新しい演劇活動の在り方を模索する演劇サークルが2本立て公演 幻想と生活に翻弄される人間の姿をあぶりだす 「戦」をテーマにした2つの傑作戯曲

新しい演劇活動の在り方を模索する演劇サークルが2本立て公演 幻想と生活に翻弄される人間の姿をあぶりだす 「戦」をテーマにした2つの傑作戯曲

 “旅する演出家”として日本全国で活動する黒澤世莉が主宰する、より自由な活動を目指す演劇サークル「明後日の方向」。その最新公演では、2021年と2022年に上演した齊藤憐の戯曲『赤目』と福田善之の傑作『長い墓標の列』が再演される。黒澤が演出を手掛け、幻想と生活に翻弄される人間の姿を「戦」というテーマを通して浮彫にした傑作戯曲は、1年以上の準備期間も加わって、さらに深淵で鮮烈な輝きを放つ。黒澤に本公演への意気込みを聞いた。

―――黒澤さんがはじめられた団体「明後日の方向」について教えてください。

 「一言で表すと、公演を目的としない演劇サークルです。演劇行為は純粋なところから出発して皆で楽しいと盛り上がるのですが、徐々に公演が目的化してしまう。チケットの売れ行きが気になり始め、そこで疲弊してしまいます。公演や興行から演劇を開放したほうが、より素敵な演劇が可能になるのではと思ったのが出発点です。
 僕は演劇というものは、台本と俳優の魅力によるものだと思っています。良い戯曲があれば極端な話、公民館の一室であったとしても素敵な演劇は成立するんじゃないかと考えています。
 それに加えて、何らかの理由で演劇活動を続けられなくなった方の為に活動を続けられる場を提供したいという目的があります。演劇は続けたいけれども子育ての為に辞めざるを得ないという人を沢山見てきて、折角素敵な俳優さんなのにもったいないと感じていました。とくに女性に多いケースとしては、子育ての為に大好きな演劇を辞めざるを得ない状況や、保育園をあちこち探し回ったりして必死に演劇活動をする状況はおかしい。今ではオンラインなどのIT技術も発達しているし、何か工夫をすれば持続可能な新しい演劇の形を提示できるんじゃないかという発想から始まりました。
 “公演を目的としない演劇サークル”と言いながら、なぜ公演するのか?という矛盾が出てきますが、そこは公演というマイルストーンを置くことで、同じ目標を共有した人が集まりやすくなり、今、自分達が試しているやり方を検証する機会と捉えています。
 これまで第1回目と2回目の公演は地域の方々も参加してもらいやすいように、2週間や3週間の短期間のリハーサルを経て上演する試みをしたのですが、期間が短すぎると疲弊してしまうというのが分かったので、3回目となる今回は1年という余裕を持ってしっかり準備をしようとなりました。でも人によって理想の環境は違うので、そこは難しいところですが。一人ひとりが2割くらい我慢しながら、一人ひとりが8割くらい快適に演劇に打ち込める、これくらいのバランスがいい塩梅なのかな?なんて模索中です」

―――今回、齊藤憐作『赤目』と福田善之作『長い墓標の列』という昭和の戯曲を取り上げます。

 「20世紀のあまり取り上げられていない戯曲にスポットを当てたいと思っています。現代の戯曲とはまた違う味わいがあると感じていて、20世紀の戯曲に取り組むことで、1945年に終戦を迎えた太平洋戦争がいかにして起きてしまったのか切り込んでいきたい。
 戦争は私達が起こしたもので、起こしてしまう理由を知りたいという好奇心があります。勿論、真珠湾攻撃などがあってという史実は知っていますが、誰もが望まない戦争がなぜ起きるのかという疑問に明快な答えはない。それを上演を通じて考え話し合うことが、同じ過ちを繰り返さない糸口になるのではないかと思いました。
 僕はそのヒントが20世紀の戯曲、主に大作と呼ばれる長編にあるんじゃないかと考えて、創作を通してその“なぜ”に近づいていければと思っています」

―――その2作品について少し触れて頂けますか?

 「『赤目』は『サスケ』や『カムイ伝』などで知られる漫画家・白土三平のマンガ『赤目』をモチーフに描かれます。
 紙芝居作家の三郎は、テレビが普及し始めた中、新しいスタイルの紙芝居を描こうとしますが、最終的にはテレビに負けて漫画家に転向します。その中で紙芝居作家時代から描き続けていたのが、江戸時代に領主の圧政に苦しむ百姓の復讐劇『赤目』でした。三郎は漫画家として大成功を収め、ついにTVアニメの依頼を受けるのですが、そこで下した意外な結論とは……というストーリーです。
 一方、『長い墓標の列』には話の軸が2つあります。大学は戦前も言論の自由や人事権などの自治が認められていたのですが、戦争に突き進む中で全体主義的な思想が強くなってくると、政府が関与し始めるようになります。大学教授の山名はそれに抵抗しようとしますが、戦争への流れを止められることもなく、山名自身も迫害されてしまうという物語です。あらすじだけ聞くと救いがないですが、コメディの要素もあって面白い作品です。
 皮肉なことに大学にまつわる法律がまさに今、変わろうとしていて、大学の人事権について文科省が意見できるようになる法案が出されていて、それに大学側が反発しているというニュースはタイムリーだなと感じました。
 また、原作の登場人物はほとんどが男性ですが、当時の大学は男性ばかりであまり女性が行けるところではなかった。現代の価値観で判断するとひどい話ですが、当時の価値観で言えば無意識に、男尊女卑や家父長制的な考えが色濃くあると思っていて、そういうものを今回の戯曲で浮かび上がらせるべく、男性と女性を入れ替えたキャスティングにしました。なので大学の先生や学生たちは女性、自宅でかいがいしく家事をおこなう人物に男性を据えています。その場面を通して、僕らが当たり前と思い込んでいた光景が、いかに家父長制的な思考に支えられていたかを浮き彫りにできたらと考えています」

―――2本立てにこだわった理由はありますか?

 「この2つの作品を並べる面白さとして、1つに演劇性の違いがあります。『赤目』は忍者のシーンなど、かなり動きが多い作品で、身体を使って色々なものを表現します。一方で『長い墓標の列』は、議論劇なので、登場人物達の熱量ある議論が見どころになります。
 また時代性の違いとして、『赤目』は江戸時代の農民の話と戦後の紙芝居師の話を描くのに対し、『長い墓標の列』は、その間の太平洋戦争の時代を描きます。ですので2本を観ることで、日本の歴史の流れを観ることができます。その連続性の中で何かを感じ取ってもらえればという思いがあります。
 さらにキーワードとして『転向』と『戦い』という言葉を挙げたいです。『赤目』では、三郎が紙芝居師から漫画家に転向しますが、それまでテレビは敵だと言っていた人達が時代の変化を目の当たりにしてその考えを変えていきます。『長い墓標の列』では、教授の山名の助手に城崎という人間がいて、クライマックスで山名は自由主義から全体主義への転向した城崎に裏切られてしまうわけです。これまで師と仰いでいた人間を激しく指弾するシーンは見どころでもあります。
 また『戦い』という言葉では、『長い墓標の列』はそのまま戦時中の物語ですが、『赤目』でも、三郎が理想を追い求める中で、生活や時代の流れと戦わないといけないわけです。また三郎が描く漫画の中でも悪政に苦しむ民の戦いが描かれています。
 このように一見するとテイストが異なる2作品ですが、実はこの『転向』『戦い』というキーワードで共通しているというのは面白いと感じました。
 各作品は2時間20分~50分を想定していますが、長い作品だからこそ描ける大きな流れがあると思うので、そのストリームが観客の皆様の中で答えにならなくても、こういう事があったから、今はこうなっているのかみたいな思いに繋がれば嬉しいです。自由な稽古場の雰囲気を観客の皆様と一緒に共有できればと思っているので、重苦しくなく楽しい部分も沢山ある作品ですよとお伝えしたいです」

―――黒澤さんが思う演劇が持つ力とはなんでしょうか?

 「僕はサンフォード・マイズナーテクニックという演技指導法を勉強して、教えているのですが、それは“関係性の演劇”と言われていて、人と人の関係性が重視されています。
 昨今は、様々なハラスメントが社会問題になっていますが、それをゼロにしようと思ったら極論は人と人が関わることを諦めざるを得なくなってしまう。勿論、僕がハラスメントする側にならないことが前提となりますが、人と人が関わる時って、傷つけあう可能性がある一方で、互いに与え合うことができる素敵な化学反応が起きる可能性もあるんですね。そういう場面を目前で観られる演劇は、お金で良い関わりも悪い関わりも、日常生活で自分が体験するにはしんどいかもしれませんが、客席からは買えない価値があると思うのです。
 また演劇に集中している間は、不安事やストレス、スマートフォンなどの情報の海からも解放されます。日々の生活の中で2時間、沈黙ができる場は貴重だと言えますし、人生を豊かにしてくれる時間だと言えます」

―――最後に読者にメッセージをお願いします。

 「劇場に来たら様々な辛いことが無くなるとは言いませんが、劇場に来たことで日々の辛いことに対して少し距離を置くことができるのではないかと思っています。それが多くの皆様の幸せにつながれば嬉しいです。ご来場を心よりお待ち申し上げております」

(取材・文:小笠原大介 撮影:保坂 萌)

プロフィール

黒澤世莉(くろさわ・せり)
旅する演出家。2016年まで「時間堂」主宰。演出家・脚本家・アクティングコーチとして日本全国で活動中。公共劇場や劇団、国際プロジェクトなど70本以上の演出作がある。その他にも台本提供、演技講師、プロジェクトマネージメントなど、その広いネットワークを活かし活動の場は多岐に渡る。スタニスラフスキーとサンフォード・マイズナーを学び、新国立劇場演劇研修所、円演劇研究所、ENBUゼミ、芸能事務所、高校演劇などで指導を手がける。黒澤世莉演出の特徴はシンプルに「人間と物語」である。演劇の上演の間に「人間の熱量」と「物語が描く希望と絶望」が観客と共有され、ひとりひとりが「人間と物語」と深く向かい合う体験をする。

公演情報

明後日の方向 #3 二作品上演
『赤目』『長い墓標の列』

日:2024年1月11日(木)~18日(木)
場:座・高円寺1
料:一般4,500円
  セット券[『赤目』『長い墓標の列』
  2作品1組]7,500円
  U25[25歳以下]2,500円 学生1,000円
  ※U25・学生は要身分証明書提示
  (全席指定・税込)
HP:https://asattenohoukou.com/akamebohyou2024
問:合同会社Level19制作チーム
  mail:info@level19.net

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