2024年創立39周年を迎える男優集団、劇団スタジオライフが記念すべき40周年の節目を前に、演出家・倉田淳がいつかは取り組みたいと長年憧れ続けていたという、テネシー・ウイリアムズの『ガラスの動物園』を3月7日から17日中野のウエストエンドスタジオで上演する。
1930年不況時代のアメリカ、セントルイスの裏町にあるアパートに暮らすウィングフィールド家の語り手となるトム、その姉のローラ、母親のアマンダ3人の家族と、トムの同僚のジムという、たった4人の登場人物が織りなす普遍性を持った家族の物語は、1944年の発表以来、いまなお演劇史に燦然と輝き続けている。
そんな作品のブルー・チームでトムを演じる笠原宏夫と、ローズ・チームでローラを演じる松本慎也という、完全ダブルキャストでの上演スタイルの今回、舞台上では相まみえない2人が、作品や役柄への熱い思いを語り合ってくれた。
「家族」を考えた時に、必ず誰しも通じるものがある
―――『ガラスの動物園』は倉田淳さんが長く上演を望まれていた戯曲だとお聞きしていますが、いよいよ上演決定と聞かれた時にはどう感じられましたか?
笠原「僕はまだ上演作品を知らされる前に『3月に出てほしい』と言われたんですね。それで『何をやるんですか?』と訊きましたら、ちょっと今までにはなかった間がありまして。あれ、これは雰囲気が違うなという感じを受けたところに、倉田さんの口から『ガラスの動物園』というタイトルが出て。その瞬間なんと言うか、確かに聞こえたんだけれども、頭が理解せずにスルーしていったような感覚がありました。それぐらいある意味予想外で、すぐには信じられなかったんです。
というのも、もちろん倉田さんがやりたいとおっしゃっていたのは重々知っていたのですが、僕にとっても『ガラスの動物園』はずっと憧れの作品だったんですよ。ただそう思ってからとても長い時間が経っていましたから、根拠はなかったのですが、たぶんスタジオライフではやらないんだろうな、という気持ちになっていたので、ここに来て倉田さんが『ガラスの動物園』をやるんだ、というのがあまりにも大きな驚きで『どうして今やるんですか?』と訊いてしまったくらいでした」
松本「そうだったんですね」
笠原「そう、倉田さんが具体的にどんな言葉で説明してくれたのかもよく覚えていないくらいなんだけど、『期は熟した』という意味のことをおっしゃったとは思います。でもだから、とにかくビックリしたというのが正直な感想でした」
松本「僕は『ついにやるんだ』という感じでした。倉田さんの中で凄く思い入れが強い、大切な作品だということはわかっていましたから、倉田さんにとっても大きな挑戦でしょうし、僕たち劇団員にとっても、もちろんどの公演も毎回挑戦だと思うんですが、なかでもこれは本当に凄い挑戦になる、やるぞ!という気持ちになりました」
―――笠原さんからご自身にとっても憧れの作品だった、というお話もありましたが、作品自体について今の時点ではどう感じていらっしゃいますか?
笠原「戯曲に出会ったのは、芝居を始めた頃なので、もう30年以上前のことになります。最初はタイトルに惹かれたんです。『ガラスの動物園』ってキラキラしたというか、まずとても素敵なタイトルですよね。それでメルヘン的な要素がある作品なのかな?と勝手に想像しながら読んでみたら、全くそうではなく、とても重いものが描かれた会話劇だったことに意表を突かれたのをよく覚えています。
そこから芝居のワークショップなどでトムの台詞が取り上げられる機会も結構あったので、さらに深く読んでいくうちに、トムの置かれている状況って誰もが感じている、とても普遍的なものだと感じました。アメリカだろうが日本だろうが、どこに住んでいようが、“家族”というものの存在を考えた時に、自分に結びついてくるものがかなりあるんです。そんなことを様々に考え、やりたいと思い続けながら芝居をしてきた、その折々に『ガラスの動物園』を思い出す、そういう作品だったので、本当にやるとなった今、ちょっと構えてしまっているのはどうしようもないですね。特に30年以上前に感じたことと今感じることとは違うだろうな、というものもありますし、テネシー・ウイリアムズが『日常生活のような芝居をするのは好まない』と書いているのを読んで、『普遍的な家族の物語だけれども、そういう芝居はこの作品には似合わないのかな?』などと考えていたことも思い出してきて、今回のアプローチでもそこは大事なところなのかなと、自分なりには考えています。倉田さんがどういう舞台を創ろうとしているのかはまだ聞いていないので、あくまで自分としてはということなんですが」
松本「僕がスタジオライフに入ってお芝居を始めたすぐの頃に、演劇に詳しい同期が1人いたんです。僕はシェイクスピアもちゃんと読んだことがない、という状態だった時に、彼は『ガラスの動物園』が凄く良い本で、やりたいんだと言っていて。それですぐに『ガラスの動物園』や『欲望という名の電車』など、テネシー・ウイリアムズの戯曲をたくさん買って読んだんですけど、正直最初はよくわからなかったんです。
この作品には何か1つの明確なテーマがあるわけではないし、起きている事柄も劇的というよりはそれこそ日常によくある些細なことで。それで、映画を観てみようと思って、映画化されたものを観たらずいぶん印象が違いました。あぁ、やっぱりこれは上演されるために書かれた戯曲で、読むだけではなくて人が演じているのを観た方がより作品の魅力が伝わるんだなと当時は自分なりに分析しましたが、時が経つにつれて、描かれている家族のしがらみも、結局は愛でもあるんだとか、暗いなと思っていたもののなかにあるノスタルジーな魅力も感じられるようになっていって。
登場人物の誰に感情移入するかによっても全く見え方や、面白さが違ってくると思いますし、倉田さんがこの作品から何を1番伝えたいのか?ということを、早く稽古に入って知りたいなと思います。笠原さんがおっしゃったように、ずっと変わらない普遍的なもの、“家族”って一番小さな社会だと思うですよ。誰しもがそれぞれの家族のなかで、人格が形成されていくので、僕たちも両チームがどんな“家族”になるのか、みんながどう役作りをしてくるのかも凄く楽しみです」
芝居のなかで生きて感じるリアル
―――お二人とも時を経て作品に対する捉え方も変化してきたということですが、今回それぞれ演じるお役柄についてはいかがですか?
笠原「トムをやらせていただきますが、何よりも感じるのは閉塞感というのかな、家族の中の孤独です。語り部として物語を進めていく役柄ですが、その語り部の部分にとてもたくさんのやりようがあるなと感じていますので、最初のスイッチの入れ方、ポジションによって随分変わってしまうんだろうなと。まぁだからこそどう創るかが楽しみだという気持ちもありますが、一歩間違うとえらくチャラいな、みたいなことになる可能性もあるので、そこは考えどころですね。
ただ、作品についてはお話したように感じ方が変わってきましたが、トムに感じるものは一貫して変わっていないんですよ。十代の頃って確かにこんなことを思っていた、それが宮城のど田舎でも、ミズリー州のセントルイスでも同じなんだ!と感じるので、そこはブレない部分ですね。あとはトムにとって大事なのは、姉のローラに対する想い方ですね。非常にデリケートな部分なので、改めてもう一度考えてみたいと思いますが、何よりも芝居の中でどう感じるのか?を注意していきたいと思います」
松本「僕、一演劇好きの人間として、笠原さんがトムを演じるのが凄く楽しみで」
笠原「本当に?」
松本「はい、純粋に観たいなと思います。トムというキャラクターについても色々な考察がありますけど、それを笠原さんがどう役作りされるのかなと。今回別チームなので、ご一緒できないのが寂しい気持ちもありますが、だからこそ客席で観られるんだ、というワクワク感があります」
笠原「そうだね、一緒にできないのは残念だよね」
―――登場人物4人だけの濃密なお芝居ですから、難しいのは無理もないのですが、ちょっとシャッフルしてくださる日があったらいいのに、とは観客のわがままとしても思いますが、松本さん演じるローラについてはどうですか?
松本「ローラは自分の中に凄くコンプレックスを抱えているので、観ているお客さまもイライラされるんじゃないかと思うほどなのですが、でもその彼女が作品のなかでジムに出会って徐々に高揚していき、恋をして、希望を見つけ、そこからまた……という形でどんどん変わっていくので、きちんとその場で生きて、その変化をお客さまに届けたいと思います。
特に最初に笠原さんがおっしゃった、テネシー・ウイリアムズが書いている『リアルだけを求めて演じることは望んでいない』という部分については、僕らは男優だけでやっているというところから、まず絶対にリアルではないので、そういう意味で男優集団のスタジオライフにしかできない表現というのもがきっとあると思います。やっぱり僕がローラを演じるという時点で、儚くて壊れそうな女性ということだけではない、そのなかにある大きな葛藤やそれによるエネルギーを大切にしたいと思いますし、幕が開いた時点では、ローラが現実から逃避できる場所はガラスの動物しかなかったのかもしれないのですが、物語が進んで様々な出来事があった後、彼女がどう生きようとするのか? それをどう表現するのかは僕たちの自由なので。もちろん稽古をしながら、倉田さんとみんなと創っていく過程でどうなっていくのかは今は未知数ですが、僕としてはもしできるならば、観てくださったお客さまに、新たな一歩を踏み出す勇気を届けられるような、そういうローラを創れたらなと思っています」
自分たちのホームで演じる「家のなか」の物語
―――また、この作品をこの「ウエストエンドスタジオ」でやる、ということについてはどうですか?
笠原「『ガラスの動物園』は、1つの家の中のとても閉塞的な空間の中で進む話なので、そういう意味ではウエストエンドスタジオがとても合うんじゃないかと思います。作品の良さが凄く生かされるのではないかなと、ここでやると聞いた時にまず思いましたね。キャストが4人だけという少人数での芝居は、これまでそれほど多くはやってこなかったですし、一人ひとりの台詞量とてもが多い会話劇ですから、それを自分たちのホームであるこの劇場で演じられるのはいいなと思っています」
松本「ウエストエンドスタジオの魅力って、この規模でありながらとてもタッパが高いことで、それは凄く強みだなと思ってます。舞台も客席もどうにでも作れるので、今回美術を『アドルフに告ぐ』に出演してくれた申くんがやってくれるので、とても素敵な表現者の方ですから、倉田さんとの打ち合わせを経てどういう美術になるのかが凄く楽しみです。笠原さんもおっしゃったように、ここは僕たちのホームで、僕らの汗と涙と血にまみれた……」
笠原「血もあるか?(笑)」
松本「ありますよ、新人公演の時のせっきー(関戸博一)とか(爆笑)。本当にいいことも大変なことも全部過ごしてきている劇場なので、やっぱりここにくると『あぁ、帰ってきた』と思いますし、その感覚は家のなかの話である、この作品に合っているなと思います」
―――劇団としてホームと呼べる自前のスタジオを持っていらっしゃるのは本当に素晴らしいことですし、この空間で上演される『ガラスの動物園』がとても楽しみです。では改めて作品を心待ちにしていらっしゃる方々にメッセージをお願いします。
笠原「本当に何十年も楽しみにしていてくださったお客さまがたくさんいらっしゃる作品で、その期待に応えるというような偉そうなことは言えないのですが、ただ我々も待望していた作品なのは間違いないですし、倉田さんの熱意も凄いものになっていますので、期待してください、という一言に尽きます」
松本「本当にその一言ですね。やっぱり倉田さんの作品に対する熱い想いは僕らもずっと聞いてきましたから、いよいよ上演するんだということには身の引き締まるものがあります。ぜひウエストエンドスタジオで、多くの方に作品を目撃してほしいです。お待ちしています!」
(取材・文&撮影:橘 涼香)
プロフィール
松本慎也(まつもと・しんや)
愛媛県出身。2004年にスタジオライフに入団し、『DRACULA』、『OZ -オズ-』、『トーマの心臓』、『十二夜』、『11人いる!』、『はみだしっ子』など、数々の劇団公演に出演。舞台『風が強く吹いている』、ミュージカル『黒執事』-The Most Beautiful DEATH in The World- 千の魂と堕ちた死神、Jnapi produce『人間風車』、舞台『大正浪漫探偵譚』シリーズといった外部作品にも多数参加。舞台『魔術士オーフェン はぐれ旅』シリーズでは、主人公・オーフェンを演じた。
笠原浩夫(かさはら・ひろお)
宮城県出身。1992年入団。劇団の中心メンバーとしての活動を軸に、外部公演への客演・ドラマ・映画など幅広い活躍を続けている。主な出演に、『トーマの心臓』、『訪問者』、『ヴェニスに死す』、『メディア』、『錦鯉(にしきごい)』、『魔界転生』、ドラマ『ビューティー7』、『巡査鉄兵の推理日記2』(ANB)など。
公演情報
劇団スタジオライフ The Other Life vol.12『ガラスの動物園』
日:2024年3月7日(木)~17日(日)
場:ウエストエンドスタジオ
料:一般6,500円
学生3,000円 高校生以下2,500円
※学生・高校生以下は身分証明書提示
(全席自由・整理番号付・税込)
HP:https://studio-life.com/stage/glass2024/
問:スタジオライフ
tel.03-5942-5067(平日11:00~16:30)