タンゴ歌手として国内外で評価が高い冴木杏奈。それと並行して女優やラジオパーソナリティとしても活躍する彼女が、吉本新喜劇から商業舞台までジャンルを超えて幅広く活躍する脚本・演出家 高梨由とのコンビで生み出す“リーディカル”。単なる朗読劇ではなく歌や演技も盛り込んだこのスタイルは、昨年末に昔話で誰もが知る『桃太郎』の後日譚を書いた『MOMOJIRO』で好評を得た。
そこで、続いて上演されるのが竹取物語をベースにした『新竹取物語』。すでに博多で初演しているとはいえ、東京での上演は今回が初めてだという。重要なキーパーソンとなる紀貫之役に、昨今めきめきと頭角を現している吉田道広を迎え、壮大な愛の物語を綴る。冴木と吉田に詳しく話を訊いた。
―――日本の昔話をベースに、朗読・演技・歌が混じり合った“リーディカル”。昨年の『MOMOJIRO』に続いて、このスタイルで最初に作られた『新竹取物語』。いよいよ上演ですね。
冴木「まさに満を持して、とはこのことです。最初にラジオドラマとして作った作品ですが、それを舞台化したものの、脚本・演出の高梨由さんの拠点である福岡・博多の公演だけでした。その好評を受けていよいよ東京公演が実現するのですが、それにはこちらにいらっしゃる吉田道広さんの出演が大きく関わっています」
―――吉田さんはかぐや姫を後世に残したとも言われる紀貫之の役ですね。
冴木「はい。博多での初演時に東京公演も企画したのですが、その時に高梨さんと吉田さんが紀貫之にピッタリだという話になりました。でもその時はスケジュールが合わなくて流れたんですね。だから出演が叶った今回が“満を持して”なんです」
―――冴木さんと吉田さんの出逢いは?
冴木「ラジオドラマの『アマルと魔法のランプ』を作ったときに、高梨さんからのご紹介で出演して頂いたんです」
―――まさに白羽の矢が立った吉田さん、いかがですか?
吉田「もう身が引き締まる思いですね。ラジオドラマでは『アマル…』以降、何本かご一緒してきましたが、今回は劇場公演ですから、務まるかどうか心配でした。でも台本を拝読し、ラジオドラマ版を拝聴した上で、杏奈さんといい物語を作れるかもしれないと、確信めいたものを感じましたから」
冴木「それは良かった(笑)」
吉田「高梨さんとは6年くらい前からご一緒していますしね」
冴木「高梨さんとの出会いがあって、いろいろ一緒に作っている間、沢山の方を紹介して頂いて。
『MOMOJIRO』もそうでしたが、高梨さんはキャスティングに深く関わっています。でも今回は2人とも初めての役者さんが数名います。更に幅を拡げるためのチャレンジですね」
―――福岡からはだいぶ役者さんが交代されるんでしょうか。
冴木「だいぶどころか総取っ替えです(笑)。そして高梨さんは役者さんに当て書きをする方なので、内容や雰囲気もだいぶ変わってくると思います。
―――ではここで改めて『新竹取物語』のあらすじをご紹介頂けますか?
冴木「皆さんよくご存知のかぐや姫のお話なんですが……どこまで話していいんでしょうか(笑)。かぐや姫がどこから来たか。それが意外なところにあって………」
吉田「”かぐや姫 エピソード・ゼロ”みたいなものかもしれません」
冴木「私も最初に脚本を読んだときに衝撃を受けました。きっと観客の皆さんもそういった驚きがあると思います」
―――そもそも大昔の伝説的な話ですが、未来世界も関わってくると聞きました。
冴木「ともかく壮大な愛の物語になります。博多公演でも女性を中心に大泣きしていました」
―――吉田さんは無名塾のご出身。いろいろなお芝居のスタイルを学ばれたかと思いますが、このリーディカルは歌のパートがありますね。
吉田「そこはドキン、としまして(笑)。でも無名塾時代にブレヒトの『肝っ玉おっ母と子供たち』を上演したときに、狂言回しとなる歌のパートを担当したことはあります。その時も試行錯誤でしたけれど、今回は杏奈さんという歌に関してプロ中のプロがいらっしゃるから緊張しますね」
―――楽曲はオリジナルですか?
冴木「加えて皆さんがよく知っている曲も歌います。また土日の昼公演では終演後にトークショーを企画していますが、さらに私の歌もご披露する予定です」
―――公演だけでなく、色々な企画が盛りだくさんですね。
冴木「そうですね」
吉田「満足感は高いですよ。上演時間そのものは短いんですが、詰め込まれた内容が濃くて。僕は昨年末に『MOMOJIRO』を拝見しましたが、客席で沢山のプレゼントを頂いた感じでしたから」
―――それにしてもこの作品も前作の『MOMOJIRO』も、ベースは誰もが知っている日本の昔話ですが、こうして取り上げるに値するポテンシャルがあるとお考えですか?
冴木「子供向けとされている昔話を大人になって読むと、ちょっとビックリするような展開があったりしますよね。鬼退治にしても、かぐや姫が竹の中から出てくるという部分にしても、あり得ない部分がある。でもそれを子供は普通に読んでいるわけです」
―――子供は思ったより懐が深いのかも知れないですね。
冴木「ところが最近は書き方を変えるらしいですよ。例えば桃太郎が鬼ヶ島に向かうとき、家来(サル・イヌ・キジ)を率いて船を漕がせるのはダメで、”皆で力を合わせて”、でないといけないとかね」
―――“ブラック鬼退治一行”じゃいけないわけだ(笑)
冴木「でも子供はそこを読んで桃太郎が強権を発しているとは思っていない。変に考えすぎると、かえっておかしいことになるような気もしますよね。
質問に戻りますがこうした古典を使った高梨さんの視点は凄く面白いんです。ただ物語をひねるだけでなく、そこに隠れた心の機微を表現しているんです」
吉田「僕も無名塾でシェイクスピアとかモリエールの戯曲。つまりは古典ですね。それに触れてきましたが、ずいぶん前に書かれたものなのに今読んでも何かが刺さる、そんな普遍性があります。
今回の竹取物語も同様で、新たな解釈でお届けできるのは面白いですね」
―――これから稽古で練り上げていかれると思いますが、それぞれの抱負を伺いたいです。
吉田「“リーディカル”というスタイルは一見馴染みがないかも知れませんが、素敵なエンターテインメントに仕上がると思います。そのため僕も励みたいです。歌も特訓します(笑)
冴木「今回役者陣が全員変わりますので、もう新作上演みたいなものですね。心を持たないものが心を持ったとき、どんな大きな愛が生まれるのか。それを感じてもらえると思います」
(取材・文&撮影:渡部晋也)
プロフィール
冴木杏奈(さえき・あんな)
北海道出身。1984年の「ミスさっぽろ」に選ばれ、その後タンゴ歌手としてデビューする。さらに人気番組「11PM」に出演。全国的な知名度を得る。歌手として国内だけでなく、アメリカ・ヨーロッパ・南米など各地で数多くのコンサートを開催する。2008年、アルゼンチン コルドバで開催されたフェスティバルにおいて「タンゴに貢献した20人に贈る賞」を受賞する。2011年からのMUSIC BIRDで「杏奈カフェ♪♪」は放送600回を超え、12年間継続した。またニューズウィーク日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれる。
吉田道広(よしだ・みちひろ)
東京都出身。高校卒業後、仲代達矢との出逢いを経て仲代が主催する無名塾に28期生として入塾。無名塾公演と並行して外部作品にも多数出演。さらに映画やテレビドラマでも活躍。近年では『鬼平犯科帳』のレギュラー 同心役や、PanasonicのTV CMをメインで務めるなど多岐にわたり活動中。
公演情報
サプライズメーカーPandA特別公演
『新竹取物語』
日:2024年2月23日(金・祝)~25日(日)
場:萬劇場
料:アフタートークショー付きチケット7,000円
前売5,500円 当日6,000円
小学生以下2,000円(全席指定・税込)
HP:https://annasaeki.com
問:サプライズメーカーPandA
mail:panda.ticket.minami@gmail.com