語を長いと感じさせなかった舞台を、いつまでも記憶していたい。生まれ変わり続けるその輪廻の先に「いつか」がくることを信じて。

【取材・文・撮影/橘涼香】

公演情報

『火の鳥』連載70周年記念 サルメカンパニー特別公演 『猿女版 火の鳥~鳳凰篇~』

公演期間:2024年7月18日(木)~2024年7月21日(日)
劇場:東京芸術劇場 シアターウエスト(〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-8-1)

原作:手塚治虫『火の鳥』
脚本/演出:石川湖太朗(サルメカンパニー)

キャスト:
火の鳥役:悠未ひろ
我王役:柴田元
茜丸役:石川湖太朗(サルメカンパニー)
ブチ役:小黒沙耶(サルメカンパニー)/遠藤真結子(サルメカンパニー)
速魚(ハヤメ)役:田上真里奈(mitt management)/西村優子(サルメカンパニー)
橘諸兄役:鍛治直人(文学座)
吉備真備役:鈴木良一
道陳役:遠藤広太(サルメカンパニー)
右近役:村上佳(文学座)
左近役:大西遵(High Endz)
良弁僧正役:横堀悦夫(劇団青年座)
小幡貴史、松本征樹(劇団俳優座)、丸山輝、鷲見友希、大林拓都、井上百合子(演劇集団円)、藤見花、三浦真由(Souer+)
バンド隊
藤川航(サックス)
あいしゅん(ギター)
青(ベース)
河野梨花(ドラム)

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