【公演レポート】3人の役者が30の役を演じ分ける、演劇愛に満ちた音楽劇『私の恋人 beyond』

【公演レポート】3人の役者が30の役を演じ分ける、演劇愛に満ちた音楽劇『私の恋人 beyond』

小日向文世・のん・渡辺えり、と、名前を並べただけで何が起きるのだろうとワクワクする3人の俳優が30の役柄を演じる音楽劇『私の恋人 beyond』が、6月30日本多劇場で開幕した(7月10日まで。のち愛知、青森、岩手、北海道公演もあり)。

オフィス3〇〇 「私の恋人 beyond」より。(撮影:橘涼香)

『私の恋人』は芥川賞受賞作家・上田岳弘の「私の恋人」(新潮社)を原作に、脚本・演出の渡辺えりが独自の視点を入れ込んで描いた作品。2019年に初演され、渡辺、小日向文世のいつまでも、演劇少女、演劇少年の高揚感を失わないやりとりはもちろん、本格的な舞台作品に初めて出演したのんの躍動感にあふれた演じぶりが、大好評を呼んだ作品だ。今回の『私の恋人 beyond』は、コロナ禍のなかの上演ということも踏まえ、ある意味それを逆手に取った仕掛けも盛り込みつつ、新場面も加えてバージョンアップした作品になっている。

オフィス3〇〇 「私の恋人 beyond」より。(撮影:橘涼香)

ペーパームーンや雲や木が、書き割りと呼びたい、これぞ作り物、これぞ演劇の想像力!という形で配置されている舞台は、「初演の時は客席からも出られて楽しかった」「マスクはずしてもいいかな」という、渡辺と小日向のほとんど雑談かに錯覚させる会話からスタートする。やがてピアニストの三枝伸太郎が登場。「歌いたい!」と訴える渡辺と、「歌いたくない!だいたいいきなり歌うなんておかしいでしょ?もうすぐ死ぬって時に延々歌ったりする人いる?」と、定番中の定番以上に、最早ネタ化しているミュージカルってどうなのよ、という、ミュージカルファンでも笑って聞くことができる小日向の反論が楽しい。そんな、歌う、歌わないと続いた応酬が、気が付けば小日向の方から歌い出しているというなんとも言えない可笑しみに続いて、華やかにのんが登場し物語が動き出す快調な滑り出しに惹きつけられる。

オフィス3〇〇 「私の恋人 beyond」より。(撮影:橘涼香)

原作となった同名小説が描いたのは10万年の時空を超えて転生を続ける「私」が「私の恋人」を求め続ける物語だ。この世界観に着想を得た渡辺は、東日本大震災や、第二次世界大戦の満州、現代のいじめや引きこもり問題などを加えて、独自の演劇ワールドを展開している。特に、冒頭のんが演じている「私の恋人」を追い求める「私」を、時と場所によって、小日向も渡辺も演じることによって、ある種のカオス感が独自の飛翔と酩酊感を与えていくのは、まさに渡辺ワールドの真骨頂だ。さらにそこには極限状態でも笑っていられることの真意や、長い、長い人類の歴史のなかで、人はそれぞれの記憶や、意識を引き継いで形成されていく、という神秘が描かれるのと同時に、弱肉強食の意識で優位に立とうとした者が引き起こす戦争の連鎖が未だ止められないことへの、「誰も殺してならない」というメッセージが強くあり、いまという時代に抱く渡辺の思いもまた強く響いてきた。

 と書くと、暗い話?と想像されるかもしれないが、舞台には大きな明暗のメリハリがあり、全体の基調はむしろPOPでファンタジーな色合いが強い。特に、3人の俳優が30もの役柄を演じ分ける、その早替わりの妙には、いつの間に!?という驚きや、よく考えるな~という爆笑の仕掛けも多くあって飽きさせない。何よりもダンス、歌、また芝居でと様々な役割も担う松井夢、坂梨磨弥、関根麻帆、山田美波を含めた俳優たちが、いずれも高揚感いっぱいで、何よりも楽しそうで、演劇愛に満ち溢れている舞台に、あぁ、演劇っていいなとこちらもしみじみと思える空間が広がるのが心地よい。

そんな舞台に躍動した小日向文世は、緩急自在の台詞回しで魅了する。特に夫婦を一人で演じ、早替わりで交互に登場するだけでなく、一人で他者を介さずに会話を続ける様は爆笑の連続で、まさに小日向ここにあり!の風情。しかも、そういった面白さとは対極のところで、この人の舞台での在りようは、あくまでも飄々として、あくまでも穏やかな表情をしていながら、実は何を考えているのか、善人なのか、悪人なのかが判然としない深みがあり、「人類」にまで話が広がっている舞台にとって得難い存在になっている。

オフィス3〇〇 「私の恋人 beyond」より。(撮影:橘涼香)

様々なフィールドで、独自の活躍の場を切り開いてきたのんは、小日向、渡辺という大ベテランの存在に伍して、堂々と舞台を闊歩しているのに感嘆する。いきなり酔っ払いはじめる「私」や、セーラー服の女子学生、アボリジニ、猫など様々に見せる扮装が愛らしいだけでなく、それぞれにその愛らしさに騙されるなよ!とばかりの、あっと驚かされる意外性のあるキャラクターを演じ分けているし、ギターを手に歌う姿も魅力にあふれる。表現者として着実に進歩しているのが頼もしい。

そして、この舞台を生み出した渡辺えりは、様々なテーマとメッセージを内包させながら、あくまでも演劇の力を信じていることが全身から伝わってくる姿に感動させられる。相当にシビアな台詞も、暗喩も多いが、それ以上に渡辺の真っ直ぐな演劇愛がほとばしってきて、胸に響く。役者として届ける歌唱の数々も、実に聞き応えのある味わいに満ちていて、様々な衣装も堂々と着こなし、時に少女のようにも見える笑顔が印象的だった。

総じて、俳優の早変わりも、本多劇場の舞台空間を縦横に使い尽くし、さらにイマジネーションで飛翔させる「演劇」の底力を感じさせる作品で、是非多くの人に体感して欲しい作品になっている。そして観劇の際には5分前からの所謂「携帯電話の電源はお切りください」にはじまる諸注意のアナウンスから、大変面白い掛け合いが聞けるので、客席には余裕をもって着席することをおススメしておきたい。

(文・撮影/橘涼香)

オフィス3◯◯ 『私の恋人 beyond』

公演期間:2022年6月30日(木)~2022年7月10日(日)
会場:本多劇場

原作:上田岳弘『私の恋人』(新潮社)芥川賞受賞作家
作演出:渡辺えり

出演:渡辺えり / のん / 小日向文世 / 松井夢 / 坂梨磨弥 / 関根麻帆 / 山田美波 /
演奏: 三枝伸太郎

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