【公演レポート】切なくも愛おしい恋を描くミュージカル『GIRLFRIEND』

【公演レポート】切なくも愛おしい恋を描くミュージカル『GIRLFRIEND』

マシュー・スウィートの90年代を代表するCDアルバム「GIRLFRIEND」をベースに、 二人の青年の甘酸っぱい「恋愛」を描く、ポップでロックなミュージカル『GIRLFRIEND』が日比谷のシアタークリエで上演中だ(7月3日まで)。

ミュージカル『GIRLFRIEND』は、90年代のロックの形態のひとつである”パワーポップ”シーンの中で、最も輝いたアメリカのシンガーソングライター、マシュー・スウィートが91年に発表し、90年代を代表するアルバムとして高い評価を得たCDアルバム「GIRLFRIEND」をベースに、ミックステープがつなぐ切なくも愛おしい恋を描いたジュークボックスミュージカル。男性から女性に向けた歌詞で綴られるアルバムから、脚本家のトッド・アーモンドが自身の経験を織り交ぜ、登場人物は二人の青年のみという構成で、青春の煌めきと切ない純愛を描き出している。

そんな作品の日本初演にあたって、登場人物の心理を繊細に丁寧に追う、演劇界注目の演出家・小山ゆうなをはじめとした優れたスタッフと、東宝ミュージカル初登場の清新なキャスト6名が集結。心揺さぶられる恋模様が展開されている。

【STORY】

ネブラスカ州の田舎町で学校に馴染めないウィル(高橋健介島太星井澤巧麻・トリプルキャスト)は、念願の高校卒業時に、これまで話したことさえなかった、野球部でスポーツ万能、学内の人気者であるマイク(萩谷慧悟吉高志音木原瑠生・トリプルキャスト)から手製のミックステープを渡される。

これがきっかけとなって二人の交流がはじまる。マイクはすでに大学進学が決まりネブラスカを離れることになっているが、ウィルは自分が何をしたいのか見えないまま悩んでいた。けれどもマイクの進路は父親からの強い圧力で定められていたもので、両親が離婚し母子家庭になっているウィルをどこかで羨ましいとさえ思っていた。

そんな、同じ高校に通っていた生徒同士、というだけではわからなかった互いの心の機微を知り、更に二人でいる時間は自分らしくいられることに気づき、二人の距離は次第に縮まっていく。

だが、マイクが大学進学のためリンカーンへと旅立つ日は刻々と迫り、ウィルが意を決して書いたマイクへの手紙が野球部のメンバーに見つかってしまう。取り乱したウィルはそのままマイクと距離を置いてしまうが……

作品に接して感じるのは、おそらく多くの人が思い出として持っているだろう初恋の切なさや、もどかしさとそれ故の愛おしさだ。舞台設定は1993年。インターネットが普及する以前の携帯電話もスマートフォンもない時代、もちろん音楽はダウンロードするものではなく、CDアルバムを購入したり、ラジオから流れてくる楽曲をカセットテープレコーダーで録音したりして聞くものだった。そんな時代に自分が最高に好きだと思うアルバムのミックステープを是非聞いて欲しいと誰かに渡す。そこには既に音楽に託した言葉にならない好意があふれている。だからそのテープは渡した方にも、渡された方にもとても特別なものになる。そこからはじめて一緒に映画を観る。車で迎えにいく。手が触れる……そんな一つひとつにときめいたり、困惑したり、期待しては失望し、また期待するを繰り返しながら縮まっていく二人の距離感には、観ているだけで胸がいっぱいになるほどだ。そう、描かれているのはありふれた、よくある、でも二人にとっては唯一無二の恋物語だ。

ただ、二人が男の子同士だということが、事態を突然複雑にしてしまう。これはそんな時代の物語でもあり、やはりそこがひとつの重要な鍵になっていく。

「僕みたいなのはこの辺りに1人しかいない」

劇中かなり早い時点でウィルはそう語る。所謂セクシャルマイノリティーに対する理解が遠く進んでいず、多様性の尊重や、LGBTQ+という概念も言葉もなかった時代。ウィルは本当に自分がネブラスカでたった一人のゲイだと思い込んでいて、そのことに恐怖も覚えている。実際、当時ゲイだという理由で暴行され死亡したマシュー・シェパードという実在の大学生がいたほどに、特にこうした田舎町ではゲイだということはネガティブで、ひた隠しにする必要のあることだった。だからウィルはマイクから寄せられた好意が、どこかで自分を貶めるブラフなのではないかと、喜びと共に怯えも感じているし、マイクもまたどれほどウィルの存在が自分のなかで大きくなっても、この街から出ていくことだけは変えることができない。それはマイクの人生にとってあまりに大きな希望であり、生命線でもあるからだ。

そう気づいていけばいくほど、この作品の『GIRLFRIEND』というタイトルと楽曲に宿る切なさが募っていく。異性愛に仮託しなければ、正直に互いへの思いを語れなかった二人の、喜びと不安に揺れる思いが哀しくも愛おしい。だからこそ、まるでこの作品の為に書かれたとしか思えない楽曲の数々が、上田一豪の訳詞も相まってピッタリと二人に寄り添う様が煌めいて感じられる。異性愛を歌った歌が、彼らの心情と見事にシンクロすることで、同性を愛することが何ひとつ特別ではなく、同じ恋であり、愛であると伝わってくるのだ。これはゲイキャラクターのほとんどが、性自認の異なるトランスジェンダーとして登場していた時代のミュージカルや演劇作品から、ある意味更に進んだ思考を持った作品でもあって、社会がそれを認めないだけで、二人の恋はただ純粋なものだと丁寧に表出し、かつトリプルキャストそれぞれの解釈を最大限尊重している小山ゆうなの演出が美しい。舞台面を斜めに横切り、キャストが自ら回転させながら様々なものに変化していく乘峯雅寛美術の意味が、突然明らかになった瞬間の見事さ。ミラーボールを含めた華やかでありつつ、登場人物の心情にもシンクロする勝柴次朗の照明。楽曲の効果を倍加するKeyboard/Conductorの透明図鑑、Drumsの岡本健太、Bassの河野安記、Guitarの中村芽依による生バンドの演奏までをトータルで舞台に生かす音楽監督の小澤時史。そしてトリプルキャストそれぞれの動きに自由度を加えつつ、大きな流れを創り上げた振付のSota (GANMI)など、スタッフワークの結集がエモーショナルな舞台を支えている。

そんな舞台に登場する三人のウィルと三人のマイクには、それぞれ東宝ミュージカル初登場の面々が揃い、各ペアによって驚くほど見え方の異なるそれぞれの純愛が舞台に横溢している。

高橋健介ウィルと萩谷慧悟のマイクのペアは、それぞれに台詞の行間を強く感じさせるやりとりが印象に残る。口数の少ない、感情表現を露わにしないと思われていたウィルがマイクと二人きりになった途端に突然饒舌に話し出すことや、それに驚くマイクが、ちゃんとその違和感にも気づいているなと感じさせるなど、人って確かにこうだよね、という全てが一面的ではない演技の深さに惹きつけられる。だからこそ最高に幸せだと感じた瞬間が、見る間に逆転していく様の痛みも鋭く、目の動きひとつにも意味を感じさせるペアだった。

島太星ウィルと吉高志音マイクは、まず何よりも歌唱力に秀でたペアとして、楽曲のハモリ部分の美しさが抜群。これは音楽を介して互いが正直な思いを吐露していくこの作品にとって大きな力になったし、素朴で純粋なウイルを素直に表現する島と、高校で一、二を争う人気ものだが、実は心に深い闇も抱えているマイクの内面が強く出る吉高の役作りがよく呼応していて見応えがあり、互いから引き出されていくものも大きいのだろうと感じさせる力のあるペアだった。

井澤巧麻ウィルと木原瑠生マイクのペアは、一見最も明るさを感じさせる組み合わせ。と言うのも、井澤ウィルが複雑に揺れる感情の全てを笑顔で糊塗しているのに対して、木原マイクはプロフキングで学内のヒーローという表の顔のキラキラ感が、まず前面に出てくるからだ。その印象が強いだけに、それぞれが内に抱える複雑なものが照射されていく瞬間が切ないし、役柄が持つピュアなものがストレートに浮かび上がってくる効果になっている相性のいいペアだった。

そんな三組のウィルとマイクそれぞれのカラーによって、同じ作品がこれほど違って見えるのかと感心させられただけに、キャストたちの言を借りれば「浮気週間」なる、相手役が変わっていくシャッフルウィークでどんな舞台が生まれるのか興味はつきないし、きっとそのシャッフルされた組み合わせを観たら、もう一度メインパートナーでのバージョンが観たくなるだろうな、と容易に想像できるリピート沼が広がっているのが嬉しい悲鳴になっている。何よりも、こうしたポップで、ロックで、とてつもなく繊細な作品から東宝ミュージカルに新たな顔が加わってくれていることそのものが最も大きな可能性に感じられる。そうしたミュージカル新世代を生んでいく作品としても優れた企画になっているこの作品、ミュージカル『GIRLFRIEND』が描く、青春の輝きと痛みを思い出させる男の子同士のシンプルな恋物語を、是非多くの人に体感して欲しい。

ギャラリー

<高橋健介&萩谷慧悟>

<島太星&吉高志音>

<井澤巧麻&木原瑠生>

取材・文・撮影(井澤・木原ペア)/橘涼香
舞台写真提供(高橋・萩谷ペア、島・吉高ペア)/東宝演劇部

公演情報

ミュージカル『GIRLFRIEND』

日:2024年6月14日(金)~7月3日(水)
場:シアタークリエ
料:全席指定:11,500円(税込)

出演:
<ウィル(トリプルキャスト)>
高橋健介、島 太星(NORD)、井澤巧麻

<マイク(トリプルキャスト)>
萩谷慧悟(7ORDER)、吉高志音、木原瑠生

脚本:トッド・アーモンド
作曲・作詞:マシュー・スウィート
翻訳・演出:小山ゆうな

HP:https://www.tohostage.com/girlfriend/

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