
日本とロシアに挟まれた島、サハリン。この島には「チェーホフ」と名付けられた街がある。そこには、ロシア人・日本人・朝鮮人・ニヴフやアイヌなどの北方民族……様々なルーツを持つ人々が暮らしている。ときに国家間の思惑によって翻弄されながらも生活する姿を、ロシアの劇作家アントン・チェーホフや宮沢賢治といった、かつて島を訪れた作家たちの眼差しとともに辿る『チェーホフも鳥の名前』。
第9回北海道戯曲賞大賞を受賞し、第64回岸田國士戯曲賞の最終候補にもなった本作が、この夏、ニットキャップシアターの本拠地である京都で初の上演を果たす。4回目の再演という、劇団としても異例の上演回数を重ねる本作への想いを、作・演出のごまのはえと、出演者の仲谷萌、山岡美穂に聞いた。
―――まずは俳優の、仲谷さんと山岡さんにお伺いします。お2人の演じる役どころを教えてください。
仲谷「1幕では、ロシアから連れてこられた囚人の役を演じています。2幕は宮沢賢治が樺太にやって来る話なんですけど、そこでは、サハリンに仕事を探しに来た朝鮮人の夫婦の妻を演じています。3幕以降は、大人になった朝鮮人夫婦の子どもを演じています」
山岡「私は、1幕ではロシア人、2幕以降は、日本人と結婚してなぜか京都弁を喋る(笑)、ロシアの血が入っている女性、100年間を通して3世代の女性を演じさせていただいています」
―――この作品の魅力を教えてください。
仲谷「私は俳優だけではなく小道具も担当しているんですが、リアルなものを使うんじゃなくて、島に流れ着いてきたガラクタを寄せ集めて即席でつくったみたいな作り方をしています。実際の史実に基づいた話ではありますが、ちょっとだけ抽象的な表現とか、演劇ならではの見せ方みたいなところも、遊び心があって面白いんじゃないかなと思っています」

山岡「この作品は役者が9人出てくるんですね。全員が色んな役を兼ねていまして、40役ぐらいを9人で代わる代わる演じるので、初めて見た方は少し戸惑ってしまうというお声も聞いたりはするんですけど、そこがこの作品の見どころでもあるかなと思っています。
2022年の東京公演に来てくれた知人から、『いい音楽って、誰が演奏していたかは忘れちゃうけど、メロディーはずっと覚えてる。この作品はそういう作品だと思いました』っていう感想をいただいたんです。誰が主役というわけではなく、島に流れていた時間に対して、キャストみんなが誠実に物語を紡ぎ続けて1つの作品になっているっていうのが、この作品の魅力だと思います」
―――前回苦労されたことと、今回挑戦したいこと、深めていきたいことを教えてください。
仲谷「朝鮮語を喋るところが少しあるんです。稽古でも色々教えてもらったんですが、根本的に発声の仕方自体が、日本語とは全然違うっていうのを実感しました。そこは特に俳優として苦戦したところでもあったので、今回再チャレンジしたいですね」
山岡「今回4度目ともなると、台詞に関しては口が勝手に喋っちゃう部分も出てきていて、だからこそもう一度、慣れっこで言ってしまっている部分を疑い直したいなと。作品に出会いなおして、そこに住む人たちの人生とも、もう一度誠実に出会い直したいというのが今回の思いですね」

―――作・演出の、ごまのはえさんにお伺いします。チェーホフの書いた『サハリン島』を知ったことがきっかけで、この作品を作ろうと思ったとのことですが、島に住んでいた北方民族と呼ばれる人たちの生活に惹かれたというところを、もう少し詳しく聞かせてください。
ごま「自分とは違った生活様式を持った人たちに昔からすごく興味があります。それで北方民族にも惹かれました。特に北方民族の言語自体がどんどんなくなっていることに動揺しました。絶滅といえば動物とか植物とかそういうものだと思っていましたけど、言語もなくなっていく、大きいものに吸収されていくんだなあということを知って、とても興味を持ちました。
それから私が活動している小劇場の世界は、わりと作り手側と受け手側が、似た感性や情報を持っていると思うんです。観客を含めて『小劇場好き』というコミュニティがちゃんと成立している。もちろんそれは悪いことではないのですが、コミュニティを広げたいし、同じ情報がぐるぐる循環している状態は私には楽しくない。なのでここ10年くらいは身近じゃないものを題材にして創作したいという気持ちがあります。それがサハリンやそこに暮らす北方民族を題材にさせてもらった理由の1つです」
―――この作品は、1890年代〜1980年代という約100年に渡るサハリンの歴史を、約3時間の4幕構成で紡いでいます。このような構成に至った経緯を教えてください。
ごま「1890年から1980年ぐらいまでの間、近代国家の支配によって、サハリン島に住むひとたちがどういう風に変わっていったか、ということが物語の主題なんです。
チェーホフも、サハリンがどんな島だったかという記録を残しているんですが、その中に後々チェーホフの作品で核になるような、人間に対する皮肉が混ざったような予言がいくつかあって、その予言じみた言葉っていうのが100年の間でどんな風になっていくのか。チェーホフの『サハリン島』がこの作品の始まりですけど、その時代だけではおさまりきれないものを感じて、100年という長い尺をとることになりました」
―――生演奏を取り入れていらっしゃいますが、パーカッションの田辺響さん、歌の黒木夏海さんについて、それぞれ魅力をお聞かせください。
ごま「田辺さんは、色んな国の楽器をすごく達者にやってくださるんです。次の幕間は在樺太の朝鮮人の人たちがメインになるから、ここは韓国の楽器でいきましょうとか、そういうことを色々と考えてくれて。この作品の個性みたいなものを楽器に置き換えて考えてくれるというか。
黒木さんは、彼女が歌うと、日本語の言葉の意味みたいなものとメロディラインが、しっかりと一致する感じがするんです。こっちが慰めてもらえるような……なんでしょうね、良い意味で、自分らしさみたいなものに飢えていないというか。そういう声を出せて、しかも日本語が聞き取りやすいので、本当によい方と出会えたなと思っています」

―――最後に、今回の公演や、この作品について、メッセージをお願いいたします。
ごま「以前、アイホールでの上演をご覧になった方もいらっしゃるかと思いますが、その時とは、わりと別の作品になっているんじゃないかと。キャストも変わってますし、とても情報量の多い作品ですが、ごく自然に情報が沈殿されて、全部の情報を受け取れなくても楽しめる作品になってます。前より観やすく、わかりやすくなってるんじゃないかなあと思います」
仲谷「この作品を4回もやらせてもらえて本当にありがたいなと思っています。この後も作品がどんどん続いていけばうれしいなと。ニットキャップシアターがやるだけじゃなくて、例えばこの作品を観て、私たちもやりたいって北海道の方に思ってもらったりとか、作品自体が色んなところに繋がっていって、どんどん遠くに行けばいいのになと思っています」
山岡「私も、こんなに長い期間向き合った作品って他にないので、私たち自身ももっと色んなところに長く旅に出られたらうれしいなと。今回で終わりではなく、人生をかけて付き合っていきたいと思えるくらい、とても素晴らしい作品になっていると思います。ぜひ劇場で多くの方に出会っていただきたいです」
(取材・文:前田有貴)

プロフィール

ごまのはえ
劇作家・演出家・俳優。1999年、「ニットキャップシアター」を設立。以来、京都を創作の拠点に日本各地で公演を行なっている。劇作家、演出家として注目を集めるほか、演劇ワークショップや演劇講座の講師も務める。『愛のテール』(第11回OMS戯曲賞大賞)、『ヒラカタ・ノート』(第12回OMS戯曲賞特別賞)、『チェーホフも鳥の名前』(第9回北海道戯曲賞大賞)。

仲谷 萌(なかたに・もえ)
1989年、大阪府交野市生まれ。小学生で交野のサワガニ役をやる。東住吉高等学校芸能文化科にて上方伝統芸能を学ぶ。京都造形芸術大学舞台芸術コースにて主に演技やダンスを専攻。卒業後フリーの役者を経て、現在ニットキャップシアターに所属中。出演の他、小道具や仮面をつくる。5月の山と、夏の夕方の散歩が好き。

山岡美穂(やまおか・みほ)
横浜生まれの大阪育ち。現在は関西を中心にフリーで活動しており、舞台作品を中心にジャンルを問わず多岐にわたり出演。近年ではロームシアター 京都劇場探検ツアーのアテンダントとして劇場と地域に密着した事業にも参加。舞台と演劇をこよなく愛し、日々のエネルギー源はにんにくと猫。冬になると金沢を訪れ、お気に入りの喫茶店でココアを飲むのが1年のたのしみ。
公演情報

ニットキャップシアター 第48回公演
『チェーホフも鳥の名前』
日:2026年7月17日(金)~19日(日)
※他、北海道公演あり
場:京都府立文化芸術会館 ホール
料:一般4,000円 ユース・学生2,500円
高校生以下1,000円
※各種割引は要身分証明書提示
(全席自由・税込)
HP:https://knitcap.jp/bird2026/
問:ニットキャップシアター tel.090-7118-3396
