【公演レポート】終わりなき晩餐の食卓に託された希望の光 『プレミア音楽朗読劇 VOICARION XVII ~スプーンの盾~』

超豪華キャスト×生演奏と、独創的なSTORYによる贅沢な音楽朗読劇として愛され続けている藤沢文翁原作・脚本・演出による『プレミア音楽朗読劇 VOICARION XVII ~スプーンの盾~』が、日比谷のシアタークリエで上演中だ(30日まで)。

「プレミア音楽朗読劇 VOICARION」は、音楽と物語が絶妙に絡み合ったオリジナル音楽朗読劇創作の第一人者である藤沢文翁が原作・脚本・演出を手掛け、東宝とタッグを組んで創作が続けられているシリーズだ。

いまは「朗読劇」が非常に広義に捉えられる時代で、役柄の扮装をしたキャストがマイクの前に立ち、台本を持って演じる「VOICARIONシリーズ」のスタイルは、むしろ古典の風格を漂わせるようになった。ここにはキャストの声の力を信じた演劇的想像力の膨らみと、こだわりのオリジナル楽曲による生演奏、豪華なセット、多彩な照明など、聴覚と視覚に訴える、ここにしかない「藤沢朗読劇」の趣深さがある。

今回上演されている『スプーンの盾』は、2022年4月の初演大好評を受けての、非常に早いタームでの再演で、日本を代表する声優界のトップランナーたちが日替わり、回替わりで登場する贅沢な1ヶ月興行となっている。

【STORY】

19世紀、大革命後のフランス。
のちの皇帝ナポレオン・ボナパルトと、外交官モーリス・ド・タレーランは、「自由、平等、博愛」の大革命が掲げた理想と、終わりなき権力闘争の乖離に揺れるパリで出会う。
一人は軍略の。そして一人は外交の。それぞれ天から授かった才能を持ち合わせた二人は、共に高みへと昇る道程で、もう一人の天才を見出す。
その名はアントナン・カレーム。
王侯貴族たちを料理で、饗(もてな)し説得する、いわゆる「料理外交」が頻繁に行われていたこの時代に不可欠な、人を喜ばせ、笑顔にする創作料理の数々を生み出す、これものちに料理の帝王となる人物だった。
食べる人を笑顔に、幸福にする。
ただそれだけの、だからこそ誰よりも強いカレームの信念は、戦いに明け暮れる日々の果てに、一滴の血も流すことなくフランスを守ることになる。
そんな、世界一美味しい戦争の物語がいまはじまる──

客席につくと遠くから雨の音が響いてくる。
「この雨があがると開幕です」と語りかけてくる場内アナウンスの声があまりに心地良く、幕が上がる前から「VOICARIONシリーズ」が届ける「声」の魅力に心躍るうちに、見えてくる燃え続けるかまどの火と厨房に立ち上る煙のなかからドラマが動き出す。

そこには、ナポレオンとタレーランが起こしたブリュメール18日のクーデターから、皇帝ナポレオンの誕生、ヨーロッパでの勢力拡大、ロシア遠征とその敗退、ナポレオン失脚、そして、敗戦国となったフランスの命運がかかったウィーン会議へと続く怒涛の歴史が流れていて、それをたった4人のキャストと5人のミュージシャンが紡いでいくさまは圧巻だ。特に、回想を頻繁にインサートしつつも時系列を追っていく1幕から、全体の視点を逆転させる2幕への展開が秀逸で、この着想がなければ、これだけの絵巻物を休憩込み3時間の舞台に収めることは難しかっただろう。

これは時も場所も自由自在に飛翔させることのできる朗読劇の力を知り尽くした、藤沢文翁脚本が常に持つ構成力の賜物にほかならない。それに応えたキャストたちが、刻々と立場や思いを異にしていく役柄の変化を的確に届けてくれることで、朗読劇でありつつある意味で朗読劇を越えた芝居の妙が人物像を明確にした。

何よりもいいのは、ナポレオン失脚後、ヨーロッパ諸国に分割統治される寸前だったフランスの命運を綴るドラマが、もちろんその時代を語りながら、現代に生きる私たちにそのまま通じる大切なものを投げかけてくることだ。ここには民族、言語、文化、宗教、肌の色等々の違いを越えて、全ての国々、全ての人々は、同じ時代と言う名の食卓を共有する家族であり、終わりなき晩餐に招かれた客人なのだから、食卓を共にする努力をし続けていこう、と訴える深いテーマがある。
この「食卓を共にする努力を続ける」という思いは、実現が果てしもなく遠くに感じられるいまだからこそ、忘れてはならない希望の光となってストレートに胸を打った。

『スプーンの盾』が非常に早い時期に再演されたことは、だからきっと偶然ではない。

2023年、世界も、日本も、エンターテイメントも次々に見舞われた激震に揺れに揺れている。この何かが足元から崩れていくかのような不安のなかから、希望を見出す術、「努力を続ける」ことの尊さを、ほかでもないエンターテイメントが、この『プレミア音楽朗読劇 VOICARION XVII ~スプーンの盾~』という舞台が、指し示してくれたことに感謝したい。

そんな作品には、「VOICARIONシリーズ」の「VOICARION」がそもそも、VOICEとギリシャ神話に登場する天馬ARION(アレイオーン)を組み合わせた造語であり、声によって聴く者の想像力の翼がどこまでも高く羽ばたいていくように、との願いが込められているだけでなく、Iの上にデザインされた王冠が「声の王様・女王様」を意味している、というシリーズの命名そのものに思いを馳せられる、声優界の第一人者が集った。

同じ組み合わせの回の方が稀という嬉しい悲鳴の公演のなかから、迷いに迷ってカレーム・武内駿輔、ナポレオン・山口勝平、マリー・三石琴乃、タレーラン・井上和彦の王道を感じさせる回と、カレーム・沢城みゆき、ナポレオン・朴璐美、マリー・日髙のり子、タレーラン・緒方恵美の、「季節はずれのひな祭り会」と呼ばれた、全役を女性が演じた回を観たが、それぞれ質感が全く違いつつ、終幕には共にすべてが熱い感動に昇華されていく様に圧倒される。

貧困のどん底にいる家庭に生まれ、10歳でパリの路上に捨てられるも、住み込みで料理人になり、めきめきと頭角を表すようになるアントナン・カレームは、武内駿輔が才能の全てが料理に特化されていて、それ以外の部分ではどこか頼りないまるで子供のような人物、として自然体で演じているのに対して、沢城みゆきがお腹が空いているから誰もが不安になる、人が幸せでいる為にはまず空腹を満たさなければ、という信念の人を造形していて、双方大変魅力的なカレーム像。彼の才能を見出したタレーランはもちろん、食事など腹さえ膨れればなんでもいい、と言い放っていたナポレオンとも「銃剣」と「スプーン」という盾こそ違うが、己の信じるところに真っ直ぐな魂が共鳴しあう、このカレームという役柄が、ほかの登場人物たちを照射していく役割を果たしているのも、作品の「主人公」の立ち位置として面白かった。

コルシカ島の田舎貴族から皇帝にまで上り詰めるナポレオン・ボナパルトは、山口勝平が天才故の奇矯や、滑稽味を前に出しつつ、戦いの場に当たってはガラリと変化するナポレオンを振り幅広く、朴璐美がシニカルな物言いに可笑しみは加えつつ、キリリと芯の通った英雄であり、孤高の人でもあるナポレオンを颯爽と演じて、同じ台本でここまで豊かに役柄の見え方が変わるのかと感嘆させられた。山口はカレームも演じる回があり、朴はなんと4役すべてをこの上演期間で演じていて、殊更リピート欲をかきたてる存在になった。ナポレオンがカレームの料理を褒めるその全てに勝るひと言も忘れ難い。

カレームの弟子であり、右腕でもある盲目の少女マリー・グージュは、三石琴乃が目の見えるものには決して見ることのできない世界を見ているマリーを、マイク前で可能な範囲での動きも交えながら凛として演じれば、日髙のり子がじっと目を伏せて動かず、声の芝居に徹してカレームを包み込み、ナポレオンやタレーランとも堂々と対峙していく、両者の表現の違いが興趣を深めた。もちろんこれは三石が武内カレームの、日髙が沢城カレームの傍らにいることから自然に生まれた差異も大きいに違いない。盲目のマリーを足に障害を持って生まれているタレーランが「自らを否定することになる」と差別しない、という描き方にも、精神のバリアフリーを決して声高にではなく伝える藤沢脚本の妙を感じる。

料理外交を得意とした天才外交官モーリス・ド・タレーランは、井上和彦が持ち前の美声で酸いも甘いも嚙み分けた、外交と処世術に特段の才を持つ老獪な紳士を表現すれば、緒方恵美が清濁併せ吞んだ天性の政治家を、時に鷹揚に時に鋭く斬りこんで演じていて、見応え、聴き応えに溢れる。

特に井上が台詞のない場面でも、かなりの頻度で座らずにマイクの前に位置したまま演じることが多いのに対して、緒方は水差しからグラスで水を飲む際にも、アルコールを飲んでいるという体なのがハッキリ伝わる演じ方をするなど、個性の違いがよく出ている。それでいて尚、ナポレオンと袂を分かつ時、そしてウィーン会議での訴えと、作品のハイライトと言って過言ではない場面では、それぞれ忘れ難い名演を披露していて、いまの世界に最も必要なのは、こうした性根に信念を持つ政治家ではないかと思いを致す、両者共にただ感服するタレーランを見せてくれた。

この二組だけでも上演時間が10分近く違っていて、作品の創造をキャストに任せている演出家としての藤沢の姿勢も潔いし、一期一会のキャストたちの間合いに呼応し、セッションしながらオリジナル楽曲を奏でていく、ピアノの斎藤龍をはじめ、ヴァイオリン、チェロ、フルート、パーカッションの生演奏という、「VOICARIONシリーズ」ならではの醍醐味も満載。

まるでミュージカル作品を観たあとのように、小杉紗代作曲による「終わりなき晩餐」の雄弁なメインメロディーが、ずっと耳にリフレインする魅力もまた大きなものだったし、場面変化だけでなく、心理描写も補完する照明の久保良明、ラストに向けて転換だけで涙が出るほど美しい野村真紀の美術をはじめ、スタッフワークの結集も見事だった。

公演は既に終盤戦に入っているが、藤沢が脚本を書き下ろした舞台『キングダム』で活躍した牧島輝がカレームで登場していて、牧島の出演によって「VOICARIONシリーズ」をはじめて知る観客もまた多いことだろう。

そんな新たな出会いを生み出しながら、この『スプーンの盾』が心の空腹を満たし、ここに希望があると指し示してくれた光を信じて、2024年が例え半歩でも、その希望に向かって歩み出せる年になって欲しい。その努力を続けていかなければと思える、いまこそ上演されるべき舞台だった。

(取材・文:橘涼香、写真提供:東宝演劇部)

プレミア音楽朗読劇『VOICARION XVII~スプーンの盾~』

公演期間:2023年12月7日 (木) ~2023年12月30日 (土)
会場:シアタークリエ

原作・脚本・演出:藤沢文翁
作曲・音楽監督:小杉紗代

出演
石井正則 井上和彦 井上喜久子 榎木淳弥
大塚明夫 緒方恵美 小野大輔 梶 裕貴
寿 美菜子 斉藤壮馬 沢城みゆき 島﨑信長
下野 紘 諏訪部順一 関 俊彦 高木 渉
武内駿輔 立木文彦 津田健次郎 豊永利行
中井和哉 浪川大輔 朴 璐美 畠中 祐
日笠陽子 日髙のり子 平田広明 福山 潤
牧島 輝 松岡禎丞 三石琴乃 安原義人
安元洋貴 山口勝平 山路和弘 山寺宏一
※キャストスケジュールは公演公式サイトでご確認ください

レポートカテゴリの最新記事