松田正隆による岸田國士戯曲賞受賞作品に挑む 長崎の夫婦の間に静かに流れる時間と暮らし 俳優の身体と声、そして想像力で紡ぐ

 長崎に住む1組の夫婦。教師でありながら細々と作家業を営む夫・佐伯洋次と、床に臥せることの多い妻・直子。洋次は医者から、直子の余命は3ヶ月くらいだと宣告される。2人の間に静かに流れる時間、暮らし。大家夫婦や担当編集者ら、医者や看護師など身近な人々との他愛もない毎日のなかで、夫婦は当たり前の毎日を過ごしていく――。
 今回、佐藤玲が立ち上げたR Plays Companyが挑むのは、1996年に第40回岸田國士戯曲賞を受賞した松田正隆による『海と日傘』。桐山知也演出のもと、佐伯洋次役を大野拓朗、佐伯直子役を南沢奈央が演じる。本作に懸ける思いや意気込みを、演出の桐山、出演する大野、南沢に聞いた。


―――脚本を読まれた感想をぜひ教えてください。

大野拓朗(以下、大野)「最初に読んだときは、ドラマチックな部分もありつつ、すごく日常的で、静かに進んでいく本だなと思いました。描写やト書きでの説明があまりない分、1回目に読んだときは、悲しいな、寂しいなと思ったと同時に、なかなか想像がつかない部分も多くて。
 『なぜここでこういうことを言うんだろう?』と引っかかりを持ちながら、何度も読むうちに『ああ、こういう意味なのかな』とどんどん深掘りができていきました。結果、『はい』というセリフ1つとっても、意味があるように感じて、とても研究しがいのある面白い本だなと思いました」

南沢奈央(以下、南沢)「大野さんが仰ったように、すごくささやかな会話だったり、さりげない日常だったりするんですが、それぞれの言葉の裏に抱えているものや思っていることがいっぱいあるんだろうなと思いました。実際に言葉を発する立場として、その辺りを見た人にも感じてもらえるようにできたら、すごく面白いんじゃないかな。
 みんなと一緒に稽古で読んでみて、いろいろな方向性や可能性が秘められているなと感じました。ただ、今回はやはり本の言葉が素晴らしいので、(演出の)桐山さんが『なるべくセットなどを削ぎ落として、言葉をちゃんと届けたい』と仰る意味がすごくよく分かります。それに向かって、まずは頑張っていきたいです」

―――前作の舞台『反乱のボヤージュ』とはまた全然違うお役になりそうですが、役についてはいかがですか。

南沢「そうですね、まずは落ち着こうと思います(笑)。『反乱のボヤージュ』はキャラクター性が強く、分かりやすくという感じだったのですが、今回は、シンプルにまっさらな状態でいたいです」

―――大野さんはいかがですか? 役に対してどのような印象をお持ちですか?

大野「プレ稽古期間も本稽古期間も含めて『こういうキャラクターだろうか』とか『こういう風にしゃべってみよう』とかいろいろ考えるんですけど、実際やってみると、何か違ったり、どんどん変わってきたりして……。“洋次らしく”と思っていても、気がつけば自分自身にどんどん近づいてきたような感覚もあります」

―――ある意味シンプルになりつつあるんですね。

大野「そういうことだと思います。ただ、どこまで表現していいのか、つまり言葉の裏の意味をどこまで表で表現していくのかということはまだまだ悩みますね。また、心で思っていることをお客様に伝える芝居が技術的にできているのかもまだまだ考えているところです。
 というのも、僕はストレートプレイに挑戦するのが7年ぶりぐらいなんです。今までは歌ったり踊ったりもう少し派手な作品が多かったので、今回のような静かな演劇に出て、役者として1枚も2枚も皮がむけて、成長できたらいいなと思っています」

―――桐山さん、今回はどのような演出プランなのでしょうか? 明かせる範囲で教えてください。

桐山「とにかくシンプルにやろうと思っています。畳はさすがに出すんですけど、それ以外のものはほぼ何もない状態。俳優さんの身体があって言葉が聞こえてくるというか、そこにいる存在が際立つような空間を設定してやりたいなと思っています。
 夫婦のささやかな日常や愛憎が描かれていると思うのですが、(脚本の)松田さんはもっと大きな、人の営みや時の流れみたいなものを書こうとしている気もするんです。8人の出演者だけで、その空気や流れをうまく出せないかなと思っています」

―――本読みを終えたばかりだとお聞きしました。大野さんと南沢さんの声を聞いて、いかがでしたか。

桐山「仲がいい夫婦なんだろうなと感じました。今日から本格的な稽古になって初めて2人で読んでもらいましたけど、おふたりの俳優としての相性がいいのでしょうね。期待通りに噛み合っていて、まずは安心しました。同じ空気を認識して言葉を発してくれているので、ここからもっと面白くなると思いました」

―――ところで、大野さんと南沢さんは実は初共演だそうですね。お互いを俳優としてどう見ているか、ぜひ教えてください!

大野「僕はもう学生時代からずっと見ていますから! 僕にとっては、初めてちゃんと近くで見たことがある芸能人なんです。僕自身もひょんなことから大学在学中に俳優を始めることになったので、いつか共演したいな、(大野さんも南沢さんも通っていた立教大学の)新座キャンパスの話をしたいな、とずっと心に秘めていました。その思いが叶って、15年越しにご一緒できます……!」

南沢「嬉しいです。私も大野さんのことはずっと気になっていました。同世代ですし、浦和で幼少期を過ごしていたり、大学も一緒だったりと共通点も多くて! そんな中で、アメリカに渡られて、帰国されてからミュージカルなどいろいろな作品に出られていて……。ある程度キャリアを積んだ後に、海外に行くという決断がすごいなと思い、すごく刺激をもらっていました」

―――大野さんは海外に行かれて、やはりいろいろ変わりましたか?

大野「そうですね、多分変わったと思いますね。20代は事務所のサポートもあって、一生懸命与えていただいたことに向き合って、無我夢中で駆け抜けました。そこからいろいろ経験を重ねて、ゆっくりですけど、でも着実にやっと大人になってきたなという感覚があります。僕は不器用で、成長も遅いタイプなので……」

―――その中で7年ぶりにストレートプレイに出演されます。

大野「はい。僕は海外で活躍したいという思いが今すごく強いんですけど、でも、この『海と日傘』の作品性が素敵だなと思ったんです。こういう静かな演劇と言いますか、日本の古き良き“間”の文化だったり、阿吽の呼吸だったりは、同じアジア人でも日本人にしかないと思いますし、海外に長く住んでいる日本人にも薄れてきているものだと思うので、日本でしかできない作品だと思うんです。
 もともとこういう日本の文化が大好きなので、全身でそれに没頭したいですし、日本の素晴らしい文化を世界にも伝えていきたいとも思ったんです。その第1歩として、自分がまずはそれを体現できたらいいなと思い、出演を決めました」

―――南沢さんはいかがですか? この作品への出演が決まったときはどこに1番惹かれましたか?

南沢「桐山さんの演出を直接受けたことはなかったのですが、以前関わった舞台に桐山さんも参加されていたり、桐山さんが演出されている作品を拝見したりしていたので、ぜひご一緒したいと思いました。
 作品自体もとても繊細な作品なので、この作品をちゃんと乗り越えることができたら、役者としても更に成長していけるだろうなと思い、チャレンジしてみることにしました」

―――桐山さんはおふたりを俳優としてどう見ていらっしゃるのですか?

桐山「奈央さんは以前僕が演出家のアシスタントとして参加した舞台に出演されていましたし、拓朗さんはワークショップでご一緒しているのですが、おふたりとも、素直で柔軟性があるんだけれど、でも役の核を掴んだら離さないような芯の強さもある俳優さんだなと思っています。
 今回の作品、雰囲気をつくるのはきっとすぐできると思うんですよ。でも確信を持って存在し続けるのはなかなかできることではない。1人の人間がそこにいることを見せるのはやっぱり難しいんですね。そう考えたときに、奈央さんも拓朗さんも若くて柔らかいのにしっかりしているから、ぴったりだなと。役に対しても表現することに対してもすごく純粋でいてくれる。それに何より楽しそうなんですよね。みんなでやることを楽しんでくれるから、そこへの安心感や一緒にやれる喜びを感じています」

―――ちなみに本作では方言がたくさん出てきますが、方言はどうされるのですか?

桐山「役者さんには音声データをお渡しした上で、指導の方にも入っていただいています」

南沢「長崎の方言は結構難しくて、まだまだ迷いがあるんですが、空気感を作る重要な要素ですよね」

桐山「そうですね。大事にしたいポイントですが、あまり大事にしすぎると、長崎弁のお芝居だけになってしまう。方言が上手いと“それっぽいお芝居”になって、みんな安心してしまうので、注意を払って稽古を続けたいです」

―――では、最後に観客の皆さまやファンの皆さまに一言お願いします!

大野「一つひとつのセリフの裏側にそれぞれの意味があったり、しかもそれが1つだけではなくて、いろいろな要素が入り交じっての発言だったりするんですが、観てくださる方によって見え方や聞こえ方、感じ方が全然違う作品になる気がするんです。僕らは自分たちで設定を決めて、しっかりと意味をもって、舞台の上で生きることを目指していますが、いろいろな捉え方や解釈ができる作品だと思っています。なので、何回観に来ていただいても、きっと新しい発見がある。僕ですら『あ、ここはこういう意味もあるのかな?』と毎日新しい発見があるぐらいですから。
 噛めば噛むほど味の出る、スルメのような作品です。ぜひ興味がありましたら何度でも足を運んでいただいて、この世界に没頭しつつ、いろんなことを感じて、考える時間にしていただけたら嬉しいです」

南沢「まだ創作中の段階ですが、いい意味で、想像の余地があるような作品になりそうです。これは劇場で、目の前で、生で観てもらわないと感じたり、想像したりできないかなと思うので、ぜひいろいろ頭の中で考えながら観ていただけたら面白いと思います」

桐山「想像の余地がたくさんある作品になりそうです。もしかすると、分かりやすい表現ではないかもしれません。でも同じ空間に出演者とお客さんがいて、想像力を使って、何かを共有していく。それはまさに劇場でしかできないことだと思うんです。出演者はもちろんですが、観る方もフル回転するような、そんな演劇体験をしてもらえると嬉しいです」

(取材・文&撮影:五月女菜穂)

プロフィール

桐山知也(きりやま・ともや)
主な演出作品に『紙風船』、『命を弄ぶ男ふたり』、『ベニスの商人』(水戶芸術館ACM劇場)、『THE GAME OF POLYAMORY LIFE』(趣向)、『彼らもまた、わが息子』(俳優座劇場プロデュース)、『門』、『THE PRICE』(劇壇ガルバ)、『“名作に触れる”シリーズ 第1回 江戶川乱歩短編集』(RPC)、『彼方からのうた』(ゴーチ・ブラザーズ)、『最後の面会』(名取事務所)、『ポルノグラフィ/レイジ』(世田谷パブリックシアター)などがある。また、演出助手等として、野村萬斎、白井晃、蜷川幸雄、サイモン・マクバーニーといった演出家の作品に参加。近年の参加作品に『ある馬の物語』(白井晃演出)、『子午線の祀り』(野村萬斎演出)、『罪と罰』(フィリップ・ブリーン演出)、『ハムレット』(サイモン・ゴドウィン演出)など。2010年文化庁新進芸術家海外研修制度研修員として1年間ベルリンにて研修。

大野拓朗(おおの・たくろう)
1988年11月14日生まれ、東京都出身。2009年、第25回ミスター立教グランプリを獲得し、翌年、俳優デビュー。NHK連続テレビ小説『わろてんか』や大河ドラマ『西郷どん』をはじめ、数多くのドラマ、映画、ミュージカル、舞台に出演。『Let’s 天才てれびくん』では毎週生放送でのMCを2014年から3年務めた。2019年、俳優修業のため渡米、約1年間ニューヨークで生活し海外にも海外の幅を広げる。2023年ロンドン・ウエストエンドで、ミュージカル『Pacific Overtures(太平洋序曲)』主演の座をオーディションで射止め、3ヶ月のロングランで成功を収めた。

南沢奈央(みなみさわ・なお)
2006 年にテレビドラマ『恋する日曜日 ニュータイプ』で主演デビュー。主な出演作品は【舞台】『アーリントン』、『岸辺の亀とクラゲ-jellyfish-』、『羽世保スウィングボーイズ』、『更地』(21)、『エゴ・サーチ』、『お月さまへようこそ』、『血の婚礼』(22)、『セトウツミ』(23)、『メディア/イアソン』、『いびしない愛』、『No.9~不滅の旋律~』(24)、『反乱のボヤージュ』(25)【TV】『赤い糸』(CX /映画)、『軍師官兵衛』(NHK 大河)、『素敵な選TAXI』(CX)、『螢草 菜々の剣』、『大岡越前SP』(NHK)、『リエゾン』、『家政夫のミタゾノ6』(EX)、『彼女たちの犯罪』(YTV)他。また、TFM『nippn ¡ hon−yomokka!』、NHK ラジオ『おしゃべりな古典教室』パーソナリティ、サンデー毎日『遠回りの読書』、NHK 出版『女優そっくり』執筆、信濃毎日新聞書評委員、などでも活動中。著書に『今日も寄席に行きたくなって』がある。

公演情報

舞台『海と日傘』

日:2025年7月9日(水)〜21日(月・祝) 
場:すみだパークシアター倉
料:【7/9~13】最前列10,000円 S席8,000円 A席7,500円 B席7,000円
  【7/15~21】最前列10,000円 S席8,500円 A席8,000円 B席7,500円
  (全席指定・税込)
HP:https://r-plays.com/produce/umi-to-higasa
問:R Plays Company mail:info@r-plays.com

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