【公演レポート】文学の香りに満ちた青春群像劇『ビロクシー・ブルース』

【公演レポート】文学の香りに満ちた青春群像劇『ビロクシー・ブルース』

ブロードウェイを代表する喜劇作家ニール・サイモンの自伝的戯曲『ビロクシー・ブルース』が、日比谷のシアタークリエで上演中だ(19日まで)。

この戦争でぼくは3つの決心をした。
作家になること、生き残ること、それから初体験をすること!

『ビロクシー・ブルース』は、喜劇王として知られるニール・サイモンが、1980年代に発表した自伝的作品のひとつ。

少年時代を描いた『ブライトン・ビーチ回顧録』、社会人となった後の『ブロードウェイ・バウンド』の間に位置する、第二次世界大戦中に新兵訓練所で過ごした日々を描く青春グラフィティと言える一作で、1985年にブロードウェイで初演。トニー賞最優秀作品賞受賞、ドラマデスクアワード演劇部門ノミネート他、高い評価を得た。

今回は2018年に読売演劇大賞を受賞し、ストレートプレイからミュージカルまでめざましい活躍を続ける小山ゆうなの演出と、新鮮なキャスティングによって、名作に新たな光を当てることに成功している。

【STORY】

1943年、18歳から20歳までの新兵が列車に揺られ、ビロクシー新兵訓練所に送られていく。その一人で、作家志望の青年・ユージン(濱田龍臣)は個性的な仲間たちの様子を観察し、起きる出来事を将来のためにと日記に書き記していた。

彼らはビロクシーで鬼軍曹・トゥーミー(新納慎也)の厳しい指導を受け、軍隊での厳格な上下関係、絶対服従の精神を叩きこまれる。だが、如何にしても自らの価値観を曲げないエプスタイン(宮崎秋人)をはじめ、様々な衝突はあとを絶たない。それでも過酷な訓練生活をたくましく乗り越えていく彼ら。

そんな中で、ユージンは戦争の中で青春時代を過ごす自分が心に決めた「作家になること、生き残ること、それから初体験をすること!」という三つの決心を成し遂げるべく日々を過ごし、娼婦・ロウィーナ(小島聖)を相手にそのひとつを叶え、更にカトリック学校に通う美少女・デイジー(岡本夏美)との初めて恋も経験する。けれども、彼らが訓練所を去り戦地へと向かう日は刻々と近づいてきて……

現代の視点で観れば即座にコンプライアンス問題に発展するだろう厳しい軍隊の訓練生活と、にもかかわらずそれが終わると言うことは、彼らが戦地へ赴くということだ、という厳しい現実のなかで描かれるドラマは、その設定に対して不思議なほど知的な青春群像劇の香りを放ってくる。それは、さすがニール・サイモンと言うしかない、戯曲そのものにある、シニカルでありつつウィットにも示唆にも富んだ台詞の応酬自体に寄るところが大きい。

その上にもうひとつ、演出の小山ゆうなの常に緻密な視点と、演劇を心底愛しているのだと感じられる純粋さが、舞台に文学の香りを横溢させていることが今回のシアタークリエ版『ビロクシー・ブルース』の色を決めたと言って過言ではない。

例えば冒頭、客席に語り掛けるユージンの姿からはじまった舞台は、列車の座席と二段ベッドが組み合わされた二村周作の装置のなかで、どこか折り重なっているかのように見えるほどの体勢で寝こけているカーニー、セルリッジ、ワイコフスキが目に入るなか、ノートに書き続けているユージンを見せただけでなく、はじめは全く見えない2段ベッドの上段に、実はエプスタインが寝ているのを知らしめていく。

このひと場の視覚的な効果だけで、のちのドラマに大きな影響を与える彼らの性格が一気にわかっていく様が、あまりにも鮮やかだ。そうした演劇的な興趣を盛り立てるシーンは随所にあふれていて、終幕まであっと驚かせる趣向があり、一人ひとりの異なる性格や、日々起こる様々な小さなもめごとから、かなり大きな事件までが、次々と描かれる物語をテンポよく運んでいく。

そこには、食べ物ひとつをとっても一喜一憂し、互いにチャチャを入れ、どこかじゃれていると思えるほどに互いに干渉していく若者たちの、あたかも高校生男子が集う部室のような様子が、国が違っても、戦時下であってさえも変わらないのだなと示してくれる。

更に、ニール・サイモン自身を投影しているユージンが、主人公であり作品の中心にいつつ、起きる事柄を書き留めていく語り部であり、全体を俯瞰しているある意味の傍観者であることが加わって、彼らが訓練を終えたのちの人生までを、ユージンの語りで伝える舞台に、過度な悲惨さではなく人生のペーソスを感じさせた。

繰り返すがこれは戯曲の力であると同時に、演出の小山の戯曲に対する読み込みの深さから生まれるもので、キャストがその丁寧に紡がれた舞台のなかで、それぞれの役割りを果たしていることが、舞台の完成度を高めている。

主人公ユージンの濱田龍臣は、語り部であり主人公であり傍観者でもある、という難しい役どころを本人の持つ明るさを加味して真摯に演じている。

全体がユージンの視点から見えている世界とも言える作品なだけに、ほぼ出ずっぱりだし、能動的に動かないことも多いなかで、主人公としてユージンを維持し続けたのはたいしたもの。後半ロウィーナとのやりとりから、デイジーと恋に落ちる場面の瑞々しさは特段の印象を残し、最後の語りまで作品の静かなる中心となって惹きつけてくれた。

常にシニカルで、軍隊という組織のなかで自分の意志と考え方を貫こうとするエプスタインの宮崎秋人は、謂わば台風の目。

自らが人間的でない、許せないと感じる軍の規律にあくまでも従わないのがどれほど難しいかは想像に難くないだけに、宮崎のやや猫背に作った立ち姿と、うつむき加減でいつつ下から強い視線で軍曹や、自分を妨げるものを睨みつける視線の鋭さに圧倒される。

同じシアタークリエ作品『アルキメデスの大戦』の田中正二郎役で見せた生一本な軍人像を演じた人とは、即座につながらないほどの変身ぶりに、「俳優・宮崎秋人」の力量を改めて感じた。

カーニーの松田凌は、優柔不断につながってしまうこともままあるほど優しい人物を丁寧に表出して、エプスタインがなぜそこまでして己を貫くのか?が気になってならないユージンが、全く違う角度で信頼を置いていく役どころに説得力を与えている。

歌うことが好きで寝ている間にも無意識に歌い、「うるさい!」と周りに叩き起こされながらも、「自分がどんな風に歌っていたか聞きたかった」というカーニーの歌が、聴きどころにもなるのは松田が演じた故。「歌、上手いよ」とつい声をかけたくなる存在だった。

セルリッジの鳥越裕貴は、自分ではイケてると信じているのだが、実はかなりスベってもいるお調子者を、適度な賑やかさを保って演じていて目を引く。

「こういう男子いる!」とすんなり思える役作りで、青春群像劇には欠かせないキャラクターを嫌味なく表現して、作品にホッとできる要素を加える貴重な在り様だった。

そのセルリッジと双璧を成す趣で、作品に位置しているのがワイコフスキの大山真志。年中食べているというキャラクターが本人の大柄な体躯にピッタリな上に、ややいじめっ子気質でもある役柄が、大山が演じることで徹底的に嫌な奴にはならないのが何よりの利点。リズム感の良さと、俊敏に動ける身体能力がユージンのノートを勝手に読んで、取り合いになるといった細かい芝居にも生きていた。

ヘネシーの木戸邑弥は、キャラクター性が前に出てくるのが周りよりは比較的遅い役柄を、持ち前のビジュアルで支える前半から、2幕の怒涛の展開で一気に印象付ける押し引きの見事さが光る。かなり難易度の高い役柄だと思うが、ヘネシーが渦中の人になるまでに、存在感を維持し得た木戸の充実を感じた。

彼らの「面倒をみている」娼婦ロウィーナに小島聖が登場していることが、この作品の贅沢な質感を高めた大きな要因。ポイントの出番でロウィーナという女性の性格や、立ち位置をきちんと示したのは小島の高い演技力あってこそで、なんとも艶やか。よくぞ出演してくれたと拝みたいような気持にさせられた。

ユージンの初恋の人、デイジーの岡本夏美は、敬虔なカトリック教徒の娘が恋に落ちていく困惑とときめきを可憐に表現して、作品の華になっている。F・スコット・フィッツジェラルドの代表作『グレート・ギャツビー』で中西部一の美女と謳われるヒロイン「デイジー」を役名に冠されている意味と、ユージンに「この瞬間の美しさを書くことはできないから、作家の道を諦める」とまで言わしめる、短くも美しい初恋の情景を支えていた。

そして、ドラマの舵を握っている鬼軍曹トゥーミーに新納慎也が扮したことも、シアタークリエ版『ビロクシー・ブルース』を輝かせた大きな要素。『愛と青春の旅立ち』や、近年日本で大ヒットした『教場』シリーズなど、パワハラと言ってしまうと身も蓋もない役柄に、シンパシーを与えられるかどうかは、一見高圧的で理不尽な役柄の根底に、どんな信念があるのかが見えるか見えないかにかかっている。

新納はそこに「新兵たちを戦地に送る任務だから」という、トゥミーが担っているものの大きさをにじませることに成功していて、特にヘネシーに対して見せる一瞬の視線と、行動が絶妙。自らの立場の変遷を反抗し続けたエプスタインに語る場の、虚々実々の掛け合いは演劇的興奮に満ちた白眉だった。

総じて知性と文学を感じさせる視点を持った演出家のリードのもと、キャストたちが役柄を生きる熱量が優れた戯曲を織りなしていて、ほろ苦いペーソスのなかから立ち上る「青春」のエネルギーが眩しい舞台になっている。

(取材・文・撮影/橘涼香)

『ビロクシー・ブルース』

公演期間:2023年11月3日 (金・祝) ~2023年11月19日 (日)
会場:シアタークリエ
チケット:全席指定:11,000円(税込)

出演
ユジーン:濱田龍臣
エプスタイン:宮崎秋人
カーニー:松田凌
セルリッジ:鳥越裕貴
ヘネシー:木戸邑弥
ワイコフスキ:大山真志
デイジー:岡本夏美
ロウィーナ:小島 聖
トゥーミー:新納慎也

スタッフ
作:ニール・サイモン
翻訳:鳴海四郎(早川書房/2009)
上演台本・演出:小山ゆうな

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