声優・福山潤が一人朗読劇で“ダメ作家”を演じる 「自分の土台である声の演技で、新たな勝負に打って出なければと思ったんです」

声優・福山潤が一人朗読劇で“ダメ作家”を演じる 「自分の土台である声の演技で、新たな勝負に打って出なければと思ったんです」

 声優として数々のアニメ・ゲームなどで活躍する福山潤が、とあるダメ作家の1日を一人朗読劇で演じる『作家、46歳、独身』が7月に上演される。作・演出を手がけるのは、福山も長きにわたって参加し、先日ファイナル公演を終えた大ヒット朗読劇『私の頭の中の消しゴム』で知られる岡本貴也。この2人によるタッグで一体何を作ろうとしているのか、そして何が生まれるのだろうか。幅広い仕事で多忙を極める日々の中、一人朗読劇に挑戦する思いを福山に聞いた。


―――今回、一人朗読劇に挑むという発想が生まれたいきさつは?

 「僕はもともと舞台出身の声優ではなくダイレクトで声優になった人間で、活躍の場はいわゆるメディアしかないと思っていたタイプでした。でもいろいろな仕事をしていく中で、勉強のために朗読をやったり、朗読劇に参加したりするうちに、リーディングというものに対する思いが生まれてきたんです。そして、いつか1人でリーディングライブができたらいいなと、10代の頃に思うようになりました。そのときイメージしていたのは、朗読劇ではなくポエトリーリーディングみたいな形でしたけれども」

―――ずいぶん早い時期から、そんなことを考えていたのですね。

 「とは言えまだ10代でしたし、ずっとリーディングをお聴かせできるような落ち着いた声質ではないと思っていたので、もっと年齢やキャリアを重ねてから、40歳くらいにそういったものを企画できたらいいなと、個人的な青写真として描いていました。ところが、2011年に岡本貴也さんと『私の頭の中の消しゴム』で初めてご一緒させていただいたことで、朗読劇というものに対する思いが大きくなったんです。
 それまでは朗読劇というとマイクの前に立って、多少動きはあっても身体ごと演じるという形ではないものだと思っていたので、“こんな形の朗読劇もあるのか”と刺激を受け、自分の青写真もだいぶ変わってきました。そして、いざ40歳を迎えた頃、そろそろ自分の土台である声の演技で勝負できるものに打って出なければと思い始めて、岡本さんに相談したのが今回の企画の実質的な出発点です。それが2年前くらいですね」

―――岡本さんのリアクションはどうでしたか?

 「『1人で!? 大変だよ』って言われました(笑)。おそらく岡本さんは、1人で舞台に立つことを演劇人としてのハードルで考えたと思うんですけど、僕はそれが怖いものかどうかというのを実体験として持っていませんでしたから。無謀なことかもしれないし、失敗する可能性も孕んでいるけれども、自分が企画するところから出発して、本当に1人でやりたいという思いは昔から変わらなかったし、自分が全責任を負えるのはこの形だろうなという感覚もありました」

―――作品のテーマや内容は、岡本さんとのやりとりで作っていったのですか?

 「最初にご相談したときは、派手なものではなく、ちょっと悲劇に近いような人間ドラマが好みだという話をしました。そうしたら岡本さんが、まだ世には出していないけどやりたかった企画があるというので、あらすじとギミックを聞かせてもらったら、僕の好みと要望にまあまあ合致していて、これを朗読劇にしましょうということで打ち合わせを終えたんです。
 それで僕もずっとイメージを膨らませていたのですが、実際に動き始める段階になって、岡本さんが『あれ、ちょっと暗いからやめない?』と(笑)。初めてこういう企画をやるんだから、コメディとか喜劇に寄った方がいいんじゃないかというのと、せっかく福山潤という声優がやるんだから、少人数の会話劇とかじゃなくて、もっと技が必要とされるもの……例えば、無理かもしれないくらいいろんな人が出てきてコロコロ変わるとか、そういったものを混ぜ込んだ方が良くない?と言ってきたんです。お話は新たに作るからということで、数日後にタイトルだけが送られてきて、それがこの『作家、46歳、独身』でした」

―――そうだったのですね。

 「まだタイトルは決定ではなく、岡本さんとしてはこれをテーマに作りたいというだけでしたが、僕はこのタイトルがとても好みだったので、このままにしてもらいました。こうして改めて『作家、46歳、独身』という一人朗読劇の企画としてスタートしたのが1年前のことです」

―――登場人物は増えたのですか?

 「最初の企画では3人か4人くらいだったと思います。ただ、岡本さんに初めてご相談したときは、1人で1日2公演やるなら90分が限界で、それも絶叫などのギミックが入ると体力的にもたないと思う……といったようなことをお伝えしていて、1年後に岡本さんから出てきたアイデアには何も意見を挟まなかったんです。
 ところが数ヶ月前に、ふと冷静に考えて思ったのが、登場人物をあまり多くしないでって言うのを忘れていたなと(笑)。それから初稿の台本が上がってきて、とても面白かったんですけど、思った以上に人が出てくるし、やることも多い。なかなか高いハードルを突きつけられて、これは挑戦だなと思いました」

―――初めて一人朗読劇をやるというだけでなく、その中でもハードルが上がっているという意味での“挑戦”なんですね。

 「そうです。やるのはおそらく可能なんですよ。ただ、それをドラマとして面白く、なおかつお客さんが楽しめる按配に落とし込むには、岡本さんと2人で何度もトライ&エラーしていかなければいけない。今はまだ答えが見えませんが、楽しみであり怖いところでもあります」

―――このタイトルと「とあるダメ作家の一日」という副題、そしてキービジュアルから、主人公のパーソナルな部分を描く内容をイメージしました。

 「おっしゃる通り、46歳の作家のパーソナルでプライベートな話になっています。ただ、そこにいろいろな人や物が絡んできて、その真ん中に必ず主人公がいる。それを1人でテリングしていくとなると、まあまあやることが多いなっていう感じです。台本を読むと、“これも俺にやらせようとしているな”と思うような、いろんなものがセリフの中に入っています。さらに、岡本さんのプライベートな経験もふんだんに盛り込まれています」

―――プレスリリースにも、そのようなことが匂わされていますね。

 「ただ、台本上ではどこまでが岡本さん自身の経験で、どこまでがフィクションで、どこまでがファンタジーかは一切明文化されていません。これは稽古場で僕と岡本さんのせめぎ合いになるのかなと思います」

―――そんな岡本貴也さんの、作家・演出家としての印象は?

 「まず演出家としては、同じ朗読劇で14年間一緒にやらせていただいて、大変話しやすく、気を遣わなくていいところが大きいです。それぞれに主戦場があり、お互いの軸足が交わっているわけではない関係が、僕としてはとても居心地が良いと感じています。
 同じ業界にいると、ちょっと見栄を張ったり、自分のウイークポイントをさらけ出したくないという気持ちが働いたりするものですが、岡本さんには、そういう部分も隠さずに出せる。朗読劇では、自分は読みに関しては一家言あっても、動きに関しては完全な素人なので、できないことはできないと言えた上で、挑戦するので意見をくださいというように、壁がない状態で話ができるんです。
 そして作家としての岡本さんが作る世界は、ロマンティックなものから身近な題材まで、守備範囲が僕の好みですし、地味なものをやりたいという僕の意向を素直に受け取ってくれた上で、岡本さんが作ったらどうなるんだろう?と楽しみになる感じがあります」

―――“ダメ作家”をどのように演じようと考えていますか?

 「ダメな人のキャラクターはいくつもやってきましたが、今の自分と同じ歳で、実際に自分が舞台に出るというのは初めてですし、“ダメな作家”なのか、“作家であるダメ人間”なのかという問題もあります。アニメーションやメディアの仕事は、ある程度のファンタジーが入ってくるものですが、そういった要素ではない、しかも自分が経験していない出来事をどのように生っぽく、しかも朗読という形でできるだろうか……そういった難しさのハードルは1つや2つではありません。そういった部分はかなり自分の中で突き詰めて考えていこうと思っています。
 その結果、お客さんが引いてしまうようなものになってはいけないし、かと言って、あまりにも柔らかくしてしまうと、このお話をやる意味がない。これを書く上で、岡本さんは相当いろんなものをさらけ出しているし、それを1つの形にまとめ上げる上でも、作家としてかなり勇気が必要だったと思います。“俺はこれだけやったんだから、お前もやれよ”と言われているような台本です(笑)。演者としてはその期待に十二分に応えたいと思う一方で、それを人に見てもらう怖さも感じています」

―――終わった後に、また朗読劇をやってみたいと思えるような公演になるといいですね。

 「そうですね。“これ、もう1回やりたいです”と言えたら最高だと思います」

―――公演を楽しみにされている方にメッセージをお願いします。

 「キャリア30年を目前にした中年の声優が、メディアの仕事では決して見せることがない演技を、しかも1人でやりきる舞台です。自分としても未知のところがたくさんありますが、皆様が何かを受け取って持って帰ってもらえるように、全身全霊でやります。
 内容について現時点で語れることは少ないですが、とにかく本当にダメな人のお話です(笑)。それを怖いと思うか、共感を抱くのか、はたまたどうなるのやらとワクワクするのか、それは皆さま次第。ぜひともお楽しみください!」

―――最後にもう1つだけ、キービジュアルの犬は物語に関わってくるのでしょうか?

 「キービジュアルを撮影しているときは、これが採用されるとは思っていなかったのですが、いろんなデザインを見た中で一番いいなと思ったのがあの写真です。その時点で台本は完成していなかったんですけど、出来上がってみたら、あの犬がとても重要な役割になっていました……というのがヒントです」

(取材・文:西本 勲)

プロフィール

福山 潤(ふくやま・じゅん)
11月26日生まれ、大阪府出身。1990年代後半から声の仕事を始め、2000年『無敵王トライゼノン』でアニメ初主演。声優としてTVアニメや劇場アニメ、ゲーム、ボイスドラマ、吹き替え、ナレーションなど幅広い仕事を数多くこなす。2007年には第1回声優アワードの主演男優賞を受賞したほか、アニメージュ主催のアニメグランプリ声優部門では三度グランプリに輝くなど、受賞歴多数。2018年、立花慎之介とともに声優事務所BLACKSHIPを設立。さらに、シンガーとしてもCDのリリースやライブなど積極的に活動している。岡本貴也が脚本・演出を手がける朗読劇『私の頭の中の消しゴム』は、2011年の3rd letterから今年のFinal Letterまでほぼ毎年出演。

公演情報

福山潤一人朗読劇『作家、46歳、独身』

日:2025年7月11日(金)~13日(日)
  ※他、東京公演あり
場:近鉄アート館
料:SS席[前3列・特典付]10,000円
  S席6,000円(全席指定・税込)
HP:https://x.com/fukuyamareading
問:style office mail:stage.contact55@gmail.com

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