【公演レポート】劇団チョコレートケーキ『ブラウン管より愛をこめて -宇宙人と異邦人-』

【公演レポート】劇団チョコレートケーキ『ブラウン管より愛をこめて -宇宙人と異邦人-』

第30回読売演劇大賞を受賞するなど、その確かな作品作りで注目を集め続ける劇団チョコレートケーキの新作『ブラウン管より愛をこめて -宇宙人と異邦人-』が、東京・シアタートラムで上演中だ(16日まで)

古川健が脚本、日澤雄介が演出を手がけるこの作品は、1990年代の特撮ヒーロードラマの制作現場を舞台にした物語。シリーズものの予算問題とテレビ局の意向が絡み合う作品作りを進めるなかで、描きたいものと、求められるものの間で葛藤し、奮闘する人々の姿が描かれていく。

【STORY】

特撮ヒーローものを制作する会社の企画室では、クリエイターを中心とした企画会議が行われていた。議題は特撮ヒーローを主人公にした連続ドラマのなかで、その特撮部分のない回を作れないか?という、予算削減のための要望に如何に応えるか?というものだった。

巨大な怪獣が突如地球に現れ、変身したヒーローが怪獣を倒す…という決まり事のなかでは、自分たちの仕事は過去の名作の焼き直しにならざるを得ない、と常日頃自虐的な諦めを感じていた彼らだったが、いざその特撮部分のない回を、という要望に直面してみると、簡単に良いアイディアは生まれてこない。

そんななかで招集をかけられた1人の脚本家が、ある特撮シリーズで放送された異色のエピソードから、ひとつのテーマを思いつくが……

全ての登場人物が成長し、変化していく物語世界

所謂「子供向け」と認識されている特撮ヒーローもの、戦隊もの、変身もの、などの基本的には地球を襲う悪の怪獣や組織に立ち向かって戦い、最後に必ずヒーローが勝利する、というテレビシリーズを、全く観たことがないまま育った、という人はかなり稀なのではないだろうか。

こうしたドラマシリーズは、成長期の子供の柔らかな感性に大きな影響を与えていくだけでなく、この「子供向け」という括りがかなりの部分曲者で、むしろ大人向けのドラマでは作りにくい、直球のテーマが内包されていることがままある。さらには一見「勧善懲悪」の定番ものの顔をしている連続ドラマのなかで、必ずしもそう簡単に物語が進まない回や、ヒーローとダークヒーローの境界線があいまいになる意外な過去の描写などが盛り込まれていたりもして、子供につきあって一緒に観ている体の大人が夢中なっていたり、当の子供もかなり深いところで作品を受け留めていることも実は多い。

そうした「子供向け」のドラマ作りという大枠を用いたこの『ブラウン管より愛をこめて -宇宙人と異邦人-』が、特撮ヒーローものなのに、予算削減のために特撮部分を出さない回を作るという謂わばムチャぶりのなかで、「差別」というテーマにたどりつく仕掛けは非常に巧妙だ。

要求が無茶苦茶なことは誰もがわかっていて、時間的な余裕もどんどんなくなるなか、ほんの数日でアイディアを出して脚本を仕上げろと呼び出された脚本家が、缶詰になって書き続ける脚本のなかに、職業的な忖度を超えた自由な発想、真に描きたい世界が広がっていく。

この「空から来た男」と題された一話の内実に、テレビ局側や、制作会社の事務方が気づくのが遅れる、という流れに説得力があるし、ラストシーンが決まらない、書けないことが、ドラマがどこへ転がっていくのかが容易には読めない、観る側の興趣を引っ張っていく原動力にもなった。この優れた作劇には既にこと改めて言うことではない、という感さえある古川健の脚本構築力の見事さを感じさせるし、中央に特撮ドラマの舞台になるミニチュアの街並み。上手に主に会議の場になる長机と椅子。下手に脚本家が缶詰めになる部屋や、彼の自室になるデスクとソファーという、ほぼ固定されている長田佳代子の舞台美術を縦横に用いて、物語をスピーディにわかりやすく展開させていく日澤雄介の演出と、場面を切り取る松本大介の照明など、スタッフワークの見事さも光った。

特に、人種、肌の色、宗教、文化、そもそもの生まれなど、自分とは異なる他者を排除したり、差別してはいけない、多様性を尊重しようとの声が叫ばれ続ける、つまり悲しいかな、そうした多様性を認め合い、差別を根絶できる世界は遥かに遠い2023年のいまの物語として、違和感なく観られる作品の時代背景を1990年代に設定しているのがひとつの鍵になっている。これによって、なぜ差別は生まれるのか、なぜ人はその感情を克服できないのか、といった極めて今日的なテーマに一定の距離がとられていて、個性的な登場人物たちの言動を楽しみながら観ることができるだけでなく、観終わって気づけば、30年以上も経って何も変えられていないのかという忸怩たる思いを抱きつつ、様々に考える材料を与えてくれる力になった。

その1990年代のテレビ制作現場で、奮闘する人々を演じるキャストが、それぞれ非常によく役柄にあっている。

難しい要求の多い脚本作りの為に招聘される脚本家・井川信平役の伊藤白馬は、〆切の短さ、縛りの多さに不安感いっぱいの登場時から、書きたいテーマを見つけ出して綴った「空から来た男」が生んでいく大きなうねりに立ち向かっていく、役柄の矜持と変化を巧みに表現している。全体が彼の成長物語でもあり、真のヒーローでもあると感じさせるなかで、決して力むことなく等身大で役を演じている姿が、作品の真実味を高めた。

シリーズを撮り続けている監督の松村和也役の岡本篤は、ルーティンになりがちだった日々の仕事に、かつての後輩だった井川が現れることで、ものづくりの原点を取り戻していく過程を丁寧に表現している。プロである以上、撮りたいものだけを撮り、作りたいものだけを作ることなど到底できはしないし、差別撤廃などという危険なテーマを無理押しして扱ったところで何が変わるのか。との諦観に覆われていた松村が新たに見出していくものと、その姿勢にジンとさせられた。

特撮監督の古田彰役の青木柳葉魚は、特撮シーンのない回を作るというテーマのなかで「ずっとこうなら楽でいいのにな」と言いつつも、実は心おだやかではない古田の複雑な心境を、あくまでも明るさを貫いたなかできっちりと見せてくれる。その古田と「特撮愛」を競い合うAD藤原ゆり役の清水緑の、特撮オタクっぷりが作品に朗らかな笑いを振りまくだけでなく、作品愛の深い人々のなかで、語り継がれる異色作がシリーズの人気をむしろ高めてくれることを無理なく説明し、脚本家にヒントを与える重要な役割を軽快な演技で生き生きと演じていた。

一方、制作会社の事務方・岸本次郎役の林竜三が、何かと言うと「意向は伝えたから」「基本は現場に任せているから」と柔和な顔で、ある意味逃げ回る人物の食えない感を醸し出せば、テレビ局側の桐谷慶一郎役の緒方晋が、鷹揚な態度を貫いているようでいて、権限のある人間の凄みを見せつけるコントラストの強い芝居で場を引き締める。しかも彼らはそれぞれ自分の立場でものを言っているだけで、決してヒールではないという、脚本の深みもよく表していて、観劇後の感触を柔らかなものにしてくれた。

特撮ヒーローが変身する前の姿を演じる俳優・佐藤信也役の浅井伸治は、特撮シーンがないこの「空から来た男」という回では、出番が更に多くなるんだな、ときちんと気づかせてくれるまっすぐなヒーロー感が清々しい。この俳優はきっと子供たちに人気があるだろう、と納得させる終始一貫颯爽とした演技が効果的だった。

「空から来た男」の謂わばタイトルロールを演じる俳優・下野啓介役の足立英は、登場時の本当にキャストなの?スタジオに遊びに来た新人じゃなくて?と思わせるほどの軽みから、作品の撮影のなかで成長していく姿が真に迫っている。下野が率直に発する「何故?」が、観客の思考の助けになる部分も、きっちりと伝えて見応えがある。

そして、「子供向けドラマに出るのは初めて」という設定の女優・森田杏奈役の橋本マナミが、はじめこの仕事にうっすらと不満を抱いているのだろうなと感じさせたものが、作品に取り組んでいくなかで真摯なものに変わっていき、「『空から来た男』が好きです」と語るに至る変化を、あくまでも美しく表出していて、1990年代が時代背景だからこそ、すんなりと使いたくなる「美人女優」の呼称にも相応しい美しさが際立っていた。

全体に、全ての登場人物が、なんらかの形で変化していくことによって、伝えたい思いが色濃くなる作りが心に沁み、タイトルの意味を反芻しながら一つひとつの場面を思い返せる、滋味深い作品に仕上がっている。

尚、一部公演の終演後には“アフターアクト”として、劇団チョコレートケーキの劇団員が演じる物語の登場人物にスポットを当てた一人芝居が行われるので、是非その機会もチェックして欲しい。

【取材・文/橘涼香 撮影/池村隆司】

劇団チョコレートケーキ『ブラウン管より愛をこめて ―宇宙人と異邦人―』

■東京公演
2023年6月29日(木)~7月16日(日)@シアタートラム

■愛知公演
2023年7月29日(土)・30日(日)@メニコン シアターAoi

■長野公演
2023年8月5日(土)@まつもと市民芸術館・小ホール

■出演
浅井伸治
岡本 篤
(以上、劇団チョコレートケーキ)

足立 英
伊藤白馬
清水 緑(うさぎストライプ)
青木柳葉魚(タテヨコ企画)
林 竜三
緒方 晋(The Stone Age)

橋本マナミ

【other member】
西尾友樹

■スタッフ
脚本    古川 健(劇団チョコレートケーキ)
演出    日澤雄介(劇団チョコレートケーキ)
舞台美術  長田佳代子
照明    松本大介(松本デザイン室)
音響    佐藤こうじ(Sugar Sound)、泉田雄太
音楽    佐藤こうじ(Sugar Sound)
衣装    藤田 友
タブレット字幕 G-marc(株式会社イヤホンガイド)
演出助手  石塚貴恵
舞台監督  本郷剛史
宣伝美術  R-design
写真    池村隆司
撮影    神之門 隆広(tran.cs)
キャスティング(橋本マナミ) 吉川敏詞(ai-ou!)
制作協力  塩田友克
制作    菅野佐知子(劇団チョコレートケーキ)
企画・製作 一般社団法人 劇団チョコレートケーキ

【劇団チョコレートケーキとは】

2000年結成。緻密な調査に基づいて練り出される古川健のハードな台詞表現に加え、純度の高い人間関係を表出させる日澤雄介の演出により、一方的な「目撃」だけでは留めておけない劇空間を表出することを目指している。
主な受賞歴
◆読売演劇大賞 「生き残った子孫たちへ 戦争六篇」(第30回大賞・最優秀作品賞)
「帰還不能点」(第29回優秀作品賞)
「遺産」(第26回優秀作品賞)
「追憶のアリラン」(第23回優秀作品賞)
「治天ノ君」(第21回選考委員特別賞)
◆第49回紀伊國屋演劇賞 団体賞
他 受賞多数

▼演出:日澤雄介、脚本:古川健、俳優:岡本篤のインタビューページはこちら

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