沖縄在住の劇作家・兼島拓也と、新進気鋭の演出家・田中麻衣子がKAAT 神奈川芸術劇場の仲介でタッグを組み、KAATが提唱する「カイハツ」プロジェクトを経て創作された『ライカムで待っとく』。沖縄の本土復帰50周年となる2022年に初演されたこの作品は、第26回鶴屋南北戯曲賞ノミネート、第30回読売演劇大賞 優秀作品賞を受賞、第67回岸田國士戯曲賞 最終候補など大きな注目を集める作品となり、2年経った今春に再演が決定した。
沖縄戦や現在まで連なる諸問題を本土側から眺めて書かれるのではなく、沖縄に暮らす若手作家が足下を掘り返しながら創作した物語が首都圏で上演されることは、非常に意義高いことだと思うが、再演では京都・福岡と巡演し、慰霊の日に合わせて那覇公演も予定されているという。劇作の兼島と、阿佐ヶ谷スパイダースの劇団員で、浅野役として今回初参加となる中山祐一朗に話を聞く。
―――まずは再演おめでとうございます。初演は本土復帰50周年という“理由”を感じていましたが、それを脱ぎ捨てた今、再演できるのはいいことだと思うのですが。
兼島「ありがとうございます。もう一度出来る事が凄く嬉しいです。この作品は(演出の)田中さんと創作してきたプロセスが充実していただけに、より沢山の人に観ていただきたいという思いを持っていました。残念なことにコロナ禍の影響で中止になった公演もありましたから、今この機会がもらえたことは嬉しいです。
初演から1年少し経ちましたが、その間にも沖縄を取り巻く状況は変わらないまま徐々に進んでしまっている。そんな現実も踏まえてもう一度作品をブラッシュアップできることはありがたいですね。各方面へのコメントには『本土復帰50年というお祭りも終わり』なんてシニカルに書きましたが、節目をきっかけにした一過性のものではなく、続けて提示し続ける必要性がある作品だと思います」
―――中山さんは今回初参加となります。作品はご覧になったそうですが、印象はいかがでしょう。
中山「初演の時、(KAAT 神奈川芸術劇場芸術監督の)長塚くんが熱心に『観てくれ』と言っていたんです。劇場で拝見できずDVDで観たんですが、彼が激推しする理由がわかりました。
兼島さんの戯曲や田中さんの演出には、劇場で良質な作品を観て楽しんで、最後になって『これはいろいろ調べないといけないな』と思わせる。そんなところがありました。知ればもっとわかるから、それを稽古場でやれればいいなと思います。脚本を読んだ今、沖縄の問題を知らない自分を感じています」
―――既に役作りも考えていらっしゃいますか?
中山「いつの間にか不思議な世界に引き込まれる役で、初演の亀田(佳明)さんはスマートに演じていますが、僕がやるともう少し大げさになるかもしれませんね。小劇場出身なので、どうもコミカルに演じるクセがありますから(笑)」
―――兼島さんはそんな中山さんに期待することはありますか?
兼島「役のキャラクターは俳優さんによって変わりますから、単純にそれは楽しみです。初演からの期間で本土から沖縄への視線も若干変わってきた部分もあるかと思うので、それを見据えて脚本を少し修正しています。そこに中山さんから出るキャラクターが作用すればいいなという期待と楽しみがあります」
―――脚本家と演出家の付き合い方について、「脚本家は書き上げて演出家に渡したら役目は終わり」とするタイプと、「稽古にも参加して手を加える」タイプと、ざっくり分ける事ができると思います。
『ライカムで待っとく』は兼島さんと田中さんの共同作業の末に生まれた作品ですから、脚本家が一方的に書き上げたのではないことはわかっていますが、ここから先、稽古に入ったらどうなるでしょう。
兼島「確かに創作プロセスの初期から、打ち合わせを重ねて創った作品です。再演にあたって今現在沖縄に居る僕の立場で見えているものと、県外からの沖縄への視線を摺り合わせている段階です。
稽古の初期では、稽古場に僕がいることで摺り合わせや疑問点の解消がスムーズに行えるかなと思いますが、そこから作品自体を立ち上げるプロセスについては、ここまで重ねてきた時間や田中さんをはじめとするプロダクション・メンバーへの信頼もありますので、楽しみに”待っとく”つもりです。」
―――作品に出会う前、中山さん自身は沖縄への関心はありましたか。
中山「大学時代に明大前にある『宮古』という沖縄料理店に入り浸ってました。そもそも演劇サークルの稽古後に呑みにいく場所だし、泊まらせてもくれたし(笑)、バイトしたこともあります。
でも店名に逆らい、マスターは宮古島ではなく本島出身なんですけどね(笑)。そういった、いい加減なところがあるでしょ。だから大変だとしても、その雰囲気が感じられない。どちらかというと面白味が勝ってしまう。おおらかで面白い雰囲気を人間から感じていました」
兼島「沖縄で起きていることをしっかり提示したいという想いがありましたが、少しは伝わった気がしています。沖縄の問題に対して『寄り添っている』方への感謝と共にシニカルな視線も送りたい。そして諸問題に関心がある人、そうではない人の両方に同時に提示できるものになっているかなと」
中山「沖縄の諸問題を知らないとこの戯曲はわからない、となると説教がましい話になる。観ているうちにいつの間にか話が進んでいたことに気が付く。そこまでのバランスがいいんです」
兼島「そこは田中さんとずっと話していたところで、楽しく面白い作品として構成しておいて、その中に問題を忍ばせていこうと。後半になるまでは軽やかに弾みながら、いつの間にか大きな展開、クライマックスに持って行くという形をどう達成できるかと考えていました」
―――ところでキャストですが、中山さんにとって初顔合わせの方が多い気がしますが、緊張感はありますか?
中山「はい。小川ゲンさん以外は初めてです。そもそもどうして僕が呼ばれたかがわからないんですよ(笑)。この前の阿佐ヶ谷スパイダースの作品で、長塚くんが僕を主役に据えた作品を20年振りくらいに書いたのですが、公演が終わったところで『これでKAATのスタッフさんも安心するだろう』と言うんですね。つまり、このキャスティングは長塚くんからの提案であるはずはないですよね(笑)。
そんな緊張感のある中、僕にとっての安心材料は、同じく初参加となる佐久本宝くんですね。冒頭2人だけのシーンがありますが、初演のイメージが全くない2人のシーン。自由な時間がどうなるか楽しみです」
―――では公演を前にしての意気込みを聞かせてください。
中山「戯曲を読み終わって想ったことがあります。長塚くんがイギリス留学から帰って最初の作品で、それまでは自分が必ず作品に出ると言っていたのが、今回は出ないといいだしました。その作品は作家が劇場のどこかにいて、毎回必ず作品を観ていることで完結する。作家の創り上げた空間に客席から紛れ込んでいる作品だからだというんです。
この『ライカムで待っとく』もまたそういった作品だと思いました。でも兼島さんは沖縄に居て劇場にはいられない。だから沖縄に居る兼島さんに劇場で起こったさざ波が届くことを楽しみに待っている。そんな作品ではないかと。
そのためには沢山の人と“さざ波”を起こさないといけないわけです。昔なら帰り道の居酒屋で話したり、今だったらSNSで発信したり。だからこそ沢山の人に観に来て欲しいです。さらに沖縄でも上演しますが、普段沖縄の問題を考えていなかった役者からのさざ波が、問題を意識する人に届けばいいなと思います」
兼島「演劇は劇場の中で生まれるものですが、それが外に持ち出されることもあるのかなと思います。だから沢山の人に観てもらって、それを劇場の外に引きずっていってほしいと思っています」
(取材・文&撮影(中山祐一朗):渡部晋也)
プロフィール
中山祐一朗(なかやま・ゆういちろう)
岐阜県生まれ。幼少期をドイツで過ごす。阿佐ヶ谷スパイダースへは第3回公演から参加。中心メンバーとして活動を続ける。その他、プロデュース公演や映像作品など幅広く活躍。最近の主な出演作に、舞台『ようこそ、ミナト先生』、『アルトゥロ・ウイの興隆』など。4月には、舞台『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』に出演。
兼島拓也(かねしま・たくや)
沖縄県沖縄市出身。県立コザ高校から沖縄国際大学に進み、2013年に演劇グループ「チョコ泥棒」を結成。脚本・演出を担当する。沖縄の若者言葉を用いた会話劇を得意とし、コメディやミステリを軸としたオリジナル脚本の上演を行う。また、琉球舞踊家との演劇ユニット「玉どろぼう」としての活動も行う。KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『ライカムで待っとく』(2022年上演)で、第30回読売演劇大賞 優秀作品賞受賞。同作で第26回鶴屋南北戯曲賞および第67回岸田國士戯曲賞の最終候補となる。
公演情報
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『ライカムで待っとく』
日:2024年5月24日(金)~6月2日(日)
※他、地方公演あり
場:KAAT 神奈川芸術劇場〈中スタジオ〉
料:一般5,500円
※他、各種割引あり。詳細は団体HPにて
(全席指定・税込)
HP:https://www.kaat.jp/d/raikamu2024
問:チケットかながわ
tel.0570-015-415(10:00~18:00)