屁理屈シチュエーションコメディ劇団、アガリスクエンターテイメントが戦後80年の今年、まさに終戦記念日の最中に『発表せよ!大本営!』を上演する。2019年初演が門真国際映画祭2020(舞台映像部門)でも各賞を総なめにした話題作だ。第二次世界大戦中に誤った「大本営発表」を流さなくてはならなくなった人々の奮闘を描いたブラックコメディを、さらに大幅にスケールアップ。
本作にかける思いや劇団の魅力を、主宰の冨坂友と俳優の榎並夕起、矢吹ジャンプ、伊藤圭太に聞いた。
―――まず本作の概要と、再演が決まったきっかけを教えてください。
冨坂友(以下、冨坂)「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフルというラジオ番組で、辻田真佐憲(まさのり)さんという軍歌研究家の方が書いた大本営発表に関する書籍「大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争」が特集されたんですよ。その中でこうした隠蔽したり改竄したり捏造された報道というものが誰かの陰謀とかそういった計略によってなされていった訳ではなくて、お互いの部署の間で許可を取り合ったりとか、メンツを立てたりしたサラリーマン的な奮闘の結果、こういう改竄が行われてしまったんだという。そういうしょうもないものだったということを特集している書籍だったのですが、それを紹介している番組を聞いて、これはとても面白いと思いました。
この題材を演劇にするのなら、多分うちが一番向いているんじゃないかと思って、いつかやろうと思っていたのと、誰かに取られないようにしなければと思っていて、2019年の8月に上演したという経緯があります」
―――そうなんですね。以前からこうしたサラリーマン的な世界観を描いた作品をやっていたのですか。
冨坂「サラリーマン的な世界観という訳ではないんですけど、大本営発表のよくある例として、撤退したことを『転進(てんしん)』と言ったりとか、玉砕と言ったりだとか、物事を言い換えてどうにかしようとする文言をいじるっていうことがトピックとしてあって。もともと文面とか数字に対してこういう風に解釈してどうにかしたりすることをコメディとしてやっていたんで、その面でやはり我々がやった方がいいんじゃないか、と思ったということがあります」
―――冨坂さんのプロフィールを見る限りでは会社勤めの経験が無いようですが、会社員独特の忖度の世界などは、どこで興味を持ったのですか。
冨坂「一般的な会社員などを長期間やったことはなくて、本当にバイトくらいしかしていないんですが、多分元になっているのが高校生活だったと思うんですよ。生徒会活動で、学校行事を作ったりだとか、文化祭のための予算会議や卒業式の式次第作りについて、ああだこうだいう渦中にいたので、そういう数字とか文言、ルール、そういったものをいじくったり解釈して、言い合うのが元から好きなんだと思います」
―――初演の反響はいかがでしたか。
冨坂「堅苦しい戦争もののイメージがあったのに、コメディとしてすごくウケたなっていう印象がありました。いわゆる日本軍の太平洋戦争のものを扱うのは初めてだったんですけど、戦争ものを演劇でやるときの固定化された暗くて悲劇で……とか、固定化したイメージがあるんですが、そういうのでは無いものを作りたいと思っていて、初演の時からこういうオレンジ(チラシを指して)とか明るいカラーのイメージヴィジュアルでやっていたんです。割とその通りにちゃんとコメディとして楽しんでもらえたというのは収穫だったと思っています」
―――榎並さんの役どころを教えてください。
榎並「私は軍の人たちとは別のパートになるんですけど、一般市民として甘味処の従業員をやります。軍の人たちが発表する大本営発表を聞いて、それに対して右往左往するポジションになります。初演はこの(チラシを指して)セーラー服の女の子役をやっていたんですが、今回は違って和服を着たこの女性の役をやるという。実はこの男の子(坊主頭の男子学生)と三角関係なんですよ。告白するきっかけが『大本営発表で日本が勝っていたら』なんですよ。という話があって、ここが、この人を好きだから勝って欲しくないな。みたいな気持ちになったり(笑)」
―――国の一大事を、そんな風に一般市民が扱っていたという……。
榎並「そうなんですよ(笑)。賭けみたいにすんなよ、っていう感じなんですけど、そういう感じなんで。このセーラー服の女の子をやっていた当時は『勝ってると悲しいなぁ』という気持ちになってました」
冨坂「モデルになっているのは、この大本営発表で隠蔽とか改竄が行われ始めたタイミングですね。情報をねじ曲げ始めたタイミングで、海軍の人たちが右往左往している物語で、それまでは軍の人ももちろんですし一般の市井の人たちも、まさか日本が負けるなんて思っていないし、勝って当然だと思っている。それなので、割とのんきにと言いますか、ラジオで流れている戦果を『そりゃ勝つよね〜』と聞いてるっていう感じですね」
―――事実がねじ曲げられていくって、恐ろしいことですよね。それがコメディになってしまうなんて、さらに恐ろしいです。
冨坂「そうなんですよ。今回の立て付けって言うのは、全体的にブラックコメディと言いますか、本編で行われている楽しいこととか達成感のあることが、最終的に成し遂げられるんですけど、お客さんにそれに乗っかってもらいつつ観終わったあとで『いや、達成したらダメじゃね?』という気持ちになってもらうのが、ねらいなので。そこまでは一般常識というか、後世からしたらやってはいけないことに、いかにお客さんに観てるギリギリまで乗ってもらうかということに初演の時から心を砕いた記憶があって。『絶対に間違った発表をしなければならない!』ってみんなが一致団結してしまうという」
―――そうなんですね。この行為が絶対的な悪だと描くよりは、そこはお客さんの感覚に委ねるというところがあるのでしょうか。
冨坂「当然、改竄したり隠蔽したりしてはいけないことが大前提として、それをただもの凄く悪い人たちが、陰謀を持って何かの計略があってやっていたという風にしてしまうと、自分たちと違って悪い行為が悪魔化されてしまうじゃないですか。でも、そうではなくて構造的に今でも起こりうることで、自分たちも渦中にいればそうなってしまうかも知れない。現代にも起こりうることだと引き寄せて考えた方が、むしろいいんじゃないかと思ってこうしたテーマにしました。かつそれを声高に言うと、いわゆるお説教くさい戦争ものになってしまうので、あくまでそれをお客さんが『いや、だからそれダメだから!』とツッコミながら見られるようなブラックコメディにしようと思いました」
―――矢吹ジャンプさんは、どういった役どころでしょう。
矢吹「僕は海軍の報道部の課長で、実際に大本営発表を作る人です。部下に『これだとまずいから、もうちょっといい文章にして』という話をするような人で『どうしよう? ああしよう』とブツブツ言いながら悩む頼りない上司です」
―――現代でもいそうな上司ですね。
矢吹「なので、ワタワタする役どころなんですけど(笑)」
冨坂「全てのお仕事もののドラマにひとりはいる頼りない上司です。でも最後にたまに漢気を見せる人っているじゃないですか。それを海軍を舞台にしてやる感じです」
―――ああ〜! いそうですよね。お仕事もののドラマに出てきそうです。冨坂さんは、それこそ『人事の人見』などサラリーマンもののドラマ脚本も手がけていますが、どうしてそこまでサラリーマンの世界の理解度が高いのですか? 取材された結果ですか?
冨坂「取材ですね。これに関しては本を読んだりとか色々調べ物もしましたし『人事の人見』に関しては、知り合いづてに人事部の色々な人に話を聞いた結果ですね」
―――榎並さんにお聞きしますが、冨坂さんの脚本はどんなところに魅力があると思っていますか。
榎並「初めて観たのは高校生のときですが『このテーマをコメディにするんだ!』というのを思って、その時のテーマが認知症と孤独死だったんですよ。その2つをコメディにしてるってすげえ!と思って、それで自分も笑えたんですよ。笑っちゃダメじゃないか?と思ったのに笑えた感じがすごいと思いました。これを観て面白いなと思って、それでオーディションを受けてみてデビューしたという感じですね。今でも、面白そうだと思っても、これがコメディになるか?と言うテーマをチョイスしていて、そこはすごいなと思っています」
―――矢吹さんは劇団との出会いはどこからだったのですか?
矢吹「僕はアガリスクにはオファーがあって出たんですけど、元々ファルスシアターという海外のシチュエーションコメディをやっている劇団にいたんです。冨坂さんがアガリスクを作る前にそれを観てくれたことがあって、その数年後にアガリスクが東京に出てくるタイミングで声をかけていただいて。それから年1くらいで客演で出るようになって2017年くらいには劇団員になりました」
―――冨坂さんは矢吹さんのどんなところに魅力を感じたのですか?
冨坂「典型的な嘘ついてごまかしてピンチになっていく海外でよくやっているようなシチュエーションコメディの権化みたいな感じです(笑)。僕らとしては後発だし日本だし、2000年代以降に旗揚げをしているので、海外のクラシカルなシチュエーションコメディをそのままやってもしょうがないだろう派なんですよ。と思いつつ、矢吹ジャンプさんのやっていることを若干否定しつつ、その権化としてなぜか呼ぶっていう。アンチなのに呼ぶ(笑)ということを何年もやってる」
矢吹「『七人の語らい』という4.50分の、ちょっと短めの作品があるんですけど、本当に海外のシチュエーションコメディに構造的に突っ込んでいくという二重構造みたいな、上演しながら当事者たちが『え、これおかしいんじゃないか?』と物語を止めて言い出すみたいな話で、翻弄される側をやったりして。いじられる要員な感じはあるんですが、冨坂さんの本が面白いんで、やっぱり楽しいですね」
冨坂「もちろん構造的に優れているので、それ(シチュエーションコメディ)にリスペクトはあるんですけど、笑いって、すごく時代によってアップデートが激しいジャンルだと思っています。
特に日本のお笑いってガラパゴス化しているがゆえに、すごく高度に進化している部分があると思うので、演劇だけそこに目を背けて何十年か前のコメディをただそのままのスタイルでやっていていんだろうか?みたいなことは割と若い頃から思っていて。なので演劇でも日本の他のお笑いだったりとか、面白いコンテンツというもののアップデートに向き合わなければいけないんじゃないの。ということはずっと思っていました。なので、その一個の解として、コメディらしからぬ題材を扱いつつ、上演の成果としてはひたすらウケることを目指すというのを両方掛け合わせるということをやっていこうかなということを一時期すごく思っていました」
―――伊藤圭太さんは、どんな役どころですか。
伊藤「今回は日本放送協会という後のNHKの放送員、アナウンサーの役で軍部が作ってきた大本営発表をラジオで読み上げるという役です」
―――NHKのアナウンサーということは、発音もきっちりやっていかないとアナウンサーぽくならないというか、難しいですよね。
伊藤「そうなんですけど、僕はなぜかアナウンサーの役をやることが多くて(笑)。初演も同じ役で出てまして、やっぱり現代のアナウンサーの発声とか発話とかと違っていて、それが結構、現代の人でもYouTubeであったりNHKのドキュメンタリーで聴けたりするので、耳にしたことがある人は多いと思います。そこでまず、寄せていくというか戦中のアナウンサーの方々のしゃべり方になるべく似せて、リアリティを感じてもらうことは心がけていました」
―――戦時中のラジオ放送は独特な抑揚がありますよね。
伊藤「NHKの放送博物館などで、実際に戦中の放送員の方々がしゃべっている音声が聴けたんで、その印象で原稿を読みました。当時の録音の技術もあるかも知れないのですが、マイクがあるとすると、そのマイクよりずっと遠くへ声を飛ばしているような印象がありました。現代より、くっきりはっきり、より大声でしゃべる感じはありましたね」
―――伊藤さんがアガリスクに劇団員として加わる前は、どんな経歴なのですか。
伊藤「声の仕事もやる俳優で、ラジオドラマやテレビのナレーションをしていましたし、テレビドラマの中でもアナウンサーの役をやったりしていました。事務所の先輩からナレーションのレッスンを受けたりしたこともありました。それは、確かに今回の下地にも生きているとは思います」
―――冨坂さんの演出に特色や独自のやり方はありますか。
冨坂「独自のやり方などはないんですが、上演されたものは結果的に独自の色がついていて、多分みんな普通では考えられないスピードでしゃべってます。どの作品も大体。僕が絶対にこのテンポでやってください。と口を酸っぱくして言ったわけではなく、台本がなんとなくそう書かれていて、みんなが自然とすごいスピードでしゃべってますし、上演してちょっとでもウケるようにチューニングを繰り返していった結果、なんとなくそこに収斂していったというのがあって、なので多分、僕が演出する現場だと、全体的にめっちゃ速かったりします」
―――では、セリフ量がめっちゃ多いということですか。
冨坂「多分、すごく多いと思います。普通の台本よりも1.5倍くらい文字数があって、それを2時間にぎゅっと凝縮してるみたいな。初めて出る客演さんとかは戸惑ったり、掴むのが大変だったりはしている気はしますね」
榎並「感情が乗るよりは、先にセリフを言え!っていう(笑)」
冨坂「寄席でやるようなゆったりした漫才ではなくて、4分にネタをぎゅっと凝縮したような賞レース用の漫才やコントのスタイルでやりたいんですよ。僕がコメディをやる上で、なるべくアレに近づけたいと思っていて、最近になってそんなに速くやらなくていいんじゃないかとも思ってるんですけど、この話はそのスタイルなので、本当にめっちゃ速いです」
―――そうなんですね。夏休みなので、ぜひ高校生や大学生にも観て欲しいですよね。そんな若い方も含めて、初めて観にくるお客様に向けてメッセージをお願いします。
冨坂「今年の夏は戦後80年なので、演劇でも映画でも色々な戦争ものが上演されると思うんですけど、多分一番ウケる戦争ものをやっていると思うので、ぜひ楽しみにして観にきてください」
榎並「『大本営』とか聞くと堅苦しいとか怖いと思うかも知れませんが、全然怖くないので、怖い部分があるとすればたまに大きい声を出す人がいるよ(笑)というだけなので、基本ずっと楽しい作品なので堅苦しくないよ、っていうことが言いたいですね」
伊藤「もし今、戦争というものに興味がないとしても観たあとは必ず興味を持たざるを得なくなる作品だと思うので、ぜひ観にきていただきたい」
矢吹「作品としてもそうなんですが、うちの劇団は面白いんですよ(笑)。よく観にきてくれている人も『人を誘いやすい』と言ってくれますし、あんまり演劇とか観にいく習慣がなかったり、何を観ていいかわかんない人にとても勧めやすい作品になってると思います。初めての人にも間口を広く、敷居は低く迎えていますので、ちょっとでも興味あったら来ていただきたいです」
(取材・文・写真:新井鏡子)
プロフィール
冨坂 友(とみさか・ゆう)
1985年5月13日生まれ。千葉県出身。国府台高校文化祭のクラス演劇で演劇に出会い、高校卒業後にはオリジナルのシチュエーションコメディを創作するためにアガリスクエンターテイメントを旗揚げする。ワンシチュエーションでの群像劇のコメディを得意とし、緻密な伏線回収による笑いと、俳優の魅力を最大限引き出す宛て書きに定評がある。
榎並夕起(えなみ・ゆき)
1994年12月16日生まれ。東京都出身。第17回公演客演、第22回公演後に団員となる。都内女子高の演劇部にて演劇活動を開始。アガリスクには当時高校3年生で『ナイゲン(2012年版)』に初出演し、以降『ナイゲン(2013年版)(全国版)』『時をかける稽古場』『わが家の最終的解決』に出演。可憐な容姿ながら豊かな表情(目ん玉飛び出る系)と明るい声で、ヒロインからコメディリリーフまで演じる。
伊藤圭太(いとう・けいた)
1983年4月4日生まれ。埼玉県出身。高校の演劇部で演劇活動を始める。文学座附属演劇研究所に入所するも座員にはなれず。2015年に屁理屈シチュエーションコメディの文句に惹かれて「紅白旗合戦」を観たのち、しむじゃっくpresents「わが家の最終的解決」(初演)のオーディションを受ける。正確な発声と驚異的な滑舌・実直な演技と、いわゆる「真面目」な役をやらせたら絶品。
矢吹ジャンプ(やぶき・ジャンプ)
1976年12月16日生まれ。東京都出身。ファルスシアターとアガリスクエンターテイメントの二団体所属。都内大学の演劇サークルにて演劇活動を開始。ファルスシアターでは看板俳優として多くの海外シチュエーションコメディを演じる。ファニーな体格と豊富なコメディ演技の引き出しを生かしアガリスク作品では「典型的なシチュエーションコメディの象徴」として、活躍したりいじられたり。
公演情報
アガリスクエンターテイメント 第33回公演
『発表せよ!大本営!』
日:2025年8月13日(水)〜17日(日)
場:シアターサンモール
料:富豪席[前方良席・特典付]10,000円 一般席5,500円
※他、各種割引あり。詳細は下記HPにて(全席指定・税込)
HP:https://www.agarisk.com
問:アガリスクエンターテイメント mail:info@agarisk.com