鮮やかに色彩を異にしたオリジナルミュージカル『生きる』渡辺勘治役・市村正親、小説家役・上原理生回キャストレポート!

鮮やかに色彩を異にしたオリジナルミュージカル『生きる』渡辺勘治役・市村正親、小説家役・上原理生回キャストレポート!

新国立劇場中ホールで絶賛上演中のオリジナルミュージカル『生きる』(24日まで。のち9月29日〜10月1日大阪・梅田芸術劇場メインホールで上演)。9月11日に掲載した主人公の渡辺勘治役に鹿賀丈史、物語の語り部であり余命を宣告された勘治に「人生の主人公になれ」と説く小説家役に平方元基回のレポートに続き

渡辺勘治役・市村正親、小説家役・上原理生回を、キャストレポートを中心にお届けする。

陽性のパワーに満ち溢れたもうひとつの『生きる』

舞台に接して改めて目を瞠ったのは、同じストーリー、同じミュージカルナンバー、同じ美術や照明のなかで繰り広げられるこのミュージカル『生きる』が、全く違う陽性のパワーを放って迫ってくることだった。作品の初演から渡辺勘治役を共に演じ続けている市村正親と鹿賀丈史は、共に日本のミュージカルの黎明期から今日の隆興までを歩み続けている、日本で初めて「ミュージカル俳優」という表現を使いたいと思わせたレジェンドたちだが、例えば『ジーザス・クライスト=スーパースター』で鹿賀がジーザス役、市村がヘロデ王役を担っていたことに象徴される、くっきりとした個性の違いをいまも保ち続けている俳優たちでもある。その個性の違いは、この渡辺勘治役にも通されていて、鹿賀がどこか侘び寂びを感じさせる寡黙な勘治を表出し、市村が余命を宣告されながらも、命の灯を燃やし続ける勘治を演じてきたのは、これまでにも明確に見えていたことだった。

けれども今回、小説家役に新たなキャスティングとして、世の中を斜に構えて観ているようでいて、実は情に篤い人物像を構築する平方元基と、語り部として会場全体を掌握し、物語を怒涛のように進めてくる上原理生が登場したこと。特に鹿賀&平方、市村&上原の組み合わせに於いて、内へと秘められた陰のパワーと、前に押し出される陽のパワーの違いが、鮮やかにそれぞれの舞台を照射する様は圧倒的だった。

市村の渡辺勘治は、突然知らされた人生の残り時間に混乱し慟哭し、小説家に導かれてはじめての夜の街を彷徨う、つまりはまだ勘治がこの運命を受け入れられていない時間のなかでも、ふとした瞬間にチャーミングだと感じさせるものを秘めた人物像になっている。それはおそらく人生で初めて見たヤクザの組長の派手なネクタイにふと触れてみたりする好奇心や、役所が退屈すぎて辞めたいと申し出てくる職員・小田切とよの明るさに釣り込まれて見せる屈託のない笑顔に表れていて、生きてきた証を残そう、今日から生まれ変わると誓い1幕ラストの幕を切るビッグナンバー「二度目の誕生日」に宿る前向きなパワーが、作品の色彩を明度の高いものに染めていく。この市村・勘治のエネルギーは2幕の展開をも引っ張り続け、終幕をある種のハッピーエンドではないか、とさえ感じさせる陽性なものを作品にもたらす力になっている。

この市村・勘治に対峙する小説家の上原理生は、台詞にもある勘治のメフィストフェレスとしての立ち回り方が豪快で、ソロナンバー「人生の主になれ」も深みのあるバリトンの声質でありつつ、客席に突き抜けてくる強靭さも持った上原の歌声によって、なんともアグレッシブなパワーが漲る。前述したように客席に語り掛ける「語り部」としての役割の部分でも、劇場全体の空気を掌握し、自在に転がそうという意思が顕著に表れていて、眩しいほどの陽性な小説家がそこにいた。

つまり市村と上原が互いに持つ「陽」のパワーが相乗効果になったことで、より市村の表出してきた「ネバー・ギブ・アップ」の感覚が増幅される効果になっていて、鹿賀&平方の緻密で静謐な在り様との違いがより鮮明になり、これはまさしく組み合わせの妙。近年ダブル、トリプルのキャスティングが組まれることの方がむしろ珍しくなくなったミュージカル界に於いても、ここまでキャスティングの妙味が作品を違った色合いに染め上げるのは珍しいと思わせたほどの効果だった。

特に市村・勘治が何度も真実を話そうとしながら、村井良大演じる息子の渡辺光男の思い込みと衝突してしまう様が、アメリカ映画や小説のなかで非常に多く描かれている、子供はやがて父親を越えていくべきもの、という考え方からくる「父と子」の葛藤の物語としての側面を強調したのが興味深い。これも、子は親を敬い、一方で「老いては子に従え」ということわざも持つ、日本の親子の言葉が足りなかった故のすれ違いに映る鹿賀・勘治と息子との関係性とは異なる色になっていて、演技派の村井が二人の父親に対する反応を敏感に変えていく感性も含めて、見比べる愉しさがより立ち上がってくる。この感覚はヤクザの組長役の福井晶一にも言えて、陰陽それぞれの輝きを見せる『生きる』のなかで、組長の役割にも、一方では野太い鋭さ、一方ではカリカチュアされた戯画的なものが前に出る面白さにつながっていた。

こうなると、では市村・勘治&平方・小説家、鹿賀・勘治&上原・小説家では、作品がどう見えるのかが非常に気になる、リピートを誘う魔力が満載。宮本亞門の演出、ジェイソン・ハウランドの作曲・編曲双方に宿る、湿度の少ない王道ミュージカルとしての香りと、名匠・黒澤明、「世界のクロサワ」の絶大な知名度を合わせて、日本のオリジナルミュージカルのなかで、欧米での上演に極めて近いところにいると感じさせるこのミュージカル『生きる』の、高い可能性を改めて示した舞台になっている。

(取材・文/橘涼香 撮影/引地信彦)

ミュージカル『生きる』

<東京公演>
■期間:2023年9月7日(木)~24日(日)
■会場:新国立劇場 中劇場

■キャスト:
渡辺勘治:市村正親/鹿賀丈史(ダブルキャスト)

渡辺光男:村井良大
小説家:平方元基/上原理生(ダブルキャスト)
小田切とよ:高野菜々(音楽座ミュージカル)
渡辺一枝:実咲凜音
組長:福井晶一
助役:鶴見辰吾

佐藤 誓
重田千穂子
田村良太

治田 敦、内田紳一郎、鎌田誠樹、齋藤桐人、高木裕和、松原剛志、森山大輔
あべこ、彩橋みゆ、飯野めぐみ、五十嵐可絵、河合篤子、隼海 惺、原 広実、森 加織
スウィング:齋藤信吾、 大倉杏菜 安立悠佑

■スタッフ:
原作:黒澤 明 監督作品 「生きる」(脚本:黒澤 明 橋本 忍 小國英雄)

作曲&編曲:ジェイソン・ハウランド
脚本&歌詞:高橋知伽江
演出:宮本亞門
美術:二村周作
照明:佐藤 啓
音響:山本浩一
衣装:宮本まさ江
ヘアメイク:小沼みどり
映像:上田大樹
振付:宮本亞門、前田清実
音楽監督補:鎭守めぐみ
指揮:森 亮平
歌唱指導 板垣辰治
稽古ピアノ兼音楽監督補助手:村井一帆
稽古ピアノ:安藤菜々子
演出助手:伴 眞里子
舞台監督:加藤 高

主催:ホリプロ/TBS/東宝/WOWOW
後援:TBSラジオ
特別協賛:大和ハウス工業

企画協力:黒澤プロダクション
企画制作:ホリプロ

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