昭和の名作が、こどもたちに令和の演劇体験を届ける 朗読劇『白骨船長』ゲネプロレポート

昭和の名作が、こどもたちに令和の演劇体験を届ける 朗読劇『白骨船長』ゲネプロレポート

手塚治虫の著作として、1957年6月に『おもしろブック』(集英社)の付録として発行された短編『白骨船長』の朗読劇が1月25日(木)から31日(水)まで池袋・あうるすぽっとにて公演されている。本作は“豊島区国際アート・カルチャー特命大使/SDGs特命大使自主企画事業”として公演されており、小学生(6歳以上)から18歳までを対象とした“こども無料チケット”を設けるなど、意欲的な取り組みも目を引いている。未来を担うこどもたちが観ることになる景色とは一体どんなものであろうか。

【あらすじ】

ロケット「白骨」の船長は、
政府がくじ引きで指名した子どもを月の裏側へ運んでは捨てていた。
目的は人口の調節。
泣き叫ぶ母から子を奪い去る彼は、人々から恨まれていた。
そんな彼の愛息ジミーに、死のくじが当たる。

『鉄腕アトム』、『ブラック・ジャック』、『リボンの騎士』などで知られる漫画界の巨匠・手塚治虫。1928年に大阪府にて生まれ、その後、兵庫県川辺郡小浜村(現・宝塚市)で幼少期を過ごした手塚は、開放的な家庭に育ち、文学やアニメーション、宝塚文化をはじめとした演劇にも親しんでいた。戦争体験から“生命の尊さ”を深く知り、1度は医学の道を志して後年医学博士になるが、最終的には自らが臨んだ漫画家、アニメーション作家という道を歩むことになる。

本作『白骨船長』は集英社の月刊誌『おもしろブック』1957年6月号の付録として掲載された短編。今回の朗読劇で脚本を務めた小田島創志も数々の手塚作品を嗜んではいるものの、今作に関しては盲点だったという、まさに“幻の名作”といえる。日本ではテレビ放送がスタートする一方で、世界各国では核開発や生産競争が激化するなど、まだまだ戦争の爪痕が深く残る時代に生まれたこの作品は、後の手塚作品同様に“生命の尊さ”と、“未来”・“科学”の発展への希望を感じさせてくれる。

冒頭で紹介した通り、本作は“豊島区国際アート・カルチャー特命大使/SDGs特命大使自主企画事業”として小学生(6歳以上)から18歳までを対象とした“こども無料チケット”を設けている。こどもたちの座席は、なんとステージの上の特等席。劇場に入るとまず驚くのはその奥行きだ。普段であれば役者やスタッフの裏導線のために隠してしまうようなステージの奥の奥までもが、アクティングエリアとして開放されている。なんとも挑戦的な試みだ。公演時間は約1時間10分ほど。こどもたちの集中力を考えると最的確だと感じた。

導き手としてステージの上に現れるのは4人の読み手と6人のパフォーマー、そして2人の演奏者。キーボードとヴィブラフォンの生演奏という贅沢な環境で、物語が紡がれる。楽曲に合わせてしなやかに動き回る6人のパフォーマーの手には、得体のしれない生き物の骨のようなものがつけられており、それがカラカラと音を立てるのがまた粋である。

読み手として物語を進行するのは、小山力也伊波杏樹橋本祥平井上想良。それぞれが各分野のエキスパートであるが、ある種の夢の共演だと感じるファンも多いのではないだろうか。

地球上の人口を調節するため、非情にも政府がくじ引きで指名した子どもを月の裏側へ運んでは捨てていくロケット「白骨」。その船長を演じるのは小山力也。その迫真の演技、自らの意志を貫き通す気迫をステージの上から見たこどもたちは、後から彼がアニメ「名探偵コナン」シリーズの毛利小五郎役だと知ったらどんな顔をするのだろうか。船長の一貫した姿勢は、朗読劇といえどもその“背中”からも感じられ、それをステージの上で観られるなんとも贅沢な体験だと言わざるを得ない。

そんな船長と妻メリーの愛息・ジミーのもとにも死を宣告する“赤紙”が届く。このあたりがまさに戦争を彷彿とさせる話である。愛する息子を守るため、夫にしがみつき、さらには男装をして自らも月に乗り込む勇ましくも美しいメリーを伊波杏樹が演じた。この時代の妻らしい貞淑さと、母としての勇ましさが同居するメリーは、アニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』高海千歌役など声優としての一面や、今回の演出を務める元吉庸泰が手掛ける2.5次元舞台「『僕のヒーローアカデミア』The “Ultra” Stage 平和の象徴」トガ・ヒミコ役を務める女優としての一面など、枠にとらわれない活動歴を持つ彼女だからこそこなせる役であろう。

夫婦のやりとりを中心にシリアスに進むストーリーの中で、場を和ませてくれるのが乗組員の林(りん)と楢山(ならやま)。林を演じるのは『あんさんぶるスターズ!THE STAGE』シリーズ(月永レオ 役)、舞台『フルーツバスケット』シリーズ(草摩 夾 役)など2.5次元舞台でその再現度の高さが度々話題になる橋本祥平。楢山を演じているのはMBS ドラマシャワー『永遠の昨日』青海満役にて連続ドラマ初主演を務め、最近ではNHK 連続テレビ小説『らんまん』山根宏則役などで知られる若手実力派俳優・井上想良だ。

どんな役でも己のものとして落とし込む橋本だが、天真爛漫な役をやらせると、彼の天性の“光属性”が舞台に映える。対して井上は本作が初舞台とのことであったが、非常に安定して見え、無鉄砲な林のブレーキ役としても、本作における貴重なツッコミ役としても活躍していた。初共演とは思えない2人の息の合った掛け合いにもぜひ注目してほしい。

といった調子で、これらの役がそれぞれの演じ手のメインの配役ではあるが、たった4人で織りなす朗読劇ということで、ナレーション部分や、その他さまざまな役をすべて彼らがこなしている。正直1度観ただけでは、誰がどのパートを担当していたか把握はしきれない。器用というか、改めて4人それぞれの多彩さを感じることができた。

そして本作で存在感があるのが映像投影だ。舞台上には大きな紗幕がおろされ、そこにはロケット、星空……まるでプラネタリウムでも見ているかのような美しい映像が次々と投影される。表から見ていても美しいが、ステージの上のこどもたちからはいったいどんな景色が見えているのか非常に気になった。まさに今の時代ならではの演劇の一面だ。

さらに、ステージの上にはまだ仕掛けが残されている。クライマックスにかけて、「なるほど、そういうことか……」と納得せざるを得ない、とあるとっておきの演出が待っていたのだ。これに関してはぜひ劇場で体感してもらいたい。

令和6年、地球人たちは未だ月で暮らすことこそできてはいないが……もともと演劇にも親しんでいた手塚治虫は、このような新しい演劇の手法が生まれたことに関して、一体どんな反応をするだろうか。筆者はそんなことを想いながら観劇をした。

演劇界にとっても非常に長く、苦しかったコロナ禍が明けた。その影響は今も其処彼処で見られはするが……未来を担うこどもたちを中心にぜひ今後もこういった演劇を“体験する”機会が増えてほしいものだと思う。

執筆:通崎千穂(SrotaStage)

豊島区国際アート・カルチャー特命大使/SDGs特命大使自主企画事業
朗読劇「白骨船長」

公演期間:2024年1月25日 (木) ~2024年1月31日 (水)
会場:あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)

出演 :小山力也、伊波杏樹、橋本祥平、井上想良
   [キーボード]阿邊葉月
   [ヴィブラフォン]朝里奈津美
   [ダンサー]穴井 豪、緋乃 慧、成田道行、吉田奈央、石山花連、川上美幸

原作:手塚治虫
脚本:小田島創志
演出:元吉庸泰
音楽:桑原まこ
振付:塩野拓矢(梅棒)

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