
小劇場からアングラ演劇、さらに商業演劇まで幅広く活躍している俳優の宮原奨伍が、プロデューサーとして劇作家・つかこうへいの作品を取り上げるプロジェクトをスタートさせた。第1弾として挑むのは『熱海殺人事件』と『売春捜査官』の2作品。そしてこの企画、「つかこうへいを知る旅」は単なる演劇公演ではなく、ホームページやYouTubeなどのメディアを駆使して、つかこうへいの人生と作品に迫ろうという壮大なプロジェクトだ。
今回参加するのは宮原と、女優・映画プロデューサーとして多角的に活躍している広山詞葉。実はこの2人、昨年も“熱海”と“売春”にそれぞれ出演しているが、今回は2作品ともに出演する。ここに至った経緯から話を聞いた。
―――この公演は宮原さんのプロデュース公演とありますが、宮原さんと広山さんは2024年に「新感覚つかこうへい」と銘打った2作品の上演に参加されています。あれは今回の公演の前段ということなんですか?
宮原「あの公演とは全く関係はないのですが、そこで広山さんと出会ったのが1つのきっかけになっています」
―――今回演出を担当する逸見輝羊さんもいらっしゃったので、つながっているのかと思いました。
宮原「自分が演劇を志した時、最初に受けたオーディションが北区つかこうへい劇団でした。10期の頃です。その後14期生としてお世話になるのですが、その当時挑んだのが『熱海殺人事件』と『売春捜査官』でした。
その後20年ほど演劇を続けてきて、風間杜夫さんと出会うことができ、僕が出演した2024年の『熱海殺人事件』を観に来てくださいました。その時に嬉しいお言葉とアドバイスをいただいたことが大きなきっかけの1つで、『熱海殺人事件』はやり続けたいと思いました。ちょうどその時に錦織一清さん演出の“熱海”のお話をいただき2年連続でやれることになり、今回自分がプロデュースする流れになりました」
―――10期には今回演出する逸見さんがいらっしゃいましたよね。
宮原「ええ、僕は当時ほぼ接点はないのですが、成河さんや三浦祐介さんなどもいらっしゃいますね」
―――宮原さんはつかさんの作品で育ったようなところがある訳ですが、広山さんはどうですか?
広山「私はつかさんの作品に出演したことが、その2024年の公演までありませんでした。初めて『売春捜査官』に挑んで、今まで演じた中で一番大変だなと思いました。熱量がダントツに違うこの作品に魅了されて、またチャレンジしてみたいなと思っていたときに宮原さんにお声掛けいただいて。しかも紀伊國屋ホールという伝説の場所ですから。すごく楽しみにしています」
―――宮原さんはなぜ広山さんに声をかけられたのでしょう?
宮原「広山さんは映画のプロデュースもされるのですが、ものづくりに向かっていらっしゃる姿勢に感化されて、プロデュースへの思いが芽生えました。ですから出会わなかったらプロデュース公演をやることはなかったんじゃないか、そう思う存在です。
ものづくりに対してとても真摯で真面目な方だなと思いますし、役者としてもっと何かに挑んでいきたいという意志を感じました。そんな彼女と話している時、この2作品同時上演の『両方に出演するのはどうですか』という問いに、『やります』の二つ返事、彼女の心意気を感じました」

―――広山さんはオファーを受けて、どんな気持ちでしたか?
広山「木村伝兵衛という役をもう1回やらせていただけるんだ、という喜びがありました。実は2024年の公演で、上演期間中に膝の靱帯を切っちゃったんです。なんとか最後まで公演は務めあげましたが、やはり自分の中ではもっと出来たんじゃないかという思いがありました。その後手術をして、ボルトも抜いて完治したので(笑)、再チャレンジをしたい思いがすごくあります」
―――代役を立てないでそのまま続けたんですか? それはすごいですね。
広山「続けました。なんだか足が痛いなと思ってたんですけど、まさか切れてると思ってなくて。逸見さんにそれを話したら、『俺も熱海の大山金太郎役の時、途中で肋骨折れちゃったけどやってた』って(笑)」
―――ところで、この公演は長期的なプロジェクトの一部にも見えますね。
宮原「一般的な演劇公演は顔合わせが本番の約2ヶ月前に行われて、そこから1ヶ月〜1ヶ月半ほど稽古をして本番を迎える、という形が多いです。僕自身もこれまで、そうしたスケジュールで毎年いくつもの作品に出演してきました。
ただ、もし自分が企画するなら、『できることは全部やりたい』という想いがありました。紀伊國屋ホールは劇場の利用申請の時期が早いので、予定を早めに固めることができ、結果として早い段階から動き出せるという利点があります。その環境を活かし、さまざまな方の力を借りながら企画チームを編成し、いろんなアイデアを出し合いながら進めてきました。
最近は“つかこうへい”という名前自体を知らない演劇人も増えています。それは演劇界にとって、とてももったいないことだと感じています。僕自身がつかさんから大きな影響を受けてきたこともあり、身体が効くうちに圧倒的な何かを残したい。そして何より、『紀伊國屋ホールでつか作品を上演したい』という強い想いがありました。その想いから、『つかこうへいを知る旅』というプロジェクトを立ち上げました。つかさん知らない人たちにも魅力を伝えたい。つかさんの人となりを紹介したり、ご本人の著書や関連書籍を読んだりしながら、その過程を観客の皆さんと共有していく。そんな“旅”のような企画を目指しています」
―――“ライフワーク”というと大きく振りかぶり過ぎかもしれませんが、かつての劇団つかこうへい事務所で活躍された風間杜夫さんや平田満さんたちは、つかさんとご一緒だったから共に旅ができていたようなものですが、今はつかさんはいらっしゃらない訳だから(2010年に逝去)、あらためて旅の企画をしないといけないわけですね。
今でもつかさんを慕う方はたくさんいらっしゃいますが、今回の演出に“つかこうへい最後の弟子”と呼ばれる逸見さんを選ばれたポイントは?
宮原「逸見さんに演出をしていただいたのは2024年の作品が初めてでした。でも僕が研究生だった時に逸見さんは紀伊國屋ホールの舞台に立っていて、僕はその姿も観ています。素晴らしかったですね。2024年の舞台では僕以外の3人はつか作品が初めてでした。そんなメンバーをつかさんの世界観に引き込んでいく逸見さんの姿が素晴らしいと思い、今回お願いしようと思いました」
―――今回は宮原さん・広山さん共に2作品に出演されます。圧倒的なセリフ量ですから、相当にパワーがいるのではないでしょうか?
広山「本読みをすでに始めていますが、やはり私より宮原さんがもっと大変な気がしています」
宮原「いやいや、広山さんも2役ですから(笑)」
広山「はい(笑)。昼夜で違う役を、演目も違うものを演じるのは役者人生の中で一番の難題だと思いますが、一方で楽しみでもあります」

宮原「僕には限界を突破したという想いがあります。そして物理的にこれ本当にできるの?というところに挑んでいかないと。そんな風に挑戦できる環境を自分で作らないといけないと思いました。
―――他のキャストについてのことも伺います。
宮原「まず『熱海殺人事件』から。丸山正吾さん。もちろん存在は知っていましたが、ずっと僕がやっていた朝劇下北沢にゲスト出演していただいたくらいでした。彼はアングラ系の作品をツールに持ちながら、小劇場から商業演劇まで幅広く活躍の場を広げている俳優で、そのあたりが僕との共通点だと思います。名前(の読み)も同じですし(笑)。親近感が湧いています。
彼は『熱海殺人事件』『売春捜査官』合わせて6回くらいやってらっしゃる。僕より多いんですが熊田役しかやったことがないらしく、今回は大山金太郎を演じてもらうのでそこを楽しんでもらえるんじゃないかなと思ってます。彼自身にも、そして彼を追いかけている演劇ファンにもです。
潮見さんは独特なプロフィールを持たれていますが、決め手は心意気と生き様です。『リア王』の舞台ですごく仲良くなったんです。シェイクスピア作品もやるし、同時にそこでの殺陣を全部つけていらしたりする。そんな潮見さんがつか作品について語る中で、『初めてつか作品を観た時は本当に感動した』と話していました。潮見さん自身はそのとき劇場で感じた“何か”が、いつか自分の中で繋がるような気がしていたそうで──。それが今回、ようやく形になったのかもしれません」
―――『売春捜査官』は?
宮原「前田剛司さんと宮本大誠さん。前田さんは2024年の公演で一緒でした。その時は熱海の大山役でしたが、今回は『売春捜査官』の大山をお願いしました。彼はあまり感情を表に出さない人なのですが、前回の大山役で悔いが残った部分があると打ち明けてくれ、僕がこの企画を進めるにあたり最初に声をかけた人の1人です。
宮本さんは西岡徳馬さんのカバン持ちから役者人生を始めた方です。ちょっとキャスティングが難航していたときに、別の稽古場でご一緒してお話をたくさん伺いました。宮本さん自身のつか作品に対する熱い思いにもとても惹かれています」
―――さっきつかこうへいを知らない若手の演劇人がだいぶ増えてきたとおっしゃっていました。事実、広山さん自身、2024年の舞台で初めてつか作品に出逢った訳ですし、そういう時代になってきたということですよね。そこで、そもそもつか作品の面白さを伝えるとしたらどうなりますか。
宮原「そこに生きている人が、生きた言葉を吐かないと一気に成立しなくなる作品だと思います。必死で生きる、懸命になる。そういうことを恥だとは思わない。僕は“恥”というのがキーワードになると思っているんですけど、つかさんの作品をやる中で、生きていく上での“恥”は何なのか。一般的に恥ずかしいと言われることでも恥じずに生きていけるか。それを皆さんが探せる作品なんじゃないかなと思います」
広山「つかさんの作品に触れてすごく感じたのは、熱量や熱気はもちろんですが、相手に対峙するエネルギーがすごいんだなと思いました。現代は人と面と向かって喋ることも減っていたり、一方でXで心ない言葉をかけたりする時代ですが、ちゃんと面と向かって相手に言葉を届ける、伝えることをすごくつかさんの脚本、前回の『売春捜査官』で感じて魅力だと思ってます。それは結局人間にとって一番大切なことであり、現代人に欠けていることなんじゃないかなと思っているので、より若い人たちに観てほしいなと思っています」
―――そんなおふたりから観客の皆さんに向けたメッセージ、抱負のようなものをいただきたいのですが。ここは広山さんから。
広山「まだつか作品に出逢っていない人には『熱海殺人事件』、『売春捜査官』の脚本が魅力的だということを知っていただきたいですし、今までつか作品を観てきた方も、宮原奨伍さんがプロデュースするつか作品を改めて観に来ていただきたい。6人の役者が舞台の上で本気で生きる姿を、刮目していただきたいと思っています」
宮原「演劇を志し始めてから、自分の演劇人生を経てこの企画にたどり着いたと思っています。その間には20年以上の時間があるわけですが、色々な人が手を貸してくださいました。ともかくこの企画を知ってほしいですし、つかこうへいさんを共に知ってもらいたい、という気持ちが大きくあります。だからこそ1,000円のU-18チケットも、2,500円のU-25チケットも用意しました。若い人に知ってほしい、この旅にご一緒してほしいと思います。つかこうへいを知る旅という企画があること、それに携わる人間がいること、そして関わる人が皆高い熱量を持っているということを知ってもらえれば幸いです」
(取材・文&撮影:渡部晋也)

プロフィール

宮原奨伍(みやはら・しょうご)
東京都出身。北区つかこうへい劇団14期生として研鑚を積む。小劇場から商業演劇、そしてアングラ芝居など、ジャンルを問わず数々の舞台に立ち続ける。2009年からは劇団「大人の麦茶」作品に出演し、2011年に正式加入後、全作品に出演する。佐藤佐吉賞の最優秀主演男優賞を2016年・2017年と連続して受賞。舞台だけでなく、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の三好長逸役など、映画・ドラマ・CMなどの映像作品へも多数出演している。

広山詞葉(ひろやま・ことは)
広島県出身。日本大学芸術学部演劇学科出身。2012年のドラマ『最後から二番目の恋』でテレビドラマにレギュラー出演を果たし、映画や舞台にも活動の幅を拡げて多くの作品に出演。さらにプロデューサーとして映像作品を手掛け、2025年の『運命屋』でニューヨーク・インディペンデント・シネマアワード 最優秀プロデューサー賞を受賞。2021年には『truth~姦(かしま)しき弔いの果て~』で英国ノースイースト国際映画祭 最優秀コメディー賞受賞するなど、国際的な評価も得ている。
公演情報
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宮原奨伍プロデュース
『熱海殺人事件』/『売春捜査官』
日:2026年2月4日(水)~8日(日)
場:紀伊國屋ホール
料:6,800円 U25[25歳以下]2,500円
U18[18歳以下]1,000円
※各種割引は要身分証明書提示
(全席指定・税込)
HP:https://shogopro.com
問:宮原奨伍プロデュース
mail:miyaharashogoproduce@gmail.com
