加藤健一と竹下景子が二人芝居で挑む! たかがトランプゲームだが……チクリと心に刺さるビターコメディ

加藤健一と竹下景子が二人芝居で挑む! たかがトランプゲームだが……チクリと心に刺さるビターコメディ

 世界三大トランプゲームの1つである、ジン・ゲーム。誰でも気軽に遊べるジン・ゲームが、孤独な老人の侘しさ、そして一筋縄ではいかなかった人生を暴く――。
 そんなチクリと心に刺さるビターコメディの『ジン・ゲーム』は、劇作家のD.L.コバーンが執筆し、ピューリッツァー賞を受賞している。この度、出演する加藤健一・竹下景子、そして演出を手がける小笠原響を取材。本作の見どころを聞いた。

―――今回上演する『ジン・ゲーム』。作品の見どころや、なぜこの作品を選ばれたのかを教えてください。

加藤「なぜこの作品を選んだかというと、それは素直に本を読んでとても感動したからですよ。それでぜひやってみたいなと思ったんです。コメディ性がありながら、その裏にはもう少し重たいテーマ性みたいなものも流れていて、その両方が日常の中にうまく描かれているなと。
 重たい方を考えていくのか、それともずっと笑っていくのか――お客さんはそのどちらに惹かれていくのか興味がありますね。それに主人公は僕と多分同じぐらいの年。竹下さんもそんなに変わらないだろうから、役作りしなくていいかなって(笑)」

竹下「またまたご冗談を(笑)。私、そもそもジン・ゲームというゲームを全く知らなかったんですね。劇中で何回ゲームをすればいいのかなと思って数えたんです。そうしたら、途中でシャッフルするものも含めて、14回もやっている! セリフの量も膨大なのに、このゲームの段取りまであるとなると……小笠原さんにすり寄るしかないですね。
 段取りだけを考えても、これはちょっと一筋縄まではいかないでしょう。ただ、それを上回るこの本の魅力、セリフの魅力がありました。加藤さんが仰るように、何気ない会話のようでありながら、“老い”というものは誰にでも必ず訪れるし、それは時代・国・文化が変わっても共通するものですからね。……そうは言っても、我々にとっては、まだ未知の部分も多いことでもあり、そういう意味での興味もありました。まだ先のことと私は思っておりますけれども、その“老い”というものをどういう風に旅してみよう。今はそういう気持ちでおります」

―――細かい演出面はこれからだと思うのですが、お稽古はまずゲームをすることから始まるのでしょうか?

小笠原「そうですね。稽古前に1回必ずワンゲームやりませんか?」

竹下「いいですね!」

小笠原「実際にやってみないとルールが分からないと思うので、もう遊び感覚で、ジン・ゲームと馴染むことが大事かなと思っていて。初めてゲームをやるのに勝ってしまうという設定もあるにはあるのですが、女優さんとしてゲームのことは知らないといけませんからね。
 あとは、登場人物であるウェラーとフォンシアは老人ホームで出会うわけですが、老齢を迎えた現代人の孤独は今大きな問題になっていますよね。だから、そこの部分で共感するお客さんもいっぱいいらっしゃるんじゃないかなと思います。
 たかがトランプゲームですけども、ついつい熱狂してしまう。そこに生まれるパッションやゲーム性によって、ついつい気持ちが若返ってしまったり、冒険感覚を取り戻したり、ワクワクしてしまったりするわけですよ。老齢の方にもそういうパッションや希望みたいなものを提示できる作品になればいいのかなと思っています。
 つまり、重たいテーマをベースにしながら、その中でいかにプラスのものを発見していけるのか、希望を見出せていけるのか。そこが、この芝居が愛されてきたポイントかなと感じています」

―――二人芝居ということについてはいかがですか?

加藤「二人芝居はずっと舞台に出ていられるから、僕はどちらかというと好きですね。袖にいるのが嫌いで、袖にいると退屈しちゃうんですよ(笑)。この前久しぶりに6人ぐらいのキャストがいる芝居をやったんだけど、袖にいることが多くて、退屈でした(笑)」

竹下「私は久々の二人芝居なのですが、加藤さんの胸を大いに借りてやっていきたいと思います。セリフを先に入れるのがいいのかどうか分かりませんが、確実に時間がかかると思います。2時間のお芝居だとして、単純にセリフを半分にしても1人1時間以上喋っているわけでしょう(笑)? その量を自分の中で咀嚼することから始めたいと思います。どういうパワーバランスで芝居が運んでいくのか、楽しみでもあります」

小笠原「お二人のセリフの応酬と言いますか交わっていく部分では、加藤さんと竹下さんの俳優としての魅力が十分舞台に最大限乗せられたら完璧だと思っていますが、僕がやらなくてはいけないのは、そのゲームをどう見せてくか、です。
 そのままセリフを読むと意外とコンパクトな芝居になってしまう。だけど、多分そのセリフの合間に、例えば作戦を練ってる時間や、次の手札で何を捨てようかと考えている時間があるわけです。そういうゲームの進行が、実は緊迫しつつスリリングで、なおかつ可笑しみも生まれる時間なのかなと思っていて。だから、セリフ以外でゲームに費やされる時間をどういう風に作れるか。それは楽しみの1つでもあるし、難しいところでもありますね」

―――確かにお芝居ではありますが、ゲームもするわけなので、そこのバランスは考えなくてはいけないですね。

加藤「あくまでお芝居で、実際に勝負するわけにはいかないですから。僕が負けなくてはいけないのに、たまに勝っちゃったら大変じゃないですか」

竹下「そうですね。でも例えば、実際にカードが配られるわけでしょう? そのゲームに勝つためにはこのカードが揃っていなきゃいけないという設定があるわけでしょう? 実際の舞台上ではそこまで綿密にやるわけじゃないと思うんですけど、明らかに違うカードを見て、私、セリフを忘れないか心配(笑)! そういうことに動揺しないように、ある程度ゲームのルールや切り返し方を自分の中で整理できていないとダメなのでしょうね」

―――さて、竹下さんは今回加藤健一事務所の作品は3作目ですね。慣れたものなのでは?

竹下「いやいや、もちろん慣れることはないんですけれども、最初に参加させていただいた『川を越えて、森を抜けて』(2009年・12年)という作品は老人夫婦2組の話で、それが初対面。そのときは(加藤さんと)夫婦の役だったんですが、今回はラブロマンスではなく、お互い山あり谷ありの人生を歩んできたもの同士という間柄。だいぶ色合いや関わり方が変わってくる気がします」

―――加藤さんからご覧になって、竹下さんの俳優としての魅力は?

加藤「全力投球を常にしてくる女優さんだなと思っています。そこが魅力でもあり、尊敬している点ですね。……僕はよく手を抜くんです(笑)。抜き抜きでやらないと続かないから。でも竹下さんは全力投球ですよね。先日も出演されていた『5月35日』という舞台を観ましたが、ずっと緊張感ある芝居をされていて。倒れないかな? 喉がお強いな?と心配して観てました」

竹下「嬉しいですね。でも、私も他の女優さんとよく言うんです。加藤さんって本当に変わらない。なんか秘密の薬でも飲んでいるんじゃないの?って(笑)」

加藤「あはは。いいアルコールをちょっとだけね(笑)」

竹下「本当に魔法のようですよ。そのメンタルもフィジカルもずっと維持していらっしゃるから」

加藤「僕にとってはお芝居をやっている感覚がなんというのかな、お遊技場というか、遊びの部分が多いんです。楽しいんです。僕は苦しいことからすぐ逃げる習性がついていて、楽しく生きようとしているから、それがいいのかもしれないですね」

竹下「生まれた器が大きいのでしょうね。そんないつも楽しい人生でいられなくないですか? 見習いたいです」

小笠原「僕は今回3度目の加藤健一事務所で、久しぶりに呼んでいただきました。最初に演出のお話をいただいたときも『初めての演出家とやりたいんだ』と仰ってくださったり、その後の作品も拝見していますが、特に去年上演された『スカラムーシュ・ジョーンズ or(あるいは)七つの白い仮面』で素晴らしい一人芝居を見せてくださったり、相変わらずカトケンさんはアグレッシブ。果敢にチャレンジする人だなぁと思っています。
 一方、竹下さんについては、僕は『クイズダービー』から拝見していますので……」

竹下「ありがとうございます、私の青春を語ってくださって!」

小笠原「近年は僕の演出するPカンパニーのお芝居を観に来てくださったり、お芝居に出演されたり、演劇に今力を入れていらっしゃる竹下さん。テレビやドラマの世界と演劇って、多分違うと思うんですけども、演劇のどんなところに惹かれていらっしゃるのか、気になっています」

竹下「映像のお仕事は監督のものだと思うんです。監督のために、スタッフであれ演じる側であれ、駒となって全力を尽くすわけです。その瞬間に生まれたことが全てで、監督の意に沿ったいいものを作ろうと全力で頑張るわけです。
 それに対して、演劇の場合は、幕が開いたら止められないでしょう? そこが醍醐味でもあるし、達成感ややりがいに感じられる部分かな。稽古のプロセスも好きだし、相手やお客さんの反応によって芝居が変わっていくところも楽しい。その日その日が毎日新しいと思えるところが好きなんです」

―――コロナ禍が明けようとしている今。改めてお客様にメッセージをお願いします。

加藤「コロナ禍でほとんどのステージで動員が50%以下だったんですけど、それでも残りの40数%の人は劇場に足を運んでくれたわけで、それはそれは嬉しかったですね。(感染症上の位置付けが)5類になったことで、より多くの人に安心して来場いただけたらなと思っています。
 ……役者はたった1人のお客さんでも一生懸命やるんですけども、やっぱりお客さんが入ってるのと入ってないのとではどうしても違うんですよね。笑えるところでどんと笑ってくださると、調子が上がるし、楽しくなる。それが力になって、またお返しできる気がする。
 多分それは100%と110%ぐらいの違いだと思うんです。お客さんが入ってなくても100%の力を出そうとするんですけども、お客さんが入ってると110%ぐらいになる。その10%が自分でも楽しみだし、お客さんにも余分に提供できる。そういう空間にしたいなといつも思っています」

竹下「コロナ禍で配信などの経験をさせていただいて、それができるありがたさも感じながらも、やっぱり芝居や演劇はお客さんがそこにいてくださることで完結する世界だなと身に染みて感じました。今回の『ジン・ゲーム』はトランプゲームでしょう?トランプゲームは、目の前に相手がいて、相手の表情を見て、相手の出方の予想を立ててプレイする。 そこが面白いわけですよね。
 だから今回このトランプゲームを通して、人と人とのコミュニケーションというか、同じ空気を吸っている者同士の関わり方、 やっぱり人は人と一緒でないと生きていけないというようなこと――たとえ、その間にいさかいがあったり、気持ちが離れたり、でもまた元に戻ったりしても、そういうことが生きてるということなんだと、私たち自身もそれぞれに実感を濃く持てるでしょう。たかがトランプなんですけれども。お客様にもそういうことがお届けできたら、きっと素敵な作品になるだろうなという気がします」

小笠原「コロナ禍は僕にとっても、衝撃の大きな期間でした。僕自身も演出を予定していた作品が延期になったり中止になったりしましたから。お客さんが密になること、集まること、それから接触することも制限されたわけですが、それは演劇にとってすごく致命的なことでした。でもそれを乗り越えて、やっぱり僕らは仕事をし続けてきた。正確にはまだ乗り越えられたのか定かではありませんけど、確実に演劇関係者はみんな強くなったし、鍛えられたんじゃないかな。
 あとは早くマスクなくお客さんの表情が見える劇場になってほしいですね。作り手としてもお客さんがどんな表情で観てくださっているのかは知りたいし、感じたいから。またより観客と俳優が濃密な時間を共有できるようになっていったら嬉しいですね。
 この作品に関して言えば、お客さんとこのお二人が密に集中した瞬間と、それからバーンと空気がはじけた瞬間とのコントラストをつけていきたいです。伸縮の大きい演出を心がけますので、楽しみにしていただけたらと思います」

(取材・文&撮影:五月女菜穂)

プロフィール

加藤健一(かとう・けんいち)
1949年10月31日生まれ、静岡県出身。1968年、劇団俳優小劇場の養成所に入所。卒業後は、つかこうへい事務所の作品に多数客演。1980年、一人芝居『審判』上演のため加藤健一事務所を創立。その後は、英米の翻訳戯曲を中心に次々と作品を発表。紀伊國屋演劇賞 個人賞、文化庁芸術祭賞、読売演劇大賞 優秀演出家賞・優秀男優賞、第38回菊田一夫演劇賞、など演劇賞を多数受賞。2007年、紫綬褒章受章。第70回毎日映画コンクール 男優助演賞受賞。2022年、『サンシャイン・ボーイズ』、『スカラムーシュ・ジョーンズ or(あるいは)七つの白い仮面』の演技にて、第64回毎日芸術賞を受賞した。

竹下景子(たけした・けいこ)
1953年9月15日生まれ、愛知県出身。1973年、NHK銀河テレビ小説『波の塔』で本格デビュー。映画『男はつらいよ』のマドンナ役を3度務め、『学校』では第17回日本アカデミー賞で優秀助演女優賞を受賞。2007年、舞台『朝焼けのマンハッタン』、『海と日傘』で第42回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。テレビ・映画・舞台への出演のほか「世界の子どもにワクチンを日本委員会」ワクチン大使、国連WFP協会親善大使など幅広く活躍している。

小笠原 響(おがさわら・きょう)
東京都出身。立教大学文学部英米文学科卒業。俳優座、文学座、木冬社、木山事務所などで演出の研鑽を積む。2008年、Pカンパニー旗揚げに参加。同劇団公演を中心に演出活動を広げ、現在はフリーの演出家として多数の公演に携わる。2018年、『白い花を隠す』、『屠殺人ブッチャー』で第25回読売演劇大賞 優秀演出家賞を受賞。最近の演出作品に、劇団俳優座『反応工程』、Pカンパニー『拝啓、衆議院議長様』、劇団昴『The Weir─堰─』、俳優座劇場プロデュース『聖なる炎』等。
劇団俳優座『正義の人々』、名取事務所公演 現代韓国演劇上演『そんなに驚くな』で紀伊國屋演劇賞 団体賞受賞に2年続けて貢献。加藤健一事務所公演では『あとにさきだつうたかたの』、『女学生とムッシュ・アンリ』を演出した。

公演情報

加藤健一事務所 vol.115
『ジン・ゲーム』

日:2023年6月29日(木)~7月9日(日)
場:下北沢 本多劇場
料:前売5,500円 当日6,050円
  高校生以下2,750円 ※要学生証提示
  (全席指定・税込)
HP:http://katoken.la.coocan.jp
問:加藤健一事務所
  tel.03-3557-0789(10:00~18:00)

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