劇団チョコレートケーキの代表作を再び上演 また新しい『帰還不能点』を皆さまにお届けしたい

 劇団チョコレートケーキの代表作の1つでもあり、読売演劇大賞優秀作品賞などを受賞した『帰還不能点』が2年ぶりに再演される。本作は、大日本帝国を破滅させた文官たちが対米戦への「帰還不能点」を語る物語。演出の日澤雄介と2021年の初演から本作に出演する黒沢あすかにこれまでの公演を振り返ってもらうとともに、本作への意気込みを聞いた。

―――2021年の初演以来、非常にコンスタントに上演されている作品ですね。

日澤雄介(以下、日澤)「そうですね、今回で4回目の上演となります。2024年の前回公演は、ツアーがメインで、北海道にも行かせていただいています。再演回数が多い作品ですし、劇団の代表作のひとつであることは間違いないです」

―――改めて、本作を再び上演することへの思いを聞かせてください。

日澤「奇跡的に生まれた作品なんですよ。劇団内で、あすかさんに出ていただきたいという話になっていたときに、たまたまその伝手ができて。それで、ご一緒することができたんです」

黒沢あすか(以下、黒沢)「夫が日澤さんとご一緒したことで、誘っていただいて、初めて日澤さんの作品を拝見しました。私は舞台劇が苦手なのですが、(観劇したことで)『日澤さんの演出する舞台に出たい』と思って、それからずっと言い続けていたんですよ。そうしたら、お話をいただき、出演させていただくことになりました」

―――そうした経緯から作られた作品だったのですね。

日澤「ありがたいことに、とても高い評価をいただいた作品ですが、僕としてはいつも手探りで。みんなでアイディアを出し合って作った作品で、すごく思い入れがあるのですが、ただ、ここで1度、区切りをつけたいなと思っています。これまで、美術なども変えずに、かなりの回数、上演しています。そして今回、初演を上演したシアターイーストで上演させていただけるとなったので、これを機に区切りをつけようと」

―――なるほど。しかも、まさに今、上演すべき作品ですよね。

日澤「いつもいつも言っていますが、この上演スケジュールを組んだときには、日本や世界の情勢がこうなるとは思ってもいなかったんですよ。戦争が起こりそうな世の中で、『なぜ戦争を回避できなかったのか』という作品を上演するというのは非常にタイムリーですが、実際は、そうしたことよりも、何回も上演したいという作品だったというところがありました」

―――そうすると、この作品自体、黒沢さんありきで作られたということでしょうか?

日澤「そうですね。僕たちの劇団では“紅一点”システムといって、出演者の中に一人だけ女性を入れて、重要な役どころを演じていただくことがあります。実は、もともと(黒沢が演じている道子という役は)男性が演じる想定だったんです。でも、これは女性が演じた方が良いとなって、あすかさんにお願いしたいと」

―――黒沢さんは、先ほど「舞台劇は苦手」とおっしゃっていましたが、出演を重ねてその意識は変わってきたのではないですか?

黒沢「根底を鍛えていただいていると思っています。私は幼少期から、映像の世界で瞬発力の方を鍛えざるを得ない状況の中で、長年、お芝居をしてきました。なので、自分の弱いところも知っていたんです。苦手なところを攻めていけば、自分がより成長できるのではないかと思っていましたが、日々いただくお仕事が映像だと(苦手なことを克服するところまで)追いつかないんですよね。磨かれていくのはやっぱり瞬発力でしたから。
 そうした中、自分が40、50と年齢を重ねていき、世の中が急に動き始めたのを感じました。海外の影響を受けてさまざまなことが変化していく中、その波は芸能界にも波及していったように思います。そうした中で、自分は古い人間だと自覚するようになりました。周りの若い人たちは、どんどんと新たな演技法を取り込んでいき、“普通に演技する”ことを探求している。それは、私がそれまでしてきた演技とは違うものだったので、そうした方とお芝居をさせていただくと、自分が浮いてしまっていることを感じるようになりました。
 それからは危機感を覚えて、このままだと終わると思ってしまった。それで、どうしたらいいんだろうと思ったときに、まず自分で調べ上げて、自宅で探求していくことにしました。これで、どうにもいかなかったら、誰かに声をかけようと。私は、本当に滅多に人に声をかけないんですよ。でも、そうしてもがいているときに、お話をいただいたんです」

―――黒沢さんにとっても非常に良いタイミングだったんですね。

黒沢「そうですね。『こうなりたい』という目標があって、自分の中にはその姿もキラキラと輝くように見えているけれども、お稽古場に行くと自分のできなさ加減が晒されてしまう。もちろん、演劇人の中に、映像での人間がポッと入るわけですから、それが当たり前なんですよ。それは分かっていたけれども、とても大変でした。私が入ることによって波紋が広がるけれど、その波紋は周りの方たちに影響すら与えられない。ただ、その方たちから跳ね返ってくる波に、私自身がアップアップになるという状況がずっと続いていました。
 それがどのくらいの期間続いていたのか覚えていませんが、ある日、演出の日澤さんと稽古場ですれ違い、その場で『私、こういうことが出来ないの。分からないの』と涙を浮かべて話したことがあったんですよ。その日、日澤さんは別の稽古もあって、すぐに出なくてはいけなかったので焦っていたと思うのですが、私もここで答えてもらわないと、お稽古さえ無理だと追い詰められていたので、必死でした(笑)。それで、いろいろと考えていることを伝えたのですが、日澤さんはニコッと笑って『あすかさんは大丈夫です』と言ってくださったんですよ。
 私の言葉に直接答えていたわけではないけれど、その日澤さんの笑顔と『あすかさんは』の『は』という言葉に勇気づけられました。きっと日澤さんは、アップアップしている人間にどんな言葉を使えばよいのか、どうしたらこの人は立ち上がるのかを分かってくださっているんだと思います。それからは、日澤さんと私は離れていても大丈夫というモードになって、その日も稽古場に行けました」

―――すごく大きな支えだったんですね。

黒沢「稽古期間中は、頭の中はずっと『日澤さん、日澤さん』でした(笑)。何があっても日澤さんがいる。何かあったときに聞けば大丈夫、と。ただ、何年か経って、今度はそれが甘えになっていることに気づいたんですよ」

―――というと?

黒沢「それまで、映像の世界では『自分で考えて、打ち破る』ということが出来ていたのに、演劇の世界になったら、頼れる日澤さんがいることで、考える頭を持てなくなっていたんです。それになぜ気づいたかというと、公演初日に日澤さんが背広をびしっと着込まれて、ご来場する方にご挨拶に行くときに、私が見つけて声をかけたら、いつもの日澤さんではなかったんですよ。『いっぱしの俳優としてあなたを送り出したんだ』という空気感があって、目が笑っていなかったんです。そのキリっとした目を見たときに、甘えが許されないんだ、考えなくてはいけないんだと、散々、話した後に自分を恥じました。甘える時間はもう過ぎたんだ、と。日澤さんは無言で聞いてくださいましたが、答えはなかったんです」

日澤「いつも答えていないですね、僕(笑)」

黒沢「でも、恥じる自分を与えてくれたことが答えなんだと受け止めたので、そこからはキュッと口を閉じることにしました。そして、考えることを自分に課しました。本来は、それは必要最低限のことなんですよ。考えても考えても答えが出なければ、聞けばいいんです。そう考えるようになってからは、あまり聞くことはなくなったように思います。
 それから、いろいろなことを気にしないようにしました。何も言われなかったら、後追いはやめようと決めて。舞台劇の中においては、とても臆病だったので、稽古が終わるたびに『今日も何か言われるのではないか』と誰かの陰に隠れるつもりで(ノートを)聞いていて、言われないとホッとする。何かを指摘されると、また学び続けなければいけないと思う。それは、映像では経験できない日々の積み重ねです。そして、継続力を培うためには、この状況は私には絶対に必要なのだと感じました。『黒沢さんはもういりません』と言われるまで、かじりついていくつもりでいよう、と。公演が終わるたびに、『次の公演があるとなったとき、私は呼ばれるだろうか。呼ばれないだろうか』と考えていましたが、呼ばれなければ呼ばれないで私には戻る場所があるんだと開き直ることもできるようになりました。
 この数年間で鍛えられたんです。良いお土産もちゃんといただいたので、これを持って映像で頑張っている姿を観ていただければ、またお声をかけていただける。だから、映像のときは映像でしっかり頑張る。呼んでいただいたら、学びの精神で突撃していくという気持ちでした」

日澤「あすかさんはそうおっしゃいますが、本当にそんなことはないです。初演のときに、舞台はほとんど未経験だとおっしゃっていたので、もちろん多少戸惑うことはあったかもしれませんが、男性の中に女性1人というポジションもすごく難しい役どころをしっかりと演じていらっしゃいました。
 再演では、初演のときを振り返り『私はあのときはこうだったけれど、この役はそうじゃないのではないか』とご自身で掘り下げていらして、ただ再現をするのではなく、きちんと役をブラッシュアップする提案も持ち込んでくださっていました。だから、僕の見ている世界とあすかさんの見ている世界はちょっと違うのかもしれない(笑)」

黒沢「そうかもしれないですね(笑)。でも、そうおっしゃってくださるのはうれしいです」

―――そうすると、日澤さんとしては黒沢さんが感じていたような不安は一切なかったんですね。

日澤「そうですね。(黒沢は)いろいろと考える方ですし、物語の後半は確かに非常に難しいお芝居になるので、それは考えて当たり前なんだと思います。なので、お互いに思うことをすり合わせて、どうするのが良いのか最善を探るということは続けていました。ただ、だからといって『あすかさん、大丈夫かな?』とは一切思わないです。一生懸命に取り組んでくださっていました。でも、さすがに慣れたんじゃないですか?」

黒沢「今年は慣れていると思います(笑)」

日澤「前回公演も、絶対に慣れていたと思いますよ(笑)。この作品は、“ながら芝居”をする舞台なので、みんな飲食をしながら芝居が進んでいくんです。初演のときは、コロナ禍だったので、稽古中はマスクをして、グラスにまで番号を書いて、お箸も絶対に使いまわさないように、かなり気を付けて稽古もしていました。それに比べたら今は、天国のようで(笑)。あすかさんは、食器を出したり、下げたり、ビールや日本酒を注いだりしながら芝居をしますし、カウンターにいてずっとお客さんの方を向いていて出ずっぱりです。だから、慣れると思いますし、舞台ももう怖くないのではないかなと思います」

黒沢「でも、その『大丈夫』という気持ちがあると、落とし穴にハマってしまうんですよ。それが怖い。実は、1回、舞台上でセリフが飛んでしまったことがあったんです。稽古場では1回もそんなことなかったのに、頭が真っ白になってしまって。目の前に岡本(篤)さんがいたから、じっと見ていたら、口角を上げて合図をくださったんですが、私が抜けていることは全然気づいていなかったようで。私は覚えていないのですが、咄嗟に『忘れちゃった』と舞台上で正直に言ってしまったようなんです。それで、岡本さんが『そこは○○じゃなかったかな』とセリフのように言ってくださったんですが、それでも思い出せない。こういうとき、皆さんはどうするんだろうと焦りながらも、頭の中ではいろいろなことが駆け巡っていて。この後の流れは分かっているから、それに似たようなことを言えば、言葉が出てくるのかなと思い、この時代から逸れない言葉遣いで言葉を出したら、ポーンと出てきて、ああ、こういうことがあるんだと理解できました。
 皆さんから『稽古場で失敗をする』という話をお聞きしていましたが、私は稽古場でも完璧でいなくてはいけないと思っていたんです。それまで頭が真っ白になるという経験をしてこなかったので、こうしたことも経験できるようにならないとダメなんだなと。本当は絶対にあってはいけないことで、そうしたところが私の甘い部分だと思うので、もっと精進しなければいけないと思っています」

日澤「いや、みんな飛んでいますよ(笑)。逆に良い度胸しているなと思います」

―――今回は、4回目の上演になりますが、どんなところをブラッシュアップしていこうと考えていますか?

日澤「本を書き直したり、内容を変更することは考えていません。この作品はすごく俳優さんに助けられる作品なんですよ。俳優さんがどういう覚悟でこの作品に挑むかによって、全く色が変わってくる。なので、そういう意味でも、テキストは変えずにいきたいと思っています。残念なことに今、世の中がこういう状況下になっています。もしかしたら、今が『帰還不能点』なのかもしれない。2026年は歴史に残ってしまう年になるのかもしれないと考えると、それを持ってこの作品に挑むというのは、とてもやりがいがあるし、どういう反応が帰ってくるのかなと思います」

黒沢「初演のときは、台本の通りに、日澤さんの言う通りに、しっかり務めることが私の役目だと思っていたんですが、再演からは、道子という役柄について考え、ヒヨヒヨした性格の女性というよりは、出征していく男性とともに私も心の中では戦っているという姿をご提案させていただいて、そう演じてきたので、その芯の部分は変わらず持って演じたいと思います。
 それとともに、私も年齢を重ねて54歳になり、自分の私生活も含めて変化が起きています。道子さんの中に、この中年期に入った私が感じている女の心情と、岡本さんが演じてくださる山崎との夫婦の時間を描き出し、その時代の女性の生きにくさをお見せすることができたらと思います。悔いのないようにしっかりと道子さんを作り上げることができたらいいなという心境です」

―――改めて読者にメッセージをお願いします。

日澤「また新しい『帰還不能点』を皆さまにお届けしたいと思っています。今回は、スウィングキャストとして、30代のお二人に入ってもらい、西尾友樹と緒方晋さんが演じる役どころに、東京公演のワンステージだけ入ってもらいます。そして、ツアーでは(スウィングキャストの)彼らが演じます。これは劇団としては初の試みです。若い方々との接点になりますし、若い方々の出演機会を増やすこともできるという考えのもと、今後もそうしたスウィングキャストという形を模索したいと思っています。そうした新たな試みもぜひ楽しみにしていただければと思います」

黒沢「『帰還不能点』がまた東京芸術劇場に帰ってまいります。出演者一同、みんな年齢を重ねております。皆さまが期待しているものと同時に、新しいと感じていただけるものをお見せできると思います。私の息子たちがこの作品を観て、『学校で習ったことで分からないところがあったけど、これを観て理解できた』と言っていました。夫もそうですし、歴史好きな義理の母も『引っかかっていた部分が分かった。すごく分かりやすくて面白かった』と言っていました。それくらい、歴史が理解しやすく、日本のことを考えたり、話すきっかけになる作品だと思います」

日澤「戦争を描いた作品は、いわゆる軍人さん、陸軍や海軍がメインとして描かれていることが多いですが、この物語は文官がどう戦争に関わって、どうボタンを掛け違えたかという話なんですよ。外務大臣がどういう外交をして、どういう政治をしたからこうなったんだということが分かるので、派手ではないですが、勉強になるところも多いのかなと思います」

黒沢「だからこそ、ぜひ多くの方にご覧になっていただきたいです。今回は打ち止め公演だと聞いておりますので、劇場にどしどし足を運んでいただければと思います」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

日澤雄介(ひさわ・ゆうすけ)
東京都出身。劇団チョコレートケーキ主宰、演出家・俳優。2000年に劇団チョコレートケーキを旗揚げ。2010年より劇団作品の演出を担当。近年は『蜘蛛女のキス』『アルキメデスの大戦』『WAR BRIDE 一アメリカと日本の 架け橋 桂子・ハーン一』『BLOOD BROTHERS ブラッド・ブラザーズ』など外部作品も数多く手がける。2013年&2017年&2021年に読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞。

黒沢あすか(くろさわ・あすか)
神奈川県出身。1990年に『ほしをつぐもの』で映画デビュー。映画『六月の蛇』(03)で第23 回ポルト国際映画祭最優秀主演女優賞、第13回東京スポーツ映画大賞主演女優賞、映画『冷たい熱帯魚』(11)で第33回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。主な出演作に、映画『愛について、東京』(93)、『嫌われ松子の一生』(06)、『沈黙 -サイレンス-』(17)、『楽園』(19)、『親密な他人』(22)、『658km、陽子の旅』(23)、『敵』(25)などがある。

公演情報

劇団チョコレートケーキ『帰還不能点』

日:2026年5月28日(木)~31日(日) 
場:東京芸術劇場 シアターイースト
料:5,000円 U25[25歳以下]3,800円
 ※要身分証明書提示(全席指定・税込)
HP:https://www.geki-choco.com
問:劇団チョコレートケーキ
  mail:info@geki-choco.com

インタビューカテゴリの最新記事