大阪・吹田市にある「メイシアター」が開館40周年を記念して、さまざまなイベントを行う。その記念事業の1つとして、マキノノゾミ脚本の『MOTHER ―君わらひたまふことなかれ』が9月に上演決定。主要キャストにはキムラ緑子・升毅らを迎え、演出は「南河内万歳一座」の内藤裕敬が手掛ける。キムラと内藤に、公演に向けて話を聞いた。
―――本公演へのお声がけがあったときの、率直なお気持ちは?
キムラ「メイシアターのプロデューサーは、私の芝居をずっと観に来てくださっていて、ときどき電話でもお話をするなど古くからのお知り合い。私が『年を重ねて、もうあと何本芝居ができるか分からない。だからちゃんと時間を使い、力を使って、悩み苦しんで向き合うような作品にチャレンジしたい』、『誰かの人生を演じるような、そんな作品をやってみたい』と何気なくお話ししていたら、『メイシアター40周年に合わせて、何か面白いことができないかと思っている』と、企画にしてくれたんです。私にしてみると、もう本当に願ったり叶ったり! これまで、そういう願いを自ら口にすることはなかったのですが、『言ってみるものだな』と思いました(笑)。
劇団を辞めて以降はずっと、舞台の骨組み、柱のような役をやってきました。主役とは、作品における太い柱。真ん中にいて、周りのいろいろな柱に助けられ、誰かの人生を生きるわけです。もちろん、どんな役も演じるのは大変ですが、主役は関わる人全ての人生をひっくるめたストーリーを追えるので、『人を生きている』という感覚をより強く味わえます。脚本に書かれているたくさんのことをヒントに、脚本が生んだ主要な人物を追ってみたいと考えるようになりました。誰かの人生を演じるというのは、面白いですから」
―――作品を通して、その人生を最も深く描かれるのが主人公です。脚本からいろいろヒントを拾いつつ演じていく楽しさは、より大きいのでしょうね。
キムラ「演劇は脚本から始まります。主人公は、脚本を観客に渡すという役割がとても大きなパーセンテージを占めています。脚本を通じて観客に伝えること、観客が何か感じること、それをいちばん背負って、作品の中にいられるわけです。優れた脚本家の作品であるほど、『(主人公を)やってみたい』という気持ちになります」
―――『MOTHER ―君わらひたまふことなかれ』は1994年に発表された作品で、歌人・与謝野晶子とその夫・鉄幹が、若き文学者や社会活動家と、時流に抗いながら必死で生きる姿を描きます。作品のどのようなところに、魅力を感じますか?
キムラ「『MOTHER』という作品で生きている人たちは、とても熱いんですよ。エネルギーに満ち溢れていて、生きようという想いが強い。『生きていかなければいけない』、『日本をなんとかしなければいけない』という想いをもった人たちの集まりで、彼らがもがいてもがいて生きている姿に心を打たれます。私は、今の国のありように対して声を上げたり、戦ったりということを諦めている日本人の、冷めた感じがなんとも言えないなと思っているのですが、その反応に与謝野晶子たちが生きた時代との隔たりを感じます。
また本作は晶子と鉄幹の愛の話でもあり、あの時代に人を狂おしいぐらいに愛するというのがどういうことだったのだろうかと改めて考えます。清らかなまっすぐさが、今の世の中では『ちょっとキツいな』と敬遠されてしまうかもしれませんが、私としては、むしろ『引かれてやれ!』という気持ち(笑)。どうにか暑苦しいものにならないかなと思っています。執筆時のマキノ(ノゾミ)も若いし、登場人物もみんな若いから、『この作品をこんな年齢になってからやっていいのかな』と思いますが(笑)、演劇だからこそやれることでもあるのでチャレンジしてみようと」
―――与謝野晶子というと、教科書にも出てくるような有名な人物です。本で与謝野晶子を演じるにあたっての想いをお聞かせください。
キムラ「2008年に青年座さんのプロデュース公演でこの作品をやりました。当時も作品や役柄について自分なりに想像していましたが、まだ足りなかったなと。脚本のコント的な明るさと『君は強い』というようなセリフに引っ張られ(笑)、単純に“晶子=強い”というイメージをもっていたような気がします。
今は『あの時代の人たちは、どんなふうに強かったのか?』という疑問が出てきていて。まだまだ女が虐げられ、弱い立場にあった時代。社会的抑圧も相当きつかったでしょうから、女性には私たちが想像も及ばないような苦労、越えてきたものがあったはず。だから今の世の“強い女”のようではなく、すごく静かに強かったのではないかと考えています。ずっと耐えて耐えて、誰が戦争に駆り出されて死んでいこうが、悲しみを抱え、乗り越えて、それでも諦めないで生きていく。そんな静かな強さと抵抗を表す姿を、どうやったら演じられるのだろうかと思っています」
内藤「キムラさんは、30年前に僕のプロデュース公演『永盛丸 さらば青春』で初めてご一緒しました。『言葉にとても敏感な方だな』という印象が強く残っています。さまざまな“生々しさ”をもったキムラさんが、与謝野晶子の生々しさとどう向き合い、どう変わるのか。そこに踏み込んで演出したいですね。与謝野晶子を忠実に描くというより、“生身”の人間として描きたいという想いです」
―――内藤さんの演出を受けるにあたり、キムラさんが期待していることは?
キムラ「全く想像もつかないことをやられると思うので、『えぇ⁉』、『はぁ』、『ふーん』と言いながら(笑)、言われたことは受け止めて、全部チャレンジしていこうと思っています。あまりにも『えぇぇ⁉』と思ったら、バトルになるかも(笑)。
マキノとは劇団でずっと一緒にやっていたので、この脚本でやりたいことがなんとなくわかる気がしますが、内藤さんがどのように今の世代とこの作品を繫げ、演出されるのかすごく楽しみです。演出家の力はやっぱりすごいですから、内藤さんのアイデアで、どのような作品になるのかと思うとウキウキします」
内藤「マキノさんが緻密に描かれたセリフ劇ではありますが、セリフに偏らないような作品にしたいと思っています。もちろん、緻密にやるべきところは緻密にやりますが、たとえばリアルにやるところをわざとリアルにやらない、など……。僕自身は、人の作品を演出する場合、『自分のオリジナルに仕上げよう』とは思わないのですが、僕が面白いと思うことをやってみたい。マキノさんの作品で、自分の世界を広げられたらと思っています」
―――演出家やキャストと積み重ねていくセッションが、稽古の醍醐味ですよね。
キムラ「ええ、稽古が一番楽しいです。とても充実した時間を過ごすことができますから。『稽古で終わってもいい』と、いつも思うんだけど(笑)。本番は第二段階というか、お客様が入るとまたどんどん変化して、自信がついたり、自分がどんどん変わっていったり、それもまた楽しい。稽古という“作る”過程には、何もないところから生み出していく瞬間、瞬間があり、それを目の当たりにできる喜びがあります。『恥さらしもいい加減にしなさい』というぐらい、ぐっちゃぐちゃなところから始めるのが楽しいんです」
―――晶子の夫・鉄幹役を演じるのは升毅さん。今回の共演を、どう受け止めていますか?
キムラ「ご縁があるんでしょうね。1994年に『曽我BROTHERS』、1995年に『12人のおかしな大阪人』という作品で共演し、今年の5月に『先生の背中』で一緒になり、これで4回目かな。長いこと知っている先輩ですが、一緒にお芝居をする機会はしばらくなかったから、『続けていると、一緒にやれるんだな』と嬉しく思っています。
升兄は、美しすぎるのが難点(笑)。カッコよすぎるから、それが邪魔するときがあると私は思っています。升兄って、昔からずーっとカッコいいんですよ。優しいしカッコいいから、『どうにかこの人を潰したい』って思うんだけど、潰れないの(笑)。
この作品では、鉄幹は気障なところがある風に書かれているんです。カッコいい、男特有の己をさらけ出さない感じが、升兄にはぴったりじゃないかと思うので、演じる姿を見るのが楽しみです。カッコいいけど、ちょっととぼけていたりと基本的に面白い人だから、その面白味も加わって、強いですよね。悪いところがないんです。どうしたらいいの?(笑)
昨年、『SLEUTH/スルース』という二人芝居を若手俳優さんとやられていたんですけど、あの膨大なセリフに驚きました。キャリアを重ねた今も挑戦を続けて、演劇に貪欲に取り組んでおられる、そういう人と一緒に稽古場を過ごせるのは、とても幸せな事だと思っています」
内藤「升さんは先輩ではありますが、僕はこれまで升さんが出されたことのないような『バカなダメ出し』をしてみたいなと思っています(笑)」
キムラ「それは楽しみ! 升兄以外の共演者は、私としては初めましての方々。プロデューサーから映像でお芝居を観せていただきましたが、皆さん本当に力がありエネルギーがあって、『もう何にも言えません!』という方ばかり。迷惑をかけないように、頑張らないといけませんね」
内藤「僕としては、キムラさん・升さんを除いて、何度か一緒に作品作りをしてきた俳優さんが座組に数名います。周りから見ると、彼らは僕の”イエスマン”的タイプに映るようですが、実はあまり僕の言うことをきかない俳優さんたちばかり(笑)。今回もどう言うことを聞かないのか、楽しみにしているところです」
―――出演する身としては、非常にエネルギーを求められる舞台になりそうですね。
キムラ「そう! だから今、普段はおとなしく過ごしてエネルギーを溜めています(笑)。こんなことじゃいけないと思って、体づくりも始めました。なんとか間に合うと思います。5月の舞台で周りのエネルギーを吸い取って(笑)、9月に臨みたいと思っております」
内藤「『どこまで行ってもチョイとチープ‼』そんな感じのお芝居にしようかな。今はそう考えています」
―――キムラさんがキャリアを重ねる中、芝居に感じる楽しさは変わっていますか?
キムラ「私はお芝居しているときが一番、自分のことを好きでいられます。お芝居をしている間は、元気になる。私にとって、一番のリハビリですね。
『劇団をやっていたころが一番面白かった』って、劇団経験者はみんな言うんです。きっと、そこで熱く濃い青春時代を過ごしているからですけど、モノを創るときに自由で何にも縛られないあの感じ、“好き”だけで演劇をやっていた時代に、もう一度戻ったりできないかなと思ったりはします。さまざまな面倒から離れ、好きなことを好きな人たちでやれたらと。
今回は、そんなふうに思い描いた形にすごく近い。脚本に文句を言おうが、自分の家族ですし(笑)。そういう自由な場でもう1回、四苦八苦してみようと。これからはなるべく好きなことしかしないと決めたので、今回はそのファーストステップです」
(取材・文:木下千寿 撮影:間野真由美)
プロフィール
キムラ緑子(きむら・みどりこ)
1961年10月15日生まれ、兵庫県出身。1984年、マキノノゾミが立ち上げた劇団「M.O.P」の旗揚げに参加し、以降、劇団の看板女優として活躍する。2010年の劇団解散後は、さまざまな役柄で映像作品や舞台に出演を重ねている。
内藤裕敬(ないとう・ひろのり)
1959年12月4日生まれ、栃木県出身。1979年、大阪芸術大学舞台芸術学科に入学。1980年、「南河内万歳一座」を旗揚げし、以降、全作品の作・演出を手掛ける。近年はアウトリーチや講演、市民参加型の作・演出や指導に行く機会も多数。
公演情報
メイシアター開館40周年記念
『MOTHER ―君わらひたまふことなかれ』
日:2025年9月10日(水)~14日(日)
場:吹田市文化会館メイシアター 中ホール
料:一般6,500円 U-25[25歳以下]2,000円
(全席指定・税込)
HP:https://maytheater.jp
問:メイシアター
tel.06-6386-6333(9:00~18:30)