第66回岸田國士戯曲賞受賞作家が贈る渾身の新作 時代は笑って許せるか? SNS炎上にもめげない人々への人間賛歌

第66回岸田國士戯曲賞受賞作家が贈る渾身の新作 時代は笑って許せるか? SNS炎上にもめげない人々への人間賛歌

 文字や光を投影する独自の演出と観客の倫理観を揺さぶる強度ある脚本で、日本のみならず海外からも注目を集める範宙遊泳。主宰であり、第66回岸田國士戯曲賞受賞作家・山本卓卓渾身の新作はめげない人々に捧げる人間賛歌だ。SNS炎上により何度も人々を怒らせた底辺インフルエンサー集団。怒られた実感のない彼らは再び過ちを繰り返すが、決して社会から抹殺されることはない。なぜならばその集団には驚くべき愛らしさがあったからだった……。
 山本が2年越しで書き上げた新作はSNSが日常に浸透した現代を生きる私達に何を訴えるのか? 出演する百瀬朔と村岡希美(ナイロン100℃/阿佐ヶ谷スパイダース)と共に本作への意気込みを語ってもらった。

インフルエンサーというモチーフ

―――新作はインフルエンサーの炎上を題材とした戯曲ですが、どこから着想を得たのでしょうか?

山本「毎回、明確にコンセプトを設けて、その都度、手法もかなり変えていますが、同時代的な感覚は必ず持つようにしています。スマートフォンを利用した文字のコミュニケーションが当たり前になった昨今、文字を投影して作品に入れ込んだりしてきたのもそのひとつです。今回は、2020年に上演予定だったので3年ほど前から構想を練り始めましたが、SNSで悪意ある誹謗中傷や炎上を度々目にしていて。当時インフルエンサーを扱った劇を観た事がなかったので、じゃあやってみようと。
 僕自身、YouTubeをよく観てインフルエンサーたちを愛おしくて可愛い存在と思っていて、彼らを扱ったお芝居をやってみたいと思っていました。
 日本は先進国の中でもかなり多い、年間約2万人の自殺者がいると言われています。それはそれぞれに理由があるとは思いますが、苦しくても誰かに助けを求めたり、声を上げる手段がなかったりする。僕もかつて、気持ちを押し殺して心を病みかけたことがありました。沈黙は美徳という日本特有の概念も影響しているかもしれません。人に迷惑をかけないルールやリテラシーも必要ですが、もっと日本人は自分の心を大切にする為のリテラシーを持つべきなんじゃないだろうかと。その為に演劇や文学といった人の心に訴える芸術分野が率先して発信していくべきじゃないかと思います。インフルエンサー、炎上という題材を通して、人間が持つ生身の営みや愛おしさみたいなものを表現できたらと思いました」

2年間は無駄ではなかった

―――コロナ禍中止を経て、製作期間も約2年とかなり時間をかけました。

山本「2019年に留学先のアメリカで一気に書ききってしまおうと思っていましたが、日本人がほとんどいない環境で日本について書くとなると、どこか遠い距離感を感じて筆が進まなくなってしまったんです。書きながらこのままだとどこか浮かれた感じになりそうだなとブレーキをかけ始めた頃に帰国が迫ってしまって。帰国してまた書き始めた矢先に、コロナ禍で公演中止になりました。そのままの状態でしばらく眠らせていたのですが、今年に入ってやっと残り半分に着手して2年越しでようやく仕上がりました。でも僕はその寝かせていた時間が逆に良かったと思っています。例えば2年前に書いた部分では、女性の扱いが軽いだろうと思う描写があって、当時は皮肉として書いていたつもりが、今は皮肉としては通用しないので書き換えました。また作中で“死”を扱っていますが、書きながら、今ウクライナで起きている戦争での死体の山の映像がフラッシュバックしたりもしました。これは2年前にはなかったことです。
 当時のYouTuberはかなり過激なことをやっていて、最初に書いた脚本にもそれを反映していましたが、この2年で彼らのリテラシーが上がったと言うか、それを許さない社会になったとも言えますが、そこはかなり修正しましたね。
 YouTubeやSNSなどメディアが細分化して、多くの人に裾野が広がり個人が発信しやすい環境になった事は、個人的にも歓迎したいです。一方で、SNSでの誹謗中傷が原因で自殺してしまった方がいらっしゃったり、コロナ禍で芸能人の自殺が相次いでいるという現状もあります。
 これらは2年前には想像しなかった出来事で、当然作品にも影響を与えました。この期間は決して無駄ではなかったと思います」

SNSも所詮、人間がやっていること

―――出演されるお二人からみた山本卓卓さんの世界観、そして脚本を通した作品への印象をお聞かせください。

百瀬「卓卓さんの演出作品には3度目になりますが、卓卓さんオリジナル脚本で範宙遊泳への出演は今回初めてなので、とても楽しみですね。
 まだ全体の作品像は見えていませんが、2日稽古して1日休みというルーティンの中でお互いにディスカッションする時間も沢山あって、じっくり台詞を自分の中に落とし込める時間を頂けそうですし、自分にとっても新鮮な機会になりそうです。
 脚本を読む以外に時間を割いてくれる現場はなかなかなくて、その過程が振り返った時に良い作品を創ったと思えそうな気がして、稽古場に行くことが待ち遠しいほど高いモチベーションを保てています。
 インフルエンサーという役は初めて、最近はYouTuberの方のチャンネルを観て勉強しています。昔からテレビっ子でテレビに出ている人はすごいと思っていましたが、この世界はこの世界で生き残っていくのに大変なんだと。テレビで活躍している人がYouTubeで配信しても、なかなか再生数が伸びないこともあるみたいで。この世界ならではのやり方があるんだと思います。そのあたりも勉強して解き明かしたい思いはありますね。
 僕の役は観ているお客さんに近い目線なのかなと思っていて、現状を俯瞰して見るような、少し違った目線で見るようなキャラクターなので、そこを意識して演じたいです」

村岡「範宙遊泳についてまったく知識がない状態でのオファーだったのですが、声をかけてもらえたのが嬉しくて、海外でも高い評価を受けている作品は一体どんなものだろうという興味が最初にありました。岸田國士戯曲賞を受賞された『バナナの花は食べられる』の上演を拝見させてもらったのですが、繊細で丁寧なものにドライブをかけてお客さんを巻き込んでいく手法が特徴的でした。アルコール依存症という重いテーマであっても、重い気持ちのまま帰らせるのではなく、最後には登場人物が皆、可愛く思えたんです。今回はまたベクトルは違うかもしれませんが、本来1人1人が持つ愛おしさといった人間像のようなものは、もしかしたら一貫されているのかなと感じました。
 今回集まったキャストの方とも山本さんが出会いからゆっくり人間関係を築き上げられた感じがして、居心地の良さにもつながっているのではないでしょうか。稽古期間にも余裕を持って、じっくりコミュニケーションを取りながら、それぞれが落とし込んで創っていくスタイルはとても共感できるし、どの劇団でもこのようにやればいいのにと思います。
 インフルエンサーについてはあまり馴染みがありませんでしたが、最近では子供が将来なりたい職業にもなっているようですね。でも1つ間違えば炎上して精神的にも追い込まれたりする話を聞くので、仕事にするのは大変な世界なんだろうと。
 SNSは目に見えないつながりなので、恐ろしいように思えるかもしれませんが、スマホやパソコンの前には人間がいて、結局は人間と人間のつながりだと思うんです。当然、悪意を放てばそれが誰かを傷つけて、今度は自分に巡ってくるかもしれない。でもきちんと心を持っていれば、それは遠隔であっても心の触れあいにつながると思うんです。
 ニュースなどで悪い一面が取り上げられることもあるSNSですが、客観的にみて所詮人間がやっているんだよと思ってもらうことで、それが愛おしく感じてもらえれば、この作品のメッセージが伝わるのではないかと思います」

本質的な人間の営みや優しさのようなものを描きたい

―――山本さんが本作を通して最も表現したいこと、そして作品創りで大切にしていることを教えてください。

山本「副題の通り、『私はロボットではありません。』という事になるでしょうか。
 Googleなどのアカウントにログインする時に、セキュリティとして出てくるあのチェック項目が、個人的にとても愛らしく感じて。だって皆画面の前で『当たり前だろ?』と思いながら押すわけじゃないですか。
 SNSはそういう人間臭い行動さえも隠してしまうわけですが、僕は作品を通してその先にある人間性や滑稽さみたいなものにリーチできるような発信が出来ればと思っています。
 大人が楽しんでいる様子を若い世代や子供達に見せることは、すごい大切だと思っていて、苦しみながら創るよりも逆にハードルは高いんですね。でもそれができる人間が人を幸せにできると思っていて、自分もそうでありたい。
 この作品を観たお客さんに『この人達すごい楽しんでいるな』と思ってもらえたら嬉しいです。
 僕が作品を通してリーチできる人の数は、作中に出てくる底辺インフルエンサーのフォロワー数よりもはるかに少ないですが、その少なさの中に先があると思いたい。人数が何十万人になってくると、どうしてもマスを意識しないといけないですが、でも僕は本質を意識したいし、それをやってきた自負があります。本質的な人間の営みや優しさのようなものを描く僕の演劇が、観客の心を少しでも軽くする装置になればと思います。

―最後に読者にメッセージをお願いします。

百瀬「チラシのビジュアルがちょっとかわいいなとか、こんな人が出てるんだなとか、入口は何でもいいです。滅茶苦茶に堅いというわけでもなく、きっと観劇後に何かを感じてもらえる内容になっているので、是非観に来てください」

村岡「2次元の世界を描いていますが、劇場という3Dの世界を体験しにいらしてください。劇場でお待ちしております」

山本「一見、重いテーマですが、それをどうすれば笑って乗り越えていけるかが重要でありこの戯曲の本質でもあるので、是非侮って観に来て欲しいです」

(取材・文&撮影:小笠原大介)

プロフィール

百瀬 朔(ももせ・さく)
1994年7月8日生まれ。兵庫県出身。テレビ朝日ドラマ『仮面ライダー鎧武/ガイム』ペコ役にて本格的に俳優活動を開始。その後TV、映画、舞台、ラジオなど活躍の幅を広げる。おもな出演作に、舞台『弱虫ペダル』新インターハイ篇シリーズ(鳴子章吉役)、『曇天に笑う』(曇宙太郎役)、『血界戦線』(主演/レオナルド・ウォッチ役)、Nana produce Vol.17『莫逆の犬』(照実役)、映画『まっ白の闇』(主演/葉山俊役)、『映像研には手を出すな!』(監視郎役)などがある。山本卓卓演出作品『朗読東京少年』、KAATキッズ・プログラム2019『二分間の冒険』(主演/悟役)を経て、範宙遊泳には初めての出演となる。

村岡希美(むらおか・のぞみ)
1970年9月9日生まれ。東京都出身。1995年より劇団「ナイロン100℃」、2017年より劇団「阿佐谷スパイダース」に所属。持ち前の艶やかな声と確かな演技力で舞台・テレビドラマ・映画に幅広く活躍。近年の主な出演作に、舞台『老いと建築』、『湊横濱荒狗挽歌~新粧、三人吉三。』、『フェイクスピア』、『終わりのない』、『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡』、『キネマと恋人』、『イーハトーボの劇列車』、ドラマ『妖怪シェアハウス-帰ってきたん怪-』、『日本沈没-希望のひと-』、『ドクターX~外科医・大門未知子~』、『コールドケース3』などがある。

山本卓卓(やまもと・すぐる)
1987年6月9日生まれ。山梨県出身。劇作家・演出家。範宙遊泳 代表。幼少期から吸収した映画・文学・音楽・美術などを芸術的素養に、加速度的に倫理観が変貌する現代情報社会をビビッドに反映した劇世界を構築する。オンラインをも創作の場とする「むこう側の演劇」や、子どもと一緒に楽しめる「シリーズ おとなもこどもも」、青少年や福祉施設に向けたワークショップ事業など、幅広いレパートリーを持つ。アジア諸国や北米で公演や国際共同制作、戯曲提供なども行い、活動の場を海外にも広げている。ACC2018グランティアーティストとして、2019年9月〜2020年2月にニューヨーク留学。『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞。公益財団法人セゾン文化財団フェロー。

公演情報

『ディグ・ディグ・フレイミング! ~私はロボットではありません~』

日:2022年6月25日(土)~7月3日(日)
場:東京芸術劇場 シアターイースト
料:一般4,000円 U25[25歳以下]3,000円
  障害者割引2,000円 高校生以下1,000円
  ※割引券は要身分証明書提示
  ※当日券は各+500円(全席自由・税込)
HP:https://www.hanchuyuei2017.com/
問:範宙遊泳
  mail:info@hanchu-yuei.com

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