加藤健一事務所が贈る、診療所を舞台にした“命”を考える物語 治療は誰のためなのか……小さな診療所が、現代医療へ疑問を投げかける

加藤健一事務所が贈る、診療所を舞台にした“命”を考える物語 治療は誰のためなのか……小さな診療所が、現代医療へ疑問を投げかける

 加藤健一事務所による舞台『灯に佇む』が10月3日から上演される。本作は、小さな診療所を舞台に、医者としての矜持や方針が相違する親子を通して“命”を考える物語。綿密な取材をもとに温かな目線で描く内藤優子が2021年に名取事務所の依頼を受けて書き下ろし、初演された作品だ。今回の上演は、名取事務所に続いて2団体目となる。愛と感動の本作に挑む加藤健一、新井康弘、占部房子、西山聖了に公演への意気込みを聞いた。


―――現代医療をテーマにした舞台作品はあまり多くないと思いますが、そうした中、今回、この戯曲を上演しようと考えたのは、どういった思いからだったのでしょうか?

加藤「偶然、友人が初演を観て、とても感動したと話してくださったんです。その時にはもう公演は終わってしまったので、僕は観ることはできなかったのですが、ぜひ脚本だけでも読ませてもらえたらと思い、作家の内藤さんにお願いして読ませていただきました。とにかく素晴らしい作品で、これはぜひ上演したいなと。感動しました」

―――皆さんは、最初に脚本をご覧になってどのように感じましたか?

西山「僕は、前回、上演された時に観劇させていただいていたので、思い出すところもあり、こんなことを言っていたんだなと考えるところもありました。医療現場を描いた作品ではありますが、人間同士のやり取りが描かれているので、そこがこの作品の魅力で、素敵なところだと感じました」

新井「僕はこれまで(加藤健一事務所の上演作品の中でも)翻訳劇や時代劇に出させていただいていたので、加藤さんがこういう作品もやるんだなと意外でした。加藤さんが選ぶ作品は、毎回、驚きがあるので、今回もまた驚かせていただいて、すごくワクワクしていますし、同時に驚きや不安も入り混じっています(笑)」

―――加藤さんは、上演する作品は意識的にバラエティ豊かなラインナップにしているのでしょうか? それとも純粋に琴線に触れたものということなのでしょうか?

加藤「あえてそうしているわけではないですが、感動する作品はそれほど多くないものですから、感動したものを上演していくというだけのことです。なので、この作品と出会えて本当に良かったと思っています」

―――なるほど。加藤さんは、この脚本のどんなところに感動されたのですか?

加藤「僕がお医者さんに行った時に疑問に思っていることがきちんと書かれている作品でしたので、そこも良かった点です。この作品には、『赤ひげ』など昔の時代劇に登場するようなお医者さんが登場します。患者さんの病気を正面から見て、ともすれば利益を度外視してしまう。そうしたお医者さんは現実にもいるんでしょうが、僕の周りには1人くらいしか思い浮かばない。あまりにも少ないと感じるので、そうした人物を取り上げてくれるのが嬉しく、これをやらなくてはいけないと思いました」

―――占部さんは脚本を読まれてどんなことを感じましたか?

占部「家族で選択することの難しさという、今まさに悩んでいることがこの本の中に書かれていました。自分の気持ちや人の気持ちを察しながら生きていても、うまくいかなかったりすることがあるんだなと、悩んでいるのは自分だけじゃないことを改めて感じ、救われたような気持ちになりました」

―――この作品で描かれる癌という病気や病院は、比較的身近なものですよね。例えば、古典作品や翻訳劇などに出演する場合と、演じ方の違いや意識の違いはあるものなのでしょうか?

加藤「僕は役によって演技を変えるということはないです。役に書かれていることの中にすっと入っていくだけなので、書かれている内容と自分を融合させて、今回も僕なりのこのお医者さんを作り上げるだけ。こう書かれているから、今回は特別なやり方をしようというのは全然ないです」

西山「僕は現代劇をやらせていただく機会がこれまでほとんどなかったんです。今回は、現代劇だからというよりは、この作品だからかもしれないですが、すごく暖かくて、“死”というワードがたくさん出てくるのに、すごくライトに描かれているなと思いました。ただ、ライトに演じすぎると、どんどん軽くなってしまいそうなので、どこかずっと目に見えない緊張感みたいものをなくさずにいないといけないなと思っています。日常生活でも、病院に行くと、どこかキュッとなる瞬間があるので、そういうことをこぼさないようにして作品を作り上げる手助けにしていければと思います」

新井「これから稽古が始まるので、まだ白紙ではあるのですが、ただ、僕の叔母が癌を患っていたり、知り合いにも癌で闘病している方がいたり、そうした話を聞いたりすることもあるので、自分の周りの話を聞きながら、作っていきたいと思います。僕自身はあまり病院が好きじゃないので、滅多に行かないですが(苦笑)」

占部「私は、加藤さんの“娘”であることが懐かしいなと思っています。これまでも、加藤さんの家族を演じることが多かったんですよ。恋人ではなく大抵、家族(笑)。なので、台本を読んだ時に、『これ、感じたことあるなっていう感覚だ』と思ったんです。これから稽古を進めていくとどうなるかは分かりませんが、今はそうした感触です」

―――親子関係や人との関係性を丁寧に描いた本作ですが、皆さんは脚本を読んでどんなところに心を動かされましたか?

加藤「医療にパソコンが入ってからパソコンの画面ばかり見て、患者さんを見ないで診察するお医者さんがものすごく多いなと、僕はいつもお医者さんに行くと思います。今回、新井さんの演じる紘一も『癌を宣告された時に(医者が)顔を見なかった』と(劇中で)話しますが、本当によくあることなんだと思います。それは、お医者さんのコミュニケーション能力がなくなってきていて、患者さんを真っすぐに見るのが怖いからなのかなと僕は感じます。『あと何ヶ月です』と伝えるのはすごく怖いことだから、画面を見ている。画面を見ていると楽なんでしょうが、秀和はしっかりと患者を見て話をする。それに、触診もしなくなって、データだけを見て治療するお医者さんも多いですよね。触診をされると患者は安心するところもあります。触っただけで何が分かるのか分からないけど、触ってみて、聴診器を当ててくれるとすごく安心する。そういう先生が描かれている作品なので、ああ、そうだよなってドキッとしました」

新井「僕が演じる紘一は、自分の女房も同じ癌で亡くしているけれども、いざ自分が『胃癌です』と宣告された時に、どうしていいか分からなくなって篠田先生のところにきた。でもその後、妻が残したメモや言葉を思い出していきます。そのシーンを読んだ時、自分はそういう想いになれるかなと感動しました。大切にしなくてはいけないものがあると勉強になりました」

西山「加藤さんが演じる篠田先生のセリフで『患者が何を求めてるかを見る』という言葉があるのですが、それは僕たちエンターテインメントをやっている人間にも通じるなと感じました。『自分がやりたいからやっている』のではなく、お客さんが求めていることをやるべきだなと思いました。それから、秀和の息子の宏和はビジネスとして経営を考える医者。彼のビジネス的な考え方と、昔ながらの医者の秀和という、その狭間が描かれているというのがこの作品の素敵なところだなと思います」

占部「登場人物みんなが人と向かい合おうとしていて、だからこそ衝突することもある。ただ、その衝突もその場所やその人を守りたいという思いがしっかりあるからこそ、ぶつかることができている。その先にある結果は、人から見たら悲しいかもしれないけれども、私はすごく美しいと思いました。なかなか自分の気持ちを正直に言えないけれども、だからこそ人を信じている姿に面白さや素晴らしさを感じました」

―――それぞれが演じる役柄についても教えてください。

西山「これを言うとハードルが上がってしまうと思いますが(笑)、僕は3人兄弟で、妹が看護師で、兄が調剤薬局を経営しているのですが、家族の中で医療関係の話が話題になることが多いんですよ。今回、この脚本をいただいて調べているうちに、やっと家族が何を話しているのか分かるようになりました(笑)。今回の僕の役柄はMRという医薬情報担当者です。ざっくりというと製薬会社の営業ですが、自分で販売することはできないので適切な情報を提供して、医療従事者の方々に判断してもらうという仕事がメインになります。初演を観てしまったということもありますが、正直、非常に難しい役だなと感じています」

―――ご家族にお話を聞いて役作りをしているのですか?

西山「たくさん話は聞きましたが、直接MRと関わる仕事をしていないので、仕事内容について聞いたわけではないです。ただ、今、2024年の医療の状態がどういう状態なのかなどの知らなければいけないことを吸収ができたのが、とても良かったなと思います」

―――加藤さんは、篠田医院の元院長・篠田秀和役です。

加藤「僕も若い時はほとんど病院に行ったことがなかったんですが、この歳になると本当に病院に行くことが増えるんです。そうすると、当然、さまざまなお医者さんに会いますが、不安を抱えて病院に行く中、篠田秀和のようなお医者さんがいてくれると安心できると思います。あのお医者さんに会いたいなと思ってもらえるような医者になれたらいいなと思います」

新井「僕が演じる紘一は、その篠田先生の病院に行く患者です。癌を患っていて、息子の勧めもあって大きな病院に通っていたけれども、ひょんなことから丸山ワクチンについて聞いて、それを試してみたいという気持ちと家族への想いの中で葛藤する人物です。これからの稽古で息子役の(加藤)義宗くんと芝居をして、どういう形になっていくのか楽しみにしています。僕は、さっきも言ったように、医者があまり好きではないので、行くことも診てもらうこともあまりないのですが、お客さまにはこういう選択肢もあるんだと少しでも感じていただけたらいいなと思います。まだまだやってみないと分からないことがたくさんあるので、僕もどんな作品になるのか楽しみにしています」

占部「真由美さんは、しっかりしているようで抜けていて、家族が深刻だったり、ピリピリしていたら、それを緩ませたり、笑わせたり、ちょっとゆさぶったり、叱ったりする。家族はバランスだと思いますが、それを担っているのかなと思います。お母さんがいないので、女性として、他の人とはまた違った立場で(秀和を)支えたいとは思い、一緒に生きていこうって思っている。家族や親戚、地域の人たちのことが好きで、みんなと生きたいと思っている人です」

―――ちなみに皆さんは加藤さん演じる秀和という医者にかかりたいと思われますか?

占部「かかりたい!」

西山「会話することで安心するところもあると思いますので。病は気からではないけれども、そういう意味で勇気付けられることもあると思うので、いいなと思います」

加藤「実際に、こういう医者は少ないですからね。小さな病院だからこそできるというのもあると思います。大きな病院だとなかなか難しい。今、統計で男性の65パーセントが生涯のうちに癌を患うという統計が出ているそうなんですよ。そうすると、3人に2人くらいの割合です。ひょっとしたら人生で骨折する回数よりも多いんじゃないかな。それくらい多いのだから、今は驚くような病気じゃなくなってきています」

―――最後に公演に向けた意気込みと読者にメッセージをお願いします。

西山「このチラシの写真のように、明るく和やかな雰囲気が素敵だなと思います。病院や死をテーマにした作品ですが、それにとらわれず、身近な作品でもあると思うので持ち帰っていただくものがたくさんあると思っています。人の死について深く考えるきっかけになればと思います」

新井「お医者さんと患者さんの関係や家族の関係、息子と親父の関係など、さまざまな人間関係が濃く描かれています。お客さまそれぞれに感じ方がたくさんあると思うので、最初から終わりまでぜひ見に来ていただきたいと思います」

占部「観る方によっても、どの立場から作品を観るかによっても違う感情を抱く作品だと思います。ただ、どの立場から見ても、やっぱり人と関わって生きてるっていいなと感じていただけるのではないかと思います。人は絶対にいつかお別れをしますから、その時に素敵な選択ができたり、寄り添おうと思える、明るい気持ちになる作品にしたいです」

加藤「今、占部さんもおっしゃったように、人間は全員が死にますので、死を見つめるというよりも、それまでの間をどう生きるかだと思います。1年を濃く生きることと、10年を薄く生きるのとどう違うのかということが書かれているので、この濃い1年をどうやって充実させたかを出せれば、きっと感動していただけると思います。僕たちなりの感動作が作れればいいなと思ってます」

(取材・文&撮影:嶋田真己)

プロフィール

加藤健一(かとう・けんいち)
静岡県出身。1968年、劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を創立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞個人賞、文化庁芸術祭賞、読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀男優賞、菊田一夫演劇賞、毎日芸術賞など演劇賞を多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。第70回毎日映画コンクール 男優助演賞受賞。2014年、春の叙勲 旭日小綬賞受賞。

新井康弘(あらい・やすひろ)
1956年生まれ。子役・ずうとるびのメンバーとして活躍後、俳優業に専念。代表作は『大好き!五つ子』シリーズ、映画『オレンジ・ランプ』、映画『いまダンスをするのは誰だ?』ほか。過去の加藤健一事務所公演では『夏の盛りの蟬のように』『THE SHOW MUST GO ON~ショーマストゴーオン~』『プレッシャー~ノルマンディーの空~』など長年にわたり多数の作品に出演。

占部房子(うらべ・ふさこ)
千葉県出身。1998年に舞台『夏の砂の上』でデビューし、第58回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされた初主演作『バッシング』で注目を集める。近年の主な出演作は、映画『偶然と想像』、『サユリ』、舞台『闇に咲く花』、『音楽劇〈不思議な国のエロス〉〜アリストパネス「女の平和」より〜』など。過去の加藤健一事務所公演では『ブロードウェイから45秒』『「ザ・シェルター」「寿歌」2本立て公演』『高き彼物』に出演。

西山聖了(にしやま・きよあき)
1988年、神奈川県生まれ。映像、舞台作品で活躍。主な舞台出演作に、19年『ジャスパー・ジョーンズ』『屠殺人 ブッチャー』、20年『獣の時間』『Gengangere 亡霊たち』、21年『東京ブギウギと鈴木大拙』『犇犇』、22年『そんなに驚くな』『シラノ・ド・ベルジュラック』、23年『占領の囚人たち』、24年『509号室』映画『深婚式』、『今、僕は嘘をついている』など。2025年には名取事務所公演『ゆきてもゆく』(仮)(作・演出:内藤裕子)の出演も控えている。過去の加藤健一事務所公演では『Taking Sides~それぞれの旋律~』に出演。

公演情報

加藤健一事務所 vol.118 『灯に佇む』
日:2024年10月3日(木)~13日(日)
場:紀伊國屋ホール
料:6,600円 高校生以下3,300円 ※要学生証提示/当日のみ(全席指定・税込)
HP:http://katoken.la.coocan.jp
問:加藤健一事務所 tel.03-3557-0789(10:00~18:00)

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