道を踏み外して生きてきた男と人ならざる者として運命に怯える女。二人の間に芽生える純粋な思いを石丸さち子演出でストレートに伝える

 博打だけで生きてきた天涯孤独の男・鈴次郎。鬼が墓場の死体を集めて作った女・儚(はかな)。運命の賽子に翻弄される2人が行き着く先とは……。2000年に扉座が初演して以来、各所で上演が重ねられてきた『いとしの儚』(脚本:横内謙介)が、石丸さち子の演出で10月に上演される。ストレートプレイからオリジナルミュージカルまで幅広い作品に関わる石丸が、この名作にどう向き合うのか。意欲的なキャスティングでも話題の同作について、メールインタビューの形で答えてもらった。


あまりにも純粋な愛と、痛ましく美しい思い

―――同じ早稲田大学のご出身である横内謙介さんの作品を演出するのは今回が初めてだそうですが、これまでに横内さんとの接点はありましたか。また、横内さんのつくる作品に対する印象もお聞かせください。

 「卒論の指導教授が一緒だったんです。2人ともチェーホフについて書こうとしていて。教授の部屋に呼ばれた帰りに、文学部キャンパスを一緒に歩いた記憶があります。たったそれだけなのですが、横内さんが善人会議、扉座、そして様々な商業演劇に戯曲を書かれていること、離れていながらずっと意識していました。わたしは日本の現代作家の作品を演出する機会が少なかったので、今回演出できることをとても嬉しく思っています。横内さんの作品の、飾りのない人間と人間のぶつかりあい、庶民の生き方に向けた視線が、とても魅力的です」

―――石丸さんは『いとしの儚』の上演をご覧になったことはありますか。

 「実は一本も拝見したことがなかったのです。観ていたら、かつて選ばれた描き方を意識的に避けていたかもしれません。この偶然を喜んでいます。何にも影響されずに、今回出会った環境と俳優たちだけを根拠に演出できますので」

―――では、脚本を読んだ印象をお聞かせください。

 「設定の見事さに驚きました。鬼が語る物語という枠組み、死体から生まれた絶世の美女、と、ファンタジーのような設定なのに、登場人物が皆とてもリアルな存在で生活感があって、まるで身近な人々の物語のように共感を持って没入できるのです。
 そして、ヒロイン儚の愛が、あまりに純粋で、胸打たれました。あらゆる幸福に見放された主人公 鈴次郎は、何もかも諦めて捨てた人生だからこそ、博打の神様にだけは愛されていた。もうそれ以上に望むことなど諦めていた男が、自らを投げ打ってでも愛したい女に捧げる思いが、もう痛ましく美しくって」

―――そんな『いとしの儚』の演出に取り組むにあたって、どんなことを考えましたか。

 「登場人物の感情を、まっすぐに伝えようと思いました。枠組みを足したり、趣向を凝らしすぎずに、小劇場で、心の動きが手に取るようにお客様に伝わるように、わたし自身もまっすぐな心で演出しよう、と。そして、どんな作品でも目指すことですが、登場人物と演じる俳優、どちらもが愛される舞台にしよう、と」

―――今回は、20人以上の登場人物を6人で演じるという手法も話題の一つです。その狙いは何でしょうか。

 「6人という少ないキャストで上演してみよう、というアイデアは、コロナ禍での上演でなるべくリスクを避ける、というような、意味合いもありました。でも、制約を想像力で覆して、様々なアイデアが生まれ魅力になるのが、演劇の面白さです。
 プロデューサーに、このプランで演出をとお願いされた時から、わたしの演劇魂に火がつきました。願えば叶うもので、それを実現してくれるキャストが集まってくれて、今、様々なアイデアを出し合いながら、取っ替え引っ替え役を演じることを楽しんでいます。先ほど、趣向を凝らしすぎずに演出する、と申し上げましたが、この点に関しては、思いっきり趣向を凝らしています」

挑戦的な役柄に苦闘するキャストたち

―――主人公の鈴次郎を演じるのは鳥越裕貴さんです。この作品ではどんなことを期待しますか。

 「容姿も性格もキュートな彼が、屑中の屑みたいな男を演じます。誰からも愛される彼が、誰からも愛されない男を演じます。これは、とても高いハードルなんです。芝居勘がとてもいい人ですから、作家が望んでいる流れを掴むのは早いかもしれません。でも、鈴次郎として息をするのは、大変です。
 器用に役をこなしたりすると負けますから、稽古の中で、苦しみながら鈴次郎を探して、もがきながらトライを続けています。舞台上では、鈴次郎と一緒に地獄を見て、終演したら『演劇面白え!』と笑っている鳥越君でいてほしいと願っています」

―――儚を演じる鎌滝恵利さんは舞台出演が今回初めてだそうですが、この難しいキャラクターを任せようと思ったポイントは何でしょうか。

 「『愛なき森で叫べ』という映画(2019年/園子温監督/Netflix)で彼女をはじめて見て、鮮烈でした。その大胆さが、その狂気が。映画や演劇のために魂を捧げることのできる、強さを感じ取りました。
 儚は大変な役です。死者から生み出された怪物。でも、その魂の純粋なことこの上ない。その成長は、赤ん坊、無垢な子供時代、思春期、反抗期を経て、鈴次郎の恋人であり、母であり、妻であり。死の臭いと、生の芳しさ、両方を持つ役を、今、鎌滝さんは身体で読み解こうとしています。鈴次郎に、本物の愛を、舞台上でぶつける瞬間を見たくて、わたしは彼女と二人三脚で歩みます」

―――人間に化けて博打を打つ鬼の役には辻本祐樹さんが扮します。

 「鬼は、人ならざるもの、人から常に忌避され恐れられる存在です。でもこの鈴次郎の切なく儚い愛の物語を、えんえん語り継いでいるのが“鬼”であるというのが、この台本の面白さです。『〜の鬼』『鬼気迫る』『鬼才』などという言葉に見える、何か人並みならぬ巨大な魂や力も連想させます。
 柔らかな物腰、優しい笑顔を持つ辻本君が、まずは博打に狂った鬼として登場し、やがて人より人間らしい優しい心情で鈴次郎を支えます。新しい挑戦と、彼の本来の魅力、両方がお届けできそうだと思っています」

―――そして、鈴次郎を憎む博打打ちを中村龍介さんが演じます。

 「ゾロ政は、鈴次郎に博打で負けて片目を失うことになり、以来、鈴次郎に勝つことを生き甲斐にしてきた男です。稽古場の中村君は、とっても男気のある優しい人です。その真っ直ぐな男らしさを活かしつつ、負けた悔しさにまみれた屈折の人生を演じることに挑戦してもらっています。凄味のあるいい博打打ちになりそうで期待していますし、芝居が大好きなゆえに、真っ向から稽古に取り組む姿が、いつも清々しいです。」

儚い夢に手を伸ばした彼らの物語をまっすぐに伝えたい

―――先ほど触れた「20人以上の登場人物をを6人で演じる」試みの肝となるのが、鬼婆ほか多くの役柄を演じる原田優一さんです。

 「原田さんに役を受けて頂けてから、わたしの発想に羽根が生えました。何でもお願いしてみていいのではないか?と。無理難題を、すでに稽古場で様々にぶつけているのですが、全部受け止めてくれています。しかも楽しんでくれる。そういう姿が、稽古場に笑いと活気をもたらしてくれるんです。もう、わたしは、原田優一号という大船に乗った気分。
 原田さん以外にも複数の役をやって頂きますが、もう圧倒的に原田さんが演じます。魅力爆発のミニミュージカルシーンもあります。お楽しみに」

―――今作の語り部的な存在である青鬼役の久ヶ沢徹さんも、納得のキャスティングです。ベテランとして座組を締める存在になりそうですね。

 「愛情も、人間力も、絶妙な抜け感で表現してくれる久ヶ沢さんは、若き火花が散り、肉と肉がぶつかりあうような芝居の、柔らかなのに全体をしっかり支えてくれる屋台骨になると思います。わたしと同世代。若者と一緒になって熱くなり、暴れまくる演出家を、穏やかに見守ってもくれています。“鬼”のくせして、ずっとずっと、この鈴次郎と儚の物語を、誰かを見つけては語り続けてきた姿が、人間の弱さ、人間の愛おしさを炙り出してくれると思います」

―――最後にもう一度、作品全体について。儚と鈴次郎という、ある種極端な出自を持つキャラクターは、生活面・精神面でギリギリのところで生きている現代人と重ねることもできそうです。『儚い(はかない)』という言葉も、今の時代に重みをもって響きます。そうした要素に、作品に込められた強いメッセージを感じました。

 「ギリギリのところで生きる人間たちは、自分に相応の夢しか見ないものです。望まないことで、傷つくことから逃れられるものです。
 鈴次郎は、自分の犯した罪からなだれ込むように道を踏み外して生きてきた中で、幸せは自分とは縁遠いものと諦めてきた。儚は、自分が死者から生まれた人ならざる者であるという事実、愛する人を愛した瞬間に消えてしまうという運命に怯えます。選ぶことさえ諦めていた彼らが、愛ゆえに選びとったものを見届けて頂きたいです。
 儚い。空しく束の間に消える夢。そうかもしれません。でも、たとえ消える運命でも、たとえ一瞬でも、夢に手を伸ばした彼らの物語を、まっすぐに伝えたいんです」

―――これまで次々と新しい作品に関わり続けてきた石丸さんですが、昨年からのコロナ禍は活動のペースにも大きく影響したと思います。今、どのような気持ちで演劇と向き合っていらっしゃるか、改めてお聞かせいただけますか。

 「コロナ禍での演劇について語ると、どれほど語っても語り尽くせないものがありますので、今は、2つだけお答えします。
 この状況の中で闘っているからこそ、演劇への愛情は、より強度を増しました。共に闘う仲間への敬意がふくらみました。
 もうひとつ。お客様に支えられているのだ、お客様あってこその演劇なのだと、より強く実感しています。こうして取材して頂けることに感謝して、お答えしたことが、お客様に届いて、劇場でお会いできることになれば本当にうれしいですし、たとえ今劇場に足を運ぶことが難しくても、『早く劇場に行きたい!』と感じて頂ければ、いつかまた出会えると信じています。
 わたしたちは、地道に、その未来のために、日々を過ごしています」

(取材・文:西本 勲)

プロフィール

石丸さち子(いしまる・さちこ)
早稲田大学演劇専攻を卒業後、1993年より蜷川幸雄作品を中心に演出助手を務め、2008年に演出家として独立。現在は劇作と演出の両面で幅広く作品を創り出している。代表作の1つであるオリジナルミュージカル『Color Of Life』(脚本・作詞・演出)は2016年に日本初上演され、同年上半期の読売演劇大賞で作品賞と演出家賞のベスト5にノミネート。近年の主な作品に、ミュージカル『マタ・ハリ』(訳詞・翻訳・演出)、『スカーレット・ピンパーネル』(演出)、舞台『BACKBEAT』(翻訳・演出)、『恋・燃ゆる』(上演台本・演出)、『キオスク』(演出)などがある。

公演情報

『いとしの儚』

日:2021年10月6日(水)~17日(日) 
場:六本木トリコロールシアター
料:8,800円(全席指定・税込)
HP:https://le-himawari.co.jp/galleries/view/00132/00595
問:る・ひまわり 
  mail:info@le-himawari.co.jp

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