美しい湖と自然の中で過ごす、ゆったりとしたひと夏の物語 人生の黄昏時、そして家族愛を描いた不朽の名作に、満を持しての初挑戦

美しい湖と自然の中で過ごす、ゆったりとしたひと夏の物語 人生の黄昏時、そして家族愛を描いた不朽の名作に、満を持しての初挑戦

 アーネスト・トンプソンが28歳のときに執筆した『黄昏の湖』(原題:『On Golden Pond』)は、1978年の初演以降、世界各地で上演され続けている。1981年には映画化されて、名優ヘンリー・フォンダと実娘ジェーン・フォンダが父娘役で共演し、第54回アカデミー賞の主演男優賞などを受賞している。
 今回、加藤健一事務所としては初めて『黄昏の湖』に挑む。ノーマン・セイヤー・ジュニア役の加藤健一、妻のエセル・セイヤー役の一柳みるに本作の見どころなどを聞いた。


―――今回、なぜ『黄昏の湖』に挑戦しようと思ったのか、理由を教えてください。

加藤健一(以下、加藤)「戯曲は随分前に読んでいて、いつかやりたいと思っていたんですが、主人公のノーマンが79歳ということで、そんなに早い時期には演じられないと思っていました。でも僕も75歳で、そんなに遠くない年齢になってきたのでね。そろそろいいのではないかと思いました」

―――本作のどんなところに魅力を感じますか?

加藤「ひだが細かいというのでしょうか。一見、何も起こらないような内容ですが、非常にテンポよく楽しく話が進んでいく。この作品は、作家のアーネスト・トンプソンが28歳のときに、自分のおじいさんとのことを書いたそうなんですが、若くしてよくこの内容が書けたなとも思います」

一柳みる(以下、一柳)「この作品は映画で知っていましたが、自分がこの作品の役を演じるとは思ってもみなかったです。でも、最近は自分の実年齢に無理のない役をいただくことが多くて、そういう意味ではとても嬉しかったですね。脚本を読んだときに思ったのは、小田島(恒志・則子)先生ご夫妻の翻訳ということもあって、とても喋りやすいセリフばかりだなと。私の中でセリフも無理なく言えるなと思いました。
 特に好きなのは、夫のノーマンがガタガタ言っているときに『ノーマン、お腹すいてるの?』というセリフ。50年近く一緒にいる夫婦をやっていると、なんか様子が変だなと思ったら、お腹がすいてるか、眠いかだとすぐに分かるんでしょうね。急にポンと出てくるセリフが、面白くて。これからどう立体的になるのかが楽しみです」

―――演出は西沢栄治さん。どんな演出を期待していますか。

加藤「僕はこの本の“ポンド(湖)”にこだわりを持っていて、もうひとつの主役にしてほしいと思っています。というのも、湖はこの作品において50年間そこにあって変わらないものの代表格だと言えると思う。とても大切な存在です。
 だから僕は湖が見える舞台装置にしてほしいとオーダーしました。まぁ、本当に舞台上に水を張るわけではなくて、照明効果なんですが、窓の外に本当に湖が見えるような舞台。どう見えるのかなと期待しています」

―――西沢さんとは初めてのタッグですね。

加藤「はい。いつかご一緒してみたいと思っていました。彼の芝居はいろいろ観てきましたが、いつも匠な演出をされますよね。僕が一番覚えているのは、椿組の『天保十二年のシェイクスピア』(2010)。シェイクスピアの全37作品を1つの作品に詰め込むという井上ひさしさんの“めちゃくちゃな”本ですけども、それを見事に面白い芝居に仕立てていましたからね」

一柳「私もご一緒するのは初めてです。椿組の『天保十二年のシェイクスピア』も観ましたけど、印象に残っているのは『カレンダーガールズ』(2021)。私自身が映画の吹き替えをやったことがある作品なんですが、西沢さんはこういう作品の演出もされるんだと意外でした。今回どんな演出をされるのか、楽しみです」

―――ご夫婦役ということですが、改めてお互いの印象を教えてください。

一柳「加藤健一事務所の作品に最初に出たのは『パパ、I LOVE YOU!』(1994)なので、そこからおよそ30年。私が一緒に舞台に立った俳優さんとしては、恐らく加藤さんが最多なんです。私、普段はずぼらなんだけど、妙に几帳面なところがあって(笑)、これまでのメモを見返して、数えてみたらね、600ステージ以上ご一緒してました! 650ステージはいかないぐらい。うちの劇団の人もこの数を超えることはまずないと思いますね。今回のような長年連れ添った夫婦みたいな役を、初めましての俳優さんとやるのはちょっと辛いところもあるんですけども、今回は安心してついていきます」

加藤「妻役か、妻みたいな役が必要なときは、みるさんに声をかけさせてもらっています。とはいえ、こんなベテランに俳優としてどう見てるもこうもないですけども(笑)、安心します。僕らぐらいの年齢になると、舞台上でもそんなに作らなくても自然体でいられるから。きっと西沢さんもみるさんに対して何も言うことはないんじゃないかな」

―――その他のキャストについてはいかがですか。

加藤「孫のビリー役以外は、全員よく知っていて、慣れ親しんだ人たちなので、楽しくものが作っていけると思いますけどね」

―――30か国語に翻訳され、40以上の国で上演されている本作。ぜひ加藤健一事務所での再演も期待しています。

加藤「基本的に再演したくない作品はないのでね。ただ、再演するには『再演してほしい』という要望がないといけないので、『またやってください』と言う声がたくさん寄せられるような公演にしたいですね」

―――おふたりは精力的に舞台に立たれていますが、今年の目標を改めてお聞きしたいです。

加藤「元気な1年にしたいです。感染症の影響で幕が開けられない公演があると耳にしますけど、やはり幕が開けられないことが一番辛いですからね。
 コロナ禍のときは、誰かが病気になったからではなく、『世間が許さない』という感じで、無理やり幕を閉じましたけど……自分の体のせいで幕が開けられないということは今まで一度もない。これから先もそれだけは避けたいです。特に今年はステージ数が多いので、すべてのステージを元気に勤めていきたいと思います」

―――その元気の源は何ですか。

加藤「免疫力アップなど、いろいろなことに注意はしています。それに、私の演劇に対する姿勢は、非常に遊びに近いんです。楽しく作らなくては損というか、あんまりカリカリして作っていると人生の無駄遣いのような気がする。みんなでわいわいやって、いいものができるのなら、その方が全然いいと思っています。だから演劇を作る中で、あまり胃がキリキリと痛くなることはなくてね。そういう考え方自体が元気の源なんじゃないかな」

―――一柳さんはいかがですか。今年の目標を教えてください。

一柳「仰る通りだと思いますね。これぐらいの年齢になると、風邪をひいたら治りにくかったり、『なんでこんなことで……』ということで体を傷めたり。自分のせいで舞台が止まってしまうのは本当にやりきれないので、より一層自分の体のことに気をつけるようになりました。
 メンタルでもそう。前はあれもこれもやらなくてはいけないことがあったんですけど、もう今はそんなに詰め込まないようにしているんです。無理をすると、翌日の体調に響くのでね。心身ともに自分の健康をコントロールすることが大命題ですよ。でも、加藤さんの稽古場はね、『胃がキリキリする』とか『今日はちょっと行きたくない』とかハラスメントとか、そういうこととは全く無縁! 安心して、楽しく臨めると思います」

―――最後に観劇を楽しみにされている皆さまに一言お願いします!

一柳「ある程度ご年配の方が観ると『あ、私たちのことだ』と思うのではないでしょうか。また、若い方はチェルシー目線で物語を観ると思うんです。きっと誰しもが、親とちょっとうまく行かなくなる経験があるでしょうから、肌感覚で感じ取ってもらえるものがあるはず。ぜひご来場ください」

加藤「みるさんの言う通りです。僕が30歳のときに加藤健一事務所を作ってから、ずっと観てくださっている方も多く、僕の年齢に近いお客様が多いんですね。この芝居は、きっと僕と同じ年代の人には分かりやすいと思いますし、娘のチェルシー役と同じ40代ぐらいの方々は、チェルシーの目線で観ると思いますが、それぐらいの年代の方にとっても分かるものだと思います。
 (映画でチェルシーを演じた)ジェーン・フォンダは父とずっとうまくいかなくて、この芝居を観たのか、本を読んだのか分かりませんけど、これを映画化しようと思い、父のヘンリー・フォンダをノーマン役に、キャサリン・ヘプバーンをエセル役にキャスティングして、アカデミー賞の主演男優賞と主演女優賞などを受賞しました。ヘンリー・フォンダはギリギリで演じていて、その授賞式にも出られず亡くなってしまうのですが……という、裏側のエピソードも感動的だなぁと思っています。
 チェルシーよりも若い世代がどう観るのか、僕は興味があります。でも、作家が若いときに書いた作品ですから、若い人も何か感じることがあるかもしれませんね。ぜひ観にいらしてください」

(取材・文&撮影:五月女菜穂)

プロフィール

加藤健一(かとう・けんいち)
静岡県出身。1968年、劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を創立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞 個人賞、文化庁芸術祭賞、読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀男優賞、第38回菊田一夫演劇賞、第64回毎日芸術賞、他演劇賞多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。第70回毎日映画コンクール男優助演賞受賞(2016年)。2024年、春の叙勲 旭日小綬章授章。

一柳みる(ひとつやなぎ・みる)
和歌山県出身。1979年に劇団昴に入団し、看板女優として、シェイクスピア劇を中心に活動。テレビドラマ『はぐれ刑事純情派』などに出演するほか、洋画の吹き替えなども多数。

公演情報

加藤健一事務所 vol.120
『黄昏の湖 ~On Golden Pond~』

日:2025年4月4日(金)~13日(日)
  ※他、兵庫公演あり
場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
料:前売6,600円 当日7,150円
  高校生以下3,300円
  ※当日券のみ取扱/要学生証提示
  (全席指定・税込)
HP:http://katoken.la.coocan.jp
問:加藤健一事務所
  tel.03-3557-0789(10:00~18:00)


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