
舞台『母さん、ラブソングです。』が、東京芸術劇場で絶賛上演中だ。作・演出は放送作家を引退後、舞台の創作を続ける鈴木おさむ。楽曲提供に平井大を迎え、田中圭と矢崎広のふたりが完全オリジナル作品となる二人芝居に挑む。
鈴木おさむと田中圭がタッグを組むのは、『芸人交換日記』(2011)、『僕だってヒーローになりたかった』(2017)、『もしも命を描けたら』(2021)に続き、本作が4作目。過去3作品に共通するのは、夢を諦めた人や、何者にもなれなかった人など、完璧ではない人間の姿を描いていること。そして今回もまた、主人公は、“一発屋”と呼ばれ、今では落ちぶれてしまったミュージシャン。鈴木おさむが今度はどんな人間ドラマを描くのか。20年来の付き合いがありながら「初共演」となる田中 圭と矢崎 広は、どんな兄弟を演じるのか。期待を胸にゲネプロへ足を運んだ。

二階建ての舞台セット。酒でトラブルを起こし謹慎中の兄・詩於(うたお・田中圭)と、マネージャーである弟・踊楽(ようた・矢崎)が、”母さん”を巡って物語を繰り広げる。
開幕早々、二人のテンポの良い掛け合いに一気に引き込まれた。コントを思わせるような軽快な応酬が続く一方で、Tシャツにジーンズ姿で、ストロング缶を片手にソファでくつろぐ兄と、ネクタイを締めて律儀に振る舞う弟。その姿には、長年積み重ねてきた兄弟だからこその空気が漂い、本当の兄弟なのでは、と錯覚するほどだった。
そんな軽妙なやり取りの中で、思わずニヤリとしてしまう場面がある。「お酒」「SNSでの中傷」「カジノ」──。詩於に向けられるこれらの言葉は、田中 圭を知る観客であれば思わず反応してしまうフレーズだ。一度は偶然かと思うものの、立て続けに登場することで、その意図を確信する。現実に起きた出来事をあえてセリフへ織り込み、笑いへと昇華する。その遊び心からは、鈴木おさむと田中 圭だからこその揺るぎない信頼関係が垣間見えた。同時に、田中自身もまた、それを真正面から受け止め、役を通して応えているように映った。


物語の中心に据えられているのは、タイトルにもある「母さん」という存在だ。物語が進むごとに、兄弟それぞれが母との関係に葛藤を抱えていたことが浮かび上がる。
兄・詩於は、母から向けられる愛情と期待に耐えきれず距離を置き、弟・踊楽は、兄に注がれる愛情を感じながら「じゃない方」として母のそばに寄り添ってきた。そんな兄弟は、時を経てなお抱えていた後悔や思いと改めて向き合うことになる。最初はただの兄弟げんかのようにも見えていた言い争いは、互いに胸の奥へしまい込んできた本音があふれ出すにつれ、次第に熱を帯びていく。
大切な人を前にしたとき、罪悪感よりも先に湧き上がる”きれいごとではない感情”がある。不謹慎だと責められそうで、誰にも口にできない本音だ。多くの人が胸の奥にしまい込み、見て見ぬふりをしてきた思いではないだろうか。本作は、そうした感情を鮮やかに可視化してみせた。

「(鈴木の書く台本は)セリフ量がおかしい」と、田中が取材陣にぼやいた通り、本作はとにかくセリフが多い。そんな中で盛り込まれた映像演出は、作品によきスパイスとなって目にも鮮やかに楽しませてくれた。平井 大によって描き下ろされた楽曲も見逃せない。楽曲に込められた言葉たちは、兄弟の生き様そのもので、観客たちの人生も重なるはず。詳細は伏せるが、クライマックスで楽曲とともに広がる映像演出は必見だ。冒頭のラフな空気から一転して立ち上がる美しい景色は、観劇後も頭から離れない。
兄弟の言葉、表情、声色、そのすべてが観客の心の奥底を静かに揺さぶっていく。気づけば、取材関係者が大半を占める客席からもすすり泣く声が聞こえていた。「母さん」との物語は、きっと誰の人生にもあるのだと実感させられるラストだった。

■カーテンコール
終演後のカーテンコールでは、矢崎が「激しい稽古だった」と振り返った。その言葉どおり、鈴木と田中が築いてきた作品世界へ真っ向から飛び込み、弟・踊楽を見事に演じ切っていた。
田中は、「もしよかったらまた観に来てください。進化した僕たちをお見せできると思います」と笑顔を見せ、作品への強い愛着をのぞかせた。
鈴木おさむは、『僕だってヒーローになりたかった』の公演翌年、田中の母親が亡くなった際、田中から「母親にあの舞台を見せることができてよかった」とメッセージを受け取ったことを明かす。その言葉をきっかけに、「いつか”母親”に向き合う物語を書きたい」と心に決め、本作が生まれたという。
そして最後に、「主演は圭くんと矢崎くんだけど、僕の中での主役は”お母さん”なんです」と語った。
その言葉の意味を、ぜひ劇場で作品を体感してほしい。
(文:山田浩子)


公演概要
■舞台『母さん、ラブソングです。』
■日程:2026年7月31日(金)〜8月16日(日)
■場所:東京芸術劇場 プレイハウス
<ツアー>
・仙台公演 8月29日(土)~30日(日) 電力ホール
・名古屋公演 9月4日(金)~6日(日) Niterra日本特殊陶業市民会館ビレッジホール
・上田公演 9月12日(土)~13日(日) サントミューゼ大ホール
・大阪公演 9月18日(金)~22日(火・祝) SkyシアターMB
■出演:
田中 圭
矢崎 広
■スタッフ
作・演出:鈴木おさむ
楽曲提供:平井 大
主催:トライストーン・エンタテイメント/ディライト・エンタテイメント
■チケット:
SS席 12,000円
S席 11,000円
A席 9,000円
(全席指定・税込)
稽古場レポートや公演レポートを執筆&掲載します!
【お問合せ・お申込みはこちら】